カルテ4-4 まだまだ小さな一歩でも

あっという間に夜は過ぎ、朝が続いてなだれ込んできた。サキは検査室のハシビロコウに眼圧を下げる薬を投与したあと、ICUのスナネコの採血に向かった。ICUの中で隔離されていたスナネコはすでに起きていて、ぼーっと天井の青白いライトや白い壁紙を見つめていたが、サキが近くに来ると顔をゆっくりと向けた。

「サキさん、鳥のクチバシみたいなマスクしてるんですね。」

円錐形のN 95マスクをつけたサキの顔を見てスナネコは小さく笑った。見たところ熱はある程度下がったようで、昨日はひどかった倦怠感も少し軽くなっているように見えた。

「スナネコさん、体調の方はどうですか?」

「そうですね、たくさん寝られたのでそんなに苦しくはないです。」

「それなら良かったです。ツチノコさんにはお話ししましたが、今は体に入った細菌を殺す薬を入れています。吐き気やめまいなどを感じたら、すぐに枕の隣にある緑色のボタンを押してくださいね。」

「わかったです。ところでツチノコはどこにいるのですか。」

枕元に転がっていたナースコールを一瞥してスナネコは軽く頷いたあと、思い出したように聞いた。サキは後ろを振り返り、ガラス張りのICUの外に見えるソファーで寝転がるツチノコを指差して言った。

「ツチノコさんはあそこで一晩中スナネコさんのことを心配そうに見ていましたよ。それに私もツチノコさんに助けられたんです。」

サキは遠くのツチノコをしみじみと見つめ答えた。それを聞いてスナネコも部屋の外を覗き暖かい眼差しを向けた。

「今ボクが生きているのはサキさんのおかげでもありますが、それと同じくらい、ツチノコのおかげでもあるのです。ツチノコは困ってるフレンズをほっとけないんですが、それがツチノコのいいところなんです。」

そう言ってスナネコは自分のことのように自慢げに胸を張った。そしてボソッと、

「ツチノコはボクのことが好きなんですかね。」

と言った。

「そうかもしれないですね」

そう言ってサキはマスクの内側でフフッと笑い声を漏らした。


その後の検査はヒイラギに任せ、サキはハシビロコウへのインフォームドコンセントをするために検査室へと戻った。午前8時、ハシビロコウが受診してから8時間程度が経過したことになる。2時間前に静注を始めた眼圧降下剤が効いていればハシビロコウの頭痛と吐き気は軽快しているはずである。逆に全く改善していなければさらに異なる疾患を考えなくてはならない。

どうか薬が効いていてくれ・・・

祈るような気持ちで検査室の扉を開けると、ベッドの上にはハシビロコウが座って窓の外を眺めていた。ハシビロコウはサキの気配に気づくと、勢いよく振り返って嬉しそうにサキに呼びかけた。

「あ、先生!先生があの薬を入れてから頭痛も吐き気もすごい楽になったよ!」

そう言って気持ちよさそうに伸びをした。元気そうなハシビロコウの姿を見てサキは大いに安堵し、思わず

「あぁー、よかったー!」

と言って大きなため息とともにさっきまでの緊張を全て吐き出した。そのモーションがあまりに大きかったのか、ハシビロコウに

「あはは、先生も心配だったんだね。」

と少し笑われた。サキは少し恥ずかしそうに耳を赤くし頭をかいた。そして再び医者の顔持ちに戻してから、ハシビロコウに問いかけた。

「ハシビロさん、頭痛や吐き気は無いようですが、その他にきになるようなことはありませんか?」

「うん、今は気になることは無いかな。」

それを聞いてサキは一つ頷くと、カルテから目を上げてハシビロコウの目を診察した。薬は効いているようで、右目の瞳孔散大は解消されていて、角膜浮腫も眼球結膜の充血も減退していた。

「目に問題はないようです。それではこれからハシビロコウさんの病気の治療方針についてお話ししますが、大丈夫ですか?」

そう言ってサキはハシビロコウの目を見て笑みを浮かべた。それに呼応するようにハシビロコウも目を線にし、

「大丈夫だよ。」

と返した。


「・・・というわけで、まずは薬を使って眼圧を下げる治療を続けてみます。それで改善しなければ、レーザーという特殊な光を使って虹彩に小さな孔を開けて、眼圧をあげる原因になる眼房水の排出孔を作る、という選択肢になります。そしてもう一つの選択肢は、ある程度眼圧が低下したらすぐに手術を行う選択肢です。」

ベッドに腰掛けるハシビロコウに向き合うように座り、サキは緑内障の説明と、それに対する治療法を伝えた。一通り聞いた後で、何か聞いておきたいことはあるかと尋ねると、ハシビロコウは首を傾げて困った顔をした。

「正直はじめて聞くような話でちょっと混乱しているんだけど、その、レーザーとか聞いてもよくわからないし・・・」

そして少し口ごもった後で、なんとか質問をひねり出した。

「先生だったら、どっちを選ぶ?」

少し間をおいてサキは答えた。

「ハシビロさんが何を望むかによります。前者であれば、手術を行わなくても済む可能性があるので、体へのダメージは最小限になります。それに手術するのが怖いと思うのならこっちの方がいいと思います。後者であれば時間をかけずに完治させることができるので治療期間が短くなりますし、入院する日数も少なくて済みます。」

そして一呼吸置いて自分の選択を述べた。

「もし私がハシビロさんなら、後者を選びます。いかがですか。」

そしてまっすぐにハシビロコウを見つめた。ハシビロコウはそれを聞いて大きく頷いて答えた。

「それなら私は後者をとるよ。確かに手術はちょっと怖いけど、そっちの方が早く治るのなら。それに先生が言うんだから、私は先生の意見を信じるよ。」

そしてハシビロコウは真面目な顔つきになると、膝に手をついて深く頭を下げた。

「先生、よろしくお願いします。」

サキはあっけにとられてハシビロコウの項をただ見つめるばかりだった。サキにとって、こうして患者から「よろしくお願いします」と予め事を託されるのは初めてだったからだ。信頼が故の重圧をピリピリと肌で感じながらも、サキは心の奥で「絶対に救うんだ」という衝動が沸き起こってくるのを静かに感じていた。その衝動からか、サキも同じように膝に手をついて頭を上げて、ハシビロコウの真直な命の委託に同じく真直に応えた。

「わかりました。一緒に頑張りましょう!」


これまでの眼圧の下がり具合から、手術が可能になるのは明日と判断したサキは、手術日を明日の午後と決め、それに向けた準備を始めた。ヒイラギに明日のスナネコの体調管理を一任し、自分の行動の自由を確保すると、眼科用のレーザー機器など必要な機材をエレベーターで2階の処置室に運んだ。それから3階の蔵書庫でレーザー虹彩切開術に関する詳細な情報が載った本をいくつかピックアップすると、再び2階に降りて処置室に向かった。

その途中でサキはICUに通りがかった。ガラス越しにチラと中を覗くとスナネコはすやすやと眠っているように見えた。

「よお先生。スナネコの様子はどうなんだい。」

背中側からくだけた喋りが聞こえたので振り返ると、後ろのソファーでツチノコがこちらを向いていた。ツチノコはどこから持ってきたのかわからないが厚い本を膝の上で開いていて、それをパタンと閉じて自分の隣に置き、スクッと立ち上がるとサキの隣に寄ってきた。

「治療経過は今の所問題ありませんよ。朝にICUに採血しに行った時は起きていて、会話もできました。」

それを聞いてツチノコは胸をなでおろした。

「昨日はぜんぜん喋れなかったからな。良かったよ。それで、俺はいつからスナネコと話せるようになるんだ?あそこにいるんじゃ喋れないよな。」

ツチノコはそう言って頭の後ろで腕を組むと軽く尋ねてきたが、このツチノコの希望に対して都合の良い返事がサキにはできなかった。

「スナネコさんを冒している結核菌はかなりしぶとい細菌ですので、体から菌が消えて他の人への感染リスクが小さくなるまでは、医者としては慎重を期したいんです。早くて3週間、長くて2ヶ月と言ったところでしょうか。こればかりはどうにも・・・」

サキはしょんぼりして言ったが、ツチノコは首を振り、そこまで意に介さないそぶりを見せた。

「無理言ってごめんな。俺の勝手な希望だから気にしないでくれ。」

そうは言うものの、ツチノコの瞳には少し翳りがあって、小さく肩を落とした姿は寂しさが漂っていた。ではこれで、と言ってその場を去ってからしばらく経っても、サキの脳裏にはガラス越しに黙って見守ることしかできないツチノコの姿が残像のように残った。


翌日、ハシビロコウの手術日がやってきた。一昨日、昨日の激務で消耗した体力を回復するため、手術に万全の体調で臨むためにヒイラギと交代しながら9時間睡眠をとったサキはすっかり元気になっていた。

じゃぱりまん3個とコーヒを胃袋に放り込むと、スナネコの採血だけは済ませて検体をヒイラギに預けた。それから昨日のうちに検査室から病室へと移動したハシビロコウの術前診察に向かった。ハシビロコウのいる病室の扉を開けると、ハシビロコウは昨日のようにベッドに腰掛けて窓の外の景色を眺めていた。

「ハシビロさん、おはようございます。昨日言った通り、今日のお昼過ぎに手術をする予定ですが、気分はいかがですか。」

「あ、先生おはよう。体は大丈夫そうだよ。」

そう言ってハシビロコウはサキの立つ方へ向き直り、ニッコリと笑った。それを見てサキは安心し、カルテにその事を書き込んだ。

眼圧検査などを行ったところ、両目とも正常範囲であり無事に手術を行えるとわかった。投薬コントロールもうまく利いているようで、医原性の症状も特に見られなかった。

「それでは、予定通り手術を行いますね。」

サキがそう言うとハシビロコウは頷いた。しかしその動作はいつもよりこわばっていて、よく見ると膝の上に置いて握られた両手が小刻みに震えていた。サキはそれに気づき、頷いたまま俯いていたハシビロコウに声をかけた。

「ハシビロさん、手術は怖いですか?」

それを聞いてハシビロコウは顔を上げ、照れ臭そうにほおを掻いて言った。

「ううん。そうじゃないんだけど、もうすぐ手術なんだなって思うと、やっぱり緊張しちゃう。」

当然のことだなとサキは思った。他人に自分の体を切られいじられる外科治療を動物の本能が拒むのは容易に想像がつくからだ。

「ハシビロさん、どんなフレンズでも手術前はみんな同じようにカタくなっちゃいますよ。あのヒグマさんだって手術前は大変だったんですから。」

「ええ! あのヒグマさんも?」

ハシビロコウは驚いて目を大きく開いた。実際はヒグマさんの時はちょっと違ったけれど、まあ細かいことはいいかとサキは思い、そしておもむろに膝の上に乗っていたハシビロコウの手の上に自分の手を優しく重ねた。

「けれど、手術を終えれば病気は治って、もとの生活に戻れますよ。あと少しですから、一緒に頑張りましょうね。ハシビロさん。」

そう言ってサキはハシビロコウに向けてこの3日で一番の笑顔を贈った。すると汗で冷たく震えていたハシビロコウの両手がほんのりと温かくなっていくのが感じ取れ、それが腕から首へと伝って、顔をこわばらせていた氷を溶かした。

「うん!!」

ハシビロコウから温かい、元気な返事が帰ってきた。


「1%ピロカルピンとアプラクロニジンの点眼完了。角膜浮腫は無し。点眼麻酔完了。Abraham式コンタクトレンズ装着・・・」

処置室の真ん中に置かれた大きな眼科用レーザー治療機の前にサキは座り、昨日のうちに書いたチェックリストを確認していた。治療機の向かいには、レーザー治療用の特殊なコンタクトレンズをつけたハシビロコウが機械の所定位置に顎を乗せ、眼前にある奇妙な金属のオブジェを落ち着かなそうに見つめていた。

「先生、これが昨日言っていたレーザーなの?」

見たことのないオブジェを前に我慢しきれずハシビロコウは尋ねた。

「そうですね、この機械からレーザーという特殊な光を出して、虹彩に小さな孔を開けるんです。2回レーザーを当てますが、ほぼ痛みはないと思いますのでリラックスして大丈夫ですよ。」

サキは治療機の横からハシビロコウを覗き込んで言った。

「レーザーの出力設定終了・・・ それではアルゴン・Nd―YAGレーザー併用による虹彩切開術を始めます。時間は10分ほど。ハシビロさん、リラックスしていて大丈夫ですが、もし何かおかしいなと思ったら遠慮なく言ってくださいね。」

治療機の向こうでハシビロコウの両手がキュッと握られるのが垣間見えた。

サキはスコープを覗き込み、ガイドラインに従って虹彩の上耳側を

レーザーの照射点に決めた。

「第1射。」

引金を引くと、機械の作動音とともにレーザー光が放たれた。虹彩の照射部位からは水煙のようなものが上がっているのがスコープに映った。これはGun-smoke signといって虹彩が穿孔されたことをしめす現象である。それを見てサキはひとつうなずいた。

「穿孔確認。それでは第2射いきます。」

サキはそう言って機械の設定を変え、アルゴンレーザーからNd―YAGレーザーへと切り替え、それに合わせて出力も調節した。また機械の向こうでハシビロコウが手を握りしめるのが見えた。

スコープを覗き込み、正しく穿孔がされるように照射位置を微調整し、それから再び引金を引く。

「発射。」

目を凝らしてみると、虹彩に開けた孔は目標の100~200μmの範囲内に収まっていることがわかった。穴からは眼房水が流れ出したことが見て取れたから、貯留していた眼房水はすぐに排出され、眼圧も改善するだろう。

サキはふうっと息を吐き出して言った。

「ハシビロさん、手術終わりました。これから数時間、術後の処置はありますが、手術は無事成功しましたよ。」

「ほんと?!思ったよりあっという間だったね。全然痛くなかった!」

そう言って先ほどのサキより支えていた息を大きく吐き出した。


手術後は心配していた合併症は起こらず、薬を投与せずとも眼圧は正常値となることがわかったので、手術の2日のちハシビロコウは退院となり1週間ごとの経過観察を行うことにした。

ハシビロコウが病室を去って退院する時、サキも一緒にエントランスまで出て見送りをした。寒い日ではあったがハシビロコウは病院の建物を外から見上げ、今日まで自分がいた病室の窓を見つけると、そこの窓ガラスやカーテン、隙間から少し見える天井を感慨深そうに見ていた。

「先生には本当にお世話になったよ。あんな真夜中に押しかけちゃってごめんね。」

ハシビロコウは恥ずかしそうにほおを掻いた。サキはそんなハシビロコウを見てニッと笑って言った。

「いえいえ、それが私の仕事ですから。それに診察自体はまだ続きますから忘れないでくださいね。」

そしてハシビロコウの目を見た。あの夜はただ怖くて真正面から向き合えなかった黄色い瞳は今も同じ色をしていた。けれどその輝きはあの時とは全く違っていた。今の方がずっと明るく、柔らかな光を湛えているようだった。

「もちろん、忘れないよ。だって先生と会って話せるもの。私ね、実はそれがちょっと楽しみだったりするの。医者に会いたいなんて、ある意味不謹慎だけど、その医者がサキさんだからね。」

そう言ってハシビロコウもニッと笑った。それを聞いてサキもクスリと笑い声を出した。

「あはは、そうですよね。けど、そう言ってもらえるのはとっても嬉しいですよ。」

「うん、先生ありがとう。じゃあまたね。」

そうして「お大事に」と声を掛ける間もなく、ハシビロコウはふわりと飛び上がって、平原の方へと飛んで行った。

小さくなっていく影を見つめているうちに、サキは自分の頰がなんだか紅潮していることに気がついた。指で触れてみると、たしかに熱い。どうしてこうなったのだろうかと、その場でしばらく考えてみて、気がついた。

「私、誰かに『あなたと会ってお話がしたい』なんて言われたこと、なかったんだ。」

それが私にとってとても新鮮で、とても嬉しかったのかもしれない。

裾のポケットに手を突っ込み、サキはしばらく平原の方角の空を見つめていた。




患者:ハシビロコウ

No.:5

種族:ハシビロコウ フレンズ

診断:右眼の急性閉塞隅角緑内障

治療: 眼圧を降下させるためグリセオールとアセタゾラミドを静注。眼圧が手術可能範囲になり次第レーザー虹彩切開術を施行。なおレーザー治療の実施が早まったのは患者の希望によるもの。術後はアプラクロニジンを使用。補助的に炭酸脱水酵素阻害剤も使用。

予後:後遺症、術後の合併症はなく、術後2日で退院。以降は1週間ごとに眼圧と目の診察を行うこととする。


主治医:SAKI

入院先:ジャパリパーク・キョウシュウエリア第2病院 003号室




肌寒くなってきたのでサキは病院の中に戻り、何か食べようと3階の医員室へと向かった。3階に上がって医員室に入ろうとしたところで、サキは廊下の向こう側に見える蔵書庫の扉が開いていることに気がついた。

「あれ、私扉を閉め忘れたかな。」

今日サキには蔵書庫に入った記憶がなく少し怪訝に思ったものの、そのまま放置するのも気持ち悪かったので、廊下を渡って扉を閉めに向かった。表示のない無機質で分厚い金属製のその扉の前に来ると、半分ほど開いた扉の隙間から何かガサガサと物音が聞こえてくるのがわかった。

誰だろうか、と思ったサキは恐る恐る蔵書庫の中を頭を突っ込みキョロキョロと見回した。蔵書庫の中は薄暗かったが、遠くの灯りが一つだけ付いているのが見えた。サキは静かにその灯りが付いている方へと歩き、本棚の影からそっと覗き込むと、そこにいたのはツチノコだった。ツチノコは床に座り込み、自分の体の周りに何かの雑誌を山のように積み上げていた。そしてそれらを一冊一冊手に取ると、パラパラとページを送っては舌打ちをし、反対側の雑誌の山に重ねて置いた。その様子を不思議に思ったサキは、おそるおそる声をかけてみることにした。

「ツチノコさん、何をなさっているんですか?」

瞬間びくりと肩を竦ませ、サキの方を見るなり甲高い素っ頓狂な叫びをあげた。

「ぅわあ゜――――っ!! なっ、なにしてんだぁこんなところで!!」

その声の大きさに思わずサキも叫んでしまった。

「うわっ! そ、それはこちらのセリフですよ!」

叫び終わったツチノコは、さっきの声の主がサキだとわかると、

「あ、ああ。先生か。突然脅かすなよ。」

と言って深呼吸をし興奮を落ち着かせようとした。サキもサキで平静をなんとか取り戻し、それからもう一度質問した。

「それで、ツチノコさんはここで何をしていたんですか。というか、そもそもここが蔵書庫だってよくわかりましたね。」

ツチノコはいまだにゼエゼエと息が荒く、一度床に目を落とし山になった雑誌をチラとみてから答えた。

「バックナンバーを漁っていたんだ。」

「そうですか。けど、その雑誌ってジャパリパークから発行されていた医学雑誌ですよね。それをなぜツチノコさんが?」

サキは重ねられた雑誌を一冊手にとった。” JAPARI-Journal Medical 2055年冬号” と書かれたその薄い冊子はサキも知っていた。フレンズが対象の医学研究や臨床情報が載ったジャーナルであり、まだ研究が進んでいないフレンズ医学分野の最新情報を仕入れる上で重要な雑誌だった。しかし、そんな雑誌をなぜツチノコは漁っていたのかとサキは不思議に思った。

すると。少し間をおいてツチノコがポツリと言った。

「あるヒトを探すためだ。」


「え?」

思わずサキは聞き返した。ツチノコは一度深呼吸をすると、思い詰めていたようにゆっくりと口を開いた。

「かつて俺のパートナーだった女のヒトの消息を探っている。」

そしてもう一言呟いた。


「その人は、医者なんだ。」


俯いたツチノコの瞳がいつもよりも深く暗い色に染まって見えた。

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