カルテ1-5 流れ星の降る丘

唖然として硬直する博士にサキは下を向いたまま続けた。

「察するに助手さんは私に触れてほしくないみたいです。博士も知っての通り私の腕はセルリアン。当然他のフレンズはこんな腕で触れてほしくないでしょう。ましてや自分が病気で身動きが取れないときに、体を好き放題弄られて、挙句食べられてしまうかもしれないセルリアン医者の私に患者が診察をしてほしいと思うわけがない。」

サキは話すうちに次第に目頭が熱くなっていくのを感じた。ここまでやってきても、結局患者には信頼してもらえない。診察できないのでは治療もできない。なにもできないんだ・・・。自分の体がどんどんしぼんでいき無くなってしまいそうだった。ロビーの床にはこぼした涙が小さな水たまりを2つ作っていた。博士もそのサキの様子を口を一文字に結び、ただただ真顔で見つめていた。

「だから、私には医者はできないんです。こんな体で医者なんて目指したのが間違いだったんです。患者に拒絶される医者なんて、私なんて、無価値なんだ・・・ 博士、ごめんなさい。」

サキはそう絞り出し、期待してくれていた博士にひたすら謝った。ごめんなさいと言う度、サキは病院に来てからずっと勉強してきたことに無為さを覚え、積み上げてきたものが無残にも砕かれボロボロと崩れ落ちていくような感じを覚えた。博士はずっと黙っていた。きっと博士も助手を救えない悔しさそして私の情けない姿に対して閉口しているのだろうとサキには感じられた。サキ自身もそんな自分に対する嫌悪と自分の体への呪いが頭を埋め尽くし、何も考えられず顔を上げられなかった。


「サキ!来るのです!」

突然博士は勢いよく立ち上がり、顔を覆っていたサキの右手をひっつかんで引っ張った。「は、博士? どうしたんですか?」サキはとても驚き尋ねた。しかし博士は

「いいから来るのです!問答無用なのです!」

と言ってサキの手を強く引っ張り、つかつかとエントランスを横切って再びサキを診察室へと連れ込んだ。

突然勢いよくドアを開けて部屋に入ってきた二人に、中にいたヒイラギはびっくりして椅子から飛び上がった。助手も耳の機能は生きているのか診察室の入り口の方に顔を向けた。

サキは訳も分からないまま再び患者と対面した。落ち着かない顔で博士の後頭を見つめていると、博士はサキの手を握ったまま、結んだその手を助手に見せつけるように掲げ大きな声で言った。

「いいですか助手。こうやってサキに触れている私だって、サキが隙を見てフレンズを食べるセルリアンかどうかなどわからないのです。ただ、サキはこれまでずっと、一日も欠かすことなくフレンズの命の危機を救うために知識を蓄え、技術を身に着けてきているのです。その軌跡を私はちゃんと知っているからこそ、私の大切な助手をサキに任せたいと言っているのです。」

博士の言葉にサキはあっけにとられ、泣きはらした充血した目を見開いた。助手は黙って博士の話を聞いていた。博士は助手の顔をまっすぐに見据え話をつづけた。

「助手、つい我々は相手の出で立ちを見て差別をしたりしがちです。でも、大事なのは相手が何者なのかということではなく、相手は何をしてきて、これから何をしたいのかということに目を向けることなのです。それがこのジャパリパークの群れを統べる長たるフレンズがすべきことなのです。そしてそのことは当然、私のことをいつもチマいだの非力だの散々イジり倒す、私の大切な、大切なあなたにもできて当然なはずなのです。」

診察室の中は博士が話終わったあと静まり返った。ただ、博士の言葉を聞いた助手は少しニヤッと笑って上を向き目を閉じ深く息を吐いた。その顔は博士の話に納得したような表情をしていた。そして博士はいまだサキの腕を握ったままサキの方を振り返った。振り返った博士の目はサキと同じように少し涙が溜まっていた。

サキは博士の言葉を繰り返し頭の中で唱えていた。「何をしてきたのか。これから何をしたいのか」、生まれがわからないサキにとってすがるものはそれしかなく、それはずっと学んできた医者としての能力だった。ついさっきまでボロボロだった、これまで積み上げてきたものが元通りにそしてさらに強固に修繕されていくのをサキは感じ取った。そうだ、生まれ持った不利は自分の力で切り開くこと、サキという名をもらったとき博士から聞いたことだ。


―――運命を切り開くのは、他でもない自分自身―――


ふと涙が引いていくのをサキは感じた。さっきよりよりはっきりと博士の顔が見えた。博士は強く、しかし優しく微笑みゆっくりとサキを抱き寄せた。博士の小さな抱擁はじんわりとサキの体に染み込んでいった。

「サキ、お前にも一つだけ確かなことがあるのです。それは、サキは医者だということなのです。だから私はお前を信じるんです。目の前の、私の大切な助手を救ってくれると。だからお前も私の信頼にこたえるのです。それが唯一フレンズの命を扱う権利をもった医者のフレンズであるお前の使命なはずです。」

博士の手を握る力は一層強くなった。サキはそれにこたえるよう強く博士の手を握り返した。そしてサキは左手でぎゅっと涙をぬぐいはっきりと宣言した。

「わかりました。大切な命、お預かりします。」

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