カルテ1-4 流れ星の降る丘

星の降りそうなきれいな夜空の下、サキとヒイラギはじゃぱりまんをかじりながら夕涼みをしていた。あっ、流れ星!とヒイラギが嬉しそうに指をさした。サキもその星がはるか向こうの山の影に消えるまで見届けた後、ヒイラギに軽く微笑んで流れ星についてのちょっとした小話をしはじめた。

「流れ星ってね、誰かの命の終わりをほのめかすっていうちょっと怖い話があるの。でもね、もう一つ、流れ星が消えるまでに3回お願い事を唱えると、流れ星がそれをかなえてくれるっていう素敵な話があるのよ。」

それを聞いたヒイラギは、さっきの流れ星さんに言っとけばよかったなと残念そうにしていた。少ししてヒイラギはサキの顔を見上げて不思議なことを言った。

「じゃあさ、流れ星さんが誰かが死んじゃうことを知らせるなら、その流れ星さんに向かって『その人を助けてください』って3回言ったらどうなるのかな。」

予想外の質問にサキは少しまじめな顔になって、なんて返そうかと困った。

「ヒイラギ、面白いこと言うわね。もしそうだったらその流れ星はお医者さんかもね。ほら見て!また流れ星だよ。」

サキは勢いよく一つの大きい流れ星を指さし、強引に話を逸らしごまかした。ヒイラギは振り返ってそれを凝視し始めたので、そのすきにもう少し上手い返しを考えようと思いながらそれを眺めていた。その白い流れ星はかなり大きくこっちに飛んでくるように見えた。

「サキさん!あれ星じゃないよ。鳥のフレンズだ!なんかこっちに向かってくるよ!」

サキより視力の良いヒイラギはいち早く飛んでくるものがフレンズの姿だと気づいた。サキもそれを聞いて目を凝らすと、それは猛スピードでこちらに突っ込んでくる博士の姿だった。

「あれ博士じゃん。遊びに来たのかな?」

ヒイラギはそう言ったがサキにはどうもそうには見えなかった。あの落ち着いた博士が血相を変えてすっ飛んでくるのだ。なにか急用があるのだろうか。

だんだんと減速し、ふわっと病院の庭に着地した博士に向かってサキは驚いた顔で声をかけた。

「久しぶりですね博士。何か急用でも?」

そう言い終わる前に博士はサキに駆け寄り汗だくの顔でサキを見上げた。博士の目元はいつものようにりりしく力を感じさせるものであったが、何かが怖いのか心なしか口角が下がっているようにサキには見て取れた。そしてその腕の中には助手がおり、垂れ下がった瞼をなんとか押し上げてサキを見つめていた。

「サキ、お前の力が必要なのです。助手を治してあげてほしいのです。」

博士は助手を抱えたまま深々と頭を下げた。

その言葉にサキは一瞬固まってしまった。


治す・・・? 助手を、私が・・・?


博士は頭を下げたままさらに続けた。

「私の留守中に助手の具合が悪くなったらしくて、しかもその悪くなり方がひどいのです。サキ、お前の持っている力ならなんとかできるはずなのです。」

サキは凍り付いたように身が固まってしまった。あまりにも突然医者としての仕事ができるチャンスが降ってきた。いや、むしろピンチか? 診療経験など皆無に等しい私に治療なんてできるのだろうか。万一力足らず助手が死んでしまったら・・・ 力足らずならまだしも、何か重大なミスを犯してしまったらそれこそ・・・

それでも

震えていちゃいけないんだ。逃げ出してはいけないんだ。

私は自分でこの仕事を選んだ。医者が逃げたら患者は死ぬ。それに、これまでずっと気にかけてきてくれた博士が頼ってきてくれた。ここで少しでも恩を返したい。

サキは自分のセルリアンブルーの両手をぎゅっと握りしめ唇を噛んだ。そして心を決めた。

「わかりました博士。手を尽くしてみます。」

サキはヒイラギに診察の準備をするように命じ、急いで助手を病院の中に搬入した。


助手を診察室のベッドに寝かせ、ヒイラギがバイタルのデータをとっている間、サキは博士からの話を聞いた。それによるとどうも助手は食中毒らしい。しかしどうも通常の食中毒と違い症状が重い。四肢に麻痺が現れているし言葉も上手く発することができなくなっているらしいのだ。

「体温37.0℃。呼吸数40/分。心拍151/分。血圧130/90mmHgです。」

「微熱程度ですか。熱病とかではなさそうだな。」

サキは勉強した知識を掘り起こそうと必死だった。熱のない食中毒の場合、原因の候補はそこそこ限られる。しかし助手は腹痛など消化器の症状を激しく訴えている様子ではなかった。むしろ倦怠感、それも麻痺があるようなだらりとした脱力感を帯びているように見えた。

「手足の運動ができるかを診ますね。」

サキが手足のまひの出方を確認しようと腕に触ろうとしたその時だった。突然助手がうめき声のような発声をしたのだ。唐突に飛び出した明瞭な言葉になり損ねたようなグチャグチャな音声にサキは呼吸困難になったのかと思って助手の顔を見たが、助手にその様子はなかった。しかし助手は小さく、しかし明確に首を横に振りながらうめき声を立てていたのだ。「どうしたのだろう」サキはもう一度腕をとろうとすると助手はやはり同じように「うぅー うぅっ」と呻き首を振った。この様子には博士も少々驚き、目を丸くしてサキをじっと見ていた。

なぜこんな反応が起きるのかとサキは疑問に思い腕を組んで考え込んだ。

私が腕を触れたとたん呻き始めた。呂律が回っていないのは病気のせいだとして、それでも私に何か伝えようとしていたのか。そうなると、腕を触ったことが何かを誘発したのか。痛み? 衝撃? 知覚過敏? それと、助手は首を振っているような様子を見せていた。その意味は・・・

サワラレルコトガ イタイ ビリビリスル イヤナノ キモチワルイ・・・ フレナイデ

もしや、助手は・・・

サキの脳内で答えは弾き出された。そしてそれを確かめるため、一度サキはヒイラギに助手の腕を触ってもらうように言った。ヒイラギは頷いて助手の腕をそっと手にとった。すると助手はサキの時には上げたあのうめき声をあげず、ヒイラギは力の入らない助手の腕をしっかりと握ることができていた。

「サキさん、助手さんの腕には全く力が入ってないよ。」ヒイラギは助手の腕に弛緩性麻痺があることを告げていた。しかしサキにはその報告は微塵も届いていなかった。サキはこの助手の様子によって、さっき出した答えが残酷にも的中したことを悟ってしまったからだ。サキはヒイラギに診察室に残って助手の様子を観察しておくようにお願いし、博士と一緒に診察室の外に出るとロビーのソファにフラフラと腰かけた。

「サキ!何が起こったのです!あの助手の様子はどういうことなのです?」

博士は目を見開いてサキにかしましく問いかけた。サキはうつむき、目に涙をためて苦しそうに口を開いた。


「博士・・・私にはやっぱり医者はできないです。こんな私に医者なんて勤まらないんです・・・」

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