カルテ1-3 流れ星の降る丘
箱ごとカレーパックを図書館に持ち帰った助手は椅子に腰かけ、パックの裏に書いてある説明を読もうと目を凝らした。説明は漢字交じりで読めるところが少なかったので、助手は英語で書かれた調理手順と合わせて類推した。
「なるほど。どうやらこれは電子レンジを使えば食べられるようなのです。」
一時間ほどかかけ、助手は易しめの英和辞典を用いながら、なんとか調理手順を理解することに成功した。正直英和辞典の漢字も読めなくてつらいところはあったが、食べ物のためなら努力を惜しまなかった。パックの封を少し切り、それをそのまま電子レンジの中に立てて置き扉を閉め、加熱時間を3分に設定してスタートボタンを押す。たったこれだけで夢に見たじゃぱりまん以外の食べ物が食べられるのだ。
ウキウキの止まらない助手はすぐさま調理手順をに沿ってパックの封を切り、それをレンジに放り込んで3分でセットした。3分チンしたのち取り出したカレーはアツアツになっていて、助手が今まで嗅いだことのない刺激的なな香りを漂わせていた。助手は今すぐ食べたい気持ちを抑え、パックから皿へカレーを移し替えスプーンを用意しテーブルについた。
「ふむ、見た目はけっこうおどろどろしいのですね。でもこの独特の辛そうな香りが食欲を掻き立てるのです。じゅるり。」
助手はスプーンでカレーを少し少なめに掬って初めて嗅ぐ匂いを愉しんだのち、ゆっくりとスプーンを口の中に入れた。カレーが口内に入るや否やその刺激が味蕾、脳幹、さらには全身を駆け巡る。感じたことのないシャープな感覚に、煮込まれた野菜のフラットな甘さやうま味が裏打ちされ、それら二つの相乗効果で食欲を満たす幸福感を奏でる。思わず助手は歓喜の悲鳴をあげ、椅子から浮いている両足をばたばたさせた。
「これなのです!これこそ普段の食事とは一線を画した「料理」なのです!この香り、この旨辛さ、食べれば食べるほど病みつきになるのです!」
助手はあっという間に一皿を平らげ、そしてつい調子に乗って2杯目のカレーを温めだした。
ステージ機材の故障の修理には予想以上に時間がかかってしまった。博士はコウテイペンギンにお礼としてもらったピンク色のじゃぱりまんをつまみながら帰路についた。空は地平線上に少しオレンジ色があるほかはもう全て暗い色に染め上げられ、細い三日月が存在感なく浮いていた。
「こういう月が欠けているときの方が、星がきれいに見えて私は好きなのです。」
博士は背面飛行になって星空を眺めリラックスした。疲れた体に星の光の活力がしみいる気がして、博士は心地よく感じ、帰ったら何の本を読もうかなと考えていた。
夜間飛行を終え博士は図書館についた。図書館には電灯があり窓から漏れる暖色光が帰宅した博士を温かく迎えた。
「ただいまなのです。助手。」
博士はいつものように扉を開け中に入った。ただいまという声はなぜか誰にも受け取られなかったようにフロアを弾んで消えた。いつもなら本の山から助手が顔を出しておかえりと投げ返すはずだ。博士はもう一回ただいまと言ってみるが返事はやはりなかった。博士は助手も外出したのかと思って辺りを見回すと床に見慣れない箱が置かれていた。博士が中をのぞくと、銀色のレトルトカレーのパックが数十個詰め込まれていた。念願の料理が食べられると博士も一瞬喜びはしたが、すぐに疑念が浮かんだ。
「おかしいのです。これはおそらく助手が見つけてきたものなのですが、助手の性格からしてこういう手柄はすぐにドヤ顔で私に見せつけてくるはずなのです。こないだ助手が荷物を載せる台車を見つけた時も、『博士、これさえあれば博士の小さいからだでも同時に多くの本が運べるのです。』とか言ってきたの、私は地味に根に持っているのです。」
料理を食べたいと思っていたのは博士も同じであったので、カレーパックを見つけた助手は真っ先に博士に報告しに来るはずなのだ。それが無いということは寝ているか急用ができたかであるのだ。
「助手― いるのですか?起きてたら返事するのです。」
博士は助手の名前を呼びながら一階を歩き回った。ふとテーブルに目を向けると何やら皿が置いてあった。見ると食べかけのカレーが置き去りにされていた。カレーはすでに完全に冷め切っており表面が乾燥していた。博士は不審に思い眉をひそめ、あたりを注意深く見回した。すると床にきれいに積まれた本の影何かの気配があることに気付いた。博士はつかつかとその気配のするところに向かい、本の壁の影を覗き込んだ。そこには助手がブランケットをかけて寝転がっていた。しかし、気だるそうに転がっている助手はただ寝ているとは到底思えない様子だった。顔面は蒼白であり、顔周辺には吐瀉物が撒き散らかされていた。手足はぐったりと力が入らないようで、身動きが上手く取れないように見えた。そして辛うじて開いている虚ろな目は、引きつった顔で自身を凝視する博士の姿を力なく映していた。
「じょ、助手!どうしたのです。何があったのです!」
博士はあわてて駆け寄り助手の背中をさすった。意識は鮮明であった助手は力なく答えた。
「は、博士。急にお腹の調子が悪くなって、それでそのままこんなことになってしまったのです。手足に力が全然入らなくて、吐いた時も動けなかったのです。」
「助手。目を開けて私を見るのです。大丈夫、私が何とかしてあげるのです。とりあえず水を飲むのです。」
博士は井戸から水を汲んできて助手の状態を起こし口から水を少しずつ流し込んだ。助手はむせ返りながらもなんとか水を飲んだ。しかし助手の瞼はなかなか開かなかった。正確には瞼が垂れ下がって上手く開けられなかったのだ。なんとか薄目を開けた助手は博士の顔を見て少し首を傾けた。
「博士が二人、、、見えるのです。いや三人かな。いつから妹ができたんですか。」
「な、なにを言ってるのです助手。ここにいるのは私一人なのです!」
博士は全身に脂汗が流れているのを感じた。この助手の容態は何かおかしいと思えたのだ。通常ジャパリパークのフレンズはじゃぱりまんのみを食べるのでお腹を壊すことはない。たまにじゃパリまん以外のもの、木の実や虫などを食べてお腹を壊すフレンズもいるにはいるが、今の助手ほど体調が悪くなった者を見たことはなかった。
このまま放置すると間違いなく助手は大変なことになる。
今こそあいつを頼ろう。
博士は決心を固め、すくっと立ち上がると助手の顔周りについた冷や汗をタオルで拭いて抱きかかえ、そのまま図書館を猛スピードで飛び出した。
「博士、私を抱えてどこにひくのへす(行くのです)?」
外の空気が体にあたっていることに気付いた助手は辛そうに言った。助手はどうやら呂律が回らなくなってきたようだ。自分より体格の良い助手を抱え羽ばたく博士は息を切らしながら答えた
「助手、今こそサキを頼るときなのです。サキの持っている知識と技術なら必ずお前をたすけてくれるのです。」
それを聞いた助手は発音さえままならなくなってきた小さな声で何かを言っていたようだが博士の耳にはもう届かなかった。先刻までうっとり眺めていた星空も今の博士の視界には一切入らなかった。命の危機に瀕する相棒を抱えた博士はただただ一心不乱に丘の上の病院へと向かって疾走する流れ星と化していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます