第23話 ちびエルフは挑戦を受ける
新型ドラゴン製造工場は、文字通り壊滅していた。
ラインに並んでいた大型装置類は、その殆どが破壊され、ゴブリン工員や親衛隊による懸命の消火活動にもかかわらず、一部はまだ炎上を続けている。
「なにが起きたんだ?」
惨状に茫然としながらも、アルガスは問うた。
「数匹のドラゴンが突然魔力燃焼器官を暴走させた。それが、どうしたわけか他のドラゴンにも次々と伝染していき、最終的にはライン上にいたほとんどのドラゴンが一斉に口から魔力エネルギーを噴出させながら暴れだした。らしい」
ブロームが冷静に答える。
「これは見た目以上に深刻な事態だ。ラインの再構築自体は容易に行えるだろうが、原因がまるでつかめない。ドラゴンの改造方法そのものを一から再検討する必要がある。しばらくは再稼働させることは不可能だろう」
フォスがやはり、実直に分析した。アルガスはゴブリンのこういうところを嫌いではなかったが、こんな場合はもうちょっと言い方に配慮してくれてもいいのになとか考えた。
「慎重に慎重を重ねたつもりだったが、やはり、急ぎすぎたのかもしれない。意識はしていなかったが、実績欲しさに焦ってしまっていたのだろう。これは全面的に我々のミスだ。大変に申し訳ない」
ブロームとフォスは、許しを請う、いたずらが発覚した子犬のような瞳をアルガスに向けてきた。
ゴブリンもまた、ドワーフと同じように、自分たちの技術に並々ならぬ矜持を持つ一族であり、彼らが見た目以上に今回の失策で傷ついていることはアルガスには理解できた。だいたい、連日催促して急がしたのはアルガスのほうで、罪を問うと言うなら同罪である。
「わかった。もちろん魔王様の裁可を仰ぐことになるが、今は罪をあがなうよりも、原因究明と再稼働に全力を傾注しよう」
「了解した。しかし……」
ブロームは眉をひそめてアルガスの顔を見て言った。
「リピッシュはどうする?」
ああ、そうだ。それがあった。アルガスは両手で頭を抱え込んだ。
「双方並行してあたるしかないだろうな……。どちらもいったん止めるなんてことは不可能だ」
「了解した。となると、リピッシュに予定していたすべての改良を施すことは不可能になるだろうが……」
「それよりも、リピッシュは暴走する恐れはないんだろうな?」
ブロームとフォスはしばらく目線だけで何かを語り合っているようだったが、やがてうなずくとフォスが口を開いた。
「それは大丈夫だ。むろん、100%の確約は難しいが、あれは充分に時間をかけて錬成したドラゴンだ。問題が起こるとは考えにくい。これ以上無理な改造を行わないとなればなおさらだ」
「頼むぞ、それだけは……」
さすがのゴブリン兄弟も、完全に意気消沈しているアルガスに気を遣い、次の報告をするのをためらっていたが、それ以上先延ばしにするわけにもいかず、やがてブロームが口を開いた。
「それから、工場横の飼育格納庫で最終調整を行っていたシュツーカなのだが……」
「まだなにかあるのか?」
巨大な格納庫は完全に焼け落ちていた。
慌てて引き出されたらしい無事なシュツーカ達が格納庫前の発着場に並んでいたが、その数は信じられないほど少なかった。
「魔法エネルギー放出の直撃を受け、あっという間に燃え上がってしまったらしい。完成していたシュツーカの8割近くが被害を受け、修復……治療可能な数は少ない。また、無事だったものについてもやはり暴走の怖れがあり、原因を特定したうえでの再検査が必要だろう」
フォスが無念そうに報告した。
アルガスは口を半開きにして言葉もなくその光景を眺めていた。タイミングを考えると、こちらの方が問題だった。それはやっと1個師団分数をそろえたはずの新編成軍が瓦解してしまったことを意味するからだ。
新しい軍編成はシュツーカの集中運用を前提としていた。暴走の危険を看過して残ったドラゴンを無理に使ったとしても、教導部隊としてすでに編制済みの大隊ひとつのほかは、想定通り動かすことは難しいだろう。
「機密保持のため、作業員の数をぎりぎりまで絞っていたのが災いした。みな必死に消火作業を行ったが、ほとんど効果を上げられなかったようだ。急造した格納庫の防火設備にも少なからず問題があったものと考えられる」
焼け落ちた格納庫の近くで、息絶えたドラゴンの体を、ゴブリン工員たちが悲しそうに撫でているのが見えた。彼らを責めるのは、いかな悪魔であっても酷というものだろう。
好事魔多しとはいうが、俺が一体何をしたと言うのだ、とアルガスは自分が魔であることは棚にあげて思った。何もかも順調だったと言うのに……。
すぐにでもいろいろと対策を立てなければいけないことはわかっていたが、アルガスの頭は空っぽのままだった。
1匹の悪魔と2匹のゴブリンは、黙ったまま、しばらくそこに立ち尽くしていた。
さて。
エルフ国政府が魔王国の挑戦を受け、リピッシュとセイバーのレースが開かれることになるというニュースは瞬く間に世界中に広まった。
両国の実際の思惑はともかく、それは「平和と友好」をお題目としたイベントとなると合意され、派手に発表された。
ドラゴン工場での事故の影響は深刻であり、正直レースどころではなかったのだが、いまさらこちらから出した挑戦を引っ込めるわけにもいかず、また、事故についてエルフ側に気取られる訳にもいかなかった。アルガスはレースについて話し合う、エルフと魔王国、そして人間族のプロモーターとの会議には、平静を装って代表団を送っていた。彼らにもなるべく平静を装い、波風を立てないことが厳命されていた。
その結果、ルールや開催日についての調整は非常に順調に進んだ。
双方ともに速度重視の設計であったため、レース内容は中立地帯にコースを設け、それを周回することで行われることに正式に決まった。協議の結果、タイムアタックではなく、同時に周回する方式がとられることとなり、1周50キロ……50エルキほどのコースを規定数周回して、先にゴールに飛び込んだ方が勝者となる。
開催日はプロモーターの主張が通り、半年後と決まった。もちろん、アルガスと魔王国には実際にはもっと時間が必要であったが、魔王国側から引き延ばしを申し出るわけにもいかず、しぶしぶそれを受け入れた。
各魔力メディアはこの大イベントに向けて一斉に利権獲得に動き出し、放送権の値段が日に日に吊り上がって行ったことだけが、アルガスにとって明るいニュースだったかもしれない。もっともそれはエルフ国にも同額分配されるのだが。
特集番組がいくつも組まれ、グッズなども飛ぶように売れた。中でも、ドワーフのある企業が開発した「実際に飛ぶ」リピッシュとセイバーの模型は大ヒットとなり、どの種族でも子供たちは初めて触れる「飛行機械」に夢中になった。
そんな中、ノムちゃんただ一人が
ブレダの「保護者」を自認するノムちゃんにとって、ブレダの意志を無視してみんなが盛り上がってしまっていることが許せなかったのだ。
「だいたいさあ、まずブレダちゃんに聞くべきでしょう?受けるかどうか!何勝手に決めちゃってるのよ!」
「あー、まあ、そうかもしれないねえ」
官舎での夕食の席でそう聞いたノムちゃんに、ブレダは目を泳がせながらあいまいに答えた。
「え?」
長い付き合いであるノムちゃんには、ブレダの嘘はすぐわかる。
「まさか……聞かれたの?受ける前に?」
「う、うん……実は……」
「なんで教えてくれなかったの??」
「あーいや、その、なんとなく……」
ブレダは困ったような顔になり、小さな声で言った。
「ノムちゃん反対して怒り出しそうだなって思って」
「あったりまえじゃないの!!」と机をたたいて叫びそうになって、ノムちゃんはすんでで思いとどまった。
ちょっと待って、これじゃ本当に口うるさいお母さんみたいじゃない。ちがうの。お母さんって言うのは、そうじゃなくて、あくまで……そう、あくまで設定でしょ?一緒に暮らす上での設定に過ぎなかったんじゃないの?いや、心配なのは本当だけど、すごく心配だけど、本当のお母さんはブレダちゃんの意志を尊重するっていってるのに、なんで私がこんなこと言えるのよ?友達?友達として?いやあ、友達の範疇は超えちゃってるんじゃないかな。じゃあなんなのかしら。ああ、いやそんなこと。そんなことはないわけだから、やっぱりこれはただのおせっかいだわ。おせっかいはだめ。よくない。でも心配だし。ああ、どうすればいいんだろう……この振り上げてしまった両手をどうすればいいのかしら……。
久々に過熱しているノムちゃんに気が付いて、ブレダはピッチャーから水をコップに注ぐとノムちゃんに手渡した。ノムちゃんは無言のままそれを受け取ると一気に飲み干し、頭から盛大に蒸気を上げた。
「だいじょうぶ?ノムちゃん?」
「だいじょぶ!」
エルフ国がレースの挑戦を受諾すると決定したあの御前会議の前に、ブレダはこっそりと宮殿に召され、第二皇子からその意思を確認されていた。
この会談が秘密裏に行われたのは、聖帝様がブレダの余計な干渉の交らない、本当の気持ちを知りたいとご所望されたためだった。
覚悟を問われたブレダは、パイロットとして挑戦を受ける用意があることを皇子に伝えた。それも受けて聖帝様はご聖断を下し、今日に至るというわけだった。
だいぶクールダウンしたノムちゃんは、夕食のお皿を慎重に脇に避けて、食卓に突っ伏すと言った。
「え~?どうしてそんな簡単に引き受けちゃったの?もうブレダちゃん充分がんばったじゃない。そこまで背負いこむことないのに……」
「簡単に引き受けたわけじゃないよぉ。結構悩んだし」
ブレダは皇子の問いに、かなり長いこと考えてから返答していた。
「セイバーは私の飛行機というだけじゃなくて、先生や、リリエンさん、アナトラさんたち研究所のみんなで作ったものだから、私ひとりの都合で断れないって言うのも確かにあったけど……」
「やっぱり。ブレダちゃん優しいから……」
「でも、それだけじゃないかな」
「あら」
「やっぱりね、私も思っちゃったんだ。競争してみたいなって」
「へ?そうなんだ……その……なんていうか……意外かも」
「え?そうかな?」
ブレダは、せっかちではあったが、争いごとを望むようなタイプではなかった。
それに、あのテロ現場で震えていたブレダの体の感触は、まだノムちゃんの記憶に強く残っている。
「いつのまにか強くなったんだねえ……ブレダちゃん」
「ノムちゃんまたお母さんみたいになってるよ」とブレダは笑った。
「えへへ」
「それに、別に本当に戦うわけじゃないし。競争するだけだよ。そんなに心配しなくても大丈夫だよ」
「そうかなあ」
「じゃあノムちゃんは、私とセイバーが挑戦を受けないで逃げ出す方がいいと思うの?」
「えー、それはずるいよー。そりゃブレダちゃんとあの飛行機は負けるわけないとは思うけどさあ」
椅子に座って食卓に突っ伏したまま、ノムちゃんは足をパタパタさせた。
「大丈夫。セイバーはとってもいい飛行機だから。きっと勝つよ」
アルバトロスでのんびり飛ぶのも素晴らしい体験ではあったが、セイバーで飛ぶ空はそれとは全く違うものだった。思い通りにどこまでも加速し、どこまでも上がれそうな気になってくる。
あの子ともっと速く、もっと高みまで、どこまで行けるか試してみたい。それがブレダの偽らざる希望であった。その上、
そして、ブレダにはもう一つ気になっていることもある。
ブレダの他にこの「同じ世界」に到達しているであろうこの世でただ一人の存在、魔王軍のパイロットであるヒルデのことだ。
それが、宣伝通りに本当に魔王本人なのか、影武者なのかはエルフ国諜報部も明確に判断できずにいたが、ブレダはパイロットは魔王ヒルデその人に間違いないだろうと考えていた。
セイバーに記録を抜かれたと聞いて、即座に挑戦状をたたきつけた気持ちがよくわかるような気がしたのだ。そして国を動かしてまでそんなことが本当にできるのは魔王本人だけだ。
「ひょっとすると……」とブレダは考える。
「一緒にレースをすることで、魔王さんと少しでも分かり合えることができるかもしれない」
淡い希望であったが、ブレダには、「あの空」を飛ぶヒルデが今まで教えられていた通りのただただ邪悪な存在のままでいられることが信じられなかったのだ。
エルフ国を脅かす魔王軍の首魁である魔王を少しでも理解することができれば、あるいは戦いを避ける方法も見つかるかもしれない。そんなことも考えていた。
「それに悪いことばかりじゃないよ。レースに向けて訓練するってことで、めんどくさい取材や行事参加は全部キャンセルになったし」
「んー」
ノムちゃんは足パタパタをやめてしばし黙考してから言った。
「でも、でも、無茶だけはしないでね?」
「ああ、うーん。それはレースだから、多少の無茶はするかもだけど……」
「えええええ」
ブレダは手を伸ばしてノムちゃんの頭を撫でた。
「いつも心配してくれてありがとうね。でも私とセイバーを信じて。あの子は必ず無事に私をノムちゃんのとこに連れて帰ってくれるから」
「ぐぬぬぬぬ」
いいこいいこまでされてしまったら、ノムちゃんはもう抗えなかった。
「わかった!応援するよ!私はブレダちゃんとセイバーを信じる!……い、いや、今まで信じてなかったわけじゃないけれども!ちがうけど!」
勝手にあわあわしだしたノムちゃんをみてブレダは笑い出し、やがてそれはノムちゃんにも伝染した。
ブレダの小さな官舎は明るい笑い声に包まれていった。
翌日。
基地の格納庫にやってきたブレダが見たものは、ほとんどバラバラに分解された愛機、セイバーだった。技術者や科学者がそれに群がっている。
「えええええ」とブレダは思わず声を上げた。
「お、来たね?ああ、心配することはないよ。半年かけて、セイバーを完全な
と、ほとんど寝ずにセイバーを分解していたらしいリリエンが言った。
横で作業を指揮していたペルトリも弾んだ声でブレダに告げた。
「エンジンも載せ替えるぞ!レース協議会では新型機の開発は認められなかったが、許されるぎりぎりまで手を加えるからな!事実上、この機体はセイバーⅡということになるだろう!」
「えええええええ」
アナトラまでもがぎっちり書き込まれたスケジュール表をもって興奮していた。
「ブレダちゃんには、設計変更に伴う機体特性の変化などに慣れてもらうために、シミュレータ訓練のやり直しをしてもらいます。ああ、それから、レース用に新しい
「ええええええええ」
当面の目標を達成したのち、いったん解散に近いところまでばらされていたプロジェクトチームが再結集していた。彼らは、あの怒涛の一年と同じモチベーションをもって、事に当たろうとしていた。
「よいか!今度こそ本当にこの機体を『ドラゴンをたおす
ペルトリの檄に全員が「おおう!」と応えた。
最初は呆れていたブレダも、張り切っているみんなを見ていたらだんだんなんだかうれしくなってきた。
一方。
魔王国でもリピッシュの改良が急ピッチで行われていたが、それは魔王様が思うほどには進んでいなかった。ブロームとフォスの技術陣の半分が、例の事故の原因究明に割かれてしまっていたからである。
事故原因はかなり根深い所にあるらしく、それを解明し対策をとるにはかなりの時間を要しそうだという報告がこの件を担当することになったフォスから来ていた。
アルガスは破壊工作の可能性も考慮して、親衛隊に調べさせていたが、その証拠はなにも上がってこなかった。やはり純粋な事故であると考えるしかなく、アルガスは本当はこちらに全リソースを集中したかった。降ってわいたレースよりも、魔王軍の建て直しのほうが、ずっと前から急務とされていたからである。
しかし、魔王様はそれを許すつもりはなさそうだと、リピッシュ改良担当となったブロームはほとんど半泣きで報告してきていた。
魔王様のご意志は全力を挙げてリピッシュをあの忌々しい飛行機械に勝てるドラゴンに改良せよというもので、面と向かって命じられれば逆らえないであろうアルガスは、必死で魔王様と顔を合わせないように逃げ回っていた。
しかし、そろそろどちらを優先するのか決めなければいけない時期が来ているのも確かだった。どっちつかずが一番よくないことはわかり切っている。
となれば、魔王様の言う通り、リピッシュの改良に集中するのが当然だろうなとアルガスは考えた。
勝ってしまえば、ヒルデへの支持はさらに盤石なものとなり、軍隊を動かさなければならないような事態は当面発生しないだろう。まずはレースに勝利し、それから事故原因の究明と、軍の建て直しを行えばよい。
しかし、それは確実に勝つことが必要不可欠な条件となる。もし、全力で行ってもリピッシュの改良がエルフ国のそれに及ばず、負けるようなことになれば、ヒルデの支持率は低下して、また内乱の危機を迎えることになるかもしれない。その場合、現状の乏しい戦力で、また戦果を上げる戦いを仕掛けるか、内乱の鎮圧を行うこととなる。
正直、それは厳しいとアルガスは考えていた。教導大隊は強力ではあったが、所詮は一大隊である。できることは限られる。
ブロームとフォスの腕を信用しないわけではなかったが、ほぼ1年で0にちかいところからリピッシュに匹敵する性能を持った飛行機械を作り上げたエルフ国の技術力も、甘く見ることは絶対にできなかった。
「絶対に勝つために、なんらかの手をうつ必要があるな」とアルガスは考えた。
タイトロープを渡っているのはエルフ国も同じなのだ。彼らにも、勝てる飛行機械とその操縦士はまだ一組しか存在しない。
「余計なことをするなよ」と魔王様から厳命されていたが、事ここに至ってはもはやきれいごとも言っていられないだろう。
「そうだ。あのちいちゃなパイロットさえいなくなってしまえばよいのだ」
アルガスはそう考え、魔王側近を代々務めてきた一族秘伝の、魔王様すら知らない極秘の魔法通信チャンネルを開いた。
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