第22話 エルフ国は挑戦される

「決めたわ!こうなったら、直接勝敗シロクロつけてやるわよ!」

「は?」

「レースよ!こいつと私のドラゴンリピッシュでレースをするの!」

「れ、レースでございますか?」


 ヒルデの突然の提案に、アルガスは完全にあわあわとなっていた。

 確かに、セイバーとリピッシュのどちらが高性能なのかという議論は、エルフ国でも人間国でも、そしてここ魔王国でも大きな話題となっていた。

 魔力メディアには「軍事評論家」という種族が登場し、様々な分析を行っていたが、彼らも最終的な判断は保留したので、たびたび発言に恣意的な編集を行われて憤慨していた。

 マニアたちは「バトルプルーフされている以上、ドラゴンの方が上だろう」という一派と、「後から開発された方が高性能なのは明らか」という一派に分かれて不毛な論戦を繰り広げていたが、もちろん結論は出ない。

 情報が限られているので当たり前だった。それに、そんなものは直接比較する以外わかりようがない。

 しかし、だからと言って……。


「し、しかし、この分野の技術に関しては我々が一歩も二歩も先んじており、なにもレースなんかしなくても、そのうちその優劣は自然と明らかに……」

「本当に何もわかっていないのね?アルガス!」

 ヒルデは左手を腰に当て、右手で机にたたきつけた新聞を指し示した。そこには例の漫画のページが開かれている。

「いい?貶められたのはリピッシュこのこなのよ!?そしてそれは同時に乗り手である私への侮辱でもあるわ!それともお前はこの辱めを受けたことは、大した問題ではないとでもいうの?」

「いいえ!決してそのような……」

「困った」とアルガスは思った。一度こうなってしまったら、魔王様は絶対にその意思を翻さないだろう。それは過去の経験からも明らかすぎるほど明らかであった。

 アルガスは、「レースを行う」ことの損得を頭の中で高速に計算した。

 ヒルデが勝てばもちろん問題はないだろう。それは魔王軍の技術力を世界にむけて誇示する機会となり、国内世論的にもヒルデ支持をより一層高めることになる。

 しかし、もし、仮に、惜しくも負けるようなことがあったら……。

 ヒルデの言う通り、「魔王様」が侮辱されたと判断するなら、これは確かに由々しき事態ではあったが、アルガスは余計なリスクを冒したくはなかった。

 そして、それはヒルデの名誉挽回のためだけに冒すには大きすぎるリスクだとアルガスには思えた。

 だが……目の前でかんかんになっているこの小さな魔王様を説得する自信も、まったくといいほど沸いてこない。


 アルガスの脳は依然としてフル回転していたが、どう説得したものかの結論はまったく出ず、口をパクパクさせていると、ヒルデが通告してきた。

「ただちに、私のリピッシュとこの飛行機械ドラゴンもどきのレースの手配をし、エルフどもに挑戦状を送りなさい!そしてそれを必ず受けさせるのよ!何をしてもいいわ!」

「あ、いや……その……」

「わかったわね!!」

「……ぎょ、御意のままに……」

 アルガスは結局負けてしまった。



 さてさて。

 訓練と座学に明け暮れていたブレダの生活はあれ以来一変してしまっていた。

 連日メディアの取材が入り、この新しいちいちゃな英雄について、根掘り葉掘りいろんなことを聞かれ、様々なイベントごとに引っ張り出されることも多くなっている。

 ノムちゃんは聖都のショッピングモールに赴き、店員と相談して、そういう場にふさわしい衣装をいろいろ取り揃えてきた。

 ブレダはその値段を見て驚いたが、例の「若干の支度金」でそれは賄え、そしてそれが支給された意味もやっと理解した。


 しかし、所詮は田舎者にすぎないブレダに、それほど面白い感動エピソードが豊富にあるわけがなく、取材した記者たちはやがて記事が書けなくなって困り、終いにはいろいろでっちあげ始めた。

 ブレダは自分が一生懸命話した、アグスタやマリエッタのこと、進路相談所での体験、ペルトリやリリエンの夢の話などがばっさりカットされ、話した記憶もない、いい加減なエピソードが記事になっているのに最初は驚いて問い合わせたりもしたが、納得できるような返事がもらえず、そのうちあきらめていた。

 ちなみに、魔力メディアのほとんどは人間族が経営している。


「そきゅーりょくがないってどういう意味なんだろうね」

 ブレダは官舎のベッドに横たわりながら、ノムちゃんに聞いた。

「なんだろ……それ」

 さて、以前までのノムちゃんであれば、ブレダが一躍人気者になるというこの状況は心穏やかではいられなかっただろう。

 だがしかし、今のノムちゃんはブレダと寝食をともにし、そのお世話を一手に引き受けている身だった。

 にわかがいかに騒ごうとも、もう動じることはない。リオレやファルマンも最近は無理に勧誘することをやめているようだった。

 いわば正妻……じゃなかったお母さん!お母さんだから!

 しかも、今ではこんなこともできる。

「ここですか?お客さん」

「もうちょっと右かな?あ、そこそこ!」

 ノムちゃんはブレダの腰に手をかざして、学校で覚えた初歩治癒魔法をかけていた。

 本来、治癒魔法はこんな風にマッサージ代わりにかけるものではないが、ノムちゃんのそれは強すぎず弱すぎず、とても気持ちがいいとブレダには好評だった。

「訓練とかじゃ全然平気だったのに、写真撮影とか晩餐会とか、ずっとじっとしてないといけないから、もう体がカチカチで」

「たしかにこってますねぇ……お客さん。こことかどうっすか?」

「ああ!そこ!そこだよ!気持ちいいよノムちゃん!」

 ブレダのこんな声を聴いても、最近は妄想が突っ走ることも減っていた。


 妄想と言えば、例の妄想暴走治癒魔法への「違うアプローチ」については、時々イスパノと話してはいたが、依然として、何もつかめない状態だった。

 しかし、最近のノムちゃんは治魔師学生としてそこそこ順調に腕を上げてきており、このまま「普通の」治魔師になってもいいかな?とか思い始めていた。

 それに治魔師学校は16年も通うのだ。そのうちなにか見つかるかもしれない。

 最悪の場合でも、リラクゼーション治癒魔法のお店くらいはもてるだろう。


「そういえば、ブレダちゃん、あれ、受けたりしないよね?」

「あれって?」

「レースがどうのこうのってやつ」

「なにそれ?」

「ちょっとまってね」

 ノムちゃんは寝室を出て居間に向かうと、新聞を手にして戻ってきた。

「これこれ」

 ノムちゃんがベッドに広げて見せたのは、派手な全面広告だった。挑発的な文面で、エルフ国にある提案をしている。

「なにこれ!」

「ブレダちゃんのセイバーと、魔王とこのドラゴンでレースをしたいみたいだね」

 ノムちゃんは口をとがらせて言った。



 その広告は魔王国の名前で出稿されていたが、実質的な仕掛人は人間族の有名興行会社プロモーターだった。

 話をつけてきたのは、意外なことにハインケルである。

 彼はヒルデのレース開催通告について聞くと、しばし考えた後、支持を表明し、昔なんらかの事情があってコネがあったらしいこのプロモーターに連絡を取ったのだ。

 謹厳実直な実務家であるハインケルは反対に回ってくれるだろうと期待していたアルガスは驚いた。

 このじじい、何を企んでやがる。まさか、この件で俺を陥れて、ファンクラブ会長の地位を……いやそれだけは絶対に渡さない!とかなんとかも一瞬思いもしたが、冷静に考えればそんなことはなさそうだった。それに、ただ外交ルートで挑戦状を送るだけではエルフ側が乗ってくる確証はなかったため、しぶしぶ任せることにした。

 連絡を受けたプロモーターはこのショーが莫大な利益をもたらすことを即座に理解し、エルフ側に挑戦を受理させるため、一大キャンペーンを打つことを決定した。

 ブレダたちが見た広告はその一環にすぎず、魔力メディアなどに金をばらまき、レースの話題を盛り上げる大がかりな工作が開始されていた。

 世論が盛り上がれば、エルフ国も受けざるを得ないだろうと計算したのだ。


 果たして、人間国では大々的に、エルフ国では努めてさりげなく、この話題はたいへんに盛り上がり、エルフ政府の対応が注目された。



 そういうわけで、エルフ政府側の「お返事」を協議する非公式会議が開かれたが、これは紛糾した。

 依然として「ヒルダ様親衛隊」を突破できない諜報局は、敗北するリスクを冒してまでいきなり挑戦してきた真意を掴むことに失敗しており、警戒すべきだと主張していた。

 一方、国内、国際世論がレース開催に傾いているのも事実であり、これを断ることは内外に弱腰と捉えられかねない。魔王軍の軍事的圧力が増して来ている現在、それもまた容認できる事態ではなかった。

 もし乗った場合、セイバーが勝利してしまうと新魔王の支持率の低下をもたらし、今度はそちらが魔王軍の新たな軍事行動の火種となることも危惧された。と言って、負けたらセイバーの抑止力としての効果を削ぎ、エルフ国民に不安を与えることになる。


「それで」と皇室の国防担当である第二皇子は問うた。

「もし受けた場合、公平なレースにはなるのか?」

「そちらは問題ないかと思われます」

 軍の情報部参謀が答えた。

「実際に動いているのが人間国の興行会社であることは隠そうともしていませんが、ここはレースを興行として成功させるため、かなり公正な試合形式を提案してきています。レース会場は魔王国と人間国の国境近くにある中立地帯。どう話をつけたのか、審判として、『山の巨人族』まで引っ張り出してきました」

「ほう」

 山の巨人族とは、だが別に巨人ではない。身長はエルフや人間と大差ない種族である。だが、太古に神である巨人が地上に降り立ち、土地の娘をめとって作った子供の子孫であると主張しており、この話の真偽はともかく、非常に誇り高く、彼らの思う「下々のもの」には常に公平であった。

 また、その国土はあまりにも小さく、険しい山の中にあったため、どの戦争でも迂回されるのが常で、何れの陣営にも与することなく中立を護ることに成功しており、過去には紛争の調停者としてもたびたび利用されている。

 あのエルフからさえも「堅物」と言われることもある彼らの採用は、レースの審判としてはぴったりの選択であった。

「試合のルールについても、特に我が国が不利になるようなものではありません。なにか問題があるならば、魔王軍も交えて話し合う準備もあると言ってきています」


「最良の選択肢は、挑戦に乗ったうえで接戦で負けるというものでしょう」

 軍代表の将軍が言った。

「これならば、魔王軍を刺激することなく、わが軍の飛行機械は新ドラゴンに劣らない性能を持つことが誇示できます。また、着手したばかりの軍の近代化、特に航空部隊編成への予算獲得について、国民への理解を高める効果も期待できるでしょう」

「八百長は非常に面白くないが……」と皇子は考え込んだ。

「しかし、ここはまず先生にお聞きすべきだろう。我々の飛行機械……セイバーは、あのドラゴンに本当にレースで勝てるのだろうか?」

 皇子にいきなり聞かれて、ペルトリは渋面で答えた。

「それは、接戦に持ちこんでわざと負けられるだけの性能があるかというご質問ですかな?」

「その案についてはとりあえずは考えるのはよそう。勝てもしない機体ではわざと負けるもなにもない。どうだろうか?」

 ペルトリはしばらく考えてから言った。

「現状でを超える性能を持っていることは自負しておりますが、挑戦してきたということは魔王軍はレースまでにかなりの性能向上チューンアップを行う自信があるのでしょう。むろん、うちも全力でそれを行えば優位を維持できるかもしれませんが……」

 ペルトリは将軍にちらりと一瞥をくれてから言った。

「そうすると、設計が始まったばかりの、ブレダ君専用ではない、実戦用量産型飛行機械の研究がストップすることになります。そうでもしないと追いつけないでしょう」

 将軍が何か言いかけたが、皇子はそれを手で制すると言った。

「君たちが全力であたればセイバーは……ブレダ少尉は勝てるのだな?」

 ペルトリは腕を組んでしばらく黙考していたが、やがて答えた。

「勝てます」

「わかった」

 皇子は会議出席者全員に向けて言った。

「この挑戦状のあて先は、父君、聖帝陛下となっている。諸君の意見を聖帝様にお伝えし、協議の上、聖帝様のご決定を追って伝えることとする。ご苦労であった」


 数日後、正式な御前会議が開かれ、ご聖断が下った。

 それは「エルフ国は挑戦を受ける」というものであった。


 ペルトリには、ほかのすべてに優先し、ただちにレースに向けたセイバーの改良、調整を行うことが命じられた。

 命令書には第二皇子からの「あの件」は当面考慮しなくてよい、存分に準備せよというメモが添付されていた。



 エルフ国がレースを受諾した知らせを受け、とりあえず魔王様の命令を一つクリアしたアルガスはほっと息をついた。


 しかし、やるからには勝たねばならない。

 アルガスはすでに勝算についてブロームとフォスと話していたが、予算と時間が十分なら勝てるものにして見せるという返事をもらっていた。

 彼らは、すでにパイロットであるヒルデからも数々の改良を命じられていたが、これまではシュツーカの改良とラインの効率化、それに新型制空用ドラゴンの開発などに忙殺されており、待ちくたびれた魔王様からたびたびお叱りをいただいていた。

 アルガスはブロームとフォスを呼びつけると、それらを一旦停止させ、予算は度外視でリピッシュの改良だけに着手するよう改めて命令を与えた。

 ブロームとフォスは、特に予算について、大喜びでこの命令を受領した。

「魔王様の要望の他にも、温めていたアイデアがいくつもあるのだ。これで実現できるだろう」

「レースまでには見違えるようなドラゴンになる。任せておいてほしい」

 期待に胸を膨らませ、げひげひと笑いあう兄弟にアルガスはふと聞いた。

「そういえばリピッシュほど速いドラゴンはほかにいないと以前言っていたが、現在でも作れないのか?」

 ヴロームとフォスは顔を見合わせたあと答えた。

「技術的なことであればあれから多少の進展はあるが、あそこまでピーキーな性能となると、ベースとなるドラゴンも選ぶ必要が出てくる」

「リピッシュほど血統がよく、配合がうまくいったドラゴンはほかにいない」

「そういうのもあるのか……待てよ、配合とか言ったが、あんなに改造してしまったドラゴンに生殖機能はあるのか?というかリピッシュは雄なのか雌なのか……」

「現状は生殖機能は喪失しているが、繁殖方法には他にも様々な方法がある。雄雌は大した問題にはならない」

「具体的な方法を詳しく説明してもよいが」

 妙に嬉しそうに食いついてきたブロームとフォスにある種の危険を感じて、アルガスは慌てて断った。

「いや、いい。それに、たとえもっとよいドラゴンがいたとしても、あれは魔王様ご寵愛のドラゴンだ。リピッシュを最高に仕上げてくれ」

「承った」


 新兵器開発が遅れる上、とんだ出費であったが、この臨時予算はレースの魔法メディア放送権などの分配金で充分に賄われることになりそうだった。

 おそらく、がその何倍も来ることになるだろう。それを新兵器開発に回せるのであれば、悪くない話ではある。

 ブロームとフォスが帰った後の執務室で、アルガスはほかに手が打てないか、考えを巡らしていた。

 その中には、悪魔らしい「汚い手」も含まれていたが、魔王様は真っ向勝負を望んでおり、魔王様御自ら「余計なことはするなよ?」と釘をお刺しになっていた。

「その必要はないのかもしれない」とアルガスは考えた。ブロームとフォスは自信たっぷりで、ヒルデの腕も随分と上がっている。

「それに……」

 数週間前に、新編成の一個師団にやっと完全に充足できる数のシュツーカが完成したと報告を受けていた。

 まだ改良の余地はあるとはいえ、あの強力な軍隊があれば、もし、万が一、ひょっとしてヒルデが負けても、現魔王政権は盤石と言えるかもしれない。

「大きなアクシデントでも起こらない限り、とりあえずはこんなものか」と独り言ちた。

 いやまて、これはフラグか?


 案の定というか、ブロームとフォスが血相を変えてどたどたと執務室に戻ってきた。

「何か忘れものか?」

 アルガスは、忘れものならいいなという期待を込めて聞いた。

「シュツーカの生産工場で大きな事故が起きたという報告が来た」

「育成中のドラゴンが一斉に暴れだしたという話だ。まだ鎮圧できておらず、被害は拡大している」

「まずいことに、完成したシュツーカの大半はまだあそこで最終調整中だった。我々はすぐに現地に向かい、状況を確認するつもりだ」

「それは……」


 ちいちゃなアクシデントとはとても言えそうにないな、とアルガスは考えた。

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