第19話 ちびエルフ戦闘を開始する
「リリエンおばさん!」
アナトラは研究所の前庭で、初老のドワーフ女性を見つけると、駆け寄って抱き着いた。アナトラの体はそのドワーフ女性、リリエンにしてみれば巨体と言ってよかったが、平然と受け止める。
「元気そうだねアナトラ。お呼びに駆けつけて来たよ。私だけじゃない」
リリエンは周りにいるドワーフの一団を指し示した。
「近隣の村にも声をかけて、主だった職人は残らず引き連れてきた」
いずれも一癖ありそうなドワーフたちが、アナトラに手を振った。ほとんどが顔見知りだった。アナトラは懐かしそうにそれぞれに挨拶して回った。
ほとんどがリリエンとともに長年グライダー作成に関わってきたドワーフたちだったが、一行の顔ぶれはそれだけではなかった。
あまたの優秀な職人を輩出してきたアナトラの故郷、北方のドワーフ居住地にはマイスターレベルと言われる最高の「親方」たちが多数本拠を構えていたが、その中から精密機械加工や軽量金属のプロなどもやって来ていた。
現状、航空機を作成するなら、これ以上望めないほどのドワーフオールスターチームと言える面々だった。
「さ、挨拶はそのくらいにして、とっととかかろう。先生はどこだい?」とリリエンがせかした。
「こっちです!」
白雪姫をおいかける森のドワーフよろしく、リリエンたちはそれぞれ道具類などがつまった大きな荷物を軽々ともちあげると、アナトラのあとを追って歩き出した。
「リリエンさん自らおいで願えるとは……これ以上心強いことはないが、みんな来てしまって村はだいじょうぶなのですか?」
他のエルフ学者とはちがい、ドワーフの技術に純粋な敬意を抱いているペルトリは、恐悦至極といった感じでリリエンとそのドワーフ軍団と対面していた。
「長年の夢がかなうんだ。そんなことはどうでもいいよ。むしろ、これに参加できなきゃみんな一生悔やむだろうね」
一行の中には、エルフとの技術提携によって大企業となった会社のトップなども含まれている。本当に大丈夫なのかなぁとアナトラは思った。
「おみやげはそれだけじゃない」
リリエンは巨大な鞄から分厚いファイルをいくつも取り出すと、応接間の机に積み上げた。
「知っての通り、私の旦那はグライダーの事故で死んだ。その前の旦那も、その前もだ。そうやって積み重ねてきてきたうちの秘伝の
ペルトリは驚いて、むさぼるようにそれを読み始めた。
「動力飛行機械についても基礎研究だけはずっとやってたんだ。
魔力タブレットや無数の魔力記録ディスクなども鞄の中から現れた。
「こっちにはうちのよりましな魔力コンピュータがあるんだろ?すぐにでも設計にかかれる。あんたの
リリエンはペルトリに向かってぐいっと身を乗り出すと言った。
「機体の設計、製作はまかせておけ!」
リリエンは、魔界を除けば、このジャンル最高のエキスパートだった。彼女にそういわれれば文句はつけようがない。
ペルトリは満面の笑みを浮かべると言った。
「よろしく頼みます」
二人はがっちりと握手を交わした。ドワーフ軍団もみな不敵な笑みを浮かべている。
その日の午後。
科学研究所の講堂はほとんど満員になっていた。
この日はプロジェクトチームの発起式ということになっていた。リリエン達、ドワーフ軍団を筆頭とする機体設計製作チームや、流体制御魔法の専門家などペルトリの指揮でエンジンを作成するためのチームも皆集まっている。
エルフ、ドワーフが半々というところだったが、人間、コボルドなどの姿もちらほら見えた。いずれもペルトリが引っ張ってきたまだ権威主義に染まり切っていない、現役バリバリの実力者ばかりだった。
その最前列にまたちょこんと座りながら、ブレダは「大変なことになってきちゃったな」とか考えていた。
教壇にペルトリが姿を現した。
講堂のざわめきがぴたりと止まる。
「諸君、今回、これだけの面々に集まってもらうことができて、私は歓喜に堪えない。この喜びについてひとくさり挨拶をしたい気持ちはあるが、実はそんな時間もない。早速本題に入ろうと思う」
講堂の大スクリーンに様々な数値が表示された。
「これが、魔族の新ドラゴンの最新のデータだ。あれ以降にも魔界ではしょっちゅう飛んでいるところが目撃されており、我々の潜入工作員が映像を送ってきた」
スクリーンには、様々な機動を行うリピッシュの姿が映し出された。ヒルデの「訓練飛行」が撮影されてしまったのだ。
「これらの解析により、魔族が発表したもの以上のデータが手に入った。まことに恐るべき性能と言えるだろう」
集まった科学者や技術者は講堂の机に取り付けられた魔力スクリーンにデータを各々表示し、うなったり小声で話し合ったりしていた。
「我々の目的は至極単純である。可及的速やかに、これに匹敵、あるいは凌駕する飛行機械を作成することだ」
単純だったとしても、それが簡単なことではないことは全員が理解していたので、とりあえず、うなり声しか返ってこなかった。
「魔法流体制御エンジンについては私の研究成果があるのでこれを利用する。また、ドワーフ族の飛行機械について、貴重な基礎データの提供があり、機体設計製作への協力も申し出てもらった」
ペルトリはリリエンに会釈した。リリエンもうなずき返す。
「そして、操縦に好適な人材も手に入った」
ペルトリはブレダを手招きした。え?わたし?ときょどるブレダに「いいからこい」というように、ペルトリはさらに激しく手招きする。
ブレダは緊張で体をこわばらせながら、えっちらおっちら講堂の舞台にあがった。
「これが……」
とペルトリは言いかけたが、ブレダは教壇の影にすっぽりおさまってしまっていた。もうちょっとそっちね?とブレダの位置調整をおこなうと、気を取り直して続けた。
「これが我々の操縦者だ」
ブレダの身体のサイズ、重さ、魔力測定データなどが詳細に大スクリーンに表示される。
その場の全員が「ほう……」というようにブレダに熱のこもった視線を送る。ブレダは丸裸にされているような気分になった。
「しかし、これらはまだそれぞれの要素がそろったというだけにすぎない。これをまとめ上げ、かつ、あのドラゴンに匹敵する飛行機械として結実させるには、まだやらねばならないことが山のようにある。しかも、時間はそれほどない」
技術者の一人が、具体的な期日目標はあるのか?と質問した。
待ってましたと、ペルトリはうなずくと、芝居がかった間をとった後、締め切りを発表した。
「1年だ」
どよめきが起こった。
1年という期日は当初勢いで出ただけのものだったが、エルフ政府との折衝の中で、積極的に支持されてしまった。
国民の不安を早く解消したいというのもあったが、軍部の分析によれば、魔王軍の軍事力は日々増してきており、今回の飛行機械をそれを抑え込むカウンターと考えると、1年というのはぎりぎりの線だという判断がされていた。
「私はこれを努力目標とは考えたくない」
ペルトリは続けた。
「魔王軍が、いかなる新兵器を繰り出してきても、我々にはそれに即座に対応する能力があるということを示す、これは戦いなのだ!よいか」
ペルトリはブレダのあたまに手を置いた。
「かっきり1年後までに、このちいちゃいのを、あのドラゴンよりも速く飛ばすぞ!さあ!かかってくれ!」
結成式などにありがちな、拍手や「おー!」というような掛け声もなかった。
全員が大急ぎでこの難題への対応を考えなければいけないと悟ったので、皆無言のまま足早に講堂から去り、それぞれの部署に散って行った。
さてさて。
ノムちゃんはいそいそとお掃除していた。そもそも一般的なエルフ少女であるノムちゃんは、家事一般についてもお稽古をうけており、主婦力は高い。
ブレダもできないというわけではないが、やはりなんとなくがさつだった。しかもここのところは非常に忙しい。
ノムちゃんも連日のイスパノの特訓で疲れてはいたが、今日はイスパノの方に所用があってお休みだった。
「こうなったからには、ブレダちゃんのお世話は私がしっかりやらないと」
そうノムちゃんは決意していた。
その家は、科学研究所からも治魔師学校からもほど近い、士官用の官舎だった。
「あんな光景」を見てしまったイスパノは、ノムちゃんの「ブレダ欠乏症」を真剣に心配し、リオレに相談してたまたま空きが出ていたこのちいさな官舎を都合してもらい、そこにノムちゃんがブレダと一緒に住めるように手配した。
ブレダは近衛師団少尉の肩書を持っていたので、官舎に入る資格はあった。その維持費も、俸給で充分賄えるものだった。
ノムちゃんは当初そんな心配はいらないと主張したが、イスパノはきっぱり信じず、やがてノムちゃんもブレダと一つ屋根の下に暮らす誘惑にあっさり負けて納得し、るんるんと引っ越ししてきた。
ブレダ的にもノムちゃんと暮らすのに異存はなかったので、こうして、ノムちゃんのとっても幸せな生活が幕を開けることになったのである。
掃除を終えて、ノムちゃんはちいさな
床にはチリ一つなく、家具類も磨きこまれている。食卓にはきっちりとテーブルクロスがかけられており、食器がきれいにならべられていた。
コンロでは、料理が入ったなべがコトコトと小さな音を立て、ブレダの帰宅を待っている。
食卓の一輪挿しのお花がちょっと元気ないけど、これはあとで
ノムちゃんは満足した。私ったらブレダちゃんのお母さんみたい。それとも、お、お、奥さん……?
ノムちゃんは「それともわ・た・し?」系の妄想が津波のように押し寄せてきているのを感じて慌てて首を振った。お母さんでいいやお母さんで。
玄関のドアが開いて、ブレダが「ただいま~」と言いながら帰ってきた。
「ブレダちゃんお帰り!」とノムちゃんはすっ飛んで行った。
「疲れたでしょ?どうする?ご飯にする?お風呂にする?それともわ」
はい、ストップ。ストップだからね!とノムちゃんはぎりぎりで踏みとどまった。
「お風呂はトレーニングの後湯あみしたからいいや。ご飯なあに?」
「今日は、いいお野菜があったから、シチューにしてみたよ」
「わーい!」
着替えたブレダはノムちゃんと食卓を囲んでいた。
「今日はめっちゃ見られたよ」
「あら、なにそれ?」
ノムちゃんはまたライバルが増えるようなことがあったのかしらんと警戒したが、話を聞いて安心した。
「いよいよ始まったんだねえ。訓練はたいへん?」
「いやあ、トレーニングっていっても基礎体力あげるやつだけで、あとはずっと座学。お勉強ばっかり」
「それはそれでたいへんだ」
「ノムちゃんはどうなの?イスパノさんの特別講習は」
「んー?こんなことはできるようになったよ」
ノムちゃんが一輪挿しの花に手をかざすと、やや首を垂れ始めていた花がみるみる元気になって行った。
「わーすごい!」
「初歩の初歩だけどね。まあでも、試験までにはなんとかなるんじゃないかなぁ」
「そっかー」
食事を終えた後ものんびり話していたが、おなかがいっぱいになったブレダはすっかり眠くなってしまっていた。
こっくりこっくりし始める。ノムちゃんはブレダのこっくりこっくりを心行くまで満喫した。ああ、こっくりこっくりかわええなあ……。
って、だめじゃん。満喫しすぎて熟睡しちゃったじゃん!
よだれを垂らして寝ているブレダをよいしょっと抱き上げると、ベッドに運んで行って寝かした。そのままベッドにもたれかかって床に座り、ブレダの寝顔を鑑賞し始めた。
「やっぱ疲れてるんだなぁ」と思う。
こんなにちっちゃいのに、ブレダちゃんはすごいがんばってるんだなぁ。私もがんばらないと…とか考えながら、ノムちゃんもそのまま寝てしまった。
翌朝。
「ノムちゃんごめん!遅れそうだから行くけど、だいじょうぶ?」
「だいじょぶ!変な姿勢で寝たんで、なんかギコギコしてるだけだから!」
ブレダはパンをくわえて研究所に走って行った。
ノムちゃんもギコギコしながら治魔師学校に向かった。
昨日の今日だったので、研究所内は上を下への大騒ぎで、新しい魔力コンピュータなどの機材が運び込まれたり、あちこちでけんかと見まごう激しい技術的な討論がおこなわれていたり、資料や魔力ディスプレイと脂汗を流しながらにらめっこしたりとみんな忙しそうであった。
ブレダが入っていくと、メジャーを持った一団に取り囲まれ、いろいろなところのサイズを測られた。彼らは実測データを検証していたが、しっくりこなかったらしく、そうだ!型取りしてブレダダミーを作ったらどうだろうとか言う話になり、ブレダは危うく連れ去られかけた。
察知したアナトラが救い出してくれなければ、今日は石膏で固められて1日が始まるところだった。
ほっとしたブレダは、アナトラにお礼を言い、今日の座学の予定を確認した。
「先生は今日はここにはいないのよ」とアナトラは答えた。
「郊外の練兵場にいるわ。あなたも呼ばれてるから一緒に行きましょう」
辻馬車を降りる前から轟音が聞こえてきていた。
ブレダがアナトラとともに広い練兵場のグラウンドに仮設された格納庫に入っていくと、その音はすでにやんでいたが、代わりにノズルをまだ赤く光らせたなにかがあわく煙をはいている。
「おお、きたか。見たまえ。これが魔法流体制御エンジンだ」
それはブレダの身長ほどの直径をもつ円筒形の装置で、我々が思うジェットエンジンと比べると圧縮用のフィンの類がほとんどなく、どちらかというとロケットエンジンにちかい外見をしていた。
ペルトリはなんかそのへんにあった少し曲がった金属製の棒を拾ってくると、それをつかってエンジンの各部を指し示し、説明を始めた。
「この吸気口から外気を吸い込み、後ろの燃焼室に送り込む。便宜上燃焼室とは呼んでいるが、ここで何かを燃やすわけではない。エルフの体を媒介にして取り込んだ空間エネルギーをつかって、大気の分子運動を直接いじって、同一方向に揃えて押し出してやると言う原理だ」
冷えて来たのか、赤熱から鈍い銀色にもどりつつある後端部を指す。
「燃焼室から出た高速な大気分子は、ノズルを通って機体の後ろから飛び出す。この反作用によって推力が生まれると言う仕組みだ。基本的には大昔に風魔法とか水魔法などと呼ばれたものと原理は同じだな。それよりもはるかに強力だが」
「先生」魔力タブレットをもった若いエルフ技師が声をかけてきた。
「お、どうだったね」
技師はタブレットをにらみながら、先ほどの噴射試験の結果を報告した。
「低出力時にややふらつきがありますが、おおむね推定通りの推力がでています。各制御装置も機能的には問題なく働いていますが、全体的に動作がもたつき気味で、それが最大出力までいく時間が長くなる原因になってるみたいですね。このへんは再設計が必要かもしれません」
「最大出力はどのくらいまでいった?」
「最大でだいたい目標値の60%。ただこれは私を媒介にしてますんで、もっと基礎魔力の高いエルフを使えばさらに上がるかもしれません」
と言って技師はブレダを見た。
ブレダは不穏な空気を感じていた。
「というわけでな、今日は魔法エンジンへの慣熟訓練を行いたいと思う」
「先生今日はエンジン見学とその構造についての
とアナトラが突っ込む。
「どちらにしろ、こいつはブレダ君が使うんだ。百聞は一見にしかずともいうしな。試させてみてもいいじゃないか。というか、この試作エンジンのデータが早急にもっと大量に必要でなぁ」
後半は本音がだた漏れていた。
その後、午後遅くまでブレダはエンジンと格闘した。
途中アナトラが買ってきたお弁当でお昼にした以外はずっと言われる通り、エンジンの横におかれた椅子に座って魔法エネルギーをエンジンに注入し続けた。
アナトラは、「ほどほどにしてくださいね」と言ってお昼過ぎに研究所に戻っていたが、ペルトリたちの「ほどほど」はアナトラの語彙とは意味が違ったらしい。
最初は起動すら難しかったが、そのうち勘をつかみ、出力をどんどん上げていけるようになった。
「おおおお、72%までいったぞ」
というところで、主要パーツの回路が焼き切れてしまった。それがなければもっと続いていたかもしれない。
必要なデータをだいたい取り終わって満足げなペルトリと技師をしり目に、ふらふらとブレダが仮設格納庫を出ると、もう暗くなりかけていた。空に月齢半分ほどのお月様が上がっているのがもうはっきり見える。
「すまなかったな……その、つい、夢中になって」
ペルトリが追いかけてきた。
「あ、いえ、そんなこと」
「しかし」とブレダはふと疑問に思った。
「エンジンはもうあんなにできてたんですねえ」
「ああ、あれか。あれは私が長年研究してきたものだからな。できていたというか、倉庫からひっぱりだして再調整したものだ」
あれ?ということは……。
「じゃあ先生はずっとまえから飛行機を作ろうと?」
ペルトリはふっと笑うと言った。
「飛行機か。飛行機なんか、私にとってはちっちゃな目標にすぎんよ」
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