第18話 ちびエルフと空飛ぶ機械

 ブレダは、研究所の中に案内され、エントランス近くにある大きな部屋にいざなわれた。

 部屋の中はほとんどからっぽで。ここの職員らしいエルフやドワーフたちが忙しそうに、真新しい机を運び込んだり、逆に何かを運び出したりしている。

 ペルトリが入っていくと、彼らは手を止めて挨拶したが、老エルフは手を振って「続けろ」と促した。

「これが」部屋の中央に置かれた、大きな机の上に表示されている三次元画像を指さしてペルトリは言った。

飛行機アビオンだ。まだ仮設計にすぎないが、君が乗るべき機体、その完成した姿だ」


 ブレダはそれを眺めた。

 基本的に要求される性能が同じなため、それはリピッシュなどの新型ドラゴンによく似ていたが、ブレダはあのテロ事件現場でちらっと見ただけだったので、まだそこまではわからなかった。

 流線形のボディの先端には大きな口のようなものがあいている。中央からやや前よりに二枚の羽根が左右にのびていて、後端にも小ぶりな羽が何枚かあった。机を回ると、ボディの後端にも大きな穴がもうひとつ空いていることがわかった。

 一周して戻って来て、ブレダはボディの上に座席のようなものがあるのに気が付いた。

 どうやら紡錘形のカバーがついているらしいその凹みのなかには小さな椅子らしきものがあるのが見える。

「あそこに私が乗るのかな?」とブレダは思った。


「きれいだな」というのがブレダの最初の感想だった。

 それはいかにも速く飛びそうにも見え、かっこよくもあった。ちょっとワクワクしてくる。

 と同時に、「こんなものが本当に飛ぶのかしら」という不安も沸いてきた。


「ご指示の通り、児童見学コースの展示物は順次倉庫に運び込んで、部屋を空けています。ここは、第一設計室ってとこですかね」

 アナトラがペルトリに報告した。

「会議は皇子の鶴の一声で、飛行機開発を最優先することに決したから、明日の御前会議で承認されれば……まあ承認されるだろうが、正式に予算が降りて人員と機材をそろえられる。忙しくなるぞ」

「はい」と答えるとアナトラは嬉しそうに笑った。

「ブレダ君!」ペルトリはブレダに向かってかがみこむと言った。

「こいつはまだ机上の空論にすぎん。昨日も言ったが、魔王軍だけ・・にあのような新兵器があるという状態は非常にまずい。可及的速やかに、我々も同等の力を持ち、というか持ったことにして、パワーバランスを均衡にもちこまないとまた戦争になるかもしれん。今のままで戦いを起こされたら、魔王軍の一方的勝利に終わる可能性すらあるのだ。エルフ国も無事では済まないだろう」

 ブレダは故郷ののんきで平和な風景を思い出した。

「だが、君の協力があれば、これを1年以内に現実の物にすることがきっとできる!」

「1年!?ですか?」

 アナトラが声を上げた。

「あー、なんだか昨日そういうことに決まったのだ。どうせ急がないといけないのだから、当面、完成目標を1年後とすることにする!というか今決めた」

「これはなまら忙しいことになりそうだわ」とアナトラは考え、心の中で気合を入れなおした。

1年?」とブレダも疑問に思ったが、それ以上考える暇を与えず、ペルトリは畳みかけてきた。

「あの性能に追いつくのは並大抵のことではない。君にも大変な苦労をかけることになるだろうが、これは今、君にしかできないことなのだ!その小さな体、強い魔力、君はこのために生まれたと言ってもいいかもしれん!」

 ペルトリはブレダのちいちゃな肩を大きな両手でつかむと言った。

「がんばってくれるな?」


 そう今更改めて言われて、ブレダももう一度考えてみた。

 自分の本質などは無視して、体格や魔力だけをあてにされているだけなのではないかという疑問はあった。正直、それはあまり愉快ではないかもしれない。

 それに、ペルトリの言う通りなら、これが実現し、兵器体系に組み込まれる場合には、知る限りブレダしかいない小さなエルフを前提とするわけにはいかず、もっと大きな、標準体型のエルフが乗れるものが作られるだろう。そうしたらブレダはお払い箱かもしれなかった。

 しかし……。

 アグスタは小さな体を努力によってチャンスに変え、最強のオーク戦士になった。マリエッタはなんでも使ってチャンスをつかめと言った。ノムちゃんは、小さな体もなにもかも含めて、天から与えられた贈り物ギフトなのだと言ってくれた。

 これは間違いなくチャンスだ。そしてノムちゃんは、いつか小さいだけではなかったと見返してやればいいとも言っていた。

「そうだね、ノムちゃん」

 ブレダはそう心の中のノムちゃんにささやくと、決意を固めてうなずいた。


「やります!」

「そうか!やってくれるか!」ペルトリはブレダの頭をわしわしと撫でた。

「そう言ってくれると思っとった!よし!では早速始めよう!まずは」

「はい!」

「座学だ!」



 科学研究所にある大きな講堂で、教壇に向かい階段状に設置された数百はありそうな座席の一番前に、ブレダはひとりだけでちょこんと座っていた。

 なんだか想像とは違った気がしたが、確かにブレダは飛行機に関する知識は何一つ持ち合わせていなかった。もっとも、その知識を持つものは科学アカデミーにもほとんどいなかったのだが。

「お勉強も大事だよね!」そう自分に言い聞かせる。

 容量の良さから、成績自体は悪くなかったが、なにせせっかちだったので、授業をおとなしく聞くというのはブレダにとってあまり得意なことではなかった。でも、やると決めたからには真剣にやろう。そうブレダは決心していた。


 教壇に立ったペルトリは、こほんと咳払いすると、慣れた感じで授業を始めた。

「君にはこれより、飛行に必要な数学、基礎物理学、飛行に関する力学、魔法理論などを集中的に学習し、修めてもらうことになる。具体的なカリキュラムは後日作成して渡すが、今回はとりあえず、ざっと我が国やその周辺の航空史について話そう」

 ペルトリが教壇のコンソールを触ると、背後にある巨大な魔力スクリーンに火が入った。そこに古い文献から撮影されたらしい、どちらかというと稚拙な絵が表示された。四角い板のようなものに人が乗り、空を飛んでいるようだ。

「このように、凧などに乗って当時『風系』と呼ばれた魔法を使って飛んだという話は古文書にもある。多くが伝聞にすぎず、証拠はないが、まあ、理論上不可能ではないので、遊び程度には行われていたのだろう。大変危険ではあるが」

 その他、ほうきに乗って飛ぶという魔法がかつてはあったらしいという伝説もあったが、現在ではおとぎ話にしか登場せず、実在したとしても完全に失われていた。というような話もペルトリは紹介した。

「記録に残る飛行実験の最初は、やはり気球だ。今から三千年ほど前に、最初のエルフを乗せた熱気球が上がり、この時は大ブームとなってあちこちで興行的な飛行が行われた。悲惨な事故も少なくなかったのだが」

 その後、大気よりも比重の軽い気体があることが発見され、これを魔法によって大気などからとりだし、気嚢に詰めて浮かぶガス気球が発明された。だが、これも当初は何に使っていいものかわからず、道楽者の慰みとしかみなされなかった。


「しかし、状況が変わった」

 ペルトリがコンソールを操作すると、画面にあの会議でも出てきた飛空艇が現れた。

「エルフが過去、最も飛行機械に力を入れたのは、魔王軍との戦いが始まったころだ。やはり、その時も、伝説級と呼ばれる巨大ドラゴンの存在が問題となったのだ。これに対抗する兵器として、魔力砲を満載した巨大な飛空艇が何隻も建造された。まあ、実際のところ期待したほどには役には立たなかったようだが」

 戦争が終わり、巨大ドラゴンが姿を消すと、じゃまっけなだけで他に役に立たない飛空艇は徐々に解体され、その製造技術も失われていった。

 「遠視」の魔法が開発されると、戦場での偵察用に生き残っていた小型飛行船も無用の長物となり、エルフ国の空を飛ぶものは、鳥と子供用の凧や風船くらいになってしまった。

「こうしてエルフは空を飛ぶことをやめてしまったが、一方、ドワーフの中には気球ではなく、もっと機械的な方法で鳥のように空を飛ぶことを夢見るものがいた。彼らは鳥の飛行を研究し、その構造を模した無動力飛行装置グライダーを作成して、実験を繰り返した。その過程では尊い犠牲も少なからず出た」

 なぜかこの段だけ、ペルトリはひどく残念そうに言った。

「近年、エルフが魔法応用テクノロジーに手を出し、ドワーフの技術者が多数雇われるようになって、この技術も我が国にもたらされたが、頭の固い連中は一顧だにしなかった。儲けにもならんしな。唯一、この技術を持つ一族にいち早く連絡をつけ、教えを乞うたのが……」

 ペルトリは胸をはり、方眉を上げてどや顔で言った。

「この私だ」

「私はその一族の出身なんですよ」

 ブレダが声のする方に振り向くと、アナトラがいつのまにか座っていた。

「私、体が大きいから、地元にいても邪魔になるばっかりで。でも、ここでならそんなことないので、先生のもとで修業させてもらっているんです」

 ペルトリは講義の邪魔をされたことを怒るでもなく、アナトラに微笑んだ。

「助かっているのはこっちのほうだ。アナトラ君の技術者としての腕は超一流だ。それによく気が付くしのう」

「それはどうだかわかりませんが……先生、ブレダちゃんの実技指導は私が担当したいと思うのですが」

 ペルトリはちょっと考えてから言った。

「それは願ってもないが……大丈夫なのかね。君には機体製作のほうでも活躍してもらわないと困るのだが」

「大丈夫ですよ。こう見えても私ドワーフですから、体の丈夫さには自信あります。それに、強力な援軍をもう呼んであります」



 翌日。

 急にお城に呼び出されたブレダはびびりまくっていた。

 御前会議は順調に終わり、エルフ国の全力を挙げて飛行機械と、対空防御兵器の開発が行われることが決まった。

 飛行機には懐疑的だった科学アカデミーも、失敗しても厄介者が失脚するだけということで、特に異議は唱えなかった。それに、対空兵器開発という同じくらい重要な案件であるおもちゃを与えられ、それなりに満足もしていた。

 聖帝様は、ブレダの話を聞くといたく感心をお示しになり、ぜひとも会ってみたいという話になった。

 そこで、急遽迎えが出されて、ブレダが城に召され、今謁見の間の大きな扉の前で震えているということになったのである。


「だだだ、だいじょうぶかな……あああ、ですかね?」

「なに、取って食われはせんさ。まあ、なるべく失礼のないようにな」と並んで立っているペルトリが答えた。

「は、はい……」

 やがて、音もなくブレダからするととんでもなく大きい扉が開いた。

 扉の両脇に立っていた衛兵が、そろった動きでこちらを向き、手にしている槍の石突きで床をどんどんと叩いた。「入れ」ということらしい。

 ブレダはペルトリの後に続いて部屋に入って行った。


「うわあ」

 謁見の間はきらきらできんぴかで、ブレダが今まで見たことのない美しい装飾で覆われていた。その性質上、謁見する臣民や外国の使節をびびらす目的もあったので、必要以上に絢爛豪華だった。

 おのぼりさん満足度ゲージはいまやマックスを超えマキシマムまで到達し、ブレダは口を半開きにしてうっとりとその調度をながめていた。

「これ!」

 ペルトリは苦笑するとブレダをひっぱり、玉座の前に連れて行った。

「国立科学研究所所長エスノ・ペルトリ、学生ブレダ・ブレゲ―。お召しにより参じました」

 ペルトリは最敬礼した。ブレダもそれに倣ってぴょこんと腰を曲げた。

おもてを上げられよ。ふむ、そなたがブレダか」

 ブレダは恐る恐る顔を上げた。召使二名を両脇に控えさせ、玉座に腰かけた聖帝様の姿が視界に入ってきた。

 特にひねりもなく、それはそれは美しい偉丈夫であった。「こんなきれいで立派なエルフみたことないや」とブレダは思った。確かに、聖帝様は半端ない高貴なオーラを発していらした。おそらく、これはまやかしの魔法などではない。

「ちこう」

 ど、ど、ど、どうすればいいのです?とブレダは上目づかいでペルトリに視線を送り、必死に無言で助けを求めた。ペルトリは小さく顎をつかって「いけ」というジェスチャーを返してきた。

 とてとてとブレダが聖帝様に近づくと、聖帝様は「ふむ」とブレダを眺めた。

「本当に小柄であるな」

 聖帝様は玉座から身を乗り出すと、もったいなくもその御右手をブレダの肩にかけられて言った。

「この小さな双肩に、国の未来を託すようなことになって、余は本当に申し訳なく思う。だが、しっかり役目を果たしてほしい」

「は、はい!」ブレダはなんとか返事を返した。

「しかし、学生に国難をまかせたとあっては、後々笑いものになろう。ということで、ささやかな贈り物を用意した」

 聖帝様は立ち上がった。

 ペルトリはブレダに小声で「しゃがめ」と声をかけた。ブレダはあわててひょいっとうんち座りを披露した。

 そうじゃなくて、こう片膝をつくとかしてだなと指導するペルトリと大慌てのブレダを見て、聖帝様は耐えられなくなって、口元を隠してお笑いになった。

「学生ブレダ・ブレゲーに、近衛師団少尉の階級と、その俸給をあたえることとする。若干の支度金も用意した。受け取るがよい」

 気を取り直して威厳を取り繕うと、そう聖帝様はブレダに告げた。

 これが、エルフ軍操縦士は全員士官とするという習慣のはじまりだったが、もちろんその時は、その場にいた全員、聖帝様ですらそんなことは思いつきもしなかった。

 召使から任命書類と小切手を渡され、ブレダはあわあわと受け取るとごっつぁんですと押し頂いた。

 聖帝様は笑顔で「はげめよ」というと、ブレダたちが入ってきた入り口とは違うドアから姿を消した。召使がそれに付き従っていく。


「これははげまんとなあ」

 謁見の間を出ると、ペルトリは笑いながら言った。

 ブレダは「若干の支度金」の金額を見て目を丸くし、それどころではなかった。



 さて。

 特別待遇で迎えられたブレダと違い、イスパノの思い付きで連れてこられたノムちゃんの関係各所への手続きは難航していた。イスパノはそれなりの地位にはいたものの、規則を重んじるエルフ社会において、突然こんな横車を押されたら難色を示されるほうが普通ではあった。

 結局今日になっても治魔師学校の宿舎が用意できず、今夜もイスパノの下宿に泊まることになっていた。

 ブレダに会いに行くどころではなかった。あっちも忙しそうだしなあ。とノムちゃんは思う。

 2日もブレダちゃんに会ってない。いや、まあ、それまでも毎日べったり会っていたわけではないが、進路相談所からこっちは大体いつも一緒にいたため、ブレダロス状態にノムちゃんは陥っていた。


 イスパノの下宿の来客用寝室で、ノムちゃんはほけっと座っていた。

 ふと、ベッドに置かれた大きめのまくらが目に入った。ブレダちゃんってあのくらいの大きさだっけか。

 まくらを手に取ってみる。いや、いくらなんでもここまで小さくはないか。思いついて、浴室から長めのタオルを持ってきて二つ折りにすると、足に見立ててまくらにくっつけて置いてみた。

 あ、こんなもんかもしれない。

 ノムちゃんは自分の荷物をごそごそすると、裁縫道具からピンを取り出してタオルをまくらにとめ、抱き上げてみた。あ、割といい感じ。

 そこからは止まらなくなっていた。荷物から自分のキャミソールを取り出すと、それをまくらに着せ、後ろを縛ってワンピースぽくした。もう何本かタオルを持ってきてそれに腕に見立ててとりつけ、ブレダちゃんの頭をどうしようか考えた。天啓を得て、持ってきた帽子をとりだすと、それにタオルを詰め込み、まくらに縫い付けた。


 書類に不備を見つけ、確認しに来客用寝室に入ってきたイスパノは唖然としてその光景を眺めていた。

 ノムちゃんは即席の不気味なブレダ人形を抱き上げて踊っていた。

「ちっちゃい……かわいい……げひひひ」とかうわごとをつぶやきながら。

 次の瞬間、イスパノに見られていたことに気が付いたノムちゃんは、「うっぱぴほぺっぽい!」とか叫び、真っ赤な顔から煙を上げながら、なぜだかブレダ人形をイスパノに投げつけた。


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