第17話 ちびエルフ都に行く
ペルトリはそのままブレダを連れて聖都に戻りたいくらいの勢いだったが、ブレダにもいろいろ準備があり、その夜は全員村に泊まって、翌日出発することとなった。
村の集会場で、村主催の歓迎会兼ブレダの壮行会が急遽開かれ、ペルトリやファルマンたちに村の特産品のチーズや羊肉などを使った料理をふるまわれた。
ペルトリはその席でもブレダがちいちゃいことを絶賛し続けたため、村人もだんだんいちいちフリーズするのをやめ、むしろ、ちっちゃいブレダが村を出て活躍するのを祈り、祝福してあげたい気分になってきていた。
タレスすらビールで酔っ払って浮かれているその喧騒を離れ、ノムちゃんは牧場の柵にもたれかかって遠くから座の中心にいるブレダを見ていた。ちいちゃくてよくは見えなかったが。楽しそうだ。とっても楽しそう。
「はい」
ノムちゃんの後ろから金属製のコップが差し出された。振り向くとイスパノが立っていた。
「あ、ありがとうございます」
受け取ると、コップは冷たく、なかには冷やされた甘いお茶が入っていた。
イスパノもノムちゃんに並んで柵にもたれかかると、自分のコップから、こちらはビールだったかもしれないが、一口すすると、やがて口を開いた。
「一つ聞いていいかな」
「え?なんでしょう……」
「あなたのあの力、あれってさ、ひょっとしてブレダちゃんが関係してる?」
ノムちゃんはちょっと硬直したが、すぐに力を抜くと、小さくうなずいた。
「そっか」
なんとなくすべてを察したイスパノは、「これはちょっと酷なことをしちゃったかな」と思った。
二人はしばらく黙ったまま並んで立っていたが、そのうちイスパノが口を開いた。
「私さ、正直まだ、あなたのあの力については興味津々」
ノムちゃんはちょっと「ひっ」と体を引いた。
「でもね、もう無理やりやらせるのはやめる。絶対やらない」
「え?」
「それでもあなたが治魔師になりたいなら、特別に先行入学を認めて、正規の試験までの間、私が特訓してあげてもいいわよ。なんなら明日一緒に聖都に来てすぐ始めてもいい」
「聖都?」
「いいこと教えてあげようか」
イスパノはノムちゃんに顔を寄せるとささやいた。
「ブレダちゃんが行くことになる国立科学研究所ってね、治魔師学校のとなりにあるんだ」
ノムちゃんはしばらく無表情のままぼっとしていたが、やがて顔を輝かせだした。
「そのかわり、特訓は厳しいわよ!あなた、あの力以外の普通の治癒魔法はいいとこ並程度だからね?それを合格レベルまでに短期間で上げるっていうんだから。その代わり、私が指導するからには、もし付いて来られればば、入学してもほかの子に後れを取ることはないわ」
「お願いします!」
ずいぶん食いつきがいいな、とイスパノは正直驚いた。
「私、私は、ブレダちゃんを護るための力がほしいんです!」
「なるほどね」とイスパノは思った。
「あなた本当にブレダちゃんが大好きなのね」
ノムちゃんの顔がみるみる真っ赤になり、湯気を上げ始める。
「とはいっても、あの力を完全にあきらめたわけではないからね!」
「ええええ?」
「治癒魔法をマスターすれば、ほかのアプローチであれが使えるようになるかもしれないじゃない。そのための特訓でもあるわ。ビシビシ行くからね!」
「えええええ」
「よし、そうと決まれば私も行ってあげるから、このこと親御さんに話そう。本当に明日行くなら準備もしなくちゃね」
ノムちゃんは一瞬考えたが、すぐに決意を固め、手を握り締めて言った。
「はい!お願いします!」
「よし、いい返事だ生徒ノーム君。じゃ、いこか」
「はい!こっちです!」
今宵生まれたこの新たな師弟は、元気よく歩くノムちゃんを先頭に、村の居住区に向かって行った。
さてさて。
アルガスは、ブロームとフォスに呼ばれ、彼らの新工場の視察に来ていた。
ゲートに着くと、警備を担当する「ヒルデ様親衛隊」の一人が敬礼した。
「会長!お疲れ様です」
その呼ばれ方をするといろいろ胸に去来するものがあったが、表情には出さず、あくまでクールに答礼すると、アルガスは工場内部に入って行った。
「よく来た。製造ラインは順調に稼働している。ついにこの日が来たぞ」
フォスが出迎えに来た。この兄弟が一人でいるのは珍しい。それもこんな日に。
「ブロームはどうした?」
「魔王様に急に呼び出されて出かけている」
「ふむ」とアルガスは考えた。
ヒルデはよほどリピッシュが気に入ったと見え、ことあるごとにブロームとフォスを呼びつけ、細かいカスタマイズを行っているという話は聞いていた。
「ということは今頃空の上かな」
なにしろ魔王であるので、好きな時に好きなことをするのを止めることは難しかった。報告によれば、あれからというものヒルデはしょっちゅう無断で「飛行訓練」を行っていた。
ヒルデがご機嫌でぶんまわすリピッシュに危害を加えることのできる存在はいまのところ見当たらなかったが、事故が起きては困る。
「専門の護衛、サポートチームを編成するべきかもしれないな」
あるいは、俺がほかの職務を他に回し、一緒に飛ぶのもいいかもしれない。とアルガスは思った。
ヒルデ様とふたりで編隊を組んで、どこまでも飛んでいけたら、それはとても素晴らしいことだろうな。
「会長!」
すれちがった警備員がまた敬礼してきた。
「いや、サポートチームの方にしよう」
工場は巨大なものだったが、その中に様々な設備が林立して床はほぼ埋め尽くされている。アルガスたちが歩いている通路は中空に吊るされていた。
辺りは異臭と湿気で満たされており、我々から見れば不快極まりない環境だったが、魔族にとってはそれほどはひどい場所ではなかった。特別快適とも言い難かったが。
「ここが工程の最初の部分だ。
「生まれたては普通のドラゴンなんだな」
「そうだ。そして次の工程で、最初の施術がおこなわれる」
「うわあ……」
以降の工程は、とてもここに詳しく書き記すことができない。悪魔であるアルガスですらすこし気分が悪くなったということだけ記述しておく。
アルガスが見ても明らかにわかる「禁術」がふんだんに使われ、ドラゴンはどんどん異形の存在へと変化を遂げて行っていた。
「そしてあっちが最終工程だ。ようやく量産型の
工場の前に併設された発着場で、ささやかなロールアウト式典が行われた。
ブロームとフォスと同じ狂気を漂わせる目つきをした工員たちが拍手する中、アルガスは量産初号ドラゴンをなでた。
「お前も気の毒になあ」と心のうちでつぶやく。
しかし、魔王様のためには心を鬼にしなければならない。もとより悪魔なのでその必要はないのかもしれないが。
式典が終わった後、アルガスはフォスに言った。
「しかし、やっと初号ロールアウトか……」
「これでも精いっぱいだ。だいぶ促進させてはいるが、やはりドラゴンなので、施術と施術の間には成長を待たなければならない場合も多い。現状では完成までに2か月以上ほどはどうしてもかかる」
フォスはあわてて言い足した。
「もちろんやろうと思えば、もっと成長をはやめることはできるが?」
それはさらなる禁術を重ねることを意味するのだろう。
禁術が禁術とされるのはもちろん理由があってのことだ。魔界においてはそれは、倫理的、宗教的な禁忌が理由ではないことが多く、つまり、何らかの危険があることを示している。無茶をして魔法が暴走でもされたら困る。
それに現状のペースでも、充分想定期間内に数が揃えられる。将来的に、それでは足りないという状況になったら、ラインを増やすことで対処すればいいだろう。
そう考えて、アルガスは「いや、それにはおよばない」とフォスに告げた。
「そうか」
フォスはちょっと安心したようにも見えた。
次に、アルガスたちは発着場横の倉庫に来ていた。そこで、彼らを待っていたものがいる。
ブロームとフォスのいとこであるというそのゴブリンは、クルップと名乗った。
「先代の魔王様のもとでは、剣などの武器や鎧の製造などを行っていた。」とクルップ。
「ドラゴンの搭載武器について協力を要請したところ、喜んで引き受けてくれた」
そういうと、フォスはクルップは見合って、そろって気味の悪い笑い声をあげた。
「同じ匂いがするなこのふたりは」とアルガスは思った。
「で、見せたいものというのは」
「これだ」
クルップが前に置かれていたもののを覆っていたカバーを外した。
それは卵を半分に切ったようなものに、長い筒が刺さったようなものだった。
「なんだこれは」
「これは……」
「ちょっと待った。これも魔界の生物を改造したものだとかは言わないよな?」
アルガスは一応確認した。
キョトンとした顔でクルップが答えた。
「純粋に機械だが」
「いや、いいのだ。続けてくれ」
「これはドラゴンに取り付けて使うものだ。魔法爆弾以外の攻撃手段がほしいという要望に我々は当初、魔法燃焼器官から直接魔力エネルギーを発射する装置を考えたが、満足な威力を達成しようとすると、本体の推力に無視できない影響が出ることが分かった」
「下手に撃ち続ければドラゴンが疲弊して墜落する可能性すらある」フォスが続けた。
「そこで、我々が製造している連発弩級の機構を取り入れ、燃焼器官から取り出したエネルギーで矢を発射する装置をまず試作した。これならば使う魔力エネルギー自体はずっと少なくて済む」
クルップは魔法スクリーンを呼び出すと地上での試射実験の映像を呼び出した。矢が連射され的に次々と刺さっていく。
「うまくいったように思えたが、ドラゴンに取り付けてみたら問題が起きた。ドラゴンが速すぎて軽い矢では空気抵抗に抗えず、まともに飛ばないのだ」
「そこで」とクルップは作業衣のポケットから小さなものを取り出し、アルガスに渡した。
それは直径1センチ、長さ3センチほどの円筒形の金属で、先端はとがらせてあった。
「矢をもっと小さくして、矢羽を廃し、もっと重い金属で作ってみた。しかし、これでは撃ち出すだけではまっすぐ飛ばないので、ガイド用に筒をつけ、後端の魔力チャンバーで爆発をおこして押し出す機構とした。ちょうど、吹き矢のように。すると、予想もしなかった結果になった」
クルップは嬉しそうに言うと、その新しい魔力弩級の地上発射試験の映像が再生した。それは的に刺さるのではなく、粉砕していた。
「重く、空気抵抗が少ないので、飛翔物はエネルギーを保持したままターゲットに当たる。矢の破壊力をはるかに超越するこれを、我々は
アルガスはしげしげとその「弾丸」をながめた。悪魔としての本能が、これはとんでもないものだと告げている。
「そして、給弾機構を考案して、筒の強化、各部の密閉度を高めるなどの改良をおこなったのがこれだ」
目の前の「機械」をクルップは指し示した。
魔法スクリーンに量産型の試作ドラゴンに搭載して行われた地上掃射テストの映像が流れた。雨あられとドラゴンから降り注ぐ弾丸は地面を切り裂き、ターゲットを粉砕していく。
「取り付けた場合、機動性と最高速度は低下し、爆弾に比べれば単発の威力も小さいが、いちいち爆弾を取りに帰らなくてもしばらく攻撃を続けることができる。現状、弾丸は百ほどしか積載できないが装填機構の改良で、すぐもっと積めるようになる予定だ」
「これはすごいな……よくやった」
フォスとクルップはアルガスにそういわれて嬉しそうに笑った。
アルガスは腕組みしてその機械、我々に呼ばせれば
「これで、ほかのドラゴンのような、空中を高速で飛んでいるものを撃ち落とすことは可能だろうか」
「命中精度はお世辞にも良いとは言えない。だが、充分接近すれば……それには今回の量産型ドラゴンではスピードや機動性が足りないかもしれないが……」
「なんなら専用のドラゴンを新たに開発してもいい」
フォスとクルップは顔を見合わせた。
「ならば可能だろう。だが、なぜそんなことを聞くのだ」とクルップ。
「そうだ。ドラゴンは魔王軍にしかない」とフォスも不思議そうに言った。
「いや、今は可能であるというだけでよい」
アルガスのかかえる大量の仕事の中に、エルフ、人間領における諜報網の再構築というのもあったが、ようやく機能し始めたそれがエルフの不穏な動きを察知していた。しかし、まだ確定的な情報ではない。
フォスとクルップはおいしそうな獲物の匂いを嗅ぎつけたハイエナのような笑顔を浮かべていた。
「それからもうひとつ」
アルガスはクルップに向かって言った。
「これを小型化して地上部隊が使えるようにすることは可能だろうか。兵士が携行できればなおいい」
クルップは思いもよらなかったことを聞かれて、しばし考えていたが、やがて答えた。
「威力はだいぶ下がるが、弾丸をさらに小型化すれば、充分強力な魔力を持った種族であれば使えるものはできるかもしれない。しかし、そういう種族なら魔法を撃ったほうが手っ取り早いと思うが」
しかし、アルガスの悪魔の勘がそれ以上の結果が出るのではないかと告げていた。
「いや、予算を回すのでこちらはすぐ試作に取り掛かってほしい。詳細は後で話し合おう」
「わかった」
予算をもらえると聞いて、クルップは嬉しそうに請け負った。
秘密会議を終え、アルガスたちは倉庫から出てきた。
工場から引き出された初号ドラゴンは、まだ発着場に置かれ、工員たちが整備を行っている。
「そういえば」とアルガスはフォスに聞いた。
「あれに名前はあるのか?」
「特にはない。我々は
「シュツーカとでも呼ぶか」
聖都イシュズール。
そこはエルフ国のほぼ中央にある古くからの都で、現在も政治、経済の中心であり、国内最大の人口を抱える大都市だった。
そのさらに中央には、聖帝のおわすエルフ城の城郭がそびえたっている。城の周辺の一等地は、議事堂などの政府機関のほかは、いかにもエルフらしく広大な文教地区となっており、様々な教育機関や研究施設が数多く存在していた。
その歴史ある、たいへんに優雅で立派な佇まいは、所詮はにわか作りであった旧魔王国首都の街並みなどとは比べ物にならない「おのぼりさん満足度」に満ち溢れており、ブレダはすっかり興奮して、ずっとぴょんぴょん飛び続けていた。
そんなブレダを見て、ノムちゃんも幸せだった。
ああ、ぴょんぴょんだ。私はまだブレダちゃんのぴょんぴょんを見ていることができるんだ。よかったなあ離れ離れにならなくて。
「ノムちゃん見て!おっきな銅像があるよ!」
「お、おう!今行く!」
ダッシュで駆け付けようとしたノムちゃんだったが、なぜだか体が前に進まない。後ろを振り向くと、イスパノがノムちゃんの襟首をしっかりとつかんでいるのが分かった。
「あなたはいろいろと面倒くさい手続きがあるからね。観光は後まわしよ」
「ええええええ」
「ブレダちゃんとはまた夜にでも会えるから。たぶん。さあ、とっとといくわよ!」
「ああああああ」
イスパノはノムちゃんを引きずったまま立ち去って行った。
イスパノとノムちゃんが角を曲がって見えなくなると、やはり若干そわそわしていたペルトリがブレダを呼び寄せて言った。
「さあ、我々もうちの研究所にとりあえず行こう」
「はい!」
ペルトリの後に続いて歩き出そうとして、ブレダはファルマンとリオレのほうを振り向いた。なお、タレスは村から別ルートで進路相談所に帰っている。
「近衛師団はもちろん聖都が本拠地だから、いつでも会えるよ」とリオレ。
「第一師団も司令部は聖都にある。何かあったら司令部に言ってこい。わかるようにしておくから」
そう言って、ファルマンは手を振った。
ブレダはふたりにお辞儀すると、辻馬車を拾って「はやくこい!」と催促するペルトリのほうへ走って行った。
「とりあえず……」とリオレはそれを見送りながら言った。
「ああ、1年後までは停戦だな」とファルマンも応ずる。
ブレダたちは、城には近いが、ほかのりっぱな施設と比べるとやや小さい、古びた建物の前で馬車を降りた。
門柱には「国立科学研究所」とある。
「科学」などという大雑把な名前が冠されていることからも分かる通り、ここは最初期に建てられた研究所のひとつで、非常に長い歴史を持っていた。
しかし、研究分野が拡大、細分化されると、それぞれの専門研究所が設立されるようになり、ここは、今となってはまだそこまで確立されていないジャンルを扱ったり、青少年への科学啓蒙などを行う施設として機能しているにすぎない。
そこの所長というのはいわば閑職だったので、当然のように科学界の嫌われ者であったペルトリに押し付けられていた。
だが、所長権限が許す限りなら好きな研究をしてもだれにも何も言われない環境でもあったので、ペルトリは別に何とも思っていなかった。
普段はとても静かで、古いエルフ様式建築が落ち着いた情緒を醸し出すような場所であったが、今は当面の「飛行機」開発の中心地となったので、にわかに活気づきはじめていた。
「あ、先生おかえりなさい!」
門をくぐると、なにやら書類か図面のようなものを抱えた作業着姿の女性が駆け寄ってきた。
ブレダは、彼女の種族が特定できず、ちょっと混乱していた。女性にしては長身であったが、エルフでも人間でもないようだ。
「私が知らない種族か、うわさに聞く異種族とのハーフなのかしら」とか考えた。
女性はブレダを見つけると、その前にしゃがみこんだ。
「この子が例の……あらまあ、こまくてめんこいこと!」
めんこいというのはたしか「かわいい」を意味する方言で、……なんの種族のだっけ?
「驚くことはない。うちの技術担当の大半はドワーフ族だ」とペルトリは言った。
ドワーフ?ドワーフがどこにいるの?とブレダはきょろきょろした。
長身の女性は「あはははは」と笑うと握手を求めてきた。
「ドワーフ族のアナトラよ。先生とは長い付き合いなの。よろしくね」
ブレダは思わず口走っていた。
「で、でっかい……」
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