第15話 ちび魔王は世界を手玉に取る


 さて。

 ヒルデが行った下品なテロ攻撃に対し、人間国政府は、エルフ国などと連名で厳重な抗議を魔王国に対して行った。

 軍事力で来られると今はまだ困った話だったが、外交で来るというのはアルガスにとってもありがたい話だったので、それに乗ることにした。


 人間、エルフ国にとって、最大の懸念は、使用された「新兵器」だった。爆弾の方ではない。改造ドラゴンのことである。

 彼らはまず、先の停戦協定に基づき、それらに対する情報開示、そして使用の禁止と破棄を求めてきた。

 これを受けて、アルガスはそのスペックの一部だけを何もいじらずに公表した。そのあまりにも高い能力は戦慄を持って受け止められた。

 そして、これらはドラゴンであり、魔族の一員であることを明かした。

 したがって、市民の行動の自由を奪うこと、いわんや「破棄」に応じることはとてもできないと返した。

 ヒルデは、これを聞いて、魔界に市民権があったことを初めて知ったと大笑いした。


 次に人間国側は、テロ攻撃そのものに対する制裁をほのめかしてきた。このような軍事行動は宣戦なしの先制攻撃にほかならず、停戦協定の破棄も視野に入れなければならないと。

 その持って回ったような脅しにアルガスはニヤリとするとこう返した。

 そのような意図はまったくない。これは、旧魔王国首都に誠に遺憾なモニュメントを建造するという「挑発行為」を先に行った人間国側に対する「ちょっとした」回答であるにすぎない。

 それに、当事者である我々も停戦協定締結一周年を祝う「終戦」記念式典には参加する資格があるはずで、招待状が来なかったのはなんらかの不手際があったものと認識している。そこで自主的に参加することにしただけである。

 持参した「プレゼント」が少々悪乗りが過ぎたことは認め、不快な思いをした方々には陳謝したい。

 周到なアルガスは、これらの回答を主要な魔力メディアにも流した。


 こんなのらくら外交に人間側は、だが、強く出ることができなかった。

 停戦協定にはテロに対する条項がなかったため、修正条項が同意され、双方、このような国内外での敵対的示威行為を禁ずることとなった。これも現状では魔族側にメリットが大きい。

 人間側が弱腰な最大の理由は、世論がこの件に対する報復という方向にまったくと言っていいほど振れなかったためである。

 カルティス王本人は激怒して報復を叫んでいたが、彼は皆に慕われる人気のある王とはとても言えず、むしろその逆だったのだ。

 魔力放送で全国生中継された、いつも威張り散らしているだけの人望のない王の醜態は、国民にとってはむしろ痛快だった。快哉をさけび、魔族をほめたたえるものまで出る始末だった。

 だいたい、あのモニュメントにしても、もっと抽象的なデザインであったものを王が強権を発揮して自分の像に変えさせたものだったのだ。

 その顔に泥……よりもっとひどいものを塗られたとカルティスがいくら復讐を主張しても、それは自業自得だと考える国民は少なくなかった。

 モニュメントのデザインくらいならいくらでも横車を押せる権力をカルティスは持っていたが、戦争となればさすがにそうはいかず、世論の支持は絶対に必要だった。

 が、また戦争になるのも気が進まなかった人間族たちは、この話はすでに笑い話くらいにしか思っていなかったのである。

 カルティスが必死になればなるほどその傾向は強まったので、やがて王も側近の説得であきらめた。

 やはり、人死にがでなかったのも大きかっただろう。

 アルガスの計算通りである。


 一方、エルフ国では、国民はこの件については話そうともしなかった。

 エルフが話題にするには、使用されたものがあまりにお下品すぎたからである。


 しかし、軍部や安全保障にかかわる政治家たちなどはそうはいかなかった。

 人間国も、エルフ国も、例の新兵器、ドラゴンの情報収集と分析に躍起となった。

 それほどあの兵器はとても看過できない危険なものだとみなされていたのだ。

 これも人間側が強く出れなかった理由の一つだった。件の兵器の分析が終わり、対抗手段が形になるまでは、こちらから手を出すのがためらわれたのである。

 アルガスが意図したとおり、軍事的パワーバランスも変わったのだ。


 以上が、事件後数か月ほどの、世界の情勢であった。

 すべて、アルガスのたなごころの上で踊っていたと言ってもいい。

 


 こうして世界を手玉に取った悪魔、アルガスだったが、今は激しい後悔に苛まれ、頭を抱えていた。

「なんという失策だ……うかつだった」

 

 ことの顛末はこうである。

 先日、ハインケルがヒルデファンと知り、さらにうっかりアルガスもカミングアウトしてしまったため、二人は一時、一触即発の状況まで行った。

 が、魔王軍の幕僚幹部がいがみ合うのはよろしくないということになり、どちらがよりヒルデファンであるかとことん話し合いできめようと、そのまま幹部会談が行われた。

 会談は深夜まで行われたが、酒も入ったこともあり、そのうちヒルデ様を称えあう会へ変化し、あたかも第一回ヒルデファンの集いといった様相を呈し始めた。

 ハインケルはアルガスのヒルデ愛にいたく感心し、男泣きにお前こそが初代ファンクラブ会長にふさわしいと言うと、その場にぐうぐうと寝てしまった。

 ハインケルのような立派な悪魔がこのように泥酔するというのはめったになく、これはその夜消費された酒量が、いかに尋常でなかったかを如実に物語っている。

 すっかり気をよくしたアルガスは、泥酔したまま、完璧な魔王国公式ヒルデファンクラブ会員募集のお知らせを完璧にしたためると、部下を呼び出してただちに布告するように命じた。

 もちろんそれには会員ナンバー1番である会長は、「アルガス」とあった。


 翌朝、反響は大変なものとなっていた。

 朝までの間に入会申し込み数はすでに数十万人集まっており、まだ増え続けていた。アルガスは正直よく覚えていなかったが、まず最初に大慌てでヒルデに謝りに行った。

 勝手なことをしたと陳謝するアルガスに、ヒルデは「お前のやることなら許す。よきにはからえ」とあっさり言っただけで、おとがめはなかった。


 まあ、ヒルデ支持層が強固になるなら、それはそれでよいと、激務の間を縫って、降ってわいたファンクラブ運営業務も引き受けていたアルガスであったが、ファンクラブというものを理解するにつれ、自分がとんでもない間違いを犯したことに気が付いた。

 ファンクラブというからには、会長であろうとも一ファンでなければいけない。絶対にそれ以上に関係を深めようとしてはいけないという暗黙のルールがあることを知ったのだ。

 過去の例を調べても、対象に手を出そうとした魔界のファンクラブ会長の末路は悲惨だった。たいていは会員のリンチを受けて再起不能か、それ以上の結末を迎えていた。

 中には激怒して集結した手に手にたいまつを持った会員の手で、自宅ごと文字通り「」してしまったものまでいた。


 アルガスには今のところヒルデとの関係をこれ以上深めようという意思はなかったが、この場合、まったく事実無根でも、ひとたびスキャンダルになれば結果は同じである。

 即刻会長を辞任してハインケルに譲ろうとも考えたが、それでもスキャンダルが「元会長の」という見出しに変わるだけで、やはりダメージは大きい。

「今まで以上に、そんなそぶりを見せずに、かつ畏れ多くもヒルデ様からのアプローチがあっても跳ねのけないといけないということか」

 考えるだに「とほほ」という言葉が相ふさわしかったが、もう仕方がなかった。



 一方。

 エルフ国では、魔王軍新兵器、あの改造ドラゴンへの対策を話し合う会議が開かれようとしていた。

 これまで、似たような会議は、各界の有識者を招いて何度も行われたが、いずれも有効な対抗策を見いだせず、不調に終わっていた。

 今回も、政府、軍部の代表に交じり、エルフ科学アカデミーから派遣された専門家たちも列席している。

 そして、その末席には今回しぶしぶ招かれたゲストが、不貞腐れたように座っていた。


 まず、軍情報部の参謀が立ち上がって、最新の分析結果を報告し始める。

「除幕式の中継映像の解析により、この新種のドラゴン……以降、新ドラゴンと呼びますが、この新ドラゴンの性能は、魔王軍が発表したものにほぼ合致することが確かめられました」

 会場がざわめく。

「目撃情報をとりまとめましたが、除幕式上空に現れた二匹のほかに、少なくともあと二匹、人間領に侵入していたことが新たに確認されました」

 エルフ国の諜報部門の局長が後を引き継ぐ。

「先の戦争以前の魔王軍に、このような新ドラゴンはいなかったことは確認済みです。魔王国に潜入させたうちのエージェントの報告では……」

 会議室の大きな魔力スクリーンに、あまり見目麗しいとは言えない二つの顔が大きく映し出される。

「それまで、軍中枢にはいなかったこの二人、ブロームとフォスが新ドラゴンの開発に大きく関わったらしいことがわかりました。彼らはあの事件以降公の場に姿を現さず、おそらくは新ドラゴンの増産に着手しているものと推察されます」

「どうにもあいまいな情報だが、どの程度の規模で、その……育成だか生産が行われているのかはわからないのか?」

 エルフ軍総司令部の将軍が口を開いた。

「それなのですが……」

 局長は明らかに動揺していた。

「新しい生産拠点らしいところは特定できたのですが、ここを警備しているのが新編成の部隊らしく、魔族としては異常に士気モラルが高いため、潜入調査できないのです。彼らは自分たちを『ヒルデ様親衛隊』と称しており……」

 転んでもただでは起きないアルガスの仕業であった。ファンクラブの会員から、身元が確かで、熱狂的ヒルデファンである人員を選び出して組織し、要所の警備につけていたのだ。

 彼らは、一般の魔族のように、簡単に買収することは不可能で、よそ者にわかには異常な警戒心を抱く特性があった。警備にはうってつけだった。


 将軍は腕を組んでうなるとつづけた。

「わかった。引き続き調査を続けてくれ。で、対抗策についてだが……」

 局長は汗を拭きながら着席し、情報部の参謀がまた立ち上がった。

「前回の会議でいただいたご指示に従い、わが陣営で、ドラゴンに類する飛行生物を使役するものがいないかどうか、徹底的に調査いたしました」

 参謀が机に表示されたコンソールをいじると、楽しそうに大きな鳥に乗っているコボルド族の画像がスクリーンに映し出される。

「その結果、唯一、コボルド族に大鷲を飼いならし、移動手段などに使っている山岳種族がいることが確認できました。が、……その、大鷲と言ってもただの鳥でして……新ドラゴンに対抗できるとはとても」

「ううむ……わかった。では、科学アカデミーのほうからは何かありますか?」

 将軍から促され、威厳を漂させる立派な風体のエルフ科学者が立ち上がる。

「科学アカデミーでは、前回の要求に対し、皆で検討を重ねてまいりましたが、その結果……」

 科学者がコンソールを操作すると、会議室のテーブルの上に、巨大な気嚢をつけ、後方にプロペラのように回転する帆をつけた「船」の立体映像が現れた。

「この『飛空艇』こそが、最も効果的な対抗策として……」


「くだらん」

 末席の「ゲスト」が声をあげた。

 それは、あの研究者コースの指導教官だった老エルフであった。

「すでに失われて久しい技術だ。今建造するとしたら新開発に等しい労力がかかる。それに、よしんば再現に成功しても、今となっては高速馬車にも劣るのろまだ。いいまとになるのがオチだろう」

 会議場はまたもざわめいた。

 面目を失った科学者は、顔を赤くしてどなった。

「ペルトリ君!君はオブザーバーとして呼ばれたに過ぎない!勝手な発言は慎みたまえ!」


 老エルフの名前はエスノ・ペルトリと言った。

 古くからエルフ国科学アカデミーに名を連ね、数々の実績を重ねてきた科学者だった。

 だが、若いころから一つの研究にとどまらず、興味のある分野には何にでも手を出したので、ほかのアカデミー会員からは疎んじられていた。

 エルフの研究者は一生をその専攻分野に捧げ、その道の最高権威となることを目指すものが大半だったので、ペルトリのことは「自分の領域をあらす厄介者」としか見えなかったのだ。

 しかも、闖入してきた専門外の分野で、たびたび優れた実績を上げるとなれば、なおさら嫌われることになるのは必至であった。

 進路相談所の教官なんていう、学者にはつまらない仕事をおしつけられたのもそのせいだった。


 怒鳴りつけられたペルトリは、「はいはい」と降参するように両手を上げた。

「待ちたまえ」

 と、声がかかった。

「わたしは老先生のお話をもっと聞きたいと思う」

 発言者は列席していたエルフ聖帝の第2皇子だったので、アカデミーの科学者も将軍たちも息をのんだ。

「先生には、なにかご腹案がおありか?」

 ペルトリは方眉を上げ、「いいの?」というふうにアカデミー代表である科学者を見た。

 もとより、今回の課題はアカデミーでいくら鳩首協議しても答えの出ない難問で、非常に悔しいがペルトリならなにか出せるかもしれないと、いやいや、本当にいやいや参加を許可したという経緯があったので、科学者は目を閉じ、しぶしぶ、本当にしぶしぶうなずいた。

「よろしい。ではお聞かせしよう」


 ペルトリがコンソールをさわると、飛空艇は掻き消え、その代わり、様々な形をした「装置」がいくつか現れた。

「これは対空射撃補助装置の仮設計案だ。映像を確認したが、あのスピードでは、エルフと言えど、見てから魔法や弓を当てることは難しい。そこで……」

 ペルトリは、装置の動作原理を示した図を表示させた。

「魔力感知装置を魔力コンピューターに接続し、対象の未来予測位置を表示させるシステムを考えた。これならば攻撃魔法などをいわば待ち伏せ・・・・して置き、当てることが可能となるだろう。魔力動力装置を併用すれば、やろうと思えば無人迎撃システムも可能だ」

「いや、だが、魔力動力や魔力コンピューターの軍事利用は禁忌となっていたはずだ」

 アカデミーの科学者のひとりが叫んだ。

「そんなことを言っている場合じゃないだろう!それに、これは人間国なども喜んで買うだろうから、いい儲けにもなるぞ?そして……」

 ペルトリは地図に書かれたあたらしい模式図を表示した。

「さらに、新ドラゴンの魔力反応を探知するための装置をエルフ国国境を囲むように多数配置する。こうしておけば、奴らの侵攻をいち早く察知することができ、被害を受ける前に対応することができるかもしれない」

 ペルトリは一息いれると、アカデミーの科学者たちを眺めながら言った。

「ほかにも防衛のためのアイデアはあるが、これらはアカデミー会員諸氏の協力を得れば、速やかに実現可能だろうと私は信ずる」

 どれもエルフ国の将兵や、そして国民を護るためには必須と考えたので提案はしたが、ペルトリは正直その実現に関してはアカデミーに押し付けたい気満々だった。それに、アカデミーにも多少は花を持たせないと、あとでめんどくさいことになる。

 ペルトリが真に自分で手掛けたいと思っていたアイデアは次に提案するものだった。


「しかし、いくらわけのわからない機械を置いて、これで安心だと言っても、国民の不安は払しょくできないだろう。また、我々にあれに匹敵する兵器がないというのは軍事的にも問題となる。そこで……」

 テーブルの上の様々な模式図が一瞬で消え、代わりに流線形をしたなんらかの装置の三次元画像が表示され、ゆっくりと廻り始めた。

「我々もアレに相当する性能を持った飛行機械を開発する。私はこれを『飛行機アビオン』と命名した」

 会場はどよめきにつつまれた。それを制し、皇子が聞いた。

「それは、すぐにでも開発可能なのですか?」

 と、自身満々だったペルトリが急に元気をなくしたようだった。もごもごとくちごもる。

「それがその……現状の技術で組み上げた場合、一つ問題があって、まあそのうち解決はできるとは思うのだが、その、いくつかブレイクスルーが……」

「問題とはなんだ?」と押されっぱなしだった科学者のひとりが反撃に出た。

「これは魔法を動力として飛ぶ。したがって、操縦者はそれを制御できるエルフである必要があるのだが、新ドラゴンに匹敵する性能を持たせようとすると、ああ、どう計算しても積載重量がエルフ一人分に届かないのだ。いや、もちろん、もしこの制限に見合う小柄なエルフがいでもしたら、今すぐにでもでき……あっ!」


 突然口を半開きにしてフリーズしたペルトリを一同はいぶかしげに眺めた。

「いたじゃないか!ちっちゃいの!」

 しばし間があったと、ペルトリはいきなり叫び、皆を心底驚かせた。

 ペルトリはようやく、進路相談所で話したブレダのことを思い出していた。

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