第14話 ちび人間族はたくましかった

「なるほどお、取り残された観光客ってとこか~」

 人間族のちいちゃな娘は、ブレダとノムちゃんから事情を聴くと、やっと安心したようだった。

「もうやだ、ただでさえあんなことがあって客が減ってるのに、商売敵まで現れたのかとも思って、心配しちゃったわよぉ。ごめんねえ」

 そのしゃべり方は少女のようにかわいらしいその外見とはまるでマッチしていなかった。おまけにひどいおしゃべりだった。

「おばさん?っぽい?」

 ノムちゃんはこっそり考えたが、もちろん口には出さない。

 というか、この人いくつなんだろう。外見は非常に若々しいというか完全に子供で、そして強烈な「かわいい」オーラを発しているけれど。

「ちっちゃい」と「かわいい」には目のないノムちゃんであったが、この子……この人にはなぜか強い違和感を感じていた。

「かわいい……のになあ」

 自分でも不思議で、ノムちゃんは首をひねった。

「ブレダちゃんにノームちゃんね。私はマリエッタ。マリエッタ・マーティンよ。この店のオーナーなの。以後お見知りおきを」


 と、常連らしい人間族の男がマリエッタに声をかけてきた。

 マリエッタはぴょこんっと席を立つと、ちょこちょこと男のそばまで行って愛想を振りまきだした。

「あ、あれはちょっとかわいいかも」

 ノムちゃんは思ったが、お愛想が終わって、マリエッタがかわいらしく、帰って行く常連に手を振った直後、「ん?」となった。

 一瞬ではあったが、あれほど強力に発せられていたかわいいオーラが消えたように見えたのだ。

「ち」

 マリエッタは舌打ちすると、ぴょこぴょこと走ってブレダたちのテーブルに戻ってきた。

「あなたたち、エルフってことはもちろん魔法使えるわよね?」

「初級くらいならなんとか……」ブレダが答える。

「まあ、魔力があれば問題ないわ。オーダーまだでしょ?うちのスペシャルご馳走してあげるから、ちょっと手伝ってくれないかな?」

「え?」「え?」となるブレダとノムちゃんを引っ張るようにして、マリエッタは店の奥へと二人をいざなった。


 そこは、従業員控室かなにかのようだった。

「さて」

 マリエッタはふりふりのかわいらしい服の胸元に手を突っ込むと、ひもで首に下げていたらしい直径5センチほどの青白く輝く丸いものを引っ張り出した。

「あ、呪符」とブレダ。

「私ね、本職は魔導士なんだ」


 呪符とは、人間族のような生まれついての魔力を持たない、リオレの言う「体内に空間エネルギーをとりだす回路」がない種族が使う補助具であった。

 呪符をその回路の代わりに使うことで、人間でも呪文を唱えれば魔法が使えるようになる。

 これの製造には特殊な魔法が必要で、今のところ、エルフがその生産を独占しており、かつては主力輸出品のひとつだった。

 ちなみに、現在はこれから発展した、術者がいなくても若干の空間エネルギーを抽出できる装置がドワーフの機械技術を導入したことで発明されており、それを動力源とした、我々の電化製品に相当する「魔力製品」が輸出品トップを占めている。

 いままでに登場した、魔力コンピュータや魔力ディスプレイなどがそれだ。


 ともかく。

「これさあ、結構強力な呪符で、高かったんだけど、最近調子悪くて。どうもかかってる一部の魔法の魔力が切れかけてるみたいなんだわ。よいしょっと」

 マリエッタはひもごと呪符を首からはずすと、机に置いた。

 その瞬間、マリエッタから発せられていたかわいいオーラが消え去った。

 突然年を取ってしわだらけになったとかいうわけではなく、肌もまだつやつやで若々しいままだったが、あれほど強烈に放たれていた「かわいい」を押し付けてくる何かだけが消え去っていた。

「あーしんど。ったくロリコンどもめ」

 マリエッタは自分の肩をぽんぽんとたたいた。そういうおばさん臭いしぐさがさっきまでの違和感をもたなくなっている。

 ノムちゃんは気が付いた。

「ずっこじゃん!」

 なお、ずっことはエルフ方言で「ずるをすること」を指す。マリエッタは魔法で無理やりよりかわいく見せようとしていたのだ。

「あー」

 マリエッタは苦笑すると

「言いたいことはわかるわ。まあ、あんたたちはまだ若いから……ってエルフだから実年齢は同じくらいかまだ私の方が若いのかもしれないけど、この業界もいろいろ競争が激しくてさあ。まあこのくらいのことはね……お化粧みたいなものよ」

 マリエッタは机に置かれていた小物入れをごそごそすると、チョークを取り出し、呪符の周りに魔方陣を描きだした。

「で、本当ならエルフ国のメーカーに送り返して調整をするんだけど、時間もかかるしお金もそこそこかかるのよう。でもこれたぶん、ほんの少し魔力を補充してやるだけで直ると思うんだ。術式は私が指示するから、ちょーっと手伝ってほしいの。お礼はするからさあ」

 ブレダはノムちゃんとどうしようかという風に顔を見合わせたが、ちょっと疲れるかもしれないが、べつに減るものでもないので、協力してあげることにした。

 呪符の上に二人が手をかざすと、マリエッタは呪文を唱え、二人にそれを繰り返すように言った。

 ブレダたちが教わった呪文をとなえると、魔方陣が光を放ち、空中からきらきらとした光が現れて、渦を巻いて呪符に吸い込まれていった。

「よし!そのくらいでOK」

 マリエッタは呪符を机から取り上げると首にかけ直し、呪文を唱えた。

 と、先ほどまでよりももっと強烈なかわいいオーラが、マリエッタから燦然と発せられた。

「うわ、これは本当にかわいい!」とノムちゃんは思った。

 しかし、それは魔法による偽物の感情である。ノムちゃんはかわいい!と思ってしまう気持ちとそれを否定する理性の間で、激しい非常に個人的戦いを心の中で繰り広げていた。

 過熱していくノムちゃんをよそに、マリエッタはぴょんぴょん飛んだり体をひねったりしてみたが、それはさっきのように途切れたりもしなかった。

「おー!すごい!買った時より調子いいわ」


 しばらくして。

 ブレダたちにふるまわれたマリエッタの店のスペシャル料理は、魚介類のコースだった。

 マリエッタもブレダたちと、店の奥まった場所にあるテーブルに座って一緒に食べていた。他のテーブルからは少し離れていたので、マリエッタは完全にを出して喋りまくっていた。

「おいしいでしょー?うちのコックは、そりゃエルフの料理人とはいかないけど、人間としちゃ腕がいいのを無理して雇ってるから」

 確かに言うだけあって、おいしかった。特に我々の思うクラムチャウダー風のスープは絶品だった。

「私もね、これでも人間としては名の通った魔導士だったのよ?でも戦争終わっちゃったんで、たまったお金で商売でもしようかなぁって、なんか景気がよさそうだったからこの町に来てお店ひらいたの。ちょっと前まではすごい人気だったのよ?」

 聞いてもいないのに身の上話が始まっていた。

「そしたらあんなこと起きちゃうでしょー?お客は減っちゃうし、女の子は逃げちゃうし」

「女の子?」

「あら、うちをどんな店だと思ってきたの?ここはお酒と料理、そしてかわいい女の子とのおしゃべりを楽しむお店よ」

 それで看板に女の子の絵が描いてあったのかー、とノムちゃんは思った。

「しかもね!ちっちゃい子専門!私気が付いちゃったんだけど、マニアックなお客って、なかなか逃げないし金払いもいいのよ」

 そんな店に……そんな店にブレダちゃんを引っ張りこんでしまったのか。ノムちゃんはショックのあまり両手で顔を覆った。そりゃ注目も浴びるわ……。

「っていうかブレダちゃん本当にかわいいわねえ。どう?うちの店で働かない?」

 だめです!だめだめ!とノムちゃんは必死のジェスチャーをした。

「やあだ!冗談よう!」けらけらと笑いながら、マリエッタは手のひらをひらひら振って見せた。

 ノムちゃんはそのとんでもなく愛くるしい外見とおばちゃんノリのギャップで酔いそうになりかけていた。


 食事はまだ続いていたが、途中マリエッタは何度か「ごめんなさいね」と中座し、来店したお客や、帰って行くお客にお愛想を振りまきに行った。

 それは、しゃべり方から声のトーン、細かいしぐさまでブレダたちと話すときのおばちゃんノリとは全然変わっていた。

 完璧な「営業かわいい」だった。魔法で増強されているとはいえ、あれは相当修練を積んだ言動だ。

「すごい」とブレダは素直に感心していた。

 あれならば、お客さんが虜になるのもわかる。見ていると、おじさんだけではなく、女性客も何人かついているようだ。

 お客を「お見送り」したマリエッタはぱたぱたと戻って来て、椅子にちょこんと腰掛けると言った。

「はいはいお待たせ。もう残ってるの私目当てのお客さんだけだから、せいぜいケアしないとね!で、何の話だっけ……あ、そうそう」

 マリエッタのとまらないおばちゃんトークパワーによって、ブレダとノムちゃんは今までのことを根掘り葉掘り聞きだされていた。

「そっかあ。そうねえ。私もちっちゃいことでは苦労したかもねえ。子供の頃はよくいじめられたし」

「いじめか」とノムちゃんは思った。

 それは、人間族がよく行う蛮行で、体格の個人差や、価値観の相違を理由に、あるいは特に理由もなく行われる、多人数で少人数をいたぶる卑劣で野蛮な習慣であるとノムちゃんは聞いていた。

「でも、いじめられてばっかりじゃ悔しいじゃない。そうそう、それでこういうぶりっこな動作をするようになって、だんだん味方をつけて行って」

 ぶりっこ?ってなんだろうとブレダは思ったが黙っていた。

「最後にはこんな小さいかわいい子をいじめるなんて!ってクラスのいじめっ子がつるし上げられて、あんときは痛快だったわ」

 めっちゃたくましいなこの人。とノムちゃんは感心した。

「魔導士志したのもそれかな。魔法使うのに体格は関係ないからねえ」

 リオレも同じことを言っていたな、とブレダは思う。

「そこそこいいとこまではいったんだけど、まあでも戦争終わったら軍隊にはやっぱり居場所はない気がして、それで、もって生まれた才能を生かして一発当ててやろうと考えたわけ」

「才能?」ブレダは聞いた。

「この類まれなるかわいさよ!きまってんじゃないの!やだもぉ!」

 マリエッタはブレダをぺちぺちたたいた。

「まあ、でも、この店はもうおしまいかもね。ここは魔族に狙われてるっていうんで、観光客ももう来ないし、住人も減りだしてるみたいだし」

 マリエッタは物憂げな表情を見せた。

 それはやはり、相変わらず盛大に放たれるかわいいオーラとはまるで似合わないものだったが、ブレダは心配になって聞いた。

「これからどうするんです?」

 マリエッタはにっこりと笑うと言った。

「そりゃあ、女手ひとつでなんとでもするわよ!マリエッタさんをなめないでよね!」

 マリエッタはごそごそかわいらしい服のポケットをさぐりはじめた。

「あなたもいろいろ苦労があるのかもしれないけど、女の武器って色気や美貌だけじゃないのよ。ちっちゃいでもかわいいでもなんだって使って、がんばりなさいね。はい、飴ちゃんあげる」

 ブレダは飴ちゃんをもらった。


 その夜。

 ブレダは床にはいってもなかなか寝付けないようだった。隣のベッドで寝ていたノムちゃんは、ちょっと心配になって声をかけた。

「どうかした?」

「う、うん」

 ブレダはころりんと寝返りを打つとノムちゃんの顔を見ながら言った。

「ファルマンさんやリオレさんもときどき私のこと、なんていうか、ほんわか見てるじゃない?マリエッタさんの話を聞いたら、その……それって、私がかわいい?からなのかなって」

 そう言うと、ブレダは真っ赤になって小さな手をぶんぶん振りだした。

「あ、いや!ちがうけど!自分がかわいいとか思ってるわけじゃないけど!……でも、そんな理由でひいきされてるなら、なんかやだなあって」

「そうそう」とノムちゃんは思う。

 ブレダちゃんは、こういう自分のかわいさ、愛くるしさに全く無自覚なところがまたいいのよ。

 そして、ブレダの言うようなことへの答えは、もうずいぶん前にノムちゃんの中では固まっていた。これは自信をもって、パニくらないでも言える。

「ブレダちゃんはね、ちっちゃくて、かわいくて、頑張り屋さんで、そういうの全部ひっくるめてブレダちゃんなの。マリエッタさんじゃないけど、そのすべてが天から与えられた才能ギフトなんだと思う」

 ノムちゃんは手を伸ばしてブレダの下した前髪を撫でながら言った。

「あるがままに。ブレダちゃんがブレダちゃんでいることを見失うようなことがなければ、その恩恵は胸を張って受け入れていいと思うな」

「そうかなあ」

「そうよ……それにね!」

 ノムちゃんは毛布をはねのけてがばっと起き上がり、ベッドの上に座りなおすと言った。

「何度でもいうけど、ちっちゃいは最高なの!最高なんだから、仕方ないのよ!そのくらい我慢しないと!あとでちっちゃいだけじゃなかったって証明して見せればそれでいいじゃない!」

「あははは」

「だから、大丈夫だよ。きっと。さ、もう寝よう」

「そうだね、おやすみ」


 翌朝。

 ホテルにやっと手配が付いたらしい迎えの馬車がつき、ブレダとノムちゃんはそれに乗ろうと部屋から降りてきていた。

「よかったね!やっと帰れる!」

 ブレダはてけてけと馬車にむかって駆け出して、振り向いてノムちゃんに手招きした。

「ノムちゃーん!はやくー!」

 しかし、ノムちゃんはロビーの壁に掲げられたホテルの館内施設の案内を見つけてフリーズしている最中だった。

「だ、だ、だい・よく・じょー?」



 所変わって。

 その部屋はかなり広かったが、雑然と積み上げられた本や書類、その他よくわからないもので壁際は埋め尽くされており、その上、中央に立体魔力ディスプレイを仕込んだ巨大な机が鎮座していたため、足の踏み場にも困ると言った惨状を呈していた。

 その机の前に座ってうなっているのは、ブレダの研究者コース指導教官だった老エルフだった。

「うーむ」

 机の上には魔力ディスプレイから投影されている、魔力CADソフトの3D映像や、さまざまなシミュレーションの結果を現わすグラフ、数値の羅列が、これまた空中に雑然とならんでいた。

 老エルフは空間にコンソールを呼び出すと、パラメータをいくつか変えてまたシミュレーションを繰り返したが、結果は芳しくないようだった。

「やはり、だめだな」

 手を払うように動かすと、机の上の立体映像が一斉に消えた。

 すっきりした机の上に足を投げ出すと、老エルフは椅子の背に体をあずけ、目頭をもんだ。


 ふと見ると、ディスプレイからの明かりが消えた机に自分の影が落ちている。室内には小さな魔力ランプ以外の明かりはなく、それは机の下に転がっている。

 頭をあげ、さかしまに背後の窓の外を見ると、すでに夜の帳がすっかり降りており、空には月が昇っていた。

 老エルフは月を見ると顔をしかめ、普通のエルフならまずしない、卑猥な意味を持つサインを右手で作ると月に向かって示して見せた。

「ふん!」

 もうこれ以上今やっていることを続けても時間の無駄であると判断すると、ランプを取り上げ、壁際に積み上げられた混沌の中から今夜ベッドで読む本を探し出すと、手に取って部屋を出て行った。


「どこかに……」ふと考えた。

「おらんものだろか。ちいちゃくて、しかし、魔力はあって、反射神経もよく、体力のあるエルフが」

 と、何かが心に引っかかった気がしたが、その時は何も思いつかなかったので、首を振り、寝所へと向かう廊下を歩いて行った。

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