第13話 ちびエルフは再び悩む

 ホテルの部屋にに戻ったノムちゃんは、暗いままの魔力モニターの前に座り込み、その前に並べられたマメ☆シバーズグッズを見るでも読むでもなく、手にとってはひっくり返していた。

 ブレダと二人でこれらを楽しんだのが、ほんのちょっと前の出来事であることが信じられなかった。

 ブレダは帰ってから、ソファにすっぽり座り込み、両足を抱えてちんまく丸まったまま難しい顔をして黙ったままだった。

 どう声をかけたものかわからず、ノムちゃんはすっかり困ってしまっていた。


 ブレダは考えていた。

 多少がさつでせっかちでも、エルフである彼女は、ほかのエルフと同じように基本は平和主義者である。

 しかし、あの、のんきで平和なブレダたちの村のような光景を存続させるためには、戦わなければならない時もあることも理解していたつもりだった。あまつさえ、その戦いの中に自分の立ち位置を見つけようとすらしていた。

 だが、それは同時に、そうした戦いの中で自分やその周りの人間が傷つき、あるいは死ぬ危険もあるということだ。それも、なんとなくだが、わかっていたはずだった。

 いまはまったく自信が無い。

 やはり怖かった。先ほどの事件によって、生まれて初めて「死」の恐怖に間近に直面した時、ただただ「怖い」という気持ちしか起きなかった。

 その恐怖はまだ残ってはいたが、ブレダはただおびえて小さく丸まっていたわけではない。

 自分がこうした恐怖に打ち勝てるのかどうか、ずっと考えていたのだ。むしろあの時、恐怖でフリーズしてしまった自分がショックだった。

 いかに身体的適性があろうとも、戦闘中におびえて動けなくなるようでは、とても兵士にはなれない。それは仲間たちを危険に晒すことにもなりかねないからだ。

 乗り越えるしかない。そうブレダは思ったが、本当に自分にそれができるのだろうか。そう自問し続けていたのだ。

 それにそれは、兵士の道を選ばなかった場合でもいずれ訪れる問題のような気もした。

 肝心の時に、一歩を踏み出す勇気が自分にあるのだろうか。


 部屋のドアがノックされた。

 ノムちゃんが出ると、そこにはファルマンとリオレが立っていた。

 ファルマンたちは、晩餐会が中止になったこと、自分たちは急遽開かれることになった対策会議のため、急いで聖都に戻らなければならなくなったことをブレダたちに告げた。

 いずれも当然のことだったが、それだけではないらしく、ファルマンは言葉を濁して頭を掻いていた。

「帰りの馬車が満杯で、君たちを送っていけなくなっちゃったんだ」リオレが代わりに話した。

「い、いや、すぐに迎えはよこす。約束通り送り届けるが」

 ファルマンは慌てて言い添えた。

「しかし、すまないが、何日か、遅くとも明後日まではここで待っていてほしいんだ。あんなことがあって、この町は少々騒がしいことになってるが、この部屋にいれば安心だ。外出はなるべく控えて」

「その代わり、ルームサービスは取り放題だよ。人間たちに約束させたから」

 ノムちゃんがルームサービスについて考えていると、横にいるブレダが突然大きな声を出した。

「先生!」

 いきなり先生と言われてファルマンとリオレは慌てたが、やがて自分たちのことであることを理解した。確かに進路相談所では教官だった。

「な、なんだ?」

「私怖かったんです!」

 おっさん二人はとたんにあああああと心底同情した顔になり、そうかそうかというようにブレダの頭を撫でようとまでした。

「そうじゃなくて!」

 その手を振り払うようにして、ブレダは先ほど考えていたことを正直に全部二人に話した。


「なるほど、それか」

 ファルマンはどうする?というような感じでリオレと顔を見合わせた。リオレが表情だけで「どうぞ」とジェスチャーし、ファルマンは話し始めた。

「いいか、恐怖を感じない兵士なんていないんだ。むしろ、恐れることが兵士を強くする。そりゃ中には全く恐れを知らないように見え、そんな風に言うのもいるが、あいつらだって全く感じてないはずがない」

「僕たちは恐怖を友達にするんだ」リオレが続けた。

 なんのことだかわからず、きょとんとするブレダとノムちゃんに、ファルマンは腕組みをして語り始めた。

「まずは恐怖を受け入れることだ。受け入れて、冷静にそれを分析する。すると、あっちのほうからどうしたらいいのか教えてくれるようになる」

「ね?友達みたいでしょ?」

「立ち止まってしまうのが逆に一番恐ろしい。なぜ怖いのか、怖くなくすにはどうすればいいのか、必死に考えながら前に進もうとすればいい。結構答えは簡単だったりもするぞ」

 それからまだもうひとくさりファルマンは語りたそうだったが、いつの間にか現れたルボーディ曹長がアイコンタクトをしてくるのに気が付いた。

「すまん、今日はもう時間がないようだ。この話はいずれもっとゆっくりやろう」

「本当にごめんね!埋め合わせは必ずするから!」

「ホテルからでないようになあ!」

 そう叫びながら、二人はホテルの廊下を駆け足で去って行った。ルポーディはブレダたちに軽く会釈した後、そのあとを追った。


「受け入れて……考えて……進めか」

 ブレダは見送りながらつぶやいた。

 そんなブレダを後ろから見守りながら、ノムちゃんは決意を新たにしていた。

「ブレダちゃんが怖がることなんてないように、私がしっかり護れるようになるんだ」

 そう考えて、両手をぎゅっとにぎりしめた。



 その翌日。魔王城では。

 当面人間軍の侵攻はないことがほぼ確実となったため、いったん魔王城に引き上げてきたハインケル将軍が、アルガスの執務室でおいしい、あくまで魔族にとってだが、魔界ドクダミ茶をすすりながら言った。

「しかし、手の内を早く見せすぎたのではないかね」

「あのドラゴンたちの話ですか」

 ハインケルは「うむ」と頷いた。

「実戦投入できるのはまだ4匹に過ぎないのだろう?うまくいったからいいが、本当のところ、見ていて冷や汗をかいたぞ」

「たしかに、はったりとしては危険すぎたかもしれませんが、魔王様には時間があまりなかったのです。それにあの除幕式は千載一遇のチャンスでした」

「それはそのとおりだ。しかし、早晩、人間はともかく、エルフはあのドラゴンに対する対応策を打ち出してくるだろう。こちらも早急になにか考えなければならんな」

「それについては、ブロームとフォスの工房を移設、拡張して、予算を投入し、増産と新規開発にあたらせることになっています」

「当然だな」

「それだけではありません」

 アルガスは魔法スクリーンを呼び出した。そこに表示されていたのは、新しい軍の組織図だった。

 ハインケルはそれを見てうなった。

「ドラゴンをこんなに配備するのか」

「リピッシュほどの性能は必要ないと思います。敵が対処しずらい程度のスピードはなんとか維持して、生産性を重視したドラゴンの開発を命じています。これは地上攻撃に特化させます」

「ほう」

「これらを集中運用して、まず空から徹底的に敵軍を叩き、充分に疲弊したところに地上軍が侵攻する、この戦術を基本とした新しい軍隊を編成しようと思うのです」

「ううむ」

 過去の魔王軍では一顧だにされなかったような新戦術であった。アルガスは、敗戦で軍組織がほぼ壊滅状態になったことを逆に利用して、全く新しい軍を創出しようとしていた。

 この時代、この時点ではまだエルフも人間もまともな対空兵器をもっておらず、こんなことをされたら一方的な虐殺となるのは明白だった。まさに悪魔の戦術である。

「うまくいけば無人の野を進むがごときスピードで侵攻できるでしょう。あるいは、地上軍にも進軍スピードを速めるための工夫が必要になってくるかもしれません」

「まるで伝説のドラゴンの復活だな……しかし」

 ハインケルはお茶をもう一口すすると言った。

「これは明らかに侵攻型の軍隊だ。君はもう一度人間領に攻め込むつもりなのかね」

「必要とあらば。魔王様にその必要ができた時、対応できる能力は持たせておきたいのです」


 今は例のテロ攻撃によって、ヒルデの支持率は安定していたが、気まぐれな魔族がいつ更なる戦果を求めてくるか知れたものではなかった。

 しかし、アルガスの考える新軍隊が、計画通りに編成され、訓練も終われば、それは旧首都奪還はもちろん人間族首都攻略に至るまで、魔族を納得させるに充分な戦果を短期間に達成できる、非常に強力な軍になるとアルガスは思っていた。

 また、この新編成は力押しで押し合って勝つことを前提とした旧タイプの軍隊と比べ、各部隊の人数などは兵装の近代化等によってだいぶ少なくなっており、比較的迅速な魔王軍再建が可能であることも魅力だった。

「それでも間に合わないかもしれない」ともアルガスは考えていたが、最悪の場合でも、空軍力は内戦の鎮圧にも威力を発揮するはずだ。

 改造ドラゴンを支持すればするほど、ブロームとフォスが裏切る可能性が下がるというのも、この新軍隊の編成に少なからぬ影響を与えていたかもしれない。


 ハインケルにもこの新軍隊が強力であることは理解できた。むしろ、これは戦争というものをすっかり変えかねない代物かもしれないとまで考えた。

「わかった」

 ハインケルは言った。

「この新編成を私は支持する。最大限協力しよう。だが、近々、魔王様に新たなる侵攻が必要となるとはとても思えんな」

「それならよいのですが……」

「部下の話では、あの凱旋のあとでも魔族における魔王様の人気は下がるどころか急速に上がり続けている。それどころか、魔王としてだけではなく、その容姿や言動などにも心酔するものが続出しているようだ」

「は?」

「知らなかったのか?今や軍内部でも大人気だぞ?ファンクラブを作ろうという動きもあるくらいだ」

「な?」

「なんだそれは!」とアルガスは心の中で叫んだ。

 ハインケルは急に頬を赤く染めると、もじもじと言った。

「実は私もな……。ヒルデ様は……その……実によい。ファンクラブを作るなら是非会長に……」

「いいや!あなたはいっても会員ナンバー2以降だ!」

 アルガスは思わず本当に叫んでいた。

「え?」

「え?」

 二人は茫然と顔を見合わせていた。



 さてさて。

 遅くとも明後日には迎えをよこすとファルマンは言ったが、2日経っても迎えはこないまま、その日も午後遅くなりかけていた。

 ホテルのフロントに魔力通信が入り、「明日には!明日には絶対!」というファルマン必死の伝言が届けられていた。

 ファルマンさんが馬車一台手配できないなんて、聖都は大混乱なのかもしれないな、とノムちゃんは思った。

 若い二人にとって、ホテルの一室に丸2日以上も缶詰になるというのは正直きつい。

 ノムちゃんは、何周目かのマメ☆シバーズライブディスクを見ようかと考えたが、いまはやめることにした。この子たちはもっと気分がいい時に楽しみたい。


 ブレダはあれからも無口のままで、今もソファでちいちゃく丸くなって何か考えているようだった。

「ブレダちゃんは、よくわからないけど、今人生の大事な分岐点かなんかにいて、よく考えなくちゃいけない時なんだ」

 そうノムちゃんは思った。

 私はそれを見守ることしかできない。そう、見守るしか……。

「な、なに?」

 思わず、ブレダの顔から数センチまで顔を寄せ、熱心に見守っていたノムちゃんはブレダに声をかけられて飛び上がった。

「あうぁえっ!あああ、そうだ!」

 慌てて身をひるがえし、厚い皮の表紙が付いたバインダーのようなものを手に取る。

「今日のお夕食のルームサービスなんにする?おとといは肉、昨日は魚料理だったから、今日は一巡して肉かな?」

「ノムちゃん」

「ん?」

「今日は町に出てみよう!」

「え?」


 依然として答えは出ていなかったが、本来せっかちなブレダはそろそろ「悩むこと」自体に飽きてしまっていた。

 だいたい、この部屋でうじうじしたところで答えなんか見つかるわけもなかった。

 恐れを受け入れ、考え、進む。もう充分考えた。次は進むべきだ。

 というか、ブレダももうホテルの部屋に缶詰には心底飽き飽きしていたのだ。

「でもファルマンさんは出ちゃだめだって」

「気を付ければだいじょうぶだよ!ねえ!いこうよぉ!」

 あ、おねだりだ。私おねだりされてる。とノムちゃんは気が付いた。

 ああ、いいなおねだり。かわいい。すごくかわいい。もっとずっとおねだりされてたいな。なんなら永遠におねだりされていたい。

「ねえってばぁ!」

 ノムちゃんはもうあらがえなかった。

「OK、行こう!」

「わーい!」


 町は閑散としていた。

 戦勝記念式典に詰め掛けていた群衆は、あのテロ攻撃に驚いて、逃げるように皆帰ってしまっていた。

 観光客目当ての大通り沿いの立派な商店も、まだ日も沈んでいないというのに軒並み閉まっている。

「だーれもいないね。お店もやってない」

 ノムちゃんはマメ☆シバーズショップも閉まっているのを確認し、残念そうに言った。

「でもこの町に住んでる人もいるわけだし……裏の方に行ってみようか」とブレダ。

「だいじょうぶかな?」

「充分気を付けよう!」

 OK、ブレダちゃんは私が護るから!ノムちゃんはなぜか腰を落とし、鋭い目線をあたりに放ち始め、すれ違った人に不審がられた。


 裏通りに入ると、そこは表通りとはまるで別世界だった。

 魔王国首都時代の、魔界っぽい意匠がまだ残されている古い建物が立ち並び、なんというか「トーン」が暗い。

 だが、人通りはそれなりにあり、お店も開いている。

「だだだだだだだだいじょうぶかしら」

 ブレダを護ると張り切っていたノムちゃんが一番ビビっている。

「んー」ブレダはちいちゃな人差し指を顎に当てながら辺りを見回した。

 と、少し先にかわいいちいさな女の子の絵が描かれた看板のある店を見つけた。

「あ、あの店ならじゃない?」

「よ、よし!とっとと入ってご飯食べて帰ろう!」

 ノムちゃんはブレダを引っ張るようにして店に入って行った。


 店に入ると、店内のざわめきがやがてふっと消えた。

 そこそこ大きな飲み屋兼食堂といったところだが、客も店員も全員人間族だった。テーブルは半分ほどが埋まっている。

 そんなところにエルフ、しかも見たこともない小さなエルフまでもが入ってきたとなれば、注目を浴びないはずはない。

 ブレダたちもそれに気が付き、おっかなびっくり店員に案内されて席に着いた。

 店内の喧騒はすぐに元に戻ったが、二人が席について以降も、こちらを見てはひそひそと話している気配があちらこちらからする。

「なんかすごい見られてるね」

 ノムちゃんもひそひそ声でブレダに言った。

「まあ、しかたないかな」とブレダは苦笑した。

「ねえ」

 と、そこに急に声がかかった。

 店員さんだと思ったノムちゃんは、あわててメニューを開いた。

「あ、ええ、あの注文は……」

「注文取りじゃないわよ」

 そう言われてノムちゃんが振り向くと、そこには小さな人間族の女性が立っていた。子供のようにかわいらしく、かわいい服を着ているが、その目つきは子供のそれではない。

「ずいぶん目立ってるけど、あんたたち何者?いまさらこの町で何してるの?」

「へ?」

「それからあなた、ずいぶんちいさくてかわいいけど」


 人間族のちっちゃいのはブレダに顔を寄せると凄みのある小声でささやいた。

「この界隈のちっちゃいかわいい枠はわたしのものよ?邪魔するなら容赦しないからね!」

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