第12話 ちび魔王の秘密兵器が炸裂する

「二人を!」」

 何が起きているのかは、リオレも理解出来ていなかったが、そうファルマンに叫ぶと、とっさに知っている中で一番強力な防御系呪文を唱え始める。

「おう!」

 周りには自分より位の高いエルフの軍人や政界の有力者もいたが、ファルマンは迷うことなくすばやく反応してブレダたちの席へ走り始めた。


 ノムちゃんは覆いかぶさるようにブレダをに抱きしめた。ノムちゃんなりに危険を察知して、ブレダを護ろうという必死の行動だった。

 しかし、ブレダの目はノムちゃんの肩越しに、突入してきたにくぎ付けになっていた。

 適性検査でも太鼓判を押された、エルフとしては優れた動体視力を持つブレダは、どうにかその動きをとらえていた。

 は、巨大カルティス像の顔面目掛けて猛スピードで突っ込んできたが、あわや衝突というタイミングで急に上昇し、像の頭の上を通過していった。

 しかし、ブレダは、その前になにか小さなものが分離したのを認めていた。


 投弾後、ヒルデはリピッシュを急上昇させ、カルティス像のどや顔に衝突するのを避けた。

 「どうだ!?」

 そのままリピッシュを上昇させながら、ヒルデは思わず振り向いたが、後方視界に問題のあるリピッシュのコックピットからは、戦果を確認することはできなかった。


 ブレダには分離した小さなものが、巨大な像の頭部にぶつかっていくのがスローモーションのように見えた。

 がつーん!と大きな音がして、だが、爆発のようなものは何も起きなかった。カルティス像の頭も大きく壊れたような様子はない。

 代わりに、は粉々になり、周りに何かをまき散らした。


「どういうことだ?」

 リオレはつぶやいた。

 リオレの行動を見て、あわててそれに倣ったほかの魔導士たちも防御魔法、バリアのようなものを貴賓席に展開していたが、貴賓席すべて、いわんや一般席まではとてもカバーできなかったため、予想していた爆風や破片などが飛んでこなかったことにリオレは一度安堵していた。

 とはいっても、何が起きたのかはまるで理解できなかった。

 着弾点の辺りは霧状になった「なにか」が覆っていたが、やがて何かがびちゃびちゃと降ってきた。

 リオレが気を入れ直して展開し続けるバリアにも、それが降り注いで蒸発していく。


「おーい!」

 見ると、ファルマンが両脇にブレダとノムちゃんを抱いたまま、軽々と階段を上ってくる。おそらく一番強力なバリアを張っているのはリオレであり、その中心である彼のそばが一番安全だろうという判断だった。

 ノムちゃんはパニくって泣き顔になっていたが、ブレダは茫然とした顔のままファルマンの腕にぶら下げられている。

 リオレは魔法バリアを維持したまま言った。

「無事だった?」

「今のところはな」とファルマンは二人を下ろしながら答える。

「しかし、これはなんだ?」

「わからないかい?」とリオレ。

 ファルマンはやっと気が付いた。

「うっ……この匂い……」


 我に返った護衛兵が、闖入者に弓や魔法を撃とうと右往左往したが、それらは、二つとも、あっという間に射程外に飛び去ってしまった後だった。

 カルティス王は護衛に囲まれて、まだそんなに飛沫を浴びなくてすんでいたが、ひとまずの安全を確認した護衛に促されて退避しようとした瞬間に悲劇が起きた。

 自身の巨像の鼻のあたりから、例の液体がでろでろでろっと王の頭めがけて滴り落ちてきたのである。王は護衛もろとも真っ茶色に染まって悲鳴を上げた。


 飛沫の降下は終わったようだったので、リオレはバリアをとくと、違う呪文を唱え、今度は分析用の術式を展開した。

 あたりは異臭に包まれている。

 カルティス像の顔に当たった小物体に充填されていたらしい液体は、跳ね返って真ん前にあった貴賓席に降りかかっていた。

 リオレたちエルフ魔導士の働きで、エルフ席はほぼ無事だったが、エルフほど迅速にバリアを展開できなかった大半の他種族には、もろにかぶってしまったものも少なくない。

 みな悪臭に顔をゆがませていたが、コボルド族の一部だけが妙に興奮していた。


「魔力反応はない。毒物も問題になるほどは検出できない」

 貴賓席に落ちた「液体」の分析結果を、呼び出した魔法スクリーンに表示させながらリオレが言った。

「雑菌はうようよいるが、危険な細菌などもとりあえず大丈夫そうだ」

「一応聞くが、はなんだ?」とファルマンが言った。

「まあ……その……端的に言うと」

 リオレは頭を掻きながら言った。

「なんらかの動物の排泄物……糞尿だね」

「やっぱりか……」

 え?ばっちい……とノムちゃんは、青ざめたままながら、洋服についていないか確認せずにいられなかった。

「あいつら、カルティス王像の顔にを塗り付けに来やがったのか」

 そう言うとファルマンは汚れていない椅子を見つけて腰を下ろし、ほうっと深いため息をついた。

「まあ、とりあえず、本物の爆弾じゃなくてよかった」


 それを聞いて、ブレダの背筋が凍った。

 もし「あれ」が本物の爆弾だったら、どうなっていたのだろう。

 自分や、ノムちゃんや、ファルマンやリオレたちは。そしてこの場にいたほかの人々は。

 田舎のエルフ村で育ったブレダは、これほどの一方的な暴力というものに免疫がなかった。

 アグスタとはたしかににらみ合ったが、あの程度の「けんか」であれば村でも経験はなくはない。

 先の戦争も、一応なにが起きたかは理解できる年にはなっていたが、エルフ領の外で起きた出来事だったこともあり、感覚的には遠い世界のお話のようなものだった。

 本物の暴力。これが戦争。実感とした感じたこんな状況の中で、自分が剣技や魔法を使うことが本当にできるのだろうか。


 ブレダはノムちゃんの着物の裾をぎゅっとつかんだ。

 震えている!そう気が付いたノムちゃんは、ブレダの肩に手を回し、しっかりと抱きしめてあげた。

 そんな様子に気が付いたファルマンが、大声で従卒を呼ぶ。

「とりあえず、この二人を宿にお連れしろ」

「はっ」

 貴賓席の後ろに控えていたため、被害がなかったらしいルボーディ曹長が飛んできて、敬礼して答える。

 ファルマンは、ブレダたちに目を移すと、立ち上がって言った。

「しばらく、宿から出るな。俺たちはこれからいろいろありそうなんでな、あとでまた連絡する。悪いな」

「ごめんね、こんなことになっちゃって」

 リオレも謝りに来た。

 ブレダたちは「いいえ」とか細く言うのがせいぜいだった。


 まだ震えているブレダの肩を抱いたまま、ノムちゃんはあちこちに飛び散っている液体を踏まないように気を付けながら、ルポーディの後を追って歩いていた。

 ノムちゃんも心底恐ろしくはあったが、とっさにブレダを護る手段が何もなかったことに対し、忸怩たる思いがあった。

「私もがんばらないと。強くならないと」

 そう考えながら振り向くと、立派な人間の王様の像が、どや顔で剣を振りかざしたまま、顔を茶色に染めて間抜けに突っ立っていた。



「どんぴしゃでした。お見事です」

 アルガスは自分の目で見、そして除幕式の中継を確認していた部下からの通信などから得られた戦果情報をヒルデに報告していた。

 二匹の異形のドラゴンは速力を合わせ、並んで飛んでいる。こんな高空までは、ふつうのドラゴンをはじめ、どんな飛行種族も上がることはできない。

『そうか!ははははは』

 ヒルデはご機嫌であった。特に、カルティスが頭からをかぶったという報告は彼女を非常に喜ばせ、必ず録画を届けるように命じるほどだった。

「今頃は、先日作成した我々の声明が、エルフと人間政府、そして大手魔力メディアに届いているはずです」

 それは皮肉たっぷりに戦勝記念式典のお祝いを言うヒルデの映像だった。最後に「ささやかなお祝いをお届けする」という言葉で、今回の犯行声明も含まれていた。

「同時に、魔王城からも魔界の住人に対して、今回の成果が通達された頃でしょう」


 とりあえず成功に終わったこの作戦で、残るふたつの懸念事項のひとつが魔族の反応だった。

 いっそ本物の爆弾で、カルティス王を集まったゲストごと殺してしまった方がよいという意見は魔王城でも出ていた。確かにそこまでやれば、魔族もみな納得してヒルデ支持に回るのは間違いない。

 しかし、それではその復讐がプロパガンダのネタとなり、また本格的な戦争に突入する危険が高すぎた。魔族を満足させ、かつ、そこまで人間族を刺激しない方法が必要とされた。

 純軍事的に考えれば、魔王軍の新兵器がまったく抵抗を受けずに人間国の都市に、しかも厳重な警備下で王が式典をやっている最中に侵入できるのなら、ただ表敬デモンストレーション飛行するだけでも充分な意味はある。

 それは、魔王軍には好きな場所を好きな時に攻撃、あるいは要人の暗殺などが行える能力があるということを示すことになるからだ。

 彼らは大騒ぎして対策を考えだすのに躍起になるだろうが、こちらには一日の長がある。それだけで魔王軍とエルフ、人間軍のパワーバランスは変わる。

 しかし、魔王として、魔族の支持を集めなければならないヒルデにはそれだけでは不足だった。

 どうしても「そこまでやってなぜ殺さなかった」というような反発が、一部の魔族の長などから出るのは確実だったからだ。弱気と見られるのは魔王にとって致命的である。少なくとももうひとつ、魔族が喜びそうな戦果が必要だった。

 そこで、他の条件にも合い、いかにも魔族が好みそうなものとしてアルガスが考え出したのが、今回の特殊爆弾だったのである。


 当初はリピッシュ自身の糞を落とすはずだった。

 通常の小型ドラゴンの糞は大きかったので、しばしば地上に被害を出しているという話をアルガスは聞いていたのである。

 しかし、すっかり改造されたリピッシュの消化器官は、ほとんど痕跡と言っていいほどに退化しており、その生命維持は魔法燃焼器官からとられたエネルギーで賄われるようになっていた。

 そこで、急遽リピッシュの爆弾架に取り付け可能な新型投下爆弾が開発された。

 例によってブロームとフォスが作成したそれは、対象に当たると綺麗に砕ける魔界にある特殊な軽い素材、いわば魔界プラスチックで作られていた。

 破片などが殺傷し、人的被害からの復讐を生むのを恐れたこともあるが、カルティス王の像は破損せずに、「除幕と同時に魔族にクソを塗り付けられた像」として末永く残った方が、精神的攻撃としては有効であるとアルガスが考えたからでもあった。

 搭載される「装薬」は、魔界の長たちにも呼び掛けて提供してもらった。話を聞くと皆大喜びでし、必要量を大幅に超えるほど集まって、処理に困ったほどだった。

 ヒルデとアルガスも当然提供したと思われるが、記録には残っていない。


『しかし』ヒルデが言った。

『本当に悪魔のような作戦を考えるものね』

「畏れながら、私がその種族であることはとっくにご存知かと思っておりました」

『そうだったな、はははははは』

 そこに、念のため国境防衛に展開させた地上軍の指揮官である、ハインケル将軍から通信が入った。

 それによると、国境付近の人間軍は、偵察部隊などを動かしてきただけでいまのところ大きな動きの兆候はないとのことだった。

 とりあえず、すぐに人間軍が攻めてくることはなさそうだ。とアルガスは考えた。おそらく、状況分析に必死で、まだそれどころではないのだろう。

 そして、その混乱が長引けば、まだ長かった戦争が終わったばかりで、少なからぬ厭戦意識が国民にまだある人間国が、この程度の事件で強引に開戦することはまずない。そうアルガスは踏んでいた。

 懸念はもう一つ減ったと考えていいのかもしれない。すると、残りは……。

 と、侵入ルートの要所でヒルデ護衛の任についていた、ブロームとフォスの部下が乗った二匹の改造ドラゴンが、雲の中から現れ合流してきた。

『さあ、凱旋といこう!』ヒルデが声をあげた。

 4匹はリピッシュを先頭にV字編隊を組むと、魔王城にむかって速力を上げた。



「おお」

 アルガスは眼下を眺めながら思わず声を出した。

 魔王城が近づき、高度はかなり下げられていた。編隊は魔王城の城下町の上を飛んでいる。

 城下町はお祭り騒ぎだった。みな道に出て、魔王のドラゴンに必死に手を振っている。

 ヒルデはそれに応えるべく、速度を落として翼を振って見せた。

 声は聞こえないが、熱狂する大衆の叫びが聞こえてくるようだった。戦争はこりごりという風潮が蔓延していたはずだが、それなりにみな鬱屈した気持ちも抱えていたのだろうとアルガスは思う。


 城に到着し、4匹のドラゴンは魔法的な方法でホバリングに入ったあと、それぞれの指定された着陸所に降りて行った。

 魔王城のてっぺん近くにある一番大きな第一着陸所に、リピッシュの後ろへつけて着陸したアルガスは、悪魔っぽい意匠のついたヘルメットを脱いで、整備員がかけてくれたはしごを降りた。

 そして、リピッシュの下に走り、やはり梯子を下りてくるヒルデに手を貸した。

 主従がなにか言葉を交わすより早く、城の内部から魔族の代表者たちが飛び出してきて、あっという間に二人を取り囲んだ。

 口々にお祝いを言い、握手を求めているものもいる。

 ちいさなヒルデは群衆にすっかり隠れてしまった。

「アルガス」

 ヒルデがアルガスを見上げて言った。

「私を肩に載せろ」

「は?」

「許す。早くしろ」

 アルガスは一礼すると「失礼」と言って、ヒルデをひょいっと持ち上げ、右肩に載せた。


 ヒルデは群衆に向け腕を高く突き上げた。

 魔族たちはすっかり感服し、歓声を上げ、それはやがて魔王様コール連呼に変化していった。

「バカ受けじゃないか」とアルガスは周りを見ながら思った。やはりこいつらはああいうのが大好きなのだ。

 そして、いま最大の難関を乗り越えたことを理解した。少なくとも当分の間、ヒルデに魔王としての資格があるかどうかについて、異議を唱える者はいないだろう。

 人間とエルフのリアクションにはまだ不安はあったが、アルガスはとりあえず満足して、ほっと息をついた。


「今くらいは……」肩にあたるヒルデのちいちゃなおしりの感触をこっそり楽しむ不敬を働いても許されるのではないか。そう、ほんのちょっとくらいなら。そんなことも考えていた。

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