第11話 ちび魔王は一撃を放つ
しばらくして。
ノムちゃんはホテルの部屋に入ったところで迷いに迷っていた。
その両手にはさっきのお店でお小遣いをはたいて買い込んだ、シバーイ族のアイドルユニット、「マメ☆シバーズ」のグッズが詰め込まれた袋がぶら下がっている。
なぜだか名前が変わっていたが、彼女たちは聞いたよりもずっとかわいらしく、ころころしてて、モフモフで、一刻も早くグッズをホテルの床に広げまくり、眺めてニマニマしたかった。
「しかし……」
ノムちゃんにつきあって先に一緒に
「すごーい!広いねえ!お部屋がいっぱいある」
ちょこまかと見て回ってる。これはこれでかわいらしい。というか見逃してはならない気がする。
「ああ見て!ベッドもふっかふかだよ!ノムちゃん!」
ああ、ベッドにのって上で跳ね始めた。ぽいんぽいんだ!いや、ぽいんぽいんは見逃してはいけないかも。近くによって、つぶさに観察せねばいけないのではないかしら。
ノムちゃんが、マメ☆シバーズとブレダのぽいんぽいんの板挟みにあってフリーズしていたのはそう長い時間ではなかったが、我々には想像もつかない激しい葛藤が彼女の中を駆け巡った。
とかなんとかやってうちに、ブレダはぴょんっとベッドから飛び降り、ノムちゃんに駆け寄ってきた。
「それ、早く見よ!」
「……う、うん」
「どうしたの?なんかぐったりして?」
「なんかね……今すごい疲れた」
なんてことだ……。とノムちゃんは思う。
考えてみれば、立派な部屋にはしゃいでぽいんぽいんするブレダちゃんなんて今しか見れないじゃない。
痛恨の判断ミス……。
この部屋は、この町でも一二を争う高級ホテルのスイートルームだけあって、設備も充実している。
当然、魔力モニターと
気を取り直してモニターの前にグッズを床に丁重に陳列したノムちゃんは、その中からマメ☆シバーズのディスクを取り出すとプレイヤーにかけた。
画面にかわいらしいマメ☆シバーズのロゴが表示された。
メニューからコンサート映像を選ぶと、暗いステージが写され、やがてスポットライトが当たって、マメ☆シバーズ6匹……6人のメンバーがそれぞれ順番に照らし出された。みんなちいちゃくてかわいらしく、それを一層際立たせるふりふりの衣装に身を包んでいる。
これまたかわいらしい、明るい調子の曲のイントロに乗って、それぞれがコロコロとした声で自己紹介をしたあと、歌とダンスが始まった。会場はたいした盛り上がりである。
「かわえええええええええ」
ブレダとノムちゃんは魔力モニターの前に二人してペタンと座り込み、ふにゃあとなっていた。
「かわいいねえ……」
「うん、かわいいねえ」
「あれ?でもそういえば48人いるって言ってなかった?あのシバーイ族のお兄さん。その中からできたユニット?とかいうやつ?」
「ああ、名前も変わってるし、それ気になったからさっきお店でちょっと読んだ」
ノムちゃんはグッズの中から、マメ☆シバーズを特集している雑誌をとりあげた。
それによれば、当初は確かに48人いたのだが、飽きっぽいシバーイ族の若い娘らしく、すぐにアイドルに飽きて脱退するものが続出してしまったらしい。
このままでは全員いなくなってしまうかもしれないと考えたスタッフは、起死回生の策として「総選挙」というイベントが行うこととした。人気投票を行うことで、おのおの自分をアピールしてもらい、モチベーションを高めようと考えたのだ。
これの上位6名は新ユニットを組んで売り出すということになっていたが、「めんどくさいことは嫌だ」「なんか競い合うとかバカみたい」とさらに脱退者を増やすこととなり、上位6名が決まると、そこに入れなかったものは全員すっかり「このあそび」に飽きて脱退してしまったらしい。
「で、6人しか残らなかったので、ユニットじゃなくて名前変えて改めて売り出すことにしたんだって」
「ほええ」
シバーイ族には、特性として、そうしたところがあった。
「ま、かわいいからいっか!」とふたりは納得することにして、しばらくコンサート映像などを見ながらふんにゃりタイムを満喫した。
と、ドアの呼び鈴が鳴った。
「あ、そろそろ時間かな」
「わ、私が出る!」
どうせあの剣士か魔導士だ。ブレダちゃんには、なるべく近寄らせるものか!という決意を胸に、ノムちゃんはどすどすと入り口のドアに向かった。
だが、ドアを開けると、そこに立っていたのは見たこともない若い男性エルフ兵士だった。エルフはほとんどがそうだが、なかなかの美男子だ。
「どちらさま?」
「ファルマン大佐の命令でお迎えに上がりました!ルボーディ曹長であります!」
びしっとエルフ式敬礼を決める。
「そろそろパレードが始まりますので、貴賓席にご案内いたします」
と、ノムちゃんは不穏な空気を感じた。
振り向くと、ブレダがいた。頬を赤らめ、なんだかぽわんとしている。
「なに?なんなのこれ?なに?なに?」
ブレダちゃん、こういうのがタイプなの?とノムちゃんは混乱した。
ノムちゃんは貴賓席までどうやって行ったかを例によって覚えておらず、ついてからもまだ悶々としていた。
そうよね。ブレダちゃんと私はあくまでお友達。いずれブレダちゃんは、いつかあのかわいらしさに見合う男性を見つけて、恋に落ちるかもしれない。そしたら、そしたらよ?私はどうすればいいのかしら。いや、デートについていくわけにもいかないし。でも気になる。すごい気になる。陰からそっと見守ろうかしら。いやそれはどうよ。それってほら、ほとんどストーカーじゃない?っていうか完全にそれだわ。じゃ、じゃあ、いずれブレダちゃんが私の元を去ることを覚悟しないといけないのかしら。できる?そんな覚悟が私にできる?いや、無理だわ。無理。じゃあ、じゃあどうすれば……そうか、え?そうなの?そんなことになる前に私からこくはk……
そこまで考えたところで、肘をつつかれて、ノムちゃんは「ひょえうあ!」とか叫んで飛び上がった。
「どうしたの?ノムちゃん、また熱が出てるの?」
「いや、いやだいじょうぶ!だいじょぶだから!」
確実に熱は出ていそうだったが、ノムちゃんは慌てて否定する。
「……そっか!じゃあ楽しもうね!ノムちゃん」
「う、うん!」
空元気に答えてみたものの……、やはり気になった。
「ブレダちゃん……ブレダちゃんはさ」
「ん?」
「あの、ええと、ああいう人が好みなの?」
「え?誰の事?」
あれ?……これはいったい。
「んと……さっきの曹長さん」
「ああ」
ブレダは、んっと考え込んだ。
「かっこいいとは思うけれど、まだ好みとかよくわかんないなあ……」
「あれま。じゃあ、なんでぽっとなってたの?」
「それは決まってるじゃないの!」
ブレダは貴賓席の前の大通りを両手をぱっとひろげて指し示した。
「パレードだよ!パレード!」
「ぱ!ぱ!パレードかああああ!」
わーい!パレードだ!パレード!そっかああ!とノムちゃんは心の底から安堵した。
「やだなあノムちゃんったら」
「えへへへへ」
とかやってる間ににぎやかな音楽が聞こえてきて、パレードの先頭が見えてきた。
先導しているのは、鮮やかな赤い制服に身を包んだ人間族の軍楽隊だった。一糸乱れぬ行進をしながら、それでも見事に華やかなマーチを演奏している。
「わああ」
こういう統一された団体行動は、どちらかというとエルフが得意としていたが、ブレダの目にはそれに劣らなく見えるほどの見事な行進だった。
続いてやってきたのは、大きな山車だった。
上に載っているのは、どうやら先の戦いであった主要な戦闘を、大きな人形を使って再現したものらしい。それがいくつも続いてきた。
いずれも、主役は人間の姿をしており、勇ましい表情をして魔族をやっつけている。
エルフもいるにはいたが、人間の人形にくらべると一回り以上も小さく、脇役のように傍らにただ突っ立っていた。
まあ、そうした内容はともかく、なかなかに立派なものだったので、ブレダとノムちゃんは手をたたいて喜んだ。
そのあとに、なんで戦勝祝賀式典に出てくるかわからないような山車も続いてきた。
それぞれいろんなロゴがおおきくあしらわれており、どうやらタイアップした大商人の宣伝用であるようだ。
取り付けられた魔力スピーカーから、コマーシャルソングらしき楽曲が流れ、さきほどの兵士人形なみに大きな、商品を模したオブジェがぐるぐる回ってたりもする。
「あ!ブレダちゃん見て!」
「ああ!マメ☆シバーズ!」
続けて来た山車の上に設置された小さなステージの上で、シバーイ族のアイドルは持ち歌にのせて踊り、周りに手を振っている。
「すごい!生シバーズ見ちゃった!」
「うん!ちっちゃくてよく見えなかったけど、見ちゃったね!」
最後の山車が貴賓席の前を通過すると、音楽がやんだ。
「えー」
貴賓席から大通りをはさんだところに誂えられた演壇から、人間族の男が魔力マイクにむかって話し出した。
「これよししばし休憩をはさみまして、正午より、いよいよこの………」
男はうしろを指し示した。
ノムちゃんはその時初めてちゃんと認識したのだが、そこには幕に覆われた巨大ななにかがあった。高さは我々の単位で30mは優にある。
「戦勝記念モニュメントの除幕式を執り行いたいと思います。正午少し前までにはお席にお戻りくださると幸いです。では」
男はお辞儀して演壇を降りた。
「これがそうなのかぁ」
ノムちゃんは、モニュメントを見上げた。
「どうだぁ?」
「ふたりとも楽しんでる?」
しばらく興奮して感想を言い合っていたブレダとノムちゃんの後ろから、声がかかった。振り向くとそこにはファルマンとリオレが立っていた。
「おかげさまで」とノムちゃん。
「はいすっごく!」とブレダは両手をぎゅっを披露しながら嬉しそうに言った。
おっさんふたりはそれをみて目を細めてうなづく。二人とも、軍人席よりこっちにいたかったなとか思っていた。
「除幕式が終わったら、夜は晩餐会だ。君たちの席も確保した。お楽しみはこれからだぞ」
「わーい!」
ブレダとノムちゃん、そしてなぜかリオレが声を上げて喜んでいた。
そのころ。
アルガスの乗った新型ドラゴンは、すでに人間領深く侵入し、旧魔王軍首都を目指して巡航速度で飛んでいた。と言っても、それは今までの小型ドラゴン、いや、大型ドラゴンに比べても、比べ物にならないほどのスピードである。
町や村などは避けて通ったとは言え、特に目立った反応は認められず、弓や魔法が飛んでくることもないまま道中は順調であった。
「やはり、やつらはこんなものが来るなんて思っていもいないんだろうな」
見とがめられていないとは考え難いが、おそらく、何なのかすらわからず対処できないのだろう。そうアルガスは推察した。
『アルガス様』
魔法通信が入った。
「なんだ」
『魔王様が今、魔王領と人間領との境界を越えられました』
アルガスはコックピットに取り付けられた、これは魔法ではないゴブリン謹製の機械式時計を確認した。時間通りだ。
「了解した」
アルガスは魔法通信のチャンネルを切り替える。
「魔王様」
『おう、アルガスか。どんな様子だ?』
「ルートはクリーンです。そのままお進みください」
『すっとばしていくぞ』
「魔王様、今回の作戦はタイミングが重要です。早く着きすぎても……」
『ははは、わかっておる!』
ヒルデは笑いながら通信を切った。
魔王らしい高笑いが板についてきていたが、それすらも鈴を転がしたようでかわいらしい。
アルガスはそんな余計なことを考えながら、だが冷静に地図と
さて、除幕式の時間が近づき、貴賓席や、それより遠くに誂えられた一般席にも、皆休憩から戻って来て着席していた。パレードの時より人が増え満席に近い。
貴賓席には、エルフの聖帝様こそいなかったが、エルフ族の政治、軍事の重要人物と言える面々がそろっている。
人間族からももちろん、将軍や政治家が参加しており、その平均地位は「おつきあい」で来ているエルフたちよりずっと高かった。
その他、ドワーフ、オーク、コボルド、ケットシーなど、人間族と同盟かそれに近い関係にある種族の代表も顔をそろえている。
演壇にさっきの人間の男が戻って来た。
魔力マイクを軽くたたいてチェックすると、姿勢を正して話し始めた。
「本日は、たくさんのお客様に足をお運びいただき、誠にありがとうございます。さて、このあとモニュメントの除幕、そして、我らが王、カルティス様からのご挨拶がございます」
「長くないといいけど」とリオレが軽口をたたく。
「しっ!」と隣に座るファルマンはたしなめた。
「先立ちまして、カルティス様がご登壇されます。皆様ご起立してお迎えください」
軍楽隊の指揮者が指揮棒を振り上げ、人間族の妙に派手な国歌が演奏され始めた。
観客の拍手の中、人間族の王、カルティスがやあやあ、どうもどうもみたいに手を振って天幕から現れた
ファルマンたちも立ち上がって手をたたく。
「あんなモニュメントの除幕式によく恥ずかしげもなく出られるもんだ」
ニュースなどでそのデザインをすでに知っているファルマンは、しかし、そう思っていた。
「ねえ」
リオレがファルマンの腕をつついた。
「なんだ?お前の人間王の顔の感想なんか聞かねえぞ」
「そうじゃなくて」
リオレは上空を指さした。
「あれなんだろう……」
つられてファルマンが空を見ると、はるかな高空に、小さな影が飛んでいるのが見えた。旋回している。
「鳥か?」
「いや、魔力反応がある!」
「なんだと?」
ファルマンも確認してみたが確かにある。
このイベントのために人間族が用意したものの可能性もなくはないが、ファルマンの軍人としての直感が「やばい」と警告を出していた。
アルガスのドラゴンは、モニュメント上空まで侵入したが、相変わらず何の抵抗も受けていなかった。魔法通信のチャンネルを開く。
「魔王様、旧首都上空はクリーンです。地上にも脅威は見当たりません」
『了解した。爆撃進路に侵入する』
「タイミングもばっちりです。座席は満席、カルティスも見えます」
アルガスはにやりと魔族らしい凄みのある笑いを浮かべると言った。
「やっちまってください」
『おう!』
ドラゴンを軽くバンクさせると、アルガスは魔王が乗るリピッシュが侵入してくるはずの方向を確認する。
果たして、ものすごいスピードで近づいてくる物体が見えてきた。
「それでは王自ら除幕していただきましょう」司会の男が促した。
カルティスは満面の笑みをうかべ、上からぶら下がったロープを握った。これを引くと、モニュメントを覆っている薄い幕がかっこよくはらりと安全に落ちる仕掛けになっていた。
軍楽隊がドラムロールを奏で始める。
ブレダとノムちゃんもかたずをのんで見守っていた。
「何の音?」
突然ブレダが聞いた。
「ドラムロールって言って……」
「そうじゃなくてなんかキーンっていうような」
その音はどんどん大きくなって、ノムちゃんもさすがに気が付いた。軍楽隊も気が付き、ドラムロールがよれ始める。
辺りは騒然とし始めていた。王の護衛がカルティスのもとに走るが、カルティスは何が起きているのかわからず、きょどったまま、だがロープは引いた。
幕がかっこよくはらりと落ち、モニュメントがその姿を現した。
それはどや顔で剣を勇ましく前方に突き出す、カルティスの巨大な像であった。
かなりの低空で目標へ向け突入したヒルデは、魔法照準器のスコープをにらみターゲットを照準内に納めると、爆弾架の安全装置を解除しトリガーを引いた。
「くらえ!」
護衛と成果確認の任務を帯びて、その上空を旋回していたアルガスは、なにも見逃すまいと目を見開いた。
「この一撃はちいちゃな勝利かも知れないが」とアルガスは考えた。
「しかし、魔王様には大きな意味がある」
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