第10話 ちびエルフ人間の町に行く

「そうだ、君たちこの後予定あるの?」と、地位のある魔導士とはとても思えない軽い調子で、リオレはブレダたちに聞いてきた。

「この後は……、えっと、村に帰るだけです」

「2~3日あけられるなら、なんかでっかいイベントがあるらしいから、一緒に行かない?」

「でっかいイベントって、それ戦勝記念式典のことか」

 ファルマンが突っ込みを入れる。

「そう!それそれ」


 ファルマンが言うには、1年前、魔王軍が敗北し、停戦条約が結ばれた記念日が近づいており、旧魔王城のあった今は人間領の町で、大きな式典が行われるという。

「仮にも軍人であるお前が、あれをイベント呼ばわりするのは感心せんな」

「いいじゃんべつに。エルフにしてみたら、お付き合いで参加するようなものだし」


 先の戦争では、魔王軍はエルフ・人間連合軍に敗れ、その領土は荒れ地へと大きく後退していたが、これで領土を広げたのは人間族だけだった。

 そもそも戦争の原因は魔族と人間族の領地紛争だったのだが、この件に直接エルフは関わっていない。ただ、数年にもおよんだ激戦で徐々に拡大していった紛争地域があまりにもエルフ領に近かくなりすぎた。

 そこで、エルフ軍は安全保障上の理由で同盟国である人間軍に加担したが、別に領地を欲していたわけではなかったのである。

 勝利にはエルフ軍の軍事力、そしてその立案した作戦がおおきく貢献していたが、当初の目的を果たしたことで、エルフたちは、エルフらしく、魔王軍から賠償金をとったくらいで満足していた。

 一方人間側は、エルフの威を借りた勝利という批判は無視して、これを人間族の大勝利と喧伝し、必要以上に領地を広げた。

 とりわけ、魔王城のあった町、いわば魔王軍の旧首都を陥落させ占領したことは、人間族の、まことに人間族らしい卑小なエゴを満足させるのに十分な出来事だったらしく、戦乱で荒れ果てていたこの町はかなりの予算をかけて急ピッチで復興させられ、巨大な戦勝記念モニュメントが建造されていた。

 そして、その除幕式を兼ねた戦勝記念式典が、このあとすぐ、その町で開かれるというのだ。


 というわけで、当然、この「イベント」の主役は人間族であったが、先の戦争の真の主役であったエルフ族をないがしろにするわけにはさすがに行かず、ファルマンたちエルフ軍のお偉いさんにも招待状が届いていた。

「なんかすごい盛大にやるみたいだから、ブレダちゃんたちも見るといいよ!きっとにぎやかだよ?」

「でも」

 ブレダの記憶では、式典が行われるという町は、ここからは結構遠く、しかも村の方向とは逆だった。

「遠くないですか?2~3日で行ける距離じゃないし、帰りはもっと……」

「だーいじょーぶ!」


 スタシオンに着くと、リオレはそこにすでに停まっていた大きな6頭立ての馬車を二人に自慢し始めた。

「これはエルフ軍高官用の高速馬車だ。馬車馬には強化魔法が施され、一頭辺り50頭分のパワーを絞り出す。また、今回は公務なので、高速道路ラヴォワが使用可能だから、明日には着くよ!」

 それは聖都から八方にのび、さらに何本かの環状に回る道で結ばれた軍用高速道路で、国境が侵されたとき、中央軍がいち早く現着できるように整備されたものだった。今では同盟している人間国にまで延びている。

 一般に解放されていた時期もあるのだが、便利すぎたため、途端に大渋滞となり、現在は民間の馬車は許可なく通行できなくなっていた。

 魔法を使った滑らかな舗装が施してあり、このような高級馬車ならば「下」の砂利道街道とは比べ物にならない速度でかっ飛ばすことができた。

「見たまえ、サスペンションは聖都の一流カスタムショップ特注品で、快適な乗り心地を約束している。内装は総革張りで、オプション装備も充実、ドリンクホルダーから化粧直し用の鏡まで」

「つうか、お前の馬車ってわけじゃないだろう」

 ファルマンに突っ込まれて、リオレは「まあそうだけどさ」と口を尖らせた。


「お馬に強化魔法……」

「ん?どうした?」

 ブレダはファルマンに、行きの馬車でドワーフ御者に言われたことを話した。魔法は馬に負担をかけるのではないかと。

「乗合馬車で馬に魔法使うなんて、よほど急いでなきゃないんじゃないかなあ……だが、この馬は軍馬だ。魔法をかけられるのに慣れている。よく見てみろ」

 確かに、それは立派な馬だった。乗合馬車の馬に比べて一回りも大きく、たくましく、心なしか表情も自信に満ちている。

「どうしたいお嬢ちゃん」とでもいうように一匹がブレダの顔をのぞき込んできた。

「安心しろ、俺はそんなにやわじゃねえ」とそのきらきらとした瞳は語っているようだった。

「それに、もし馬がへばっても、僕たちには聖都きってのエリート治魔師様と!」と、リオレはイスパノにむかって両手を広げて見せた。

「あ、そうなんだ」とノムちゃんはちょっと驚いた。

「治魔師界隈期待の超新星がいる!」

 しばしきょとんとしたノムちゃんだったが、「あ、ひょっとして私か?私のことか?」ときょどった。

「私は行かないわよ」とイスパノ。

「え?そうなの?」

 リオレは悲しそうな顔をした。

「今回はいろいろ整理しなきゃいけないデータが残ってるし、興味ないわよ。あんな人間のお祭りなんて」

「あら残念……」

「ブレダたちが行くなら俺は行くぜ」とファルマン。

「え?そうなの?」

 リオレは露骨にいやそうな顔をした。

「お前に抜け駆けさせるわけにはいかねえからな」

「ちっ」


「で?どうする?どうせ相談所の結論が出るのはまだ先だろうし、自分で決めるにしても締め切りは余裕あるんだろ?これを見てから村に戻ってもゆっくり考える時間はあるだろう。せっかくだから見聞広めていくのも悪くないぞ」

「行こうよ。帰りも村までこのスペシャルカスタム馬車で送ってあげるよ?」

「ノムちゃんどうしようか」

「私はブレダちゃんが行くならいくよ」とノムちゃんは当然の返事を即答した。

「うーん……」

 ほんの数日、村を離れただけで、ブレダの世界は大きく広がっていた。

 村にいたころは、こんな風に誘ってもらえるようになるなんて、考えもしていなかったな。

 人間の町。それがどんなところなのか想像がつかなかったが、また新しい出会いがあるかもしれない。

「いきます!」

 ブレダはまたちょっとワクワクしてきているのを感じていた。

「よおっし!じゃあいこー!」

 とノムちゃんもなぜかご機嫌である。


 ブレダとノムちゃんは帰宅が少し延びる旨の連絡を村に送ってもらう手配をし、ファルマンたちと高速軍用馬車にのりこんだ。 

4人を乗せた馬車は、軽快に走り出し、やがて高速道路に乗ると速力どんどんを上げて行った。

 風防付きの座席に座った軍用馬車専属のエルフ御者が呪文をとなえると、馬たちは淡い光に包まれ、さらにありえないほどにピッチを上げて、走るスピードをぐんぐん速めていった。

 リオレが自慢するだけあって、その走りはあたかも空を飛んでいるかのように快適であった。

「はやーい!」ブレダとノムちゃんは並んで座って、すごいスピードで窓を流れていく景色にごきげんだった。

 はしゃぐ二人を眺めながら、リオレとファルマンは「誘ってよかったなぁ」とか考えてほっこりとしていた。



 そのころ。

 魔王軍の秘密格納庫の一室で、アルガスは魔法放送で送られてくる、人間界のニュースをチェックしていた。


 魔法スクリーンには、戦勝記念式典準備ににぎわう町が映し出されており、それにアナウンサーの声が被っていた。

「今回の式典のハイライト、それが戦勝記念モニュメントの除幕式です!」

 画面には、モニュメントの完成予想模型が映し出され、そこからオーバーラップして幕に覆われた実際のモニュメントの映像に移り変わった。

 かなり巨大なものである。

「このモニュメントは、デザインがなかなか決定せず、工事は遅れておりましたが、何日も夜を徹して行われた作業の結果、なんとか期日までに完成にこぎつけることができました」

「そいつはありがたい話だ」とアルガスは思った。

「除幕式は、各界のセレブを招いて明日予定通り行われます。モニュメントがその姿を現すのは正午の予定です」

「こんなふうに」とアルガスは考える。

「細かい予定までご親切に教えてくれるのは本当にありがたいな」

 こちらとしては、そのおかげで、攻撃のタイミングを計りやすくなる。


「幸い、天候も問題なさそうです。作戦は明日、予定通り決行です」

「そうか」

 アルガスの報告を受け、その後ろで椅子に座り、やはりスクリーンに見入っていたヒルデは答えた。

 ヒルデとアルガスはフライトスーツに身を包んだままだった。万全を期して、今日もさっきまで訓練飛行を行っていたからである。

 フライトスーツはやはり、ブロームとフォスが開発したもので、魔法で一部が収縮し、耐Gスーツの役割をはたすように設計されていた。

「ちんけな目標だが、面白そうではあるな。今日はもう休む。それとも楽しみで眠れないかな」

 自分の言葉に呵々大笑しながら引き上げていくヒルデをアルガスはお辞儀をして見送った。

 ぴっちりとしたスーツのおかげで露になった、その小さな体のボディラインがかわいいなとか、畏れ多いことを考えながら。


 ブロームとフォスのおかげで、攻撃手段は手に入ったが、攻撃目標の選定は当初難航した。

 エルフや人間の首都爆撃も検討されたが、地上からの援護なしで、魔法などによる迎撃をかいくぐって目標を攻撃できる高性能ドラゴンの数は今はまだそれほどそろっておらず、満足な戦果が期待できなかった。

 魔族には、毒薬や細菌などに詳しいものもいたので、そのようなBC兵器を使用することまでアルガスは考えたが、今度は被害がどのくらいで収まるか予想しずらかった。

 あまりにも大きな被害、とくに民間人のそれが発生した場合、大規模な報復を招く可能性があった。

 と、頭を悩ませているところに入ってきたのが、この戦勝記念式典の情報だったのである。

 特に、モニュメント除幕式のタイミングは絶好の機会だった。エルフ、人間界の重要人物が同時に一堂に集まるのだ。

 「ここに攻撃を行えば、魔王軍がまだ死んでいないことを、確実に奴らに思い知らせることができるだろう」とアルガスは考えた。

 この機会を逃すことはとてもできず、魔王をはじめとする新型ドラゴン操縦者の訓練も順調だったので、攻撃計画は急遽前倒しして実行されることになった。


 アルガスは部屋を出て、リピッシュと自分のドラゴンが整備されているハンガーに向かった。

「例のブツの準備はできたか?」と整備士に聞く。

「ばっちりですぜ」

 ゴブリンの整備士は、にやにやと笑いながら、運搬用のカートに載せられたものををアルガスに見せた。

 アルガスの身長の倍くらいの長さがあり、一番太い部分は一抱え以上はある、後端に翼が付いた紡錘形の物体。


 それは、魔族の長たちにも協力させて作り上げられた、魔王軍の秘密兵器だった。



 さてさて。

 馬車は夜に入ってもノンストップで走り続けていた。

 ブレダたち一行は広い車内でおしゃべりしながら夕食のお弁当を食べ、やがて寝ようとしていた。

 内装も豪華なこの高級馬車は、リクライニングシートまでも備えており、それなりに快適に眠れそうだった。

 ちいちゃなブレダはなおのことである。


 翌朝。

 やはり疲れがたまっていたのか熟睡していたノムちゃんを、ブレダがつついた。

「ん……おはようブレダちゃん」

「ついたよ!ノムちゃん!」

 え?となったノムちゃんが窓のカーテンを開くと、馬車はもう高速を降りて一般道に入っていた。

 そこは、相談所に向かう時に立ち寄った町よりも遥かに大きく、馬車や人通りも盛んな都市であった。

 通り沿いに、いろいろな店が軒を連ね、それぞれに華やかなお祭り用の飾り付けがしてある。

 この通りは重点的に復興されていたため、どこもかしこもピカピカだった。

「わあ……」

 おのぼりモード全開で窓に張り付き、顔を輝かせるふたりを、ファルマンは幸せな父親のような顔でしばらく見ていたが、やがて「とりあえず宿に向かおう」と言って、備え付けられた伝声管を使って御者席に指示を送った。


 宿……というより、それは立派なホテルだった。

 馬車はその車寄せに停まり、ボーイが扉を開ける。

 ブレダたちは恐る恐る馬車を降り、立派な玄関ホールを見ておびえた。

「ははは、心配するな。宿代は招待してきた人間持ちだ。君たちのことは随伴員として員数に潜り込ましてある」

 ファルマンは「俺のコネでな」と付け加えてウィンクして見せた。

「あ、ずるーい!僕のコネでもそのくらいできたのに」

「まあ、とりあえず、荷物を部屋に運んでもらって、一休みするか」

 ファルマンは不貞腐れるリオレは無視して、玄関ホールに入っていった。

「私たちも行こうか、ノムちゃん」

 とブレダはノムちゃんをいざなったが、ノムちゃんは動こうとしない。

「ノムちゃん?」

 ノムちゃんの目は、ホテルの向かい側の店、その壁面に展開された魔力スクリーンの映像にくぎ付けになっていた。

「あ、あれは……」


 そこには、ちっちゃなシバーイ族のアイドルユニットが、ふりふりの衣装からかわいいおしりをのぞかせて、元気に踊っているところが映し出されていた。

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