第9話 ちっちゃいエルフの進むべき道
その夜。
例によって、ブレダより遅く部屋へ帰ってきたノムちゃんは、心身ともにぼろぼろになっていた。
「あ、ノムちゃんおかえ……だいじょうぶ?」
ノムちゃんは、ブレダの顔を認め、しばらくぼっとながめていたが、やがて目に一杯涙を浮かべ、嗚咽しだした。
「ごめんねえ!ごめんね!ブレダちゃん!」
「え?いやいいよ……ってなにが?」
「ごめんねええええええうぉえあおるうえあ」
涙が滂沱と流れだした。
「なに?なんなの?こわい」
なんで謝ってるかの理由は死んでもノムちゃんは言えなかった。
最初のテストで、とんでもない数値をはじき出し、一躍注目の的となったノムちゃんだったが、二度目以降のテスト結果はすべて「並」であり、周りは首をひねることになった。
まぐれで済ますには最初の数値は異常すぎた。機器に異常がないことはチェック済みだし、だいたいあの眩しい光の説明ができない。
そこで教官は「最初とまったく同じように考えて、同じようにやってみて」と指示を出した。
二度目以降もそれなりに真剣に治癒魔法を行っていたノムちゃんだったが、「そうか」と納得した。
毎回、治癒対象のブレダちゃんは想定していたが、オークさんが出てこなかった。もっと妄想すればいいのかしら。
そこで、気は進まなかったが、周りの期待に応えないのも悪いような気がして、「ブレダちゃんごめん!」と心の中で謝りながら、最初と同じようにオークにブレダが襲われる妄想をしてみた。
「おお!」と教官は目をみはった。
またあの輝く白い光が……
ノムちゃんを包み込んだかに見えたがすぐ消えた。
「あれ?」
「おかしいわね……ちゃんと同じようにした?」
「はい」
教官は首をひねりながら「だいたい何を考えてるの?これ」と聞いた。
「それは……」言えない。言えるわけがない。
「言いたくないです……ごめんなさい」
そう言われてしまえば、いかにそれが重要だと思っても、プライバシーは聞き出すことはできない。それがエルフだった。
「んー、じゃあそうねえ」教官は顎に手を当てて考えた。
「その、なんだかわからないけど、それをもっと大げさにとか、もっと強く念じることはできないかしら」
なるほど。とノムちゃんは思う。
もう最初のシチュでは私の体は反応しなくなってしまったのだわ。
そこで次のテストではオークさんを二人に増やしてみた。
卑怯にもオークさんたちに、二人がかりで襲われたブレダちゃんは、やがて力尽き……で、くっころは言うよね?言うな。言った方がいい。んでオークさんAが「なかなかいい体を……」待って、ブレダちゃん見ていい体はおかしいかしら。かわいいのだけど、とってもかわいらしい体なのだけど、この場合いい体ってへんよね。いや?待って?オークさんAがロリコンだったらいい体って思うかもしれない。やだ!やだオークさんA変態!やめて!近寄らないで!ブレダちゃんに近寄らないで!え?なに?オークさんBなにするの?「俺が腕を押さえておくから」ってなにそれ?!やめて!ブレダちゃん!立って!起き上がって!立て!立つんだブレダちゃん!やめて!やめてえええ!ああああ!あああああああああああ!!!
「測定限界ぎりぎりです………」
「いったい何がここまでの力を引き出しているというの」
初日はそれでも、オークさんの人数をさらに増やすくらいでなんとかなったのだが、2日めともなると、ノムちゃんはもうオークさんでは満足できない体になってしまっていた。
だが、教官はじめ、なんだか人数がどんどん増えていく治魔師や研究者が「もっともっと」と求めるため、考えつく限りの様々なやばたにえんな妄想にブレダをどんどん送り込むことになってしまったのである。
その内容はとてもではないがここに書き記すことはできない。
そして、体力も妄想力も完全に尽き、やっと解放されたのが今のぼろっぼろのノムちゃんだった。
「ごめん、ごめんぬえ、ぶ、ブレダちゃんは!ブレダちゃんはぁ!私が絶対守るから!守るからねうえうあおえ」
ついに噴出し始めたノムちゃんの鼻水をブレダはティッシュ……に相当する使い捨ての布をつかってチンしてあげた。
「なんだかわからないけれども……大変だったねノムちゃん」
さらにブレダはノムちゃんの頭をいいこいいこしてあげた。
「何が十年に一度の癒し手よ」とノムちゃんは思った。
「ブレダちゃんの方が100倍癒されるわ!」
ノムちゃんはしばらくブレダの小さな胸に顔をうずめて嗚咽していたが、すぐに「ぐう」と寝息を立てて寝てしまった。
翌朝。
ノムちゃんはなかなか起きられなかったが、例によって着替えも風呂もなしで寝てしまったことをブレダに指摘されると「ほうわっ」とか変な声を出して飛び起きた。
大慌てで湯あみし、ぐっしゃぐしゃになった髪の毛をブレダにも手伝ってもらってときほぐし、何とか格好をつけて、相談所中央棟に並ぶ列の最後についた。
ここで、受講者たちは適性についての結果を言い渡される。
そして、一部のものは専門のスタッフから選ばれた言葉で粘り強く「あきらめて、違う道に行った方がいいかもね」と説得され、またあるものは「絶対合格させるから必ず受験するように」とか耳打ちされるかもしれない。
この日はいわゆる「春の適性検査ラッシュ」の最終日くらいだった。ブレダが進路を決めかねて、受講申し込みが遅れたためである。
というわけで、中央棟に並ぶ列も最盛時はそうとうの規模だったと思われるが、朝からバタバタしたせいで、列に並ぶ人数はだいぶ減っており、ほどなくしてブレダとノムちゃんの順番がやってきた。
「二人で聞きたいって?」と受付エルフはちょっと困ったように言った。
「そうすると、それぞれの結果が相手にばれちゃうことになるけど、それは問題ないんだね?」
「問題ないです」とブレダとノムちゃんは声をそろえて言った。
ノムちゃんを心配したブレダが言い出したことだが、ノムちゃんにしても、外でブレダにどんな結果が言い渡されるかやきもきするのは辛かったので、一も二もなく同意していた。
受付エルフはもういちど念押しすると、ドアをあけて中の職員に確認を取り、二人を部屋の中に通した。
部屋は我々の考える学校の教室ほどの広さで、天井はかなり高かった。奥行よりも左右の幅のほうが広い。
中央に大きな机があり、そこに3人のちょっと偉そうなエルフが座っていた。
机のこちら側に、下っ端職員が慌てて一つ追加した椅子がふたつ並んでいる。
二人が椅子に座ると、中央に座った一番偉そうな職員が、魔法タブレットを確認し「来たか」とか小声でつぶやいた後、自己紹介した。
「進路相談所、一級相談員、タレスである。二人とも、短い日程で大変だったと思うが、ごくろうだった」
タレスは二人に順番にしげしげと見た。
「君たち二人は今回特別に注目されたようだ。おかげで昨夜は最終診断をまとめるのが大変だった」
「え?なんかもめちゃったのかな」と不安になり、ノムちゃんはブレダの手をぎゅっと握った。
「まずはノーム・エ・ローヌ」
ノムちゃんはどきっとして背筋を伸ばした。
「君の場合は問題ない。なんだか規定よりいっぱいいる治魔師コース担当者はそろって適性についてはAをつけている。というかAまでしかないと言ってるのにA+、A++などをつけたものが多数、さらに存在しないはずのS判定も何人かおり、それとこの……」
タレスは眉をひそめてタブレットの表記を確認した。
「主任担当教官が付けたSSRというのがなんの略なのか、本職は浅学にして見当がつかないが、ともかく絶賛に近い。ぜひとも治魔師コースを受験してほしいとこのことだ。おめでとう!」
「やったね!ノムちゃん」
おめでとうと言われても、まだあの地獄が続くということかしらとノムちゃんは一瞬、暗澹たる気持ちになったが、ブレダが自分のことのように喜んでいるのを見てほっこりし、「まあいいか」とその時は思った。
「ありがとう!ブレダちゃん!」
しかし、ノムちゃんには問題がないということは……
「次に、ブレダ・ブレゲー」
「はいっ!」
「君の場合も適性については問題ない。受講した各コースのほとんどでA判定が付いている。」
「そして」
タレスは咳払いしてから言った。
「当相談所が提案する、君に最も向いている職業は……」
ブレダは息をのんだ。
ノムちゃんの心臓も早鐘をうっており、「もったいつけないでよおおおお」とか思いながら悶えていた。
タレスはなぜか、もう一度咳ばらいをすると、困ったような顔になり、そして言った。
「決定をちょっと待ってほしい」
ノムちゃんは椅子ごと後ろにひっくり返った。ずっこけたとか、そういうことではないと思う。
ブレダは慌ててノムちゃんを助け起こし、ノムちゃんはだいじょうぶだいじょうぶとさかんにアピールした。
騒ぎが落ち着くと、タレスは「こんなことは、当相談所設立以来のことだ。大変に申し訳ない。」と両脇の職員とともに立ち上がり、謝罪会見よろしく頭を下げた。
「どういうことなんでしょうか」とブレダは聞いた。
「うむ、端的に言うと調整がつかなかった……では納得せんだろうな……ここから先はオフレコということでいいかな?」
ブレダは当惑したが、とりあえずうなずいた。
「ノーム君も」
ノムちゃんもうなずく。
「ブレダ君には、十以上の各コース教官から、こっそり合格内定を伝えてほしいとの要請があった。こんなことも初めてだ。しかも、そのほとんどが助っ人に来ていた中央の重鎮ばかりだったのだ」
タレスはハンカチを取り出すと滲み出してきた嫌な汗をぬぐった。
「全員が自分のところを推薦しろと譲らんのだ。昨夜、これを調整すべく、みなが集まっていた教官食堂で話し合いが行われたが、すでに酒が入っていたこともあって、その……まあいろいろあってだな」
タレスはまた咳払いした。
「教官食堂は修理のため1週間閉鎖になった。今朝になってからも調整しようと我々は動いたが、皆、昨日で担当する適性検査自体は終わっていたため、半数以上がすでに聖都に戻ってしまっていた。その上何人かは入院しており……」
タレスはまた立ち上がると頭を下げた。
「これは1日や2日で調整できる問題ではなくなってしまったのだ。大変に申し訳ない」
両脇の二人も首を垂れた。
この二人はそのためだけにいるのかしらんとか、ノムちゃんは思った。
「で、わたしはどうすれば……」
「うむ、早急に最終判定の決定基準の見直しを行い、再調整をおこなって、近日中に本当に君に向いていると思われる職業の提案を行う予定だ。だが、それがいつになるのかは本当に申し訳ないが明言できない」
タレスが合図すると、向かって右側に座っていた職員が、魔力プリンターでプリントアウトされたそこそこ分厚い紙の束をタレスに差し出した。
「幸い……というべきか、受験の願書締め切りまでにはまだ数か月ある。それまでには我々の誇りをかけてかならず職業の提案は行う。行うが、こんな事態だ。君が自分で内定の中からコースを選んでも、我々は何も言う資格がない」
タレスは席を立つと、プリントアウトを手ずからブレダに差し出した。
「これが内定を出してきたコースの資料だ。中には教官から君へののメッセージが添えられているものもある。その他、内定は提示しなかったものの、A判定を出してきたコースの一覧もあるぞ。こんな内部資料を受講者に渡すのも前代未聞だが……」
タレスはまた頭を下げた。例の二人も同様である。
「これを我々の誠意と受け取って、どうか許してほしい。本当に申し訳ない。あと、くれぐれもご内密に……」
そのままほっておくと土下座までし始めかねなかったので、ブレダとノムちゃんは秘密にすることを約束し、席を立った。
出ていこうとするブレダにタレスはまた声をかけた。
「こんなことになってしまい、そんな資格はないのかもしれないが、少なくとも君の未来が明るいということだけは自信もって確約できる。最終的にどこにおちつくにしろ、これだけは言わせてほしい。おめでとう!」
ブレダは一瞬複雑な表情を浮かべたが、やがてニコッと笑うと
「はい!ありがとうございます!」と言った。
二人は部屋に戻り、荷物をまとめると、帰りの馬車を待つべく、相談所のスタシオンにぶらぶら向かっていた。
「けーっきょく」とノムちゃんは気の抜けた顔で言った。
「何日もかけて、なーんにも決まらなかったね」
「私はねー。でもノムちゃんはすごいじゃない!よかったね!夢がかなったね!」
私の夢はこんなものだったのだろうかと、この2日、妄想内でブレダを送り込んだ修羅場をフラッシュバックしつつ、ノムちゃんは震えた。しかし、それをブレダに気取られてはならない。
「ありがとー!わたしがんばるよー!」
棒読みというより変な抑揚が付いてしまったが、ノムちゃんはなんとかその場を取り繕った。
「ま、でも楽しかったかな。いろいろな先生とお話しできたし。ご飯もおいしかったし。大浴場きもちよかったし」
「だい・よく・じょー?」ノムちゃんは今度は奇妙な声を出した。
「そういえば、結局ノムちゃんとはいけなかったね。ここ、部屋風呂とは別に、すごいおっきなお風呂があってね」
「すいません。もう一泊しませんか?」
と、「おーい」と手を振りながら近づいてくるものがいた。
「あ、魔導士の先生!」
「最終判定どうだったー?」
「……ご存じなんじゃありません?」
「あははは、実は知ってる。夕べ僕も食堂にいたからね」
魔導士は、スタシオン方向に二人と並んで歩き始めた。
「僕のラブレター読んでくれた?」
「らぶれ」ブレダよりはやく、ノムちゃんが反応した。
「まだですよ。なんかいっぱいあるので……」
「まあ、うち来てくれれば悪いようにはしないけど、ここで無理に勧誘するのはやめておくよ。こわいから」
「こわい?」
「俺がな」
と背後から声がかかった。
ノムちゃんは「今度は誰?」と不機嫌そうに言った。
「戦士コースの先生」
エルフ戦士は魔導士の首に腕を回すと、そのまま軽く締め上げながら連れて行った。
「抜け駆けは許さんと言ったはずだぞ」
「あはははは、してないってばぁ」
「ゆうべ協定を結んだはずだ。相談所の結論はともかく、ブレダ自身から望まれない限り、勧誘に類する行為は厳禁だ。お前も俺も」
「一方的にね。でもまあいいよ。そもそも僕の方が有利だし」
「なんだと?」
「あれえ?歩兵師団に居場所を作ってあげられるかどうか不安だとか言ってなかったっけ?」
「うるせえな、軍隊ってのはいろんな仕事があるんだよ。なんなら部署を新設してもいいしな」
「あーら、ずいぶんな入れ込みよう。すっかり虜というわけですか?このすけべおやじ」
「な、なんだとお?そういうんじゃないから!違うから!いや、まじ違うから!てめえ、なんならいまここで引導渡してやろうか?」
戦士は剣に手をかけ、魔導士は、魔法の準備なのだろうか、手を変な風に交差させた。
「はーい!いちゃつくのはそこまで!」
「いちゃつくって……」と唖然とする二人の間に割って入ってきたのは……
「ひぃっ」ノムちゃんがおびえた声を出した。
「誰?」と今度はブレダが聞く。
「治魔師の先生」
女性治魔師は申し訳なさそうにノムちゃんに言った。
「つい夢中になっちゃって、無理させたみたいでごめんなさいね。でもこれに懲りずに、ぜひ治魔師を目指してほしいわ。あなたの才能は貴重よ」
治魔師はノムちゃんの手を両手で握った。
「ほんとに、ほんとに来て頂戴ね。発動条件がきつそうだったけど、そこもなんとかなるように一緒に考えてあげる」
「は、はぁ……」ノムちゃんは新しいシチュについてこの治魔師と侃々諤々の議論をする自分を少し想像して、震えた。
そして、治魔師はブレダの方を見た。
「そして、あなたが噂の……でも、あなた治魔師コースは受けてないわね」
あ、そうなんだ、とノムちゃんは思った。
「治魔師はノムちゃんが受けるっていうから、わたしはいいかなって」
いや、できれば一緒のコースに行きたかったんですが……。
「適性試験中、教官は所属や名前を教えてはいけない規則だったけど、もういいわね。」
治魔師は、メガネのブリッジを中指で押し上げる例のポーズをしたのち、言った。
「国立中央治癒魔法研究所、主任研究員のイスパノ・スイザよ。治魔師教導団の技術顧問でもあるわ」
「じゃあ私もいいかな」
エルフ戦士は「気をつけ」の姿勢を取った。
「第一歩兵師団、師団司令部のファルマン大佐だ。よろしくな。」
そしてにっこり笑うと軽くエルフ風敬礼をした。
「僕はリオレ・エ・オリビエ。近衛第一師団で混成魔道大隊を指揮したりとかしてるよ」
めちゃめちゃえらいやんけこの人たち、とかノムちゃんはビビったが、ブレダは臆することなく、「よろしくお願いします!」とぴょこんと頭を下げた。
「よい」とちっちゃいファンクラブのおっさんエルフ二人は目じりを下げ、イスパノは「やれやれ」というふうに頭を振った。
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