第8話 ちびエルフは魔法を習う

 進路相談所でのブレダの次の予定は魔法系職業の説明と検査ということになっていた。

 教官である魔導士は、実技試験の前にブレダに軽い質疑応答を行い、その話を聞いて笑っていた。

「ははは、そうか。まだるっこしいか」

「すいません、でもなんか、もっとぱぱぱってやっちゃえばいいのにっていつも……」

「うーん、そうだなあ」

 この魔導士が担当する魔法系コース志望者の検査は前日までにすでに終わっており、現在彼が担当しているのはブレダのような進路が決まらない者だけだった。

 前に述べた通り、その数は少ないため、時間はたっぷりある。そう、魔導士は判断した。


「よし、じゃあ特別に」

 魔導士はほとんど聞き取れないくらいの声で二音節くらいのなにかを唱えた。

 空中に「ぽ」っと小さな炎が浮かび上がる。

「学校で習ったと思うけど、魔法の力の源は空間そのものがもつエネルギーだ。呪文っていうのはそれを呼び出す手続きみたいなもんね」

 もう一度先の呪文を唱えると、二つ目の炎が浮かび上がる。

「これが人間とかの魔導士だと、またいろいろ変わってくるんだけど、エルフのような生まれついて魔力をもつ種族は、体の中にこのエネルギーを取り出すための回路が備わってる」

 こんどは呪文を3回、早口で唱える。「ぽぽぽ」とさらに3つの炎が浮かび上がり、計5つとなった。

「したがって、我々エルフはやろうと思えば、ほとんど無詠唱に近いスピードで呪文を唱える……というか、ぶっちゃけになるだけでも、簡単な魔法なら、発動させることができる」

 魔導士は手を前に掲げ、詠唱というより、ほとんど唇をただ震わせた。

 と、無数の小さな炎が空中に「ぽぽぽぽぽぽぽ」と浮かび上がり、魔導士の手の動きに合わせ、渦を巻きだした。

「すごいきれいだ」とブレダは思った。

「で、こいつをまとめて」

 魔導士が円を描くように手を動かすと、炎はひとつにまとまって巨大な火の玉となった。

 そのまま手を前に押し出すと、火の玉は前方に勢いよく飛び出し、魔法実技場に設えられた攻撃魔法専用のターゲットに吸い込まれていった。


「で、今のと」

 魔導士は今度はさきほどに比べるとかなり長い呪文を詠唱し始めた。

 詠唱が終わると、先ほど最後にできた火の玉にちかい巨大な炎がいきなり現れ、おなじように手を突き出すとターゲットに飛んで行った。

「これは結果は同じだ。要は、ちょっとずつエネルギーを呼び出すか、一気に取り出すかの違いだな」

 そういえば、あの戦士教官の強化魔法も、詠唱したそぶりすらわからなかったな、とブレダは思った。

「慣れれば全く気取られずにちょっとずつ呼び出したエネルギーをどこかに蓄積しておいて、あとで一気に使うことも可能だよ。まあどっちにしてもまだるっこしいと言われちゃえばそれまでかもしれないけど、魔法の発動のさせ方は一つじゃないってことさ」

「なるほど……じゃあ、あのそれっぽいしかめっ面とか杖を大げさに構えるとかいうのは……」

「あーたしかにやるけど……やるなあ、僕もやるわ」

 魔導士は腕組みして少し考えたが、すぐけろっと答えた。

「特に意味はないね」

「まじすか?」

「強いて言うならかっこいいから?」

「そんな理由?」


「よし、じゃあ、実際に魔法撃ってみようか。あのターゲットは魔力を吸収するけど、一定の魔力を吸収したら、音を出すようにも作ってある。今セットしたから、どんな攻撃魔法でも、何発撃ってもいいから、音が出たらとりあえず終了ね」

「はい!」

「あんちょこ用の初級攻撃魔法スペルブックはここね。発音分からなければ教えるから」

「あの」

「ん?」

「さっきの最初のやり方でやってみてもいいですか?」

「お?いいよいいよ」

 ブレダは眉をひそめて集中した。ああ、しかめっ面にはなるかも?とか思いながら。

 空中にちいさな炎を出す呪文は村の学校でも習った初歩の初歩だったので、あんちょこを見るまでもなかった。

「高速に……詠唱したになって……」

 ブレダのちいさな唇が小刻みにぴくぴくする。それと同時に「ぼぼぼぼぼぼ」と炎が空中にいくつも浮かび上がった。

「おお?」と魔導士が声を上げた。

 ブレダは小さな両手をお餅でもこねるように回し、その炎をまとめ上げると「えい!」と前方に突き出した。

 火の玉がターゲットに吸い込まれると同時に「ピンポンピンポンピンポーン」となんだか間の抜けた音がした。

「おおすごい!一発だ!」と魔導士は喜んで拍手喝采した。


「いやあ一回見ただけであそこまでできるなんて、君才能あるかもだよ」

「えへへ」

 魔導士は魔力タブレットを確認すると「あ、やっぱり、君基礎魔力もけっこう高いねえ」となぜだかうれしそうだった。

「よし、まあ結果はあとで伝えることになってるけど、ここだけの話、君、魔導士の適性あると思うな」

「本当ですか?」

「あとさ、今ちらっと見えちゃったんだけど」と魔導士はタブレットのページをめくった。

「うん、進路が決まらない理由に、背の低さを気にしててみたいに書いてあるけど、魔導士ってさ、背の高さ関係ないから」

 そりゃそうだ。とブレダは思った。

「よかったら考えてみてよ。僕も歓迎するよ」

「はい!ありがとうございます!」


 魔導士もいいかもしれないなあ、とか考えながら、スキップするように去っていくブレダを見送りながら、魔導士は「ありだな」と、一人うなずいた。

「ちっこい大魔導士とかすごいかっこいいじゃん」



 進路相談所の1日目の日程が終わった。

 戦士、魔導士のほかにもいろいろと廻ったにもかかわらず、先に部屋に帰っていたのはブレダで、すでに湯あみを終え髪をとかしたりしていた。


 そこにやっと帰ってきたノムちゃんは、直行でふらふらと自分のベッドに向かうと、前日と同じようにそこに倒れこんだ。

「なんかね」と突っ伏したままノムちゃんは言った。

「うん」

「めっちゃ検査された。あしたもやるって」

「あらま」

 ブレダは「あれ?」となり、聞いた。

「でも1日で終わるって言ってなかったっけ?」

 予定では、ノムちゃんの適性検査は1日で済むことになっており、許可を得て、2日目もあるブレダの検査が終わるのを待って、その翌日、つまり明後日に一緒に帰ることになっていた。

「よくわかんないけど、特別に調べたいことがあるとか言ってた」

「それは適性があったってことなのかしら」

「わかんない」

 ブレダはうーんとしばらく首をかしげていたが、やがて「きっと大丈夫だよ!」と両手をぎゅっとしてあげた。

 だが、ノムちゃんはすでに、すやすやと寝息を立てていた。



 翌日。

 早朝から、髪も降ろさず、着替えもせず、お風呂にも入らないで寝てしまったことにパニくっていたノムちゃんを、部屋に突然入ってきた女治魔師教官が有無を言わさず引きずっていくという騒動があったものの、その後ブレダは順調に予定をこなしていった。


 ブレダはいままで詳しく知らなかったものはもちろん、よく知っているつもりだった職業についてもいろいろと見識を広め、非常に充実した時間を過ごしていた。

 なぜか、どこも反応はおおむね良好であり、中にはあの魔導士のように、「適性はばっちりだからぜひ来なさい」と言ってくれる教官も少なくなかった。

 うれしくもあったが、そのせいもあって、「これ」という職業にいまだ決められないでいるというのは、ぜいたくな悩みであった。


 ブレダが最後に訪れたのは、相談所のはずれにある、小さな建物だった。

 他のところとくらべると人けも少なく、なんとなく静かで落ち着いた風情を醸し出している。


「君は、本を読むの好きかね?」と、今回の指導教官である男性老エルフは、魔力タブレットではなく、分厚い表紙のついた紙でできた本のページから目を離そうともせず、椅子に深く腰掛けたままけだるそうに聞いてきた。

 ブレダはどう答えたものか、少し躊躇したが、やがて「嫌いではありません」と答えた。

「そうか、嫌いではないか」

 老エルフは本から目を上げると、半分寝たようにも見えるが、それでいて見透かすような鋭さを感じさせる視線をブレダに向けた。

「どんな本を読む?ジャンルを絞って深くかな?それとも広く浅くいろんなジャンルを?1日にどのくらい読む?時間を決めて何度かに分けて?それとも集中してむさぼるように時間を忘れて?」

 矢継ぎ早に質問されて、ブレダは少し混乱した。

「そこまで考えるほどは、読んでないかもしれないです」とやっと答える。

「なるほどそうか。では、草花や虫などを採取し、標本にし、分類するのに熱中したことはあるかね?切手とかでもいいぞ。あるいはその仕組みを知るために、物を組み立ててみたり、あるいは壊してみたりしたことはあるかね?」

 ブレダは苦笑いを浮かべ、側頭部をポリポリと掻きながら、「どれもないですねえ」と答えた。

「ふむ……では、君は先に言ったような行動をとる友達がいたら、それに夢中になって寝食を忘れるような友達がいたらどう思う?気持ちが悪いとか考えるか?」

 引っかかるところがあったので、ブレダは真剣に考え、自分に問うてみた。

「ないです。むしろ応援するかも」

「もし自分がそうなって、周りから冷たい目で見られたとしても耐えられるかね?」

「それは大丈夫だと思います」ブレダは即答した。

「わかった!面談による審査は以上だ。結果を待ちたまえ」

 そう言うと、老エルフは読書にもどってしまった。


 口調は鋭かったが、怒っているとか、呆れられているというような感じもなく、老エルフの反応からはその真意を探ることは難しかった。

 あちこちで褒めらて少しいい気になっていたこともあり、ブレダは、このそっけなさが気になって、つい聞いてしまった。

「あの」

「ん?」

「私にはこのコースの適性はないんでしょうか」

 老エルフは「ふっ」と笑うと、「いいことを教えてやろう」と言って、読んでいた本に凝ったデザインの栞をはさんで閉じた。

「学問を始めるのに、適性など重要ではないのさ」


 研究者コースの教官であるこの老エルフ学者は、本を机の上に置くと、ブレダを見据えて話し始めた。

「才能を必要とする分野は確かにある。たとえば数学だ。物理学、化学、天文学から経済学にいたるまで、数学は重要だ。だが、純粋数学を除けば、いろいろと便利な道具であるにすぎん。」

 だんだん話すスピードが上がっていく。

「なんかスイッチはいっちゃったかしら」とブレダは思った。

「したがって、たとえ数学が不得手でも、その学問を志してから必要なぶんだけ習得するのはそれほど難しくない。先達が便利な公式や計算法を残してくれているし、いまは魔力コンピューターなんて便利なものすらある」

 老エルフは机をこぶしでたたくと、今度は声の音量まで上げ始めた。

「つまり!すでにほとんどの学問において、才能や適性や資格などはいまや大した問題にはならないのだ!真に大切なものはべつにある!それはなんだと思うかね?はい君」

 いきなり指名されたブレダは慌てたが、正直に「わかりません」と答えた。

「それは情熱だ!この世の謎をなぁんとしても解かねばならぬという使命感なのだ!」


 老エルフは両腕を広げ、開いた手のひらを上に向けた。

「考えてもみたまえ、この世にはまだ解明されていない謎が数多く残されている。その大半はまだ見つかってすらいないのだ。なんと素晴らしいことだろう!学問への道はこれらに触れ、それについてもっと知りたい、解き明かしたいと思った瞬間に始まる。この崇高な出会いのチャンスはすべてのエルフに……いやすべての知的生命体に許されてしかるべきなのだ!」

 老エルフは目を閉じ、開いていた手をぎゅっと握りしめた。


 次の瞬間、老エルフはもとのけだるそうな態度に、スイッチを切り替えたかのように戻っていた。

「ま、そういうわけだ」

 椅子にどっかりと腰を下ろすと、机に置いた本を取り上げ、慣れた手つきで栞を探り元のページにもどって行く。

「君にそういう出会いがあったら、その時に来ればよい。出会いを求めてこの道に飛び込むのもよいだろう。門戸は常に、誰にでも開かれておる。以上だ」

「りょ、了解です。ありがとうございました」

 ブレダはぴょこんとお辞儀をし、部屋を出ていったが、老エルフは本に熱中し、目を上げようともしなかった。



 さて、夕刻となって。

 夕食をとるべく、各コースの指導教官たちが、教官用食堂に集まり始めていた。


 相談所の食堂は一番広い受講者用をはじめ、職員用、教官用などに分けられている。

 エルフの施設だけあって、その料理のクオリティはどれも低くはない。

 中でも教官用は、この時期、中央から派遣された料理人コースの教官が、自分も食べるので、しっかり監修していた。

 その味は聖都の超一流レストランの「賄い」にも劣らないと言われ、ほとんどの教官たちが楽しみにして毎日やってくる。


 なお、エルフの料理人というからには、ただのコックであるわけはない。

 彼らは味の求道者であり、このコース出身者は、エルフのみならず、いろいろな種族の宮廷料理人になったり、食道楽の成功者かねもちに法外な値段で料理を提供するレストランのオーナーシェフになったりするのが通例だった。

 したがって、この時期の進路相談所では、料理の世界を極めようとする若き料理人コース志望者同士の熱い料理バトルがたびたび発生していたが、それはまた別の話である。


 ともかく。

 1日の仕事を終えた教官たちはこの食堂に集まっては、「なんかいいのいた?」とか「どうよ今年の出来は」みたいな話をするのが、日常となっていた。

 今年の治魔師コースはものごい逸材が現れたらしく、メガネの女性エルフ教官は昨日から興奮して騒いでいた。

「通常の魔法理論ではありえないほどの治癒力で、計測器が振り切れそうでした。見てくださいよ。横で見ていただけの私の肌までつやっつやですよ?」

 とお肌を見せつけてくる。

「発動条件がまだよくわからなくて、今日も一日テストしていたのですが、発動した場合の治癒魔法能力は十年にひとりオーダーです。百年にひとりかも。なにしろですね、何十年も乾燥していたはずのダミー人形の木部から、新芽が出るほどの威力で……」

 とかなんとか、いつまでも話が終わらないので、ひとり聞き役を犠牲として押し付け、ほかの教官はもう聞いていなかった。


「いいの……というか気になるのはひとりいたな」

 と、ブレダの戦士教官だった男が言った。

「あ、ひょっとして」とやはりブレダの教官だった魔導士が食いつく

「あの……ちっちゃいのでしょ?」

「なんだと?お前も目を付けたっていうのか」

「いやあ、あんなちっちゃいのにすごい元気だし、あんなのが大魔法使いとかなったらたまらんでしょ?」

「聞き捨てなりませんな」

 と、芸術コース担当だった黒縁のメガネをかけた、エルフとしては、小太りの男が話に加わってきた。

「彼女は私がプロデュースして、歴史に残るアイドルになるのです」

 彼らだけではなかった。

 あちらこちらで、「いやうちが先に目を付けた」だの「いや絶対こっちが引き取る」だのの声が上がっていた。

 ブレダを担当した教官たち、特におじさんたちの心を、ブレダはわしづかみにしてしまったらしい。

 また、これはたまたまだったが、ブレダを担当した教官たちは、中央から助っ人派遣された中でも地位が高いものばかりだった。


 各機関でいちばんえらいというわけではないが、実務を取り仕切ってる一番のやり手たち。

 そんな連中による、激しい「ちっちゃいの」争奪戦が勃発しようとしていた。

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