第7話 ちびエルフはテストを受ける

 その夜泊まった村……往路での最後の経由地では、しかし、もふもふのちびっこアイドルに出会うというようなイベントもなく、ふたりはふつうに観光し、土地の名物だという料理を食べ、小さな宿屋で床に就いた。

 翌日、そこから午前中いっぱい馬車を走らせた先に、エルフの進路相談所はあった。


 便宜上、進路相談所という名前がついてはいたが、先にも言った通り、ここは適性検査場と言った方が実情に近い。

 見た目は、大きなグラウンドと、それに付随したいろいろな建物が立ち並び、巨大なスポーツセンターのようだった。

 が、その建物の中には魔力を利用した数々の計測機器や訓練用の装置が据え付けられており、受験者の希望に合わせ、身体面、精神面、魔力など、様々な検査が行われ、その適性が審査される。

 エルフのことであるから、ここの結果がよくなかったからと言って、希望する進路が閉ざされるということは表向きはなかったが、あまりに適性がないと判断されれば、専門のスタッフが慎重に言葉を選んで粘りづよく説得することになっていた。


 進路を選んだあと、適性に疑問を抱くものも出るため、この施設は一年中稼働していたが、春先はこの年に進路を決めるエルフの子供たちが集中して訪れるので、軍や中央の研究機関などからも助っ人が多数呼ばれることが通例となっていた。

 これは、しかし、困った問題も引き起こしていた。各組織は、優秀な新人を青田買いするチャンスとして、この場を使い始めてしまったのだ。

 もちろん表立ってのことではなかったが、エルフ社会の発達に伴い新人獲得競争が激化するにつれ、なかば公然と行われるようになり、若者たちにもこの情報は浸透していた。

 結果、すでに進路を決めているものも、こぞって検査を受けるようになり、このシーズンはさらに大変に混雑することとなった。

 それがまた、助っ人の増員を呼び、現場のかなり地位のある人間までもが駆り出されてやってくるとなっては、もう、ここでの成績が将来を左右すると言ってもよいように見え、この時期の相談所は殺到する将来に希望を抱く若者たちの熱気でむんむんとするようになった。

 もちろん、エルフ政府は「そんなことはない」と断言しており、「各進路コースへの割り振りは正規の受験の成績だけで決まる」と盛んに宣伝に努めていたが、だれもが怪しいものだと思っていた。

 むしろ、ブレダのように純粋に進路に悩んでくる方が少数派であった。



 相談所のゲートに続く大渋滞を抜け、やっと馬車を降りた二人だったが、その先の受付も大行列だった。

 そこからさらに、基礎的な身体、魔力測定などの列に延々と並ぶこととなり、それらを一通り終えたころにはすっかり日が暮れていた。


 相談所内にある無料宿舎のツインルームについたとき、二人はすでくたくたに疲れていた。

「うへえええもうだめえ」と先にベッドに倒れこみへばったのはノムちゃんだった。

「わたしもー」とブレダもちいちゃな靴を脱ぎ、ベッドによいしょっと上って、横になった。

 エルフにとっては標準サイズのシングルだったが、ブレダにとっては大きなベッドに寝てると、ちっちゃさが際立って、よけいかわええなあ……とかなんとか、半分うたた寝しながらノムちゃんは考えた。

「明日から別々だね」と天井を眺めていたブレダが突然言った。

 ああ、そうか、とノムちゃんも考え、ちょっと目が覚めた。

 すでに治魔師コース受験を表明しているノムちゃんは、集中的に治魔師としての適性を測られることになる。

 一方ブレダは、一通りいろんな職業の説明を受け、その適正を審査されることになっていた。その結果、一番向いているとされた職業が「提案」されることになっている。


「わたしはすぐ終わっちゃいそうだね。はい!適性ありません!とかいわれて」

「えーそんなことないよー。でも、そういえばノムちゃん第二志望はなんにしたの?」

 その欄にはまだ何も書き込まれていなかった。できればまだ何になるかはわからないけど、ブレダと一緒のコースがいいなとか思っていた。

 いっそ、さっさと治魔師にはダメ出ししてもらって、ブレダと一緒に進路を悩もうかしら。そんな風にも思った。

「なんにもかいてなーい」

「え?そうなの!」と、ブレダは飛び起きた。

「すごいよ!ノムちゃん!本気なんだね!治魔師以外にはなりたくないんだ!」

 あ、これやばいわー。あれがきちゃう。あれがきちゃうかも。


「私、ノムちゃんのことずっと応援してるからね!」

 ノムちゃんの目にはスローモーションでブレダのちいちゃなかわいらしい両手が、そのささやかにふくらんだ胸の前までもちあげられ、やがてぎゅっと結ばれていくのが見えた。


 きたあああああ!きちゃったああああ!いただいてしまったああああ!両手でぎゅ!みなさん!両手でぎゅ!ですよ!もうなんてかわいいのかしら!いや、まじで治魔師になる自信なんてこれっぽっちもないんだけどさ、ああああ、もうこれもらっちゃったらもう、なんだ、そのしょうがないよね?


「うん!私絶対頑張るよ!」と、ノムちゃんは飛び起きて、自分も白くなるほど両こぶしを握りしめた。



 翌日。

 早朝からブレダはまず、戦士などのフィジカルな職業の説明を受け、主として運動能力を検査された。

「ふうん」と、その検査風景を見ながら、担当教官である男性エルフ戦士が感心していた。

 ブレダは、短距離走などでは負けていたものの、グラウンドを何周もするような長距離では、ほかの戦士志望女子エルフを大きく引き離して走った。

 腕に巻かれた魔力心拍計から送られてくるデータを見ても、その間心拍は低めに抑えられ、これは生来のアスリート体質なのかもしれないなとエルフ戦士は思った。

「だが、ちっちゃいというのはなあ……」と、エルフ戦士は胸の内でつぶやき、頭をかいた。


「ほほう、ちっちゃなオーク剣士か。それは面白いな」

 やがて個人面談の時間となり、ブレダの愛想のよさにつられて、ただでさえまくらの世間話が長引いてしまったエルフ戦士教官だったが、アグスタの話を聞いて、純粋に興味を持ち、つい詳しく聞いてしまっていた。

「それで、ちっちゃいことも武器になるっていうのはわかったような気がしたんですが、私もあんな素早く動けるようになるのかなあって……」

「うん。まあ訓練を積んだオークほどの瞬発力はエルフにはどう頑張っても無理かもしれないなあ……でも」

 エルフ戦士は椅子から立ち上がって言った。

「手はある」

 次の瞬間、エルフ戦士の姿はその場から消えていた。

「瞬間移動?」とブレダはつぶやいた。

「まあ、そういう時空をあやつる魔法もあるにはあるけどな」とブレダの背後からエルフ戦士の声が聞こえてきた。

「あれはえらいエネルギーを使うんで、準備が大変だから、こんなぱっとはできない。今のは一時的に素早さを大幅に上げる身体強化魔法と視線誘導トリックの合わせ技だ」

「すごーい!」と、振り向いてぱあああっと廻りも明るくなるような笑顔を浮かべるブレダを見て、エルフ戦士は娘を見るような気持になってほっこりした。

 エルフ戦士は机に戻ると椅子にかけなおした。

「これでもそのちっちゃいオーク剣士のスピードについていけるかどうかはわからないが、我々は剣技に魔法も使う。それがエルフの強みだ」

 彼は机に置かれた魔力タブレットを操作し、ブレダのデータを呼び出した。

「体力は申し分ない。とくに持久力はたいしたものだ。瞬発力も平均以上。君のその……体格の問題を魔法で補えば……」

 充分戦士の適性はある。そう言いたかったが、言葉を濁した。


 そう、単体で見れば戦士としての適性はある。だが、エルフ正規軍にブレダの居場所があるかどうかは疑問だった。

 前に述べた、習うべき流派がないというのもあったが、それならそのオーク族の女性戦士が言うように、エルフ以外から講師を招いてもいい。だが、ほかにも憂慮すべき問題があった。

 エルフ軍は高度に統率された動きで、大軍を一つの生き物のように縦横に動かすという戦術を最も得意としていたのだ。

 だが、それを達成するためには、兵士は同じ動きを、同じタイミングで行う必要があった。ここに規格外のサイズが入るとなると……。

 いや、潜入作戦をおこなう特殊部隊とかならその必要はないし、うってつけなんじゃないか?

 と考えたところで、エルフ軍にはもう長いこと、その手の常設部隊はおらず、オークやコボルドの傭兵に下請けに出していたことを思い出した。


 急に黙り込んだエルフ戦士をきょとんとした顔でのぞき込んでいるブレダの視線にきがつき、彼は慌てて言った。

「まあ、結果はあとのお楽しみだな。のこりの職業も楽しみたまえ。以上だ」

「はい!」と元気よく答え、一礼して出ていくブレダを見送ってから、「次の人」を呼ぶまでの間、エルフ戦士は、この胸にふつふつと湧いてくる「なんとかしてあげたい」という感情はいったいどこからやってきているんだ、とかなんとか考えていた。



「今頃ブレダちゃんうまくやってるかなぁ……」

「ノームさん?」

「なんかひどいこと言われてなければいいけど」

「ノーム・エ・ローヌさあん?」


 あれ?なんか聞き覚えのある名前だなあ……誰だっけ……まで考えて、やっとそれが自分の名前であることにノムちゃんは気が付いた。

「は!はいっ!」

 ノムちゃんの指導教官であある女性エルフ治魔師は眉をひそめてノムちゃんを見た。

 魔力タブレットで確認した限りでは、魔力はいいとこ「並」というところで、初級基本魔法の実習でもたいして見るところはなかったようだった。その上ずっと気もそぞろで、集中力にもかけるように見える。

 エルフ治魔師はタブレットのページを送って、ノムちゃんの志望表を確認した。

 ああ、第一志望が治魔師で後は空欄か……典型的だわ。

 さて、どんな理由をつけて傷つけないで治魔師をあきらめるように説得したものかしらん、と考えたが、まあそれは教官の仕事ではない。

 とりあえず、最後のテスト、初級治癒魔法実習くらいはちゃんとやってあげようと考えた。


 ノムちゃんの前には魔法用ダミー人形がおかれている。これは治癒魔法や強化魔法、あるいは逆に呪いなどの弱化魔法など、ダミーを壊してしまうような攻撃魔法系以外のテストに通常使われるものだった。

 各所に取り付けられたセンサーが魔法を感知し、それらのデータは魔力コンピューターに集められて生体にかけられた場合の効果をシミュレートする。その結果を数値化することで、かけられた魔法の効果をそくざに計測、判定することができるようになっていた。

 この相談所で長く使われているそれは多少くたびれてはいたが、今回のような駆け出しエルフの試験に使うのには、まったく問題はなかった。

「いいですか?」と、治魔師はメガネのブリッジを中指でくいっと押し上げながら言った。

「治癒魔法の根幹は慈愛の心、愛の力です。そうですね、たとえば、この人形を怪我をした自分の大切な人、愛する人だと思ってやってみなさい」

「なるほど」とノムちゃんは思い、目の前の人形に集中した。


 大切な人……そら当然ブレダちゃんだわ。愛する人とかやだ、そんな恥ずかしい。でも、それもブレダちゃんにききき決まってるじゃん!ブレダちゃんが怪我をしてるのか……あら大変……でもどんな怪我なんだろう……転んで膝小僧を擦りむいたとかそんなんじゃないよね?いやそれでもブレダちゃんが膝小僧擦りむいたとか、私黙っていられないけど。そうね、どうして怪我をしたのか考えたりしたらすこし具体性が出てもっと集中できるかしら……シチュ、そう、シチュは大事よね。そうだなあ……アグスタさんと試合して負けて……とか……ああ、それじゃつまんないな……じゃあ、悪いけどあのアグスタさんのお友達のオークさんに登場していただいて、そうそう、ブレダちゃんは勇敢にオークさんに挑み続けるけど、やがて力尽きて、あらやだ、オークさん、何にやにや笑いながら倒れたブレダちゃんに近づいてるのよ、ああ、だめ!なにするの!オークさん!やめて!オークさんやめて!立って!ブレダちゃん立って!立って逃げてよ!あああ!あああああ!だめえええええええええ!!!


 教官治魔師はメガネがずり落ちているのにも気が付かず、口をぽかんとあけてノムちゃんと人形を包み込んだ白い光を見ていた。

 それは煌々と激しく輝き、初級治癒魔法のレベルをはるかに超える強大なエネルギーを発していた。

 くたびれていたダミー人形が、みるみる新品の輝きを取り戻していく。

「なんだこの数値は!」

「いや、まさかありえない!」

 ダミーからのデータを集計している魔力コンピューターの魔力モニターには、現役バリバリの治魔師や研究者が何人も集まって、ああだこうだと激しい議論を始めていた。



 そのころ。

 魔王領上空では、魔王ヒルデが乗騎……というか異形のドラゴン、リピッシュを操って、慣熟訓練にいそしんでいた。

「筋がいい」とアルガスは思った。

 アルガスも自分用に急遽改造された、やはりブロームとフォスが作り上げた異形のドラゴンに乗って随伴していた。

 リピッシュほど奇妙な形ではないが、やはりドラゴンには全く見えず、どこまでが首で胴体なのか完全にわからなくなったほとんど筒状になった胴体の上に小さなコックピットが乗っている。リピッシュのそれほど小さくはないものの、アルガスには充分窮屈であったが、耐えられないというほどではない。


 有翼種族で、日常空を飛んでいるアルガスは、すぐに勘をつかんだが、やはりこんな高速で飛ぶにはいつもとは違う感覚が必要だった。

 アルガスのような有翼魔族やドラゴンは、通常、我々が知っている航空力学とは違う、魔法を使った原理で飛んでいたが、速度が上がれば、結局、空気の抵抗などは同じようにかかってくる。

 そのために、ブロームとフォスは、各部が完全な流線形になるようにドラゴンを改良していた。

 翼も比較的大きくして、可動部を増やし、それを利用した魔法を介さない方法で操縦性能を高めようとしていた。

 また、その口も、食事や呼吸を行うものではすっかりなくなり、常に大きく開いたまま、空間から魔力エネルギーと空気を取り入れる器官と化していた。

 それを体内に新設された臓器で爆発的に燃焼させ、後部にある噴射口から吐き出すことで、魔法だけで飛ぶときとは比べ物にならない速度を実現している。らしい。

「やはり、こんなのが単なる品種改良でできるわけがない」とアルガスは思っていたが、今はそれを追求するのはやめておこうとも思っていた。

 なお、操縦はコックピットにあるよくわからない器官を握ることで、ドラゴンと魔法的につながり、ほとんど考えるだけで指示が出せる。これをブロームとフォスは「フライ・バイ・マジック」などと呼んでいた。

 指示には敏速に応えたが、ドラゴン自身の意志のようなものは全く感じなかった。ブロームたちは「もともとそういう種類なのだ」と説明していたが、それもおそらくどうだか怪しい。


 リピッシュはアルガスのドラゴンに比べると操縦応答性などはかなり劣っているようだったが、ブロームたちが言う通り、最高速度ではるかに上回り、上昇力や急降下性能にも優れていた。

 そういうかなりピーキーな機体をヒルデは見事に乗りこなしていた。

 そういえば、彼女の種族も、今はすっかり退化してしまっているが、かつては翼をもっていたと聞いたことがある。やはり、ヒルデにもその血が流れているのだろうか。


「しかし……」と、アルガスはいぶかしげに周りを見渡した。

「今回はちっちゃいネタの下げはなしか……」

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