第6話 ちっちゃくなくては座れない椅子もある

 アルガスが小さいと指摘したのは、兵器そのものの大きさではなく、ブロームとフォスが自慢していた「座席」についてだった。

 それは現在の我々が思う戦闘機のコックピットになぜか酷似していたが、キャノピー……のような、透明な紡錘形のカバーの中に設えられていた座席シートは、子供用かと思うほど小さかった。

「その通りだ。しかし、これが今の我々の技術の限界なのだ」ブロームが言う。

「これを採用してくれれば、もっと予算をかけて問題を克服することができるだろうが、現時点では、性能を落とさないためにはここのサイズは削るしかなかったのだ」フォスが後に続けた。


 比較的小ぶりな種族であるゴブリンのブロームとフォスであるから、おそらくテストでなんとか乗れていたのであろう。

 しかし、彼らにしてみても、長時間の任務となれば、いずれ閉所恐怖の発作を起こすか、エコノミー症候群を起こしそうなサイズの「座席」を見ながら、アルガスはここに楽に乗れそうな小さな魔族を何種類か脳内でピックアップしてみた。

「だめだな」とアルガスは嘆息した。

 魔族はどうしたわけか、小さくなるほど狂暴になる傾向があった。このようなまだ実績のない兵器を扱わせるには、どの種族も粗暴に過ぎた。

 きちんと一から訓練すればいけるかもしれないが、そんな時間的余裕はありそうにはない。

 しかも、今回の任務は、その過程でかなりデリケートな判断が要求される可能性が大いにあった。彼らに任せるには不安がある。


「例えば、一時的に開放型とかの、もっと大きな座席をつけることは可能なのか?」アルガスは問うた。

「だめだ!それでは性能がひどく落ちてしまう。それは許されないことだ」フォスが食いついた。

「だめだ!それはだめだ!許されない!」ブロームも唱和した。

 ブロームとフォスは、この兵器に入れあげすぎ、今でいうマッドサイエンティスト的なところまで病を深めていた。したがって、こいつらに今回の任務を任せるのも、やはりなんだか不安が残る。

「俺が乗れるのがいちばんいいのだが」とアルガスは思ったが、この場合長身すぎる彼では、あの小さな座席には、体の半分を押し込むこともできないだろう。

 と、困っているところに、後ろから「お困りの様ね?」と声がかけられた。


 振り向くとそこに立っていたのは、新魔王、ヒルデ・ユンゲルス2世猊下その人だった。



 話をいったん、あの「作戦会議」、これからの戦略をどうしましょうかの会まで戻す。

「策がある」とアルガスは言った。

 ヒルデは方眉を上げてアルガスを睨み、「許す。申せ」と上奏の許可を出した。

「では失礼して」とアルガスは席から立ち上がり、指を鳴らした。

 空間に魔法によってスクリーンが現出した。画面にはアルガスが事前に魔法パワーポイントみたいなもので用意した、「魔王軍・当面の戦略について」と魔族共通語で書かれた表紙が映し出されている。

「現在の魔王軍に、なんらかの、、勝利が必要であるということは同意いたします。しかし」

 アルガスがもう一度指を鳴らすと、ページが切り替わり、現在の魔王軍と、主な敵対種族の軍備を比較するグラフが表示された。

「さきほどハインケル将軍がご指摘になった通り、現在魔王軍はいまだ戦力回復中であり、その数、組織、兵器の充実度、いずれをとっても、現時点では、正攻法ではたとえ局地戦であっても勝利を収めることは難しいと思われます」

「だあからあ!そんなことはわかってるっていってるじゃない!」とふくれっつらのヒルデは抗議の声をあげた。

 アルガスは「まあまあ」というようなジェスチャーで魔王の不興を抑えつつ、つづけた。

「しかし、奇襲であれば成果を上げることができるかもしれません。幸い、魔王軍には、現時点で利用可能な、敵種族にはないこれにうってつけの利点がございます」

 アルガスがまた指を鳴らすと、画面が変わった。

「わが魔王軍に敵対する主要な種族をリストアップしてみました。これを見てお気づきになられることはありませんか?」

「どいつも臭そうで、まずそうな種族ね……ああ、もう、勿体つけないでいいから、要点だけ言いなさい!」

「御意のままに」とアルガスは応え、要点に入った。


「エルフ、人間、オーク、ドワーフ……これら敵対種族は、自力で、あるいは魔法などを使っても、現状、自由に空を飛ぶことができる種族はほとんどいないのです」

 ヒルデはもう片方の眉も上げ、ハインケルはうなりながら立派な髭を撫で始めた。

 ブロームとフォスのふたりが、なぜか急に目を輝かせ、喉の奥から「くるるるる」といったような喜びの声を上げだしたのは不気味ではあったが、アルガスはつづけた。

「対しまして、わが魔王軍には私のような有翼種族をはじめ、空を飛ぶことにたけた種族がかなりの数存在します」

「つまり……」とハインケル将軍は身を乗り出した。ヒルデは「もうすっかりわかった」とでもいうように凄みのある笑みを浮かべている。


「航空戦力のみによる、ピンポイントへの奇襲作戦、これなら対象を適切に選べば、戦火を広げることもなく、最小限のリスクで、現在必要な程度の戦果を挙げることは充分可能かと思われます」



 時は戻って。

「いいえ!それはなりません!」

 ブロームとフォスの秘密格納庫で、アルガスは頭上の例の兵器のコックピットに向かって叫んでいた。

「なぜだ?ほら!あつらえたみたいにぴったりだぞ?」

 ヒルデは、言う通り、ぴったりと座席に収まり、ご満悦であった。

「しかし、魔王様の身になにかあったら、それこそ元も子もありません!どうか、どうかご理解ください」

 一応理の通った説得であったが、それだけではなかった。愛するヒルデが自分の考えた作戦で危険にさらされるなどということは、アルガスにとって、とても容認できるものではなかったのである。


 しかし、ヒルデは当然この程度で説得されることはなく、コックピットにすっくと立つと腰に手を当てて「聞け!アルガス」と叫んだ。

 かしこまるアルガスに軽蔑したような一瞥をくれながら、ヒルデは続けた。

「いい?今勝利を必要としているのは、ほかならぬ私なの!私が命じただれかがじゃ不足なのよ。わかる?だったら私自らやるしかないではないじゃない!」

「いや、それはなんとでも……」

「わかっていないようね?だれよりも勝利を欲しているのよ!渇望しているといってもいいわ!私がこの手でつかむのでなければ、ほかのどんな勝利も価値なんかないのよ!」


「ああ、そうだ」とアルガスは思った。

 これこそがヒルデだった。彼が愛するヒルデであった。となれば、不本意ではあるがいたしかたない。

「御意のままに」とアルガスは首を下げた。


 ヒルデはそのままコックピットに居座り、はしごでコックピット横まで来たブロームから、操縦の方法を詳しくレクチャーされ、ことさらにご満悦であるようだった。

 アルガスは、フォスを手招きすると尋ねた。

「これについていけるほかのはないのか?」

「ない」即座にフォスは答えた。

「これほど速いのはほかにはない」

「なんとかならないか?護衛なしで魔王様をいかせるわけにはいかない」

 フォスはちょっと考えた後、「追いつけるのはいないが、いくつか先行させることで、要所要所を護衛することは手持ちで可能だと思う」と答えた。

「それで妥協するしかないか……そうだ、二番目に早いのを俺が乗れるようにできるか?性能はある程度犠牲になってもいい」

「それは可能だろう。あっちは少しは余裕がある。それでもかなり窮屈なことになると思うが……」


 アルガスはいったんほっと息を吐き、ヒルデが乗る「それ」を改めて眺めた。


 それは、異形の物体と言ってよかった。我々が作る一般的な三角形の紙飛行機を、上下逆にしたような形をしており、垂直に立った「翼」の中ほどに例のコックピットがあった。

 全長は我々の単位で10m前後。先端には大きな口があいており、後端にも翼に沿っていくつか穴があって、そこから筒のようなものが突き出していた。

「しかし」とアルガスは思う。

「どんな術を施せば、こんな形に品種改良できるっていうんだ」


 それは機械などではなかった。

 人間界などではたびたび神格化されることすらある、伝説の怪物「ドラゴン」だった。

 その、すっかり変わり果てた姿だったのである。


 魔王軍には、ドラゴンは以前からも、もちろんいた。

 過去には、巨大なドラゴンが何匹も参加しており、地上の敵を上空から焼き払う強力で直接的な兵器としてだけではなく、なかには高度な知性を備え、一軍の将として活躍したものまでいたという。

 だが、最も多く利用されていたのは、もう少し下等で小型の有翼ドラゴンで、ブロームとフォスの一族は、代々そのようなドラゴンを飼育し、使役することを生業としていた。

 しかし、先代までの魔王軍では主力はあくまでも地上軍であり、このような小型ドラゴンは限定的な利用しかされなかった。偵察や、伝令、戦場での指揮官などの移動、少量の物資輸送などが主な任務だった。

 一匹で戦況をひっくり返すような、強力な「伝説級」のドラゴンが次第に数を減らし、もうその所在すらわからなくなっている現在では、ドラゴンを主力兵器と考えるものは、もう、ほとんどいなくなっていたのである。


 そんな中で、ブロームとフォスは、飼育している下級ドラゴンを「改造」することで、兵器としての価値を高めることを思いつき、それに熱中した。

 しかし、いくらデモンストレーションしてみても、軍中枢部の受けはよくなかった。というか、彼らのほとんどは地上軍の指揮官としてキャリアを積んで来ており、伝説級のドラゴンならともかく、このまったく新しい兵器を自分の戦術にとりいれることができなかったのである。

 しかし、ブロームとフォスはまったく諦めることなく、というかむしろ以前にもまして旺盛に、その技術を研鑽し、より強力なドラゴンを開発しようと努めた。

 その現状での最高傑作がこれだった。ふたりの言を信じるなら、こいつは音の速度に近いほどのスピードが出せ、空気がほとんどないような高空まで上がれるという。


「いや、これ、絶対やばい禁術とかも使ってるよな」とアルガスは思った。彼らが疎まれたのは、そのドラゴンたちが兵器体系に載せられなかったという理由だけではないのかもしれない。

 それでも、今回の作戦ではこの性能は得難い利点があった。というより、こういう作戦のために生まれたような存在だった。

 会議が終わった後、ブロームとフォスが興奮して、口角泡を飛ばしながら売り込みに来たのも無理はない。とアルガスは思った。


 一方、相変わらずご機嫌な魔王ヒルデは、ふと疑問を抱き、ブロームに尋ねた。

「この子に名前はあるのか?」

 ブロームははっとして、なぜか顔を赤らめながら恥ずかしそうに言った。

「リピッシュ」

「そうか。よろしくなリピッシュ」

 ヒルデはコックピットから手を伸ばし、いとおしそうにリピッシュのボディをなでた。



 さてさて。

 アグスタと別れ、翌朝件の町を馬車で出発したブレダとノムちゃんは、その後何事もなく順調に旅を進め、途中の休憩でおいしいお弁当を食べた程度の出来事しかなく、作者が書くことがなくて困るくらいであった。

 午後は、休憩場所のスタシオンから乗り換えで乗ってきた中型のコボルドであるシバーイ族の旅商人である兄さんとブレダが例によって仲良くなって、最近の聖都や、ほかの種族の都市の様子などを聞いて、おのぼり心を満足させた。


「しかしなんだなあ、ほんとに小さいなあんたは」

 はい!慣れたー!もうすっかり慣れたー!ノムちゃんはほんのすこし血圧を上げたくらいで、ブレダが小さいと言われても、顔に作り笑いを浮かべながら平静を装うことができるようになっていた。

 考えてみれば、ブレダが気にしないなら、別に無理して周りが勝手に禁忌にする必要もないんじゃないか、とか、そんなことすら考えだしていた。

「うちの一族の町にもさ、最近小さいの売りにした歌と踊りをするアイドル女の子たちグループが出てきて、すげえ人気なんだよ。たしか、マメ=シバーイ48シバとかいう名前で……」


「ちっちゃいもふもふのアイドルグループですと?」

 それはとてつもなく危険なにおいがしますね?とノムちゃんは思った。

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