第3話 ちび魔王もがんばらないといけない

 魔王軍というのは、多数の種族からなる、混成軍隊である。

 したがって、人間をはるかに超える巨体を持つ一族から、知的生物であることが信じられないほどの小さなものまで雑多に所属していた。

 そんな集団であるから、魔王の身長がその属する種族にしては小さいことが問題になることはなく、また伝統や規律よりも「今この時の」実利を求める傾向が強いため、実力さえ認められれば魔王の性別が女性でも誰もなんとも思わなかった。性格がツンツンであろうともである。

 そういうわけで、先王の急死によって急遽即位した若きヒルデ・ユンゲルス2世猊下が新魔王にふさわしいかどうかは、先に上げたような理由で否定されることはなかったが、いまだいいとこ「様子見」というところだった。

 魔族であるため、うかつに批判を行うと王の不興を買い、即「処刑」に結びつくという習慣もあり、この城にはそのための設備が、急造であるにもかかわらず、ふんだんに用意されていたので、それへの恐怖というのもなくはない。

 だが、やはり魔族であるため、下克上への抵抗もまた少なく、その設備がどちらに対して使われるかはまだ五分五分とも言え、魔王城には先の歴史的大敗の混乱から立ち直れないある種の緊張がまだ色濃く残っていた。


「魔王様の気持ちもわからないではない」とアルガスは思った。

 先王は戦功によってその実力を認められ、魔族を束ねていた。外見も大柄で立派であり、いかめしい顔つきと鋭い眼光というような、いかにも魔王という雰囲気を持っていた。

 しかるに、新魔王であるヒルデ様はすべすべほっぺと明るい赤毛をもつどちらかというと「美少女」であり、そしてなにより小柄であった。

 目つきの悪さは親譲りだったし、その勝気な性格で今のところは魔族の代表を抑え込んではいたが、早晩、なんらかの実績を見せつけないと、いずれ舐められてしまうかもしれない。ヒルデがそう考えても無理からぬことだとアルガスは考えた。

「しかし、だ」

 人間・エルフ連合軍の本拠地への急襲を許してしまったのは、先王とその幕僚の責任とはいいがたく、功に焦ってエルフ族の策にまんまと乗った幾人かの将軍にその責は被されるべきで、総崩れになってから彼らも戦死してしまっていた。

 この攻撃により魔王軍が被った被害というのは魔王の戦死にとどまらない。幕僚のみならず、政府機関を運営すべき閣僚、官僚機構にいたるまで壊滅してしまったのだ。

 急遽建て直しが図られてはいたが、まだ十分とはとても言えない。

 ここで焦って戦いを再開するのは、あまり勧められた話とは言えなかった。国力も軍事力も、いまだ回復中であり、十全に戦おうと思えばまだ少なくとも十年かそれ以上はかかりそうであった。

 また、大敗によって下がった士気もいまだ低いままだった。



「攻勢よ!」と、ヒルデは椅子の上に立ち上がって叫んだ。

 新司令部の作戦室に置かれた大きな机は、新魔王に合わせて低く作られていたので、そうしなければ届かないということはない。勢いのようなものがほしかったのだろう。

 作戦会議とヒルデは言ったが、具体的な作戦がまだあるわけもなく、どちらかというとこれからの戦略を考えましょうの会といった風情で、参加者も新たな幕僚の中核となることを期待された少数だった。

「畏れながら」とまず口を開いたのは旧幕僚の数少ない生き残りの一人で、焼け落ちる旧魔王城からヒルデたちを救い出したハインケル将軍であった。

 他に参加者はアルガスと、何を考えているのかよくわからないのでかつては幕僚入りを忌避されていたブロームとフォスの兄弟、それに、急遽昇進した若い参謀、官僚たちだけだった。

 ハインケル将軍は堂々とした押し出しのいかにも武人といった風情の壮年の魔物で、正直その立派な髭と隆々と頭から生えた山羊角はアルガスでもちょっと怖かった。

 が、その口調は穏やかで、巧みにオブラートにくるみながら先ほどアルガスが考えたような懸念を上奏した。

「この男は信用してよさそうだ」とアルガスは考えた。いかにも忠義に篤い武将といった感じだ。それは魔族では得難い資質であった。

 が、ヒルデは気に入らなかったらしい。

「そぉんなことはわかってるのよ!」と、相変わらず椅子の上に立ったまま、腕を振り回して叫んだ。

「それでもいま魔王軍に早急に必要なのは勝利よ!どんな小さいものでも、限定的なものでも構わない!それを考えろと言っているの‼」


「なんと美しいことか」とアルガスは思った。

 ヒルデは怒っている時が一番美しい。小さな体はエネルギーに満ち満ち溢れ、逆立つ赤毛は炎の様だった。まるで薪から弾け出て暴れまわる火の粉だ。

 アルガスは自分がこの小さな魔王を愛してしまっていることをとっくの昔に自覚していた。

 君主としてなのか、それとも伴侶となることを期待しているのか、それはまだわからなかった。

 が、自分がこの小さな魔王のためならば、野心や損得は投げうって、命を賭してでも何でもやるであろうことはわかっていた。何があっても護るであろうことも。


「したがって」とアルガスは考えた。

「この俺は信用できる」

 ヒルデの剣幕を前にしてもただにやにやと笑っているブロームとフォスについては判断を保留せざるを得なかったが、確固たる強い意志を持った君主と、少なくとも二名の有能で忠実な家臣が魔王軍には存在するということだ。

「いけるかもしれない」

 アルガスは自惚れではなく優秀であった。それは、急造とは言え、この短期間に新しい城を構えるほどに魔王軍を建て直した手腕が証明していたし、そこそこ重要なこの会議が、遅れてきたアルガスを待ってから始まったことからもわかる。


 ヒルデは禍々しい大仰な飾りこそついてはいるが、椅子として機能する部分は体に合わせてちっこく作られた椅子にやっと腰を下ろし、押し殺したような声で言った。

「そうじゃなかったら……私たちは二千年前に逆戻りよ」

 ヒルデの言うことはもっともだった。おおよそ二千年前、最初の魔王がまとめ上げる前までは、魔族は独立した小勢力が割拠している状態で、人間やエルフといった他種族と事を構えた場合、対等に戦うどころか、その都度「退治」される存在に過ぎなかったのだ。

 このまま新魔王がその求心力を失い、魔族同士が争うようなことになれば、そんな暗黒時代に逆戻りすることになる。

 またそうなれば、好機と見た対抗種族が各個撃破にくる可能性も高い。その場合は全滅だ。

 それを防ぐためには、現状のリソースで、最大限可能な勝利をおさめ、ヒルデを新魔王として魔族たちに認めさせる必要がある。そうヒルデは言っているのだ。

 そして、それは全面戦争に発展するものであってもいけなかった。戦力回復中の魔王軍にはまだその能力がなかったからである。


 つかの間の沈黙が作戦室を支配したが、それはアルガスの軽い咳払いで破られた。

「策がございます」と満を持してアルガスは切り出した。



 一方のんきなエルフ村では。

 のぼせ上ったノムちゃんは、だが、すぐに回復した。そもそも病気ではない。いや、病気と言えるかもしれないが。

 なぜかすっかりやる気になったノムちゃんは難関である治魔師コースへの挑戦を家族に表明し、みなを驚かせていたが、ブレダの進路はいまだ決まっていなかった。

 何事においても周到なエルフ族はこういう場合、進路相談を行う専門の部署を置いていた。いわば適性検査場である。

 そこはブレダの村からは数日かかる距離にあったが、この場合の旅費はエルフ政府が負担することになっていた。

 そういうわけで、ブレダは旅支度にかかっていた。本当に治魔師の適性があるかどうか心配した家族の勧めによって、ノムちゃんも同行する。


 さて、我々人間からしてみれば長い寿命を持つエルフが、若いうちから進路選択にこれほど真剣になるのは意外と映るかもしれない。長い寿命を活かして、いろんなことに挑戦することは可能で、人間からしてみたらそれでも十分な経験を積み、その道でいっぱしの存在になれそうにも思える。

 しかし、それはあくまで人間の視点からの話である。エルフの世界にはそれこそ、その道数百年なんていう権威がうじゃうじゃといたのだ。

 そんな中で、エルフが死ぬほど好きな「ははん」「ふふん」と他エルフを見下した態度をとるためには、早いうちから進む道を決め、一生それに邁進することが必要で、そういう理由であるとはエルフは絶対に言わなかったものの、そうすることが強く推奨されていた。

 中にはいろいろと手を出す変わり者もいたが、そこそこの成果を収めても軽視されがちだった。それを認めてしまえば、やはりエルフが大好きな「権威」が危機に瀕することになるからである。


 それはともかく。

 ブレダが村からこんなに離れた場所に旅行するのは、これが初めてであった。なんだか冒険に出かけるみたいでウキウキする。

 同行するノムちゃんは、これまた、ブレダと旅をすることにすっかり舞い上がって、完全に地面に足がついていなかった。

 そんなふわふわしたノムちゃんを連れて、ブレダは村はずれの「スタシオン」にやってきていた。ここからは馬車に乗って、進路相談所まで行くこととなる。


 馬車の御者はエルフではない。こうした下々の仕事は、エルフからしたら下賤である、ほかの種族が受け持っていた。

 しかし、エルフたるもの、そうした差別意識を表面化することは慎重に慎んでいたため、関係は良好で、なんとなくうまくやっていた。

 ブレダたちが乗る馬車の御者はドワーフだった。他種族の年齢というのはわかりにくいものだが、どうみてもおっさんのそのドワーフは、てきぱきと乗車券を確認し、座席を指定していった。

「ええと、進路相談所までふたりか。こちらのお嬢さんはこの席に。で、そっちの……」

 ドワーフはブレダに目をとめ、ちょっと混乱したようだった。ノムちゃんは即座に剣呑な事態になる予感を感じ、ふわふわモードから「素」に復帰した。

 そして案の定……。

「お子さんが進路相談所までなんの御用で?」

 言った。言いおった。このおやじ。村では小さな子供に至るまで禁句になっているその言葉を。

 ノムちゃんはドワーフを叩きのめしたい衝動にかられたが、それを行動に移すよりも早く、ブレダはにっこりと笑うと「こう見えてもお子さんじゃないんだなあ」と明るく言った。

「ええ?まじかよ?進路相談所にいくってこたあ……」

 いけない!それ以上はいけない!あまりの事態にノムちゃんは完全にフリーズしてしまった。

「はっ!エルフにしてはちっちゃいなあ!お嬢さん!」

 ついに。ついにさらに厳重に戒められている言葉を面と向かってブレダに吐きおったぞこのおっさん。

 エルフとして、親友として、この事態を穏便に収めなければいけない。ノムちゃんの頭脳はフル回転してフォローするためのセリフを探した。それはさながら死に瀕した人間が行うという、パノラマ視現象にも似ていた。


「ち、ちっちゃいってことは……」

 ノムちゃんはやっとのことで言葉を振り絞った。

「最高です!」

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