七章 繋がり
「プレゼント交換だー!」
知美が自分の持って来たプレゼントを片手に、底抜けに明るい声で言った。
十二月二十四日。クリスマスイブ。
生徒会室にてクリスマスパーティーが催されていた。長机を付けてその上に小ぶりのホールケーキと菓子類とクリスマス仕様のコンビニチキンが置いてある。
知美の音頭に理真が笑顔でパチパチパチと拍手する。灯も控えめにそれに倣った。その後、二人は自分の鞄から持参したプレゼントを取り出して手元に置いた。
事件から一週間が経った。
街は未だ復旧に至っておらず、日夜作業が続いている。学校も休校になり、冬休みも近かったことから三学期からの再開が予定されていた。部活動もすべて休止となっていたが、この日だけ、生徒会は規則を破って勝手に部室を使い、活動していた。
事件の後、知美と灯を含めた火の使徒、水の使徒たちは表裏の両面から復旧活動を手伝っていた。
表の活動とは、一般のボランティア団体に混ざっての活動だ。火の使徒たちはそこで瓦礫の撤去などの力仕事を行っていた。持ち前の性質で場の士気を高め、体力以上の貢献をしていた。水の使徒たちは配給や建設業の人たちの援助に回り、過労の人たちを密かに癒すなどの働きをした。
一方の裏の活動とは物理的に異能を使った作業のことだ。未だ誰も捕まっていない風の使徒への恐怖心がある中、超人的な異能の力は間違っても人々に見せるわけにはいかなかった。風の覚者が十分に導きを終えた後であれば、火の使徒は英雄的な立ち回りをすることもできたが、絶望に至らない恐怖の段階では、恐怖心に油を注ぐことになる。
「じゃあ、曲かけるよー」
知美が携帯を操作して曲をかける。プレゼント交換用のアプリで、適当なところで曲が止まるようになっていた。
軽快なクリスマスソングが流れ始め、心が弾んだ。
玉世と関係を結び直した夜のこと。
理真が家に帰ると玄関で父とばったり会った。恵と揉めていたのか、感情的になっていた顔は理真の姿を目に止めて硬直していた。その後、機嫌が悪そうな顔を作って、「無事か?」「うん」「親に心配をかけるものじゃない」「うん」というやりとりだけして自室に向かった。
その背中に理真が「心配かけてごめん。心配してくれてありがとう」と言うと、一度足を止めて「もう寝なさい」と言った。ご飯も風呂もまだだったためすぐには寝ないけれど、多分、理真を心配事から外したくて出た言葉なのだと思った。
その後は理真と恵の二人で赤飯を食べた。途中で父が現れて一緒に食べた。父が風呂に入った後、理真は恵に誘われて一緒に風呂に入った。家の風呂で一緒に入るのは五年ぶりくらいだった。心配した分、肌を触れ合せて存在を感じたかったというのが表向きの理由だと思うが、体に異常はないかという確認の意味もあったと思う。
「ストーップ!」
曲が止まり、知美が声を上げた。
「自分買ったの持ってる人いない?」
「私は大丈夫です」
「私も」
理真と灯がそれぞれ答える。
「じゃあ開けようかー」
知美の言葉に頷いて、理真が包装を開ける。中に入っていたのは手のひらサイズのアザラシの人形だった。
「か、かわいい」
思わず理真の頬が緩む。
「それ、私の。触ると柔らかくてすごくいいよ」
理真の反応に知美が気を良くして言う。言われて、理真は箱から取り出して触った。
「わぁ……わぁ!」
見た目のかわいさもさることながら、感触も柔らかくて気持ち良かった。ずっと触っていたくなる。理真の頬も緩みっぱなしだった。
理真の反応に知美は満足して、自分のプレゼントを開ける。理真に知美のプレゼントが渡ったということは灯の用意したプレゼントだ。
「なーにっかなー。……おお、手袋? 手編み?」
知美が灯に聞く。中には赤と白で編まれた手袋が入っていた。理真に編み物を教えている時、灯自身も作っていたことを思い出す。知美は気持ちのこもったプレゼントに満足して、手に取って眺めた。そして、ある一点に目が止まる。
「……お前これ『S.R』ってイニシャル入ってんじゃねぇか!」
S.Rということは獅子堂理真だ。
「そうね」
灯は悪びれる様子もなく肯定した。
「個人宛を交換に出すんじゃねぇ」
「もう。うるさいわね。それは理真にあげて。あなたはこっち」
灯はそう言うと、鞄からもう一つプレゼントを取り出した。
「あ、私のちゃんとあるのか。開ける前に言ってよ」
知美は灯から貰った理真用のプレゼントを包み直して理真に渡し、灯から自分用のプレゼントを受け取った。
理真は苦笑しつつ知美から灯のプレゼントを受け取ると、灯に「ありがとうございます」と感謝を述べた。知美への対応とは一転して、灯は満面の笑顔を返した。
知美が再び包装を開ける。中にはオレンジと白で編まれた手袋が入っていた。疑心暗鬼になって粗がないか確認する。
「……おい、イニシャルOしか入ってないぞ……」
「ああ、うん。めんどくさくなちゃって」
「一個入れたら全部入れろよー! しかも位置悪いよ。二文字入れる予定だったのみえみえだよ! かっこわるー!」
「防寒にはなるでしょ。貰ったものに文句言わないで」
「えー……でもさー、でもさー」
知美が不満気に一人で呟きだした。灯はそれを無視して理真に向く。
「実は自分にも作ったの」
灯が再度自分の鞄に手を入れて、中から包装のない手袋を取り出して理真に見せた。知美が目ざとく反応する。
「あー! イニシャル入ってる! 自分の入れて私の入れないの!? 普通贈り物は大事にするよね!? っていうか理真のとお揃いじゃん! なんで私だけ色ちがうの!? はぶられてるの!? 普通に辛いんだけど!」
荒れる知美をスルーして灯は上機嫌で理真に笑いかける。理真は反応に困って苦笑した。
「あー、灯さん。灯さんのは私のですよね。開けてみてください」
「あ、そうね」
理真のプレゼントというだけで嬉しそうな灯が包装を開ける。
「わぁ……マフラー? 手編み?」
「はい」
灯の嬉しそうな様子に理真が笑顔で頷いた。
灯がマフラーを広げて眺める。白を基調にして両端にクリスマスカラーの赤と緑のストライプが入れられていた。纏まったデザインながら正規品らしくはない。広く使われることではなく記念品として人に贈ることを強く意識された作品だった。編み目も均一でプロを名乗れそうな仕上がりだった。
「すごいわ……嬉しい。ずっと使うね」
「気に入っていただけたなら何よりです」
感激する灯に理真は満足気に答えた。
「なーんで二人とも手編みなのさー」
知美が恨めし気に言う。
「あのときさー。三人で分かれて買いに行ったよね? なに、あの時買ったの私だけ? なんか私バカみたいじゃん。一人だけ手抜きみたいだしさー」
クリスマスパーティーらしからぬどんよりとした空気に理真が慌てて言葉をかける。
「て、手編みなんかよりプロが作ってる正規品の方がいいですよ!」
「え、理真、それどういう……」
「あわわわわ!」
理真は口を滑らせた。固まる灯に、ジェスチャーで方便だと伝える。そういうことにする。灯は不審がりつつ納得する様子を見せた。灯のケアを終えて理真は知美を見る。
「これ、すっごく可愛いです。嬉しいです。ほんとですよ。センスいいなって思います。寝る前に毎日触りたいです」
「そう?」
「はい!」
理真が死力を尽くして熱弁すると、知美は気を取り直して笑顔を浮かべた。
「ああ、そうですよ。知美さん。私たちにはまだ大事なことが残っているじゃないですか。気を引き締めましょう」
理真が畳み掛けるようにプログラムを進めながら知美を奮起させようとする。知美はハッとして思いだし、顔を力ませた。理真は安心して、言った通りに進行する。鞄からまた一つ、包装された長方形の小箱を取り出した。知美と灯に目配せする。三人で、室内にいるもう一人の人物の前に出た。
「清嗣さん」
皆から離れて会長席に座っていた清嗣に、理真は声をかけた。そして、手にした小箱を差し出す。
「私たち三人からのプレゼントです。受け取ってください」
理真は微笑んで言った。知美は緊張の面持ちで、灯は僅かに不安そうにしている。
清嗣がプレゼントを差し出す理真を見た。
玉世と関係を結び直した後、理真は清嗣の所在について聞いた。すると、玉世がいくつかの要素に分けて自分の創った世界に閉じ込めていたとのことだった。風の覚者も同様で、理真と離れてから、二人ともこの世に戻すと言っていた。
風の覚者に関しては元々戻す予定はあったようだった。復活の予定があったことを考えると、当初使っていた覚者殺しという言葉が適切かは微妙なところだけれど、導きの中断が大罪であることに変わりはない。導きの阻害は覚者という存在の否定であり、殺害に近似する罪にはなるらしい。
また、清嗣に関しては一応保存しつつも再び世に戻す考えはなかったようだ。理由は使徒ともども理真と関わりすぎたから。理真と関係を結び直した後、玉世は清嗣を再び世に戻したが、今でも一番理真を覚者にする可能性の高い存在であることに変わりはないとのことだった。
理真はそれを知ってなお、今こうして清嗣に自ら接している。
「ありがとう」
差し出されたプレゼントを、清嗣は感謝を述べてあっさり受け取った。
知美は少し緊張を緩め、灯は安心して胸を撫で下ろした。
清嗣は包装を取り、箱を開けた。中に入っていたのはボールペンだった。机の上で試し書きをして使い心地を確かめる。
「使わせてもらおう」
「はい」
清嗣の言葉に理真は満足して答えた。成功を分かち合おうと知美を見ると、嬉しそうに顔を輝かせていた。次いで灯を見ると、視線に気付いて笑顔を返した。
「俺も君に、友としてプレゼントを贈ろう」
清嗣は立ち上がって理真に言った。
予想外の言葉に理真は驚く。
「え、用意してくれていたんですか?」
「いいや。今から作る」
「あ、そういう」
理真が少し肩を落とす。しかし、プレゼント自体もらえるとは思っていなかった。どのような形であれ、くれるというのであれば嬉しい事だった。
清嗣は体の前で何かを乗せるように両手をかざした。すると、一メートル程の箱が清嗣の手の上に出現した。サンタとトナカイの絵が描いてある包装がなされ、ピンク色のリボンが端っこにつけてある。出し方とわざわざ包装を付ける細かさに理真は苦笑した。
「受け取ってくれ」
「ありがとうございます」
理真は清嗣の手からプレゼントを受け取った。重さを確かめるように揺らす。箱しかないのではというほど軽かった。
「開けていいですか?」
「ああ」
承諾を得て、理真が包装を解く。中にはプラスチック容器に入った無骨な両刃の剣が入っていた。
「剣、ですか?」
「ああ」
それ以上を聞かず、取りあえず容器から取り出す。常識で測っていいものか分からないが、プラスチック容器に入っていると玩具にしか見えない。軽さも相まって、余計にそう思えた。かわいくないから、飾るのにもいまいちだ。だが貰い物である。文句は言わない。
鞘を握って、手触りを確認して見る。凹みはしなかった。剣も抜いてみる。刀身は塗装らしくない、自然な白色だった。刃を見てみると刃引きはしてある。抜いて飾る分にはかっこいいかもしれない。
「これは、実用的なものですか?」
清嗣のことだ、何か用途があるかもしれない。最初から「インテリア?」とは聞かず、格を高めに質問する。
「そうだ。これから風の覚者が導きを始めた時のための護身用だ」
「え」
理真はそれを聞いて、剣をまじまじと見つめる。これではとても身を守れそうにないが。
懐疑的な様子の理真に清嗣が説明する。
「その剣は覚者か四属性の使徒が力を合わせて壊そうとしない限り壊れない、不壊の剣だ。ただし、肉体強化等の機能は入れていない。使徒ではない人間が使徒を翻弄するようなら風の覚者が殺しに来るからな。この剣は君の裁量があれば身を守れるかもしれない。その程度のものだと考えて置け」
説明を聞いて、凄いものだと知る。
「ちなみにこれ、どのくらい価値があるものなんですか?」
「売れば小国が買えるぐらいの金額にはなるだろうな」
「……目眩が…………」
数千円のボールペンがずいぶん高価なものと変わってしまった。確かに、覚者が作った一品となれば、この世で作成可能な最高位の品だろう。これだけ軽くて壊れることがないとなれば、研究材料としての価値は国に匹敵するというのも頷けた。
「君はこれからも状況次第では危険に身を晒すだろう。ならばこれは、君を大事に思う、知美と灯へのプレゼントともなるだろう?」
知美と灯が顔を見合わせる。
「はい!」
「ありがとうございます」
笑顔を浮かべ、それぞれ答えた。
清嗣の言葉を聞いて、理真は嬉しくなった。感情のない清嗣が、人として想いに応えてくれたことに。理真はその剣を胸に抱いて清嗣に微笑んだ。
「ありがとうございます。清嗣さん。存分に使わせていただきます」
「ああ」
理真はふと気になってその剣をもう一度眺めてみる。
「清嗣さん。この子の名前って無いんですか?」
剣にはよく名前が付けられていると思う。
「付けていない。付けるか?」
「はい」
清嗣から皆のために贈られた剣だ。その存在に、もう愛着が湧いていた。名前が欲しい。
「何にする?」
「私が決めていいんですか?」
「ああ。君の為の剣だからな」
言われて、理真は少しだけ考える。そして、答えを出した。
「――φιλία この子の名前はフィリアにします」
「ほう」
清嗣は目を細めて相槌を返した。
それは、清嗣が人間だったころ、至上の力と信じて培っていたものだった。そして今は火の意志として、使徒たちに根付いている。
「刀身に掘るか?」
「お願いします」
理真は嬉しそうに、清嗣に剣を渡した。清嗣は刀を抜いて、理真にそれを見せる。
「これでいいか?」
「はい。ありがとうございます……なんだか調子が狂う彫り方ですね」
清嗣は剣を抜くだけの動作しかしていない。動作と結果が合わないと人の頭で考える身では混乱してしまう。実際の所、作り上げるのも一瞬だったためやっていること自体は今更驚くことでもないけれど。
理真が清嗣の手から剣を受け取り、愛おしげにその名を撫でた。
「可愛い名前だね」
「何か意味はあるの?」
知美と灯がそれぞれ言った。灯の質問に、理真が答える。
「フィリアは友愛という意味です。友から貰った剣。そして、友を守り、友が思ってくれる自分自身を守る剣であることを考えて名付けました」
理真の答えに、知美と灯は顔を見合わせた。そして、温かい微笑みを理真に向けた。
「良い名前ね」
「はい」
灯の言葉に、理真は笑顔で答えた。
覚者は人類のために
「よろしくね。フィリア」
理真は剣にそう呼びかけると、その鞘に口付けした。
***
昼近くになって、四人は生徒会室を出た。クリスマスパーティーは午前中で終わりだ。
「知美さんと灯さんは午後から何かするんですか?」
理真が並んで歩く二人に問いを投げた。
「復旧活動しに行くよ」
「私も」
知美と灯は淡々と答えた。
「こういう日でもするんですね。まあ今年は街で遊ぶのを自粛する人も多いでしょうけど」
「有事の際の活動は使徒の本業だからね」
「使徒の使命を果たすことに悪い気はしないのよ」
知美と灯は前向きな態度で答えた。理真もその姿を見て背筋が伸びる。使徒が人の心に及ぼす影響を、身をもって感じた。
下足箱に着いて、一度別れる。外に出て再び四人で集まり、正門へ向かった。
「理真はこれから何かあるの?」
「私ですか? 私は……」
知美の質問に理真が答えようとして、一度止める。
「あれと遊びに行ってきます」
困り顔で、正門の方を指差して言った。
「あ、ああ……」
「うう……」
知美と灯は理真の指す方へ顔を向けると、渋面を浮かべた。
歩調は変えずに正門まで行って、理真はそこにいる人物に声をかけた。
「何で学校まで来てるの? 玉世」
理真の非難するような声に、玉世は悪びれる様子もなく笑った。
「ダメ?」
「ダメじゃないけどさ」
玉世が一歩近づいて、理真を見下ろす。
「少しでも早く、理真に会いたかった」
「友達との時間も大切にしろって言ってくれたような」
「言ったっけ?」
「言ったよ! 私にとって、とても大切な言葉!」
「ごめんごめん。冗談。でも別に、俺と友達がいたっていいでしょ? 引き離しに来たわけじゃないし」
「そうなの?」
「本気で疑ってるね、その目」
玉世は信用の無さに気落ちして言った。それから、玉世は視線を上げる。
「こんにちは。清嗣さん」
「こんにちは」
玉世は清嗣に話しかけた。その瞬間、知美と灯が手を握り合って震えた。
「この前は失礼したね」
「お互い様だ」
清嗣の言葉に玉世は微笑みを返した。一呼吸置いて、続ける。
「俺はもう覚者は殺さない。理真と話してそう決めた」
「そうか。俺ももう貴方を殺そうとは思っていないが、助かるよ」
「あれからは覚者の力も、理真との取り決めで封じてる。覚者同士で会っている時と、覚者らしい仕事をするとき以外は人でいることにしたよ」
それは理真と玉世が関係を結び直した夜の取り決めだった。理真は玉世に人となるようお願いした。そして、玉世はそれを受け入れた。しかし、空の覚者として動くべき時もある。その時に限り、覚者の力を解放できることにした。
条件から言えば、今は清嗣と会っているため覚者の力を解放できることになる。しかし、その必要性もないため人のままだった。
「理真が覚者になるときは風の覚者の導きか君の影響によるものである可能性が高いと思う。覚者に言っても仕方ないかもしれないけれど、気を払ってくれると嬉しい」
「勝負に負けた身だ。善処する」
「ありがとう」
玉世は清嗣の言葉に微笑んだ。玉世は続いて知美と灯に視線を向ける。瞬間、二人の肩が跳ねた。
「君たちも、理真のことよろしくね」
「は、はい!」「はい」
二人は握り合っていた手を解いて直立の姿勢を取り、強張った返答をした。それに玉世は苦笑する。
「俺は今人だから、安心していいよ。君たちとは改めて話したかったんだ」
玉世の姿勢に、二人は恐怖心を解いた。しかし緊張までは解かない。力を封じているとはいえ相手は覚者。最大限の敬意をもって背筋を伸ばす。
「君たちが一緒にいるせいで、理真が覚者になるかもしれない」
その言葉に、二人は心臓を大きく鳴らした。同時に、瞳に悲しさを混ぜる。それは人でいてほしいという気持ちの表れだった。玉世はその瞳の色を見て、続ける。
「俺はそれを恐れている。でも、理真の幸せには君たちが不可欠みたいだ。だから、理真のこと、愛してあげて」
玉世はそう言って微笑んだ。
予想外の言葉と表情に、知美と灯は真意を探るように玉世の瞳を覗いた。理真から友達関係を認めて貰った話は聞いていたけれど、二人は以前の頑なな玉世の姿勢を見ている。認めたといっても、妥協のようなものだと考えていた。実際玉世にとって、理真が二人と一緒にいていいことは一つもないはずだった。
反応の薄い知美と灯に、玉世は悪戯っぽく笑って続ける。
「理真とは絶対友達だって、俺に啖呵を切った君たちの愛に期待しているよ」
瞬間、知美と灯は顔を赤くした。覚者を相手にずいぶんと乱暴な口を利いたことを思い出した。
そんな二人の様子を見て、玉世は知美と灯の頭に手を乗せて撫でた。
「理真という存在が、君たちの幸せになることを願ってる」
その言葉に、手の感触に、二人の心は弛緩した。
覚者ではなく、人の温かさ。しかし、その温かさは決して人が与えられるものではなかった。絶対的に大きい何かに存在を肯定されるような、無類の安心感があった。
「おっと」
玉世の手が離れて、知美と灯は視線を上げた。
「どうしたの? 理真」
理真が玉世の脇腹にタックルしていた。跳ね返って、恨めし気に見やる。
「好意のない女の子の頭に手を置くものではないわ」
「はは。やきもち? かわいいね」
玉世が理真の頭を撫でる。
「気持ちいいけど、だから良いってわけじゃないのよ? 今のうち、異性への接し方について色々線引きをしておきましょうか」
理真と玉世が話し合いを始めた。知美は玉世に食って掛かる理真の姿を見て、思う。
よく対等に話せるなと。玉世の慈愛に触れた知美には玉世にじゃれあう理真の姿が信じられなかった。そして、それが覚者の器なのだろうと、今更ながら実感した。
理真は玉世との話が長くなりそうだと思って一旦切り上げる。皆へ振り返った。
「皆さん。そろそろ行きましょう」
立ちっぱなしだった一行に、理真は呼びかけた。その声で、皆が歩き出す。
理真は前を向いて、先頭を玉世と並んで歩いた。
理真は今見た光景に嬉しくなった。自分が願い、手に入れたものが揃っていた。それらが互いを認識し、尊重し合っていた。
玉世と清嗣は殺しあった。玉世と知美と灯は口論をした。知美と灯もあまり仲が良くなかった。それが今は、皆、互いを認め、尊重し合っている。理真の好きな人達が繋がっている。そのことに、格別の嬉しさと充足感を感じた。
ここにある関係は、理真を中心に繋がったものだ。でもそれは、理真の行動による成果だけではなかった。玉世が理真を見つけてくれた。清嗣が理真を救ってくれた。知美と灯が理真を好きになってくれた。それぞれの思いがあって、形成された関係だった。そう考えれば、理真のこの嬉しさは、今まで友達になれなかった人たちが作ったものでもあった。報われない思いが望みを育まれなければ、清嗣と知美と灯を、これほど愛することもなかった。クラスメイトと仲良くなれれば、わざわざ使徒を愛することもなかった。使徒を愛することがなければ、玉世に友と自分、どちらを選ぶかの選択も突きつけられなかった。この光景が嬉しいと感じるのは、良いものも悪いものも含めた、自分を取り巻くたくさんのものがあったから。そしてそのたくさんのものも、それぞれが、周りのたくさんのもので出来ているのだろう。それなら、理真の喜びは、存在は、他の全てがあって生まれたものなのだ。親が、祖先が、家が、国が、空気が、自然が、地球が、宇宙が――。理真という存在を他の全てが形作って、理真という存在は他の全てに返される。
皆がいるから、自分がいる。
自分がいるから、皆がいる。
善も悪も融け合って、
好きも嫌いも融け合って、
全ての物が、一つだった。
――コトン。
「理真」
肩を叩かれて、理真は振り向く。そこに、玉世の姿があった。
悲しそうな、顔をしていた。
理真はその顔で理解する。また行きかけたと自覚する。
そちら側は凪いでいて、心地よさそうだった。心配事など一つもなくて、全てのものを愛せそうだった。でも、理真は玉世と生きると誓った。そして、玉世に無理を言って、人にさせた。お願いした立場で、すぐに行くわけにはいかない。自制の効く限り、人として生きることを、理真は選ぶ。
「玉世」
理真は玉世の手を取って、指を絡めた。
「一緒に生きるよ」
強く握って、意志を現実に絡める。
「うん」
玉世の返答に、理真は満面の笑みを与えた。
ロック&バナナ 月浦賞人 @beloved
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