一章 金毛の獅子
一時間目。体育の授業。
体育館内は異様な緊張感に包まれていた。
種目はバスケットボール。五対五の試合形式でゲームが行われている。勝ち抜きで進行していた試合の決勝戦だった。
授業は体育館内を二分して、男女に分かれて使っていた。しかし、人々の視線は試合を行っている男子を除き、すべてが女子の試合に集まっている。点数は四対四。残り時間十秒だった。
注目を浴びるコートの中で、ボールを持った少女があたふたとしていた。ドリブルはすでにしてしまい、パスを出そうにも出せる相手がいない。相手チームの生徒がボールを取ろうと迫る中、少女は一人の味方に期待した。
その時、観衆の目の前を一条の閃光が走った。
「
少女がマークを外して現れた味方にパスを出す。獅子堂と呼ばれた少女は期待に応えてボールを受け取った。一瞬止まり、周囲を一瞥する。観衆はみな息を呑み、その姿に見惚れた。
奇跡のように美しい少女だった。運動用に纏められた長い髪は蒼天に遊ぶ麦穂のような亜麻色。顔は小さく、粗を見つけようとする程ため息の漏れる精巧さ。肌は透けるように白い。一見して同種の生物と認識できないシルエットに驚くが、見れば見る程人間になり、同時にその美しさが既知の人間像に嵌らず見る者を困惑させる。華奢な体でありながら試合中に放たれるオーラは勇ましく、周囲の者を威圧した。
名を獅子堂
理真の前に一人の少女が飛び出る。苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる彼女はマークに付いていながら抜けられた、バスケ部の少女だった。
バスケット部員の数は二人と零人。理真のチームには一人もいない。しかし、それを分が悪いと見る生徒はこのクラスにはいなかった。
バスケ部員が目の前の一人とゴール前の一人。理真が二人の位置を確認する。
理真が停止し、慣性で揺れた髪も止まると同時、理真はドリブルで切り込んだ。
バスケ部の少女から見ても綺麗と思われるような滑らかなドリブル。しかし、単調なドリブルで抜かせるほど、バスケ部の少女も甘くはない。道を塞ぐように並走する――その時、
金糸の髪が閃いた。
マークに付いていた少女が瞠目する。一瞬何が起こったのか判断しかねていた。気付いた時には横にいて、体を動かした時には抜けていた。
――ロールターン
ディフェンスを背に一回転して抜き去る技だ。
素人ができるような技ではなく、理真のそれには予備動作もない。遅滞なく流れるさまは意識の間隙を縫うようで、たとえ予告があったとしても対応が遅れそうだった。
バスケ部の少女が反転して追い出した時には、理真はスリーポイントラインを割っていた。そこから直立する素人を縫うように躱し、二秒でゴール前にいるもう一人のバスケ部の少女の前に出た。理真は勢いのままにレイアップをしかける。バスケ部の少女も素直に通すわけはなく、飛び上がって軌道を塞いだ。しかし、理真は途中でそのシュートラインを避けてボールを放った。
――ダブルクラッチ
ボールは乾いた小気味よい音をたててゴールネットを割った。
試合終了のホイッスルが鳴る。続けて、勝利に沸く歓声と観衆の感嘆の声が上がった。負けたチームは「しょうがないね」と肩を竦め、理真の力量を理解するバスケ部の少女たちは戦慄の視線をその後ろ姿に送った。
理真は誰とも混じることなく、その場で荒い息を整えた。滝のような汗が、彼女の触れれば切れそうな美貌を伝って落ちる。
歓声をあげて団子になる勝利チームの中から、先程理真にパスを出した少女が出てきた。背を向けて息を整える理真に恐る恐る近づく。少女は数秒の逡巡の後、意を決して口を開いた。
「獅子堂さん! ナイスプレー……」
最初は元気よく、途中で萎む。勢いのいい自分の声にびっくりして、トーンを落とそうと思った頭が落とし過ぎた結果だった。
理真が振り向くと、変な調子で話しかけてしまった少女は上目遣いで取り繕うように笑っていた。
「ありがとう」
理真は青空を音にしたような声で答えた。理真が答えてくれたことに、その美しい音が自分に向けられたものだということに、少女は一転、顔を輝かせた。
「うん!」
少女は満面の笑みで頷くと、浮かれた様子でチームを組んでいた人たちの所へと戻って行った。
理真はその姿を見届けた後、手近な壁に行ってよりかかった。冬の壁の冷たさが火照った体に染み、運動による心地よい疲労感が全身に巡っていく。
「きもちいい」
満足気な声を漏らし、その場から群れて楽しそうにはしゃぐチームメイトたちを見る。
「……あつそー」
自分の口から漏れた言葉に思うところがあって、理真は唇を噛んだ。
***
獅子堂理真は有名人だった。
高校一年生の十六歳。現在十二月で、入学してからまだ半年程度。しかし、校内に彼女の名前を知らない生徒は一人もいない。
日本人離れした亜麻色の髪。比較対象がいない圧倒的な美貌。男子生徒は誰一人告白をせず、女子生徒は嫉妬の対象にすらしない。それほどの容姿だった。
しかし、彼女の優れた所は容姿だけに留まらなかった。校内の全教科、全テストにおいて全てが満点だった。基本的に満点が取れないようになっている体育や美術等の実技科目すら、非の打ちどころのない成績と授業態度から彼女の平均点をその教科で下げる訳にはいかないと教師間で協議が成され、満点を与えられるほどだった。実際の実力も運動部に入っていない身でありながらスポーツテストの成績は運動部の少女たちと肩を並べ、試合ともなれば何人たりとも彼女を止められない。獅子堂理真は学年きっての才媛でもあった。
あらゆる賛辞を送られる少女。しかし、そんな彼女にも一つだけ、致命的な悪評があった。
曰く、人間嫌いだと。
入学式の日、クラスで行われた自己紹介の後、話題の中心は当然の如く彼女になった。しかし、その時の彼女の対応は、自らの第一印象を決める重要なタイミングであるというのに、実にそっけないものだった。
笑顔を見せず、振られた質問には機械のように淡々と答える。
その意図の分からない対応に、皆は困惑した。それでもやはり彼女の存在は魅力的で、クラスメイト達は毎日頑張って話しかけた。何か悩みを抱えていたり、コミュニケーションが苦手なだけかもしれない。心を開けばいつでも輪に入ってこられるように、興味を示し続けた。
しかし、逆効果だった。声をかけてくる人に対する彼女の対応は日に日に冷たくなっていった。返る言葉は「うん」か「いいえ」視線は合わせず、機嫌が悪そうに眉根を寄せることすらあった。やがて彼女の授業態度、実技科目への熱心な取り組み方、試験の成績が明らかになると、「住む世界の違う人間なんだな」と皆が思うようになった。そうして理真は皆に「人間嫌い」と言うレッテルを張られた。
昼休み、理真は校内を歩いていた。
光を浴びて金色に輝く髪。触れたら壊れてしまいそうな白い肌。歩く姿は何か別の生き物のように美しい。その姿を、通りかかる誰もがありがたそうに見る。そして、誰も声をかけなかった。
対面に来る人は皆理真に道を譲った。特別視されていることもあるが、無表情で歩く姿が怒っているようにも見えた。触らぬ神に祟りなし。皆そんな表情で横にそれた。
理真が自分のクラスの前に着いた。引き戸を開けて教室に入る。皆が理真に気付くと、それだけで教室の雰囲気が少しだけ変わった。言葉にするなら、品が良くなる感じだった。皆、背筋が伸びて声が張る。理真はその変化に構わず後ろ手に引き戸を閉めて歩きだした。
理真の席は窓側の端、前から四つ目の席にある。理真が近くを通る時、その周囲の人は一様に身を固くさせた。理真は自分の席の前に着くと椅子を引いて座った。その後誰に目を向けるでもなく、鞄から文庫本を取り出して読み始める。そこで皆の僅かな緊張は解けて、各々自分たちのことに意識を戻した。
理真の休み時間はいつも同じ過ごし方だった。ひたすらに本を読む。それも、人に話を振られないようにするため学術書だった。以前、小説のネタで話しかけられてから徹底していた。
ページを捲り、髪を耳に掻き上げた時、理真は隣の席から視線を感じた。目を向けると、隣の席の少女が魂を抜かれたように理真を見ていた。一時限目のバスケの時、声をかけてきた少女だった。目線が合うと、少女は「あっ」と気まずそうに声を漏らした。理真は気にすることなく、手元の文庫本に視線を戻した。しかし、少女からはまだそわそわした様子が伝わってくる。そして、確信めいた予感の後、声をかけられた。
「あの、迷惑かもしれませんけど、少しだけ、お話しませんか……?」
周囲にいた一部の生徒が固くなる。話を止めたり、心ここにあらずと言った様子で口だけ動かしたりした。
緊張し、震える少女に、
「いや」
理真は本を読みながら片手間で返答した。
最近はそれで終わる。けれど、少女はそう言われることも承知の上で声をかけていた。もう一歩、踏み込んでくる。
「獅子堂さんのこと、気になるんです。どんな人か、知りたいんです……!」
胸を押さえ、身を乗り出し、勇気を振り絞って言う少女に、理真は顔を向けた。
「なんで?」
感情を排した声で聞く。
人が目を合わせた時に普通はしない、無機質な瞳が少女を刺す。
少女は戸惑う。なんで知りたいか。聞かれても、それは内から湧いてきた願いで、言葉にし辛かった。しかし、理真から問いがあることも珍しい。このチャンスに対し、少女は沈黙で返したくなかった。たどたどしくも言葉を紡ぐ。
「獅子堂さんは、綺麗で、強くて、憧れるから……えっ、と……憧れている人と近づきたいっていうのは皆思うことだと思う。それで、憧れる人がどんなこと考えてるのか、とか、何が好き、とか、知りたいなって……」
少女はそこまでを解答とした。思いだけは伝わったと、満足気な様子もあった。理真はそれを見て、
「私は貴女にどんな価値を見ればいいの?」
眉をひそめて純粋な問いを投げた。
「……え?」
少女が、言葉の意味を掴み切れなくて、素の疑問を漏らす。
理真は淡々と説明を始める。
「関係って、お互いに何か思いあうものがないとダメよね? 関係ってそういうものでしょ? 貴女は私に憧れてるけど、私は貴女に尊敬できる部分ってないわ。だから、代わりに何をくれるの?」
酷い言葉だった。少女は無価値だと一蹴される。『価値があるならプレゼンして』と要求される。しかし、理真に対して無理に踏み込んだのも少女だった。酷いとは、非難できない。
「そ、そんな、何をくれるって……」
少女は戸惑う。それでも、健気に何かないかと探す。しかし、なんでもできる理真に、自分から提供できるものが、少女にはなかった。
答えを懸命に探し続ける少女に、理真は視線を本に戻して告げる。
「私は貴女に興味ないの」
少女は押し黙った。話が終わったことを示され、泣きそうな顔で椅子に戻る。自分の机に目を落とし、震えた。
少女の後ろの机に座って別の人たちと話していた女子が、何も言わずに彼女の背中を摩った。
理真はその様子を一瞥して、再び本へ視線を落とした。
読んでいる途中、目が字を追うだけで頭に何も入っていないことに気付く。「はあ」とため息を吐き、理真は本を閉じた。
外に目を向けると、空は晴れていた。地上の緑や白が無機物のような質感で映る。室内では感じない想定される寒さを加えると、理真の心情に共鳴しそうだった。
その時、ポケットに入れていた携帯が震えた。授業開始五分前だが、取り出して、机の下で確認して見る。メッセージが送られていた。
『今日の夕方、会える?』
差出人と文面を見て、理真の顔に密かな笑みが浮かんだ。
『会えるよ』
メッセージを返す。その後、時間と場所をやり取りして、携帯をしまった。直後に、先生が教室に入ってくる。
教材を準備したところで、チャイムが鳴った。
***
学校が終わって電車に乗り、目的の駅で降りる。街の主要駅で、人の往来も多かった。改札を抜ける前の通路から、待ち合わせ場所は見える、歩きながら視線を巡らせると、目的の人物はすぐに見つけられた。
ステンドグラスの下、絵になる青年が一人、周囲の注目を集めていた。アートを囲っている柵に寄り掛かっている。
理真と同じか、それ以上に美しい青年だった。
長身痩躯。艶のある黒髪と黒曜の瞳。白皙が黒に良く映える。モノトーンの無機質さの中に生物的な躍動感があった。見る者に現実離れした印象を与えながらも周りに馴染んでいる、不思議な人間だった。
理真は改札を抜けて真っ直ぐに近づく。
周囲の人の視線が合流して、その二人が話す前から、皆は何かしらの関係を見て取った。
「こんにちは。
呼ばれて、青年は理真の存在に気付くと、柵から腰を離して笑顔を浮かべた。
「こんにちは。理真」
青年が答える。綺麗でいて、聞いた者を落ち着かせる声だった。
「平日だけど、大丈夫だった?」
「うん。平気。ちょうど会いたい気分だったし」
「そう? 嬉しい。夕食は一緒に食べられる?」
「うん。お母さんにいらないって言っちゃったから、食べさせてくれないと困る」
「分かった。じゃあ、少しお店でも回って、その後食べに行こうか」
「うん」
そうして二人は歩き出す。学校で人間嫌いだと言われていた理真の、唯一親交のある相手が恋人だった。
***
「私は友達が欲しいの!」
夕食を食べに入ったイタリアンレストランで、理真は半分身を乗り出して玉世に愚痴を言った。学校で取る冷めた態度とは一転して、年齢相応の溌剌とした姿がそこにあった。玉世は楽しそうに理真の話を聞いている。
「いくらでもできそうだけれど」
「できないわ。一人もいない!」
理真は腕を組んで不機嫌そうに答えた。玉世はその様子に笑って聞く。
「みんな理真に寄ってこない? 綺麗だし、なんでもできるし」
「寄って来るわ。砂糖に群がる蟻のようよ!」
その形容に玉世は苦笑を返した。
「なら、その人たちと仲良くなればいいんじゃない?」
その言葉に、理真は責めるような瞳で玉世を見た。
「ダメよそんなの。あの人たちは私を天皇陛下かアルパカを見るような目で見るのよ? そんな人たちと友達になんてなれないわ」
再び理真の例えに笑った後、玉世が聞く。
「そもそも理真の中で友達っていうのはどういうものなの? 俺の感覚だと、そういう人たちでも一緒にいれば友達だけど」
理真は「はあ」と息を吐いて口角をあげた。友達の定義が甘すぎる玉世に理真は指を立て得意げに語る。
「私の中の友達っていうのはね。楽しいことも悲しいことも共有できる対等な関係なの」
楽しそうな理真を遮らず、玉世は相槌だけ打った。
「悲しいことを共有すれば喜びに癒されて、楽しいことを共有すれば喜びを何倍にも増幅できる。その効果は一人では絶対に得られない! 友達がいるのといないのとでは、人生の厚みがチラシと百科事典程も差が出てくるはずだわ!」
友達の素晴らしさを語って理真は満足気に胸を張った。
玉世は微笑んで問いを投げる。
「求める効果を得るのに対等である必要はないように思うけれど?」
感情の増幅だけであれば、対等である必要はない。むしろ好いてくれる人をかき集めて大望に挑む方が、気持ちの増幅と言う意味ではいいだろう。
「それは嫌」
理真は一転、顔をしかめた。
「友達関係に打算的な要素はいらない。褒められるべきは褒められて、非難されるべきは非難されたい」
理真は悲しげな顔で続ける。
「何をやっても正義になるのは嫌なの」
視線を落として、理真は何かに耐える様子で固まっていた。玉世は困ったように息を吐き、慈しみの笑みを浮かべる。
「理真は優しいんだね」
透き通るような声が耳朶を打つ。理真は顔を上げた。
玉世の様子に理真は理解を感じた。そして、嬉しくなる。思い人の理解は嫌なことを二人の特別に変えてくれる。
嬉しさを取り込んで、余った悪い現実を理真は愚痴へと変換する。玉世は多分、それも理解するだろう。理真は腕を組んで吐きだす。
「皆おかしいのよ。能力の高さなんて生きやすいだけじゃない。学生の何が生きることに不自由するというの? 能力の高い人間を崇めるなんてバカみたい」
「まあ、状況に限らず、強い力を求めるのは本能だからね。社会に出たら実際必要な能力でもあるし、しょうがないと思うけれど」
「なんでそういうこと言うのよ」
普通に反論されて理真は不機嫌そうに玉世に絡む。
「何でも正しいことになるのは嫌なんじゃないの?」
さっきの理真が言った言葉から、玉世は笑って問う。
「貴方は別よ。私の言うことには同意してくれないと」
「どういうこと?」
理不尽な要求に、玉世が苦笑して聞く。
うまく伝わらなくて、理真はもどかしくそわそわとした。
「分からないの? 友達じゃないからよ……恋人でしょ?」
最後は照れを隠すように、横目で言った。
「理真の中ではどう違うの?」
理真の考えを知ってか知らずか、玉世は掘り下げる。
「……恋人は打算的でいい。異性として、求めているんだもの」
「間違っていることには口出ししないと長く続かないと思うよ?」
ピンポン球を返すように、玉世は言った。
「わ、分かってるわよ。……玉世のさっき言ったことも分かってる。みんな能力の高い人に迎合する理屈。分かってるんだけど……」
理真は数秒逡巡する。でも、理真の強さは未回答を選択肢に入れない。
「……甘えてるのよ」
ダメなの? と問う視線で理真が見る。理性的に考えればおかしなことだけれど、コミュニケーションとして、特別な間柄だから許してほしい。それは勝手に作ったルールで、玉世が否定するなら破綻する。
「うん。知ってる」
「は?」
「でも、聞けて嬉しい」
「な」
「照れる理真もかわいいね」
「このっ……!」
理真は握り拳を作り、体をわなわなと震わせた。
玉世は理真の一連の反応に満足すると、改めて問いを投げる。
「さっきちょっと聞いたけれど、理真の中で恋人って何? 俺の中ではさっき言った友達の定義も理真に対して感じているんだけど」
理真の語った友達の定義は楽しいことも悲しいことも共有できる対等な関係だ。もし恋人の認識が異なるなら、玉世としては知っておきたいことだった。
玉世の質問に、理真は不機嫌さを引っ張ってぶっきらぼうに答える。
「入り組んだ話じゃないわよ。友達の条件に加えて異性としての魅力が入るだけ。この場合、対等って点は無視してもいいわ。優位なのはもちろん私ね。じゃないとダメ」
「なら、俺だけじゃだめなの? 友達いなくてもいいんじゃない?」
理真の横暴な言葉を受け入れたうえで玉世が自信満々な答えを返す。
理真は一度半眼で見たあと答えた。
「ダメ。量が足らないと厚くならない。そもそもあなた学校にいないじゃない」
「そこは重要なの?」
「重要よ! 私の学生生活が枯れてしまうわ」
「気難しいね」
玉世はお手上げだというように笑った。理真は今一度、友達について語る。
「私の中で友達は意味合いなの。例えばコップ十杯分の友情を求めたとして、一人の限界はコップ一杯なの。だから玉世がいくら重い存在になっても友として満たせる量はもう変わらない。後は九人以上の人たちで残りの九杯分を満たさなくちゃいけないの」
「理真って結構貪欲だよね」
「友達にかける情熱は誰にも負けないわ!」
理真は立ち上がりそうな勢いで胸を張った。
「なら、俺に対する思いも、もう見切れてるのかな」
玉世は寂しそうなフリをして調子よく語る。理真は乗ってやらず、流すように答える。
「そうかもね。すでに好きだし」
言った後、妙な間が開いた。ふと気になって、理真は玉世を見る。すると玉世も理真を見ていて、その顔はにやけていた。理真は状況を理解し、顔を薄く朱に染めた。
「でも、あれね。変化がないと、廃れていっちゃうからね。持続っていうのは常に進化し続けることだわ。だからこれ以上を求めることは大事ね。終わらない戦いだわ」
晒した弱みから
「じゃあ、俺は頑張り続けないといけないね」
玉世は理真の頭に手を置き、優しく撫でた。理真の中で変な対抗心や熱が消えてしまう。玉世の姿勢は理真の全てを許容した。理真は安心して瞳を閉じた。
「玉世」
「何?」
「ありがと」
目を合わせて律儀に礼を述べる理真に、玉世は手を離して笑った。
「どういたしまして」
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