第3回作戦会議

 9月中旬。

 気合いを入れて手直しを加えた新製品パンフレットの原案が、ほぼ形になった。

 小宮山係長と二人で、その出来栄えをチェックする。


「うん、すごくいい仕上がりだと思う。必要なポイントはしっかり抑えてるし、消費者の気持ちを惹きつける魅力もぎゅっと詰まってる。

男性の気持ちにアピールするっていう篠田くんの案、すごくいいわね!男性にも親しんでもらえるイメージって、確かにすごく大事よね。彼や旦那さんが気に入ってくれた商品を選べれば、女性だって嬉しいもの。

五十嵐くんがモデルになってくれたサンプルイメージも、ほんといい感じにできてる。鍋目的じゃなくても女の子が見てくれそうなパンフねこれ、うふふ。……五十嵐くんにもお礼しなくちゃ!」

 係長は、そう言いながら満足そうに原案のページをめくる。


「あの……

パンフ原案、9月中に営業部のチェック通過させてほしいって、課長が仰ってましたね。

……あと半月……」



 俺の言葉に、彼女の手がふと動きを止めた。

 そして、静かに顔を上げると、じっと俺を見る。



「————あの……係長?」



 彼女は、何か考えていたことを無理やり切り替えるように視線を落とし、ふっと小さく微笑んだ。


「…………大丈夫よ。

来週金曜のミーティングで、ちゃんと通過すればいいんだから。

この仕上がりなら……きっと」



「————」



 ——なんだろう。

 今……彼女は、俺に何かを言いたかったんじゃないだろうか……?



 それを問いかけることもできず——そのまま暗く翳った彼女の表情を、俺は黙って見つめた。




  

 係長との話を終え、自席に戻った俺は、パソコンと向き合う五十嵐さんに小さく声をかけた。


「——五十嵐さん。

できたら近いうちに、ちょっとお話したいんですが。

……できるだけ早く」


 彼は、何となく待っていたように俺に答える。

「——明日金曜だし、都合どうだ。

原案の期限も、もうあんまり時間ないだろ」


「……はい、じゃ明日。

——ありがとうございます」



 彼は、画面から一瞬視線を外して浅く微笑んだ。





✳︎





「——今度の金曜のミーティングで……俺、営業サイドのチェック通過しないような気がするんです」

 

 金曜の終業後、いつもの作戦会議場所。

 ビールのジョッキを啜り、俺はずっとざわざわし続けている不安を五十嵐さんに打ち明けた。


「…………どうしてそう思う?」


「原案の完成度がどんなに高くても……兵藤さん、期限内にすんなり案を通すつもりなんかないんじゃないかって……

そんな気がして仕方ないんです。

この前のミーティングでも、仕事を口実に彼女に接触したい気配があからさまだったし……

ギリギリまで追い詰めて、この機会に彼女を何とか自分の思い通りにしてしまおうとか……例えば、力ずくでヨリを戻すとか……そんなことを企んでるんじゃないかって。


小宮山さんは、期限内に仕事を仕上げられなければ当然窮地に立つことになる。でも、今回の業務の決定権は兵藤さんが握っている。

彼にしてみたら、こんなにいいチャンスはありませんよね?」


 俺の言葉に、五十嵐さんも少し視線を落として呟く。


「——俺も、それが気にはなってた。

ただ、兵藤だって子供じゃない。なんだかんだ言っても、仕事と私情を区別するくらいのことはできるだろうと、そんな感じで見ていたんだが……。

君からの話を聞くと、どうやらあいつも思った以上に分別なくなっているようだな、小宮山に。


——万一彼女が、追い込まれてあいつの駆け引きに乗るようなことになったら……

なんだかんだ言っても、一時期は恋人同士だったんだしな」

 

 彼も俺も、それに続く会話を探しあぐね……とりあえず、目の前の酒を一口呷る。



 その可能性は、ない……とは言い切れない。

 それ以外に状況を変える道がないとしたら……彼女は、それを選び取るかもしれない。

 自分自身のことよりも——業務の遂行のために。



 阻止しなければならない……それだけは。

 彼女が、本意でない相手の元へ、無理やり引き戻されるなんて。


 この状況を、打破したい。

 何が何でも——彼女のために。



「——五十嵐さん。

俺、一つだけ、案があるんです。

……一か八か、なんですけど」


 俺は、話が他人に漏れぬよう五十嵐さんへ顔を寄せ、その作戦を彼に伝えた。


 全て話し終えると、彼は俺の表情をじっと見つめる。



「…………

大丈夫か」


「……わかりません。

でも、それしかないかと」


「——そうかも知れない。

マジで一か八かの方法だが」

「はい。やってみます」


「……万一うまくいかなかったら、君の骨は拾ってやる」

「……そうですね。お願いします」

「骨だけじゃなくて、君のことも拾ってやるから安心しろ」

「は?」

「ほら。だから今度こそ俺の嫁に」


「…………」


「…………拒否するとこだろここは?」




 そんなこんなで、俺は一世一代の大勝負に出ることにしたのだった。




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