カードの力、家の力。
北越谷なう。
ってか新大阪まで幾らかかるんだ……?
──すいません、ファムナさん。お金降ろしに行ってもいいてすか? とほほ……。
「心配せんでええで。お金のことなら。ほら」
彼女は財布から黒光りするカードを出して見せた。
──なんだそりゃ? げ! まさか‼ 俺も実物見るのは初めてだが……! クレジットカード界最強の「黒いカード」!
真の金持ちだけが持つというカードの横綱! 一説には取引上限額がなく、家でも飛行機でも買えるという……都市伝説じゃなかったのか⁉
──で、なぜそれを君が?
「うちのじゃないけどな。モナミのや」
──……いや一緒。なぜ先輩が?
「モナミの元カレの親がくれたらしいで。モナミが飛び降りた後に」
──ありそうな話だが……マジで?
「最初サンゼンマン入ってたけど、引越しや新しい家に使ったさかい、残りイッセンマンちょっとやって。……足りる?」
──行って帰るだけなら二百往復ぐらいできるんじゃね?
じゃあ一回、家に寄らせてくれ。着替えとか準備したい。
「だめ! 今から行く! 必要なものがあったら買ってええってモナミも言うとるし」
……なんだこの展開。
──日帰り?
「一日で回れるん? うち大阪で行きたいとこ、結構あんで」
──無理……USJだけでも一日かかりそうだな。
「なら宿取って泊まりがけやなぁ。安心しい。宿代もご飯代も全部モナミが払うてくれるし」
話を整理しよう。
……体は初恋の先輩、心は異世界の関西系巫女とツン系お姉さんの二重人格。どちらも俺を憎からず思ってくれてるそんな女の子と、資金の心配なしの二人きりの泊りがけ大阪旅行……⁉
無論やぶさかではないが……こんなことって‼ 俺の身に起きていいのか⁉
春……夏だけど、夏だけど、まだまだ先だと思ってた遠い春が、すぐ目の前に……っ!
【バシイッ!】
後頭部を思い切り殴られ、目から火花が。
──痛って……! いきなりなにすんだ⁉ ファム!
「うちやない! モナミや!」
──……ほんとかよ。
「……あたしの許可なく、あたしの体に変な真似しないように、やて」
──なんもしてないじゃないすか先輩。あーまだ痛え。先輩が嫌がるようなこと無理にしたりしませんって。信用ねえなあ。
「さあ行くで、ヒロ! デンシャ乗ろ! デンシャ!」
テンション高えなぁファム。
取り敢えず東京まで出て新幹線、かなぁ?
登りホームで電車待ち。
「よっ! 清水!」
──ああ、遠藤。
同じ専修の悪友だ。
「あれ? 女の子連れ? もしかして、彼女とか?」
──ああ。話せば長いが、一言で言うなら運命の人だ。この人丸々。色々ひっくるめて全部。紹介しよう。今はファムナだ。
「でえっ!マジでっ⁉」
ぺこりとおじぎするファム。
「……弱み握って脅してるんじゃなかろうな」
──あのな。清水家嫡男、清水火炉人。家名に誓ってそんな卑劣な真似はせん。
遠藤が顔寄せて囁く。
「ま、お前が騙されてるという可能性はある」
──それは……否定はせん。顔ちけえよ。
とにかくそういう事だ。今後宜しくな。
「ちょっと写メ、いいか?」
──いやだが、いいだろう。
パシャ!
「Cクラのみんなには一斉送信しとく」
──いやだが、まあいい。お、登り来た。じゃあな、遠藤。
「せいぜい幸せにな、裏切り者!」
──幸せに関しては心配すんな!
「ヒロ、うち…ヒロの彼女?」
──違うのか? 俺はとっくに、俺と君は彼氏と彼女……恋人同士だと思ってるんだが。
「でも、うち……モナミも、ヒロのこと、好きなんやで」
ドップラーしながら踏切の音が遠ざかる。
「中にいたら分かるわ。モナミ、うちと同じかそれ以上に………ヒロのことが好きや」
──………。
「モナミ最初な、自分を死んだ事にしてくれってうちに言ってん」
──え?
「もうヒロの前にモナミとしては現れない、会わす顔がないって」
──先輩………。
「でもうち、それは違うって。モナミが死んだって聞いたらヒロはめっちゃ悲しんで自分を責めるで、って」
──ああ……実際そうだった。
「だから一緒に会いに行こって誘ってん。一人で死のうとしたバツに、死ぬほどビックリさせたろ、って」
──ファム。君は、いい子だなぁ。
なあ、ファムは先輩の事きらいか?
「ううん。しゃべり方とか生き方とか全然違うねんけど、なんか他人って気がしないねんな。違う世界の、も一人の自分……って感じや」
──大事な事、聴くぞ? 正直に答えてくれ。俺と先輩が仲良くするの……イヤか?
答え辛いなら、返事は今でなくても……。
「……ヒロは?」
──前に答えた通りだ。先輩のいない日々に慣れてはいるが、好きな気持ちが消え去ったわけじゃない。ファムは俺なりに護りたいと思ってる。この先、できればずっと。
「でもうちは……『ここ』におらん。おったとしても……ヒロと結婚もしてあげられへん。だからなヒロ、モナミのこと、うちと同じに大事にしたげて。ヒロを必要としてるってことでは、うちより多分、モナミの方が切実や。元々モナミが願わんかったら、うちはヒロとも、出会わんやったわけやし」
──………。
「こうしてちょいちょい遊びに来るわ。そん時は……一緒におってな。ヒロ」
──……ああ。勿論だ。先輩は? なんて?
「……なんも言うてない。モナミ。それでええ? うち、急に来て体……借りるかも知れんで?」
自分の内側に語りかけながら彼女は……右眼から一筋、涙を流した。
そんな彼女の様子にたまらなくなった俺はそっと彼女を、二人を抱き寄せ……がんっ!
おもっくそ踏まれた足に激痛!
──つウッ‼ いきなりなにすんだ! ファム!
「うちやないモナミや! あたしの許可なく変な真似するなって言ったでしょ? やて」
──えぇっ⁉ 変なこと⁉︎ ってかごく自然な流れじゃなかったですか? 待ってくれ状況が上手く飲み込めてない。これ三角関係? 最終的に俺は誰を、どう大事にしたらいいんだ?
くすくす笑う彼女。
今のはどっちだ? はあ……いつか貰えるの? その許可ってやつ。
***
山手線なう。上野乗り換えで東京に向かう。
「……にしてもヒロの世界すごいなぁ! 何もかも。色々聞いてええ?」
──いいけど……全部答えられるとは限らんぞ。
「まずデンシャ! これどうやって動いとるん?」
──うーむ。そうだな……この世界の乗り物は殆ど、電気か内燃機関で動いてる。
「ふんふん」
──例えばカミナリも電気の一種。
でかい機械で造って、太い針金に流して遠くに伝えてる。ほら、隣の線路……鉄の棒の道の上、黒い紐がずうっとあるだろ?
「ほんまや」
──電車の屋根に伸び縮みする鉄の枠があって針金……電線から電気をひろってるんだ。「……で? なんで動くん?」
──えーと、あっちの世界に鉄にくっつく石ってある?
「ああ、あるで」
──こっちじゃ磁石って言うんだが、細い針金をぐるぐる巻きにした棒を作って、磁石を近くに置き、細い針金に電気を通すと、電気と磁石の力で棒がクルクル回るんだ。そういう仕掛けを、モーターと呼んでる。
その回る棒の先に歯車やはずみ車やらを付けて早さや強さを調節しながら、電車は走ってるんだ。
「へえ……ややこしいけど、魔法、とかではないんやなぁ」
──そうだな。こっちじゃ「科学」って言われる分野だ。自然の力を解き明かし、加工し、便利に使うための学問。
「もうひとつのナイネン……なんやったっけ? それは?電気と違うん?」
──内燃機関な。ざっくり言うとよく燃える油を……。
ってな調子でファムへの科学講座は続いた。車、飛行機、コンクリート、電灯、スピーカー、携帯電話、テレビ、コンピュータ、インターネット、スマートフォン……。
東京駅で新幹線に乗り換える。
自由席にしたが東京発だから普通に座れた。
新幹線に乗り換えても、拙い俺の現代技術説明会は続く。ファムはやはり賢い。時に画像検索した画像を見せつつ、時に乱暴な例えをまじえつつの俺の拙い説明でも、どんどんこっちの世界の知識を吸収し、素直で鋭い質問を返して来る。それに必死で答えて気がつけば、次が新大阪。あっという間の三時間だった。
げほ。しゃべり疲れた。喉痛え。
「ヒロ! 今、『次は新大阪です』いうたで! あのスピーカー!」
──ああ、そうだなファム。周りの人が変な目で見るから、スピーカーを強調するのはよそうか。
彼女は胸元からペンダントを引き出すと、カオルの鍵に語りかけた。
「カオルお待たせ。……着いたで。大阪や」
周りの乗客もわさわさと降りる支度。
──まずどこから行く?
「たこ焼き! たこ焼き食べたい!」
──そか。じゃあたこ焼き食いながら、その後のルートを相談すっか。
「うん! へへ ♪」
嬉しそうだなあ。大丈夫か? たこ焼きに期待し過ぎじゃないか? たこ焼きが知ったら、かなりプレッシャーだと思うが。
新幹線が止まり、ぷしゅー、という音と共にドアが開く。
二人で新大阪駅のホームに降り立つ。
お? ホームの段差、思ったよりあるな。
んん……?
ここ…………どこ…………⁉
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