B定という名の完全食品。
──ファムッ!
「うんっ!」
──ファムナッ!
「うんっ!」
──ファムナ・ファタリッッ‼︎
「うんっ!」
俺は彼女を全力で抱きすくめる。
ファム、ファム、生きてた!
幽霊でも、幻でもない!
力一杯抱きしめても、消えもしないどこにも行かない!
涙腺は決壊し、身体中の水分全てが滝になったような涙がとめどなく溢れでる。
何か言おうとするが言葉にならない。
彼女の身体を抱きしめる感触が、伝わってくる体温が、俺の頭を真っ白にさせて、ただ嗚咽と涙を垂れ流すだけの生き物にした。
どれくらいそうしていたかはっきり分からない。俺は少し落ち着きを取り戻すと、ようやく彼女の名前以外の言葉をひねり出した。
──ファム……本当にお前なのか?
「うん! うちやヒロ! このバルディア! 一人で勝手に死のうなんてしよって! うち……どうしていいか分からなくなってんで、あの後」
──ああ、ごめん。ごめんなファム。生きてたんだ……よかった。
「まだ泣いとる。相変わらず泣き虫やなぁ」
──君だって、泣いてるじゃないか。
って、あれ? ファム、髪の色と瞳の色……それに顔立ち、なんか……大人びた?
「ああ、今しゃべっとるのはうちやけど、体はモナミやさかい」
──え? 先輩の体? って先輩も無事なのか⁉
「そ、今モナミの体、うちが借りてんねん。ちょっと代わろか?モナミと」
──待て。んー何から聴こう?
空を仰ぐと、いつの間にか雨は止んでいる。
──話、整理したいんだけど、色々聴いてもいいか?
「いいけど、長なんで。かなり」
──……だろうな。一旦学校まで戻るか。飯、もう食った?
「まだ。お腹すいたわ」
──決まりだ。学食でなんか食べよ。俺のおごりだ。
「うん!」
歩きながら話す。
──今しゃべってるのはファム。
「そ」
──ファムは先輩の体に入ってる。
「そうや」
──先輩の……怪我は? 重症だった筈だ。
彼女はウィンクすると指で宙に三日月の形を描いた。
──回復魔法⁉ 使ったのか? 先輩に?
こくこくと頷く彼女。そうか、その手があったか。
──先輩も……いるのか? つまり、同じ体に?
「うん。おるで一緒に」
──ファムナの体は?
「向こうに置いてあるわ。王都の東の神殿。禊の間で寝とる」
──えーと……いつからそんなことに?
「三人でそれぞれ願ったやろ? 自分の命を使えって。あの直後、気づいたらうち、塔の一階におってん。ン・アベェたちの目の前にいきなり飛ばされてんな」
──ふむ。
「扉の間に戻るって泣きながら頼んでんけど、ン・アベェが許してくれんで」
そりゃそうだ。
彼女の話をまとめるとこうだ。
塔全体から立ち昇ってた魔法の力も消え、ウェルトゥが止まったことは分かった。彼女はしぶしぶみんなと共に王都に帰った。
王に謁見し、団長がいきさつを報告。所どころアベさんや竪琴の人が話を補いながら。全ての話を聴き終えた王様は、まず皆の労をねぎらい、続いてアベさんを初代「魔の森の主」として正式に任命し、禄を与えることを宣言した。拝命したアベさん、禄を貰うからには、と希望する騎士がいればレンジャー訓練を請け負うと。
魔の森でのサバイバル合宿か。実戦経験の浅い騎士たちにはいい刺激になりそうだ。
イケメンと、魔法で腕を治した無茶振りの人が早速志願し、アベェズ・ブートキャンプの一期生に。
竪琴の人は騎士を辞める旨、王に許しを請い、認められた。今後は吟遊詩人として第二の人生を送るとの事。
──ああ、そのほうがいいと俺も思う。団長さんは?
「地方の小さな村落の領主になるみたいやね。現場はこりごりやって、最後に会った時ゆうてたわ」
──ああ、そのほうがいいと俺も思う。
で、ファムナは茫然としながら掟のままに神殿の禊の間へ。穢れを払う瞑想の最中、気付くと、先輩の体の中に。
先輩がファムナの中にいたように。
──なんでまた……そんなことになったんだろなぁ。
「うちにもよーわからん。けど、うちとモナミとは……ただのそっくりさん同士ってだけやないんかもしれへんなぁ。モナミもうちの中に普通におったわけやし。逆ができないことはないやろ? 多分どっかでつながっとるんや。うちと、モナミは」
ぺ・ぺ・ぺ……という心電計の音。
辛うじて動く手を見れば包帯だらけ。
もしやと思い胸元を探れば、
「これがあってん」
──カオルの鍵! なるほど。
事態を悟った彼女は、彼女自身、つまり先輩の体に回復魔法を使った。
「自分には初めてつこてんけど……あれ、その……めっちゃ気持ちええなぁ」
──そうなんだよ。めっちゃ気持ちいいんだ。
意識を取り戻した先輩と、先輩の体の中で話しあい俺の消息を確かめようって事になった。
──そうだ、よくここが判ったな。
俺が今日、学校に来るなんて。誰かに言ったりしてないが……魔法でも使ったのか?
「ちゃうよ。その説明はうちより……」
隣を歩く彼女の雰囲気が変わる。
「あたしね」
──先輩?
「そうよ。その節はどうも。勝手に一人で死のうとして! 死んだらどうするのよ、全く、バカなんだから!」
──すんません。
「あなたがそこまでする必要ないのよ! こんな、どうしようもない、あたしの為に……」
──お言葉ですけど先輩の為だけじゃないです。
「じゃあ誰の為?」
──俺の為。俺自身の為でもあるんで。あの時も言ったけど、傷ついて泣きながら一人で死のうとしてる先輩を……ほっとけないですよ。
「あたし、泣いてなんかなかった。」
──自分でそう思ってるだけです。泣いてましたよ。確かに。小さな女の子みたいに。
先輩はうつむいた。
「頭だけじゃなく……目まで悪いのね。……バカ」
──すんませ。不出来な後輩です。
昼も近づいたが、夏休みの学食は、やはり大して混んではない。
体育会系のサークルと思しき小さなグループが幾つか。他数名。
──先輩、なんにします?
「清水君は?」
──俺さっきもう食べたんですよね。
「タコ焼き! タコ焼きないん?」
──ファム、悪い。学食にタコ焼きはない。近いうちに必ず食べさせるから、先輩と代わってくれ。
結局先輩はきつねうどんを頼んだ。
ああ、先輩だ。紛れもなく。
先輩が……うどん、食べてる。俺の目の前で。
「おほん……清水君、じろじろ見ないで。食べにくいじゃない」
──ああ、すみません。つい。
病院探してもいないはずだ。
現代医学の常識を越えた奇跡の超回復をして退院してたんだ。
あ! 稲タクの大槻さんに報せなきゃ。
──先輩すみません。一本電話掛けてきます。どこにも行かないで下さいね! 絶対!
稲毛タクシーの発信履歴。配車担当のおばさんが出る。
「ご利用ありがとうございます。稲毛タクシーです。配車ご希望ですか?」
──いえ、昨日そちらの大槻さんというドライバーの方にお世話になった者です。
「大槻、ですか? お忘れ物をお探しですか?」
──いえ、そうじゃなく。人探しで総合病院めぐりに付き合って頂いて……。
「ああ! 初恋の先輩探しの! あの話ホントだったのねぇ! あなたが一途な後輩さんね?」
……ホントにしゃべられてる。
──大槻さんにお伝え下さい。先輩、無事見つかりました。
今、一緒にいます。花はまだあげてないけど必ずあげます。絶対喜ぶと思います。本当にありがとうございました、と。
「…………」
──あれ? もしもーし。
「ごめんなさい。やーね、歳取ると涙腺が緩くて。必ず伝えるわ。わざわざありがと後輩さん。先輩を大事にね」
──はい! お世話になりました。
先輩、思ったてより全然元気で、今うどん食ってます、というのはあえて伏せておいた。美談に隠された真実は付き物だ。
学食に戻ると先輩は食事を終え、お茶を飲んでいた。
──あ、すいません中座して。
「稲タクの大槻さん?」
──ええ、結果教える約束してて………ってなぜそれを⁉
まさか……二つの人格が一つの体に宿った事で目覚めた……新しいスタンド能力?
「バカね」
先輩は右手でピンクの携帯をひらひら振った。
──……ああ! そうか! 俺のカクヨムへの投稿‼
「あなたが向こうでの日々をちびちびアップしてたのは知ってたから。『RPGっぽい異世界』で検索したら一発だったわ。Twitterのアカウントも『RPGっぽい異世界なう。』の作者名と一緒なのね。すぐ辿り着いてフォローした。にしても、あなた意外にフォロワー多いのね」
──え? フォローしてくれてるんですか? 先輩のアカウントは?
「……教えない」
なぜえっ?
そっかカクヨム読まれてるなら書いたわ。俺。明日、北越谷で履修登録……みたいな事を。昨日。
「駅で待ち伏せて……でも最初、鎧着てないし髪型違うし確信が持てなくてね」
──いや鎧着てたらおかしいでしょ? 逆に声掛けれない。
先輩はくすくす笑った。
「まあね」
くっ。かわいい。
──てかすぐ感想かなんかでメッセージくれたら良かったじゃないですか。崎守です! 無事だから心配しないで! とか。
「すぐ信じる? そんなメッセージ」
……う! 確かに。言われてみりゃ疑いに疑うかも。
「どこそこで待合せ、とかDMで電話番号交換、とかなったとして……ほいほい応じる?」
──それは……。
向こうでの出来事も軒並み第三者が閲覧できる形でアップしちゃってるからなぁ。なりすましと先輩本人を、ツイートだけで見分けるのは困難、か。
「まあ、あたしはまずは連絡しようって言ったんだけど……」
ぱあっと先輩の顔が輝く。
「うちがびっくりさせよって言ってん!」
──ああ……なんか分かる気はするわ。実際、腰抜けるかと思うほどビックリしたしな。
「へへん♪ 大成功! やな。うちたちをほっぽらかして、抜け駆けして勝手に死のうとしたバツや」
──……にしてもその格好。どうせ再会するならもっとかわいい服の方が……。完全敵だと思ったよ、俺。
「それは、どうせ脅かすならギリギリまで男か女かも分からんぐらいのカッコのがええってモナミが……ふがっ」
ファムは喋る途中の自分の口を自分で押さえ、もごもご口ごもった。
……先輩か。なんだかんだで先輩もノリノリだったんじゃん。吐くほど心配してたのに……怒っていい局面?
そうだとしてもとても怒る気にはなれないや。二人とも無事で、元気だったんだから。
──……あれ? それじゃあウェルトゥはなんで作動したんだ? 『命懸けの願い』が条件だったんじゃ……。
「命懸けの願い、あったじゃない。あの場に。三つも」
──……え? そゆこと? そんなの……あり?
「考えてみれば、あたしが最初にウェルトゥを動かした時も……あたし死んでなかったもの。死にかけてはいたけど、命はあったわ」
そうか。そういやそうだ。しかしだからと言って、もう一度ウェルトゥに願掛けしたいとは思わんが。次こそホントに死ぬかもだし、なあ。
「ウェルトゥには、それ自体になんらかの知性……『心』があるのかもしれないわね。そしてそれは、あたしたちが思っていたより優しい。三人がお互いを想い、命を懸けるさまをみて、こんな形に収めてくれたんじゃないかしら?」
ウェルトゥに知性が……?
いや、確かにそう考えると納得は行くけど、余りいい性格のやつとは思えないが。
──なるほど。なんか色々納得しました。先輩もファムも……無事で、元気で、ホント……。
「ちょ、清水君。急に泣かないでら人が見てる!」
──はい。ぐすん。
「さて、こっからはうちの番。ほな行くで! さあ立って!」
──ファム……? 行くってどこへ?
「決まってるやんっ、オ・オ・サ・カ!」
……ええっ? 今から?
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