果てしなき時の果ての名

 RPGっぽい異世界なう。


 これまでの粗筋。

 いつもの帰宅電車、東武線南越谷で降りるとそこは見慣れぬ森。奇怪な生物に襲われた俺は、鎧姿の中年男性。アベェ……アベさんに助けられる。文化会インドア派モヤシ系男子の異世界サバイバル生活が始まった。

 察するに中世西欧封建社会っぽいこの世界で、狩人として暮らすアベさんとの生活。

 慣れないながら懸命に適応して行く俺。高熱に倒れるアベさん、街への買い出し、屈強なモンスターとの死闘。

 およそ現実感のわかない毎日。……これ、俺の妄想か夢なんじゃなかろうか?

 そんな折、アベさんを尋ねて来た巫女と騎士団。俺はその巫女に強烈なショックを受ける。彼女は俺の初恋の先輩に瓜二つだったのだ。

 ……流石にありえん。気が狂いそうだ。

 おまけに世話人の異世界人から習ったという関西弁でしゃべり出す始末。

 あーもう!いっそ殺せ!

 彼女達は異世界への扉があるという「ウェルトゥ」を目指すという。扉を閉じる為に。

 越谷帰還への一縷の望みを託しアベさんと共に彼女たちに同行する俺。

 騎士達とのぎこちない交流、森の魔獣との決闘、巫女ファタリとの二人きりの夜。なんだかんだで打ち解けた俺達はついに! 「ウェルトゥ」へ!

 登る者を試すという試練の塔、ウェルトゥ。心を試す階段の試練、知恵を試す石像の試練、強さと絆を試す王の試練をくぐり抜け、残す試練は闇と光。そんな時、俺は俺の世界に来たいと言うファタリに告げる。

「……ファタリはこの世界にいた方がいい」

 返事は痛烈なビンタだった。

 闇の試練を辛くもクリアし、光の試練で迎える大ピンチ!

 倒れる仲間。見えない攻略の糸口。ドジを踏んだ俺をかばった彼女が、敵の攻撃に倒れる! しっかりしろ!

「頼んでも……ええ?」

 なんだ?

「……ファムナ、って呼んで。」

ファムナ! うおぉぉっ……!

 ほとばしる俺の想いが、奇跡を起こす‼


 ついに全ての試練を終え、「扉の間」にたどりついた俺たち。

 ここから先は、俺と彼女で。

 仲間たちとの、アベさんとの別れ。

 さようなら……みんな!アベさん!

 俺は彼女の手を取り、扉の間へ!

 もう何も、怖くはない!



***


 とは言ったものの、一応慎重に歩を進める。

 左手はファムナの手を握り、右手は剣の柄を。

 トンネルの先の様子が見えてくる。

 ん? なんか……普通に、部屋?

 本棚……灯りはランプか?

 人が住んでる部屋、いや、書斎、みたいな?

 うん、書斎だね。普通に。高い天井。壁は一面立派な本棚。びっしりと背表紙。ちょっと広くなった所に執務用っぽいデスクとソファとテーブルの高級そうな応接セット。図書室のような広い間取りの室内には、壁面以外にも二列に大きな棚が並ぶ。同じ規格のそれらの棚には、本に混じって、ずらっと色んなグッズが。

 地球儀、天球儀、掛軸みたいのにいつか見た宇宙の宗教画。なんか角生えた頭蓋骨、水晶玉、瓶に収まったドライフラワー各種、机の上の……あれは、ウェルトゥの塔の模型!

 ここ、あれか!

 魔術師の部屋! この塔を造った‼


「ヒロト! あれ!」

 ファムナが緊張した声を上げる。

 見れば……なんだ、あれ?


 影だ。


 影が立って……歩いてる。

 真っ黒い人型。厚みのある影。

 でかい。2mはゆうにある。

 髪長い……体つきも……ローブみたいの着た、女の影?

 小脇に革表紙の本を抱えて。

 あまりに普通に歩くそのさまに呆気に取られて口開けて見守る。

 その影が俺たちに気づいた。


「ああ、遅かったわね。ちょっと待ってて、これだけ終わらせるから」


 ……⁉

 声も女……ってか言葉!

 驚く俺たちをほったらかして、影女は机に本を広げ、何か書き込み始めた。


「ちょっとかかるわ……なにしてるの?かけたら?」


 ……むう。

 ファムナの手と剣の柄を握ったまま、様子を伺う。


「……用心深いのね。ま、無理もないか」

 影女は一人で頷く。さらさらと何かを書く手は止まらない。

「これはね……この塔のOSよ。あなたの世界の言葉で言うとね。ここはいわば、この塔のCPUなの。……もう終わるから」


 OS? CPU? 何者なんだこの人は?


「はい、お待たせ。羽根ペンは乾き待ちの時間が不便ね。ここにこそ魔法があるべきなのに。」


──塔の試練を越えて来ました。異世界の住人、ヒロです。こっちは巫女のファタリ。失礼ですが……あなたは?


「私? 私はこの塔の管理人。この塔を管理運営してるの」


 ……管理人?

 んー……死者の王、悪魔のドラゴン、神の太陽が出てその後が……管理人?


── 制作者、ではなく?


「惜しいところね。見ての通り。私はこの塔を作った太古の魔術師の影。塔の管理業務を託されて、本体から切り離されたの。以来気の遠くなるような年月、ここにいる」


──じゃあ、本体の魔術師は?

「さあ……普通に考えれば、もうとっくの昔に死んでるんでしょうね。生きてるとしたら、影の無い魔物にでもなってるんじゃない?」


 影女がくすっと笑う。


──言葉は?

「魔術師なめちゃだめよ? あなたの記憶野と言語中枢を一端、間借りしてるの。どう? 自然でしょ?」

──背、高いですね。

「逆よ、逆。あなたたち背の高さ普通? 小っちゃいほう……ってわけじゃないのよね? なら人間が小柄になってるんだわ。私の本体が生きてた時代では、私でも小柄な方だったんだから」


 ファタリが口を開く。

「……お名前は……なんて呼べば?」

「管理人、でいいわ。名前は……」

 影女がかぶりを振る。

「憶えてないの。元々教わってないのかも。まあ私、影だしね」


──あなたの本体は、なんでこんな塔を作ったんです? ウェルトゥなんてあるばっかりに、沢山の人が迷惑してる! 俺たちだって何回も死にかけた! 実際、死んだ人も…大勢いる。


 階下で見た無数の塩の像が脳裏をよぎる。


「あら、それは元々覚悟の上のはずでしょう? それにあなた、一つ勘違いしてる」

──勘違い?

「そう。私の本体を含めたこの塔の製作者たち……魔術師たちはウェルトゥなんか造っちゃいない。ウェルトゥは最初からあったのよ」

──? 話が解りません。

「世界の何処にでも、ウェルトゥはあった。同時に。無数に。世界は滅茶苦茶だったわ。今よりずっと。初め彼ら……魔術師たちは、ウェルトゥを一つ一つ消して回っていた。だけどウェルトゥはなくならなかった。Aを消すとBが、Bを消すとCが、必ず何処かに現れる。彼らはそういうものだと理解して、別の対策を立てた。すなわち……」

──……この塔?

「そう。ウェルトゥを一箇所に封じ込め、簡単に手が出せないよう試練で護った」

──完全に手出しできなくすれば………。

「ウェルトゥは誰も触れなくても時々開く。多分『向こう側』からの力でね。完全に道を断てばそうなった時、閉めに行けない」

──今回みたいに、か。

「苦肉の策だった。かと言って、欲に目が眩む愚か者や、この力を利用しようとする権力者の手にやすやすとウェルトゥは渡せない。心清く、賢く、強くて、悩みを分かち合う仲間がおり、何より……愛を知る者でなければ」

──…………。

「あなたたちの様子は、ずっとモニターしてたの。」


 ……マジで?


「大丈夫。途中経過や攻略方法のことで責めたりはしないわ。階段のあれも気にしないで。ちょっと、え、とは思ったけど」

──すみませんでした。


 ……ファムナは壁に付けた傷のことだと思ってるだろうな。


──あの、ウェルトゥって一体なんなんですか? 異世界への出入り口みたいなもの?


「ウェルトゥとは何か? 永いながい間、無数の科学者、魔術師、宗教家や哲学者がその謎に挑んできたわ。結果出た答えは……」

──答えは?

 肩をすくめる管理人。

「よく解らないものだってことだけが分かった」

──…………。

「だから研究者によって呼び方もまちまち。今は扉、みたいだけど。

 門、橋、穴、光、聞き届けるもの……神として信仰の対象だった時代もある。はっきりしているのは、何かの条件を満たした誰かの願いを聞き届け、多くの場合どこかへ移す、ということ」

──……うーん。条件って?

「ワラゥォタの民……ウェルトゥを信仰してた部族は、命懸けの願いだと」

──… …閉じるにも、命が要るのか?

「……分からない。私はウェルトゥを封じる塔の管理人に過ぎないわ。ただ言えるのは、ウェルトゥに触れようとするものは必ず、正解の無い選択を迫られる。誰かの命が懸かる時もある。だから表に書いてあるのよ。命を懸けるに値する願いを持つ者ってね」


 ファムナと顔を見合わせる。俺たちは微笑んで頷きあった。一人なら尻込みもするだろう。けど。


──……大体分かりました。案内して下さい、ウェルトゥに。


 管理人はため息をついた。じゃ、と動き出そうとしたその時、思いついて呼び止める。


──あ、管理人さん!

「……なに?」

──出過ぎたことかも知れないですが……ウィンドウ、ってどうですか?

「……なんのこと?」

──名前です。管理人さんの。元の名前が分からないなら、勝手に名乗っていいと思うんです。

「ウィンドウ……私の名前」

──俺のいた元の世界で、最も多く利用されてるOSからもらいました。窓って意味です。

「…………」

──……気にいりませんか?

「いえ、そうじゃないの。ちょっと……驚いて」

──それからこれ。

「……?」

──ボールペンっていいます。インクには限りがあるけど、切れるまでは。書いてすぐ乾くんで次々ページめくれますよ。

「……ヒロ、だったわね。不思議な人ね、あなた」


 彼女は俺に向き直ると、近寄って来た。


「ねえ、ヒロ。提案なんだけど。……あなたの影を、ここに置いて行く気はない? もちろんタダでとは言わないわ。この部屋にある貴重な魔法の……」

「あかんっ!」


 ファムナ!……びっくりしたぁ。

 ファムナは俺をかばうように俺の前に立つ。その左手がぼんやりと光る。

「ヒロトが影を置いてくなんて、あかん‼」

 ファムナは光る左手を管理人さんに向けると強い口調で言った。

「ヒロトの体も! それが落とす影も! ヒロト自身のもんや‼ あんたなんかに渡さへん!」

──おいファムナ。


 管理人さんは腕を組んで挑戦的に言い返した。

「うちのもんや、って言いたそうね。彼と結婚もできないくせに」

 ファムナの顔がさっ、と紅潮する。わ、この子もこんななるんだ。

「バルディアッ…‼」

 叫んで管理人さんに飛びかかろうとする彼女を後ろから抱きしめて押さえる。

 なに今の? 悪口?

──落ちつけファムナ。ほら! ファム!

「だってあいつが……!」言いかけて「……今、ファムって呼んだ?」

──あ、うん。ごめん。イヤだった? なんか、その……流れで。調子に乗りました。すんません。

「ううん、ええよ。……カオル、うちのことずっとそうやって呼んでてん。チビファム、とかファム坊、とか」

──俺も、ヒロでいいよ。父ちゃん母ちゃん、兄弟もそう呼ぶから。……ファム。


 彼女は涙目だった。よしよし。


「へへ……ごめんなヒロ。なんか、あの人にヒロの何かを持ってかれるってのが……我慢できひんかってん」

──そか。ちょっとびっくりしたけど、過ぎた事だ。管理人さんも……。

「ウィンドウよ。あなたが付けたの。そう呼びなさい」


 なんで怒ってんだよう……。


──えー……ウィンドウさんも悪ふざけが過ぎます。彼女、真面目なんですから。からかわないで下さい。

「あら、私はふざけてなんかないわ。あなたとの取引にその小娘が勝手に割って入ったんじゃない」


  ……なんか魔術師も色々だな。ダンブルドア校長とか、分別のあるできた魔術師なんだ。


──とにかく、影の件はお断りします。魔法の何かも要りません。ウェルトゥに案内して下さい。ウィンドウはまた一つため息をついた。

「……残念ね。あなたの影が一緒なら塔の暮らしも退屈しなさそうだと思ったんだけど」

──すみません。

「もうこれっきり、なんでしょう?」

──これっきり?

「あなたが、ここに来るのは」

──ええ、多分。あの……どういう?

「深い意味なんてないわ、ちょっと聞いてみただけよ。そこのあなた!」


 ファムがきっ、とウィンドウをにらむ。

「聞こえてるんでしょう、あなたよ!」

「聞こえとる!」

 もー……もめんなよぅ。

「その時は近いわ。せいぜい覚悟しておきなさい」

「言われんでも、と〜っくに覚悟はできとるわ。イ〜ッ!」

 影のウィンドウ、表情は見えないんだが……笑った?

「さて、ウェルトゥ……だったわね。あの扉よ」

 部屋の奥、鍵が二十個くらいかかった重厚で立派な扉。豪華な装飾の。これまたでかいな。

 ウィンドウが左手の指をパチン! と鳴らすとガシャシャン! と全ての錠が外れる。おぉ、さすが。

「開けたわ。ヒロ、気を付けて。ファタリ……ヒロを大事にね。うかうかしてると横取りされるわよ。あなた自身に」

「ハァ? なにゆーてるかわかりません。ベェ〜っ!」


 ……うーん。


──なんか……すみません。ウィンドウ、色々ありがとう。

「私こそ。試練を越えし者があなたたちでよかったわ。名前とボールペン、ありがとう。幸運を祈ってる」

──ほらファム、最後ぐらい挨拶しろよ。


 つーん! って……こんな一面もあるのか。俺、巫女についても誤解してたみたい。


 俺がウェルトゥへの扉に手をかけようとしたその時。


 部屋の入口の方から誰かの叫びが聞こえた。それだけじゃない。怒号、金属がぶつかる音。


 ……アベさんたち? 戦ってる⁉ 何と?

 ばっとウィンドウを見る。

「……私じゃないわ。多分、勝手に住み着いた魔物か何かね。」

──なに⁉ ……はめたのか、ウィンドウ!

「私じゃない。それに外の連中は命懸けの願いを持たない、資格のない人たち。残念だけど私の管轄の外なのよ」

──あんたの塔だろ? 助けてやってくれ!鎧の、王とか出してさ!

「魔法は便利でも万能じゃないわ。この階にそんな仕掛けはないの。申し訳ないけれど」


 聞こえてくる戦闘の音は激しく、時折誰かの悲鳴が混じる。

「ヒロ!」

──うん……行こう。

 戻ろう! みんなの元へ!

「待ちなさい!」

──ウィンドウ……。

「部屋を出ればあなたたちも資格を失うわ! 二度とウェルトゥには近寄れない。もうそこなのよ⁉ 帰れなくていいの? 閉じなくていいの?」


 二人の気持ちは一つ。


──構わない。

 折角だけどアベさんたちを……仲間を見捨てては行けない! そんなことをすれば、俺は…俺でなくなる!

「見てみぃ、これがうちが好きになったヒロや! ええやろ?」

「……本当に」

 ……えっ?

「後悔しないわね? ……行くなら早く行きなさい。手遅れになる」

──ああ! 行くぞファム!

「はいなっ!」


 入口のトンネルを、扉を目指して走る。

 去り際にチラリとみた小さく手を振る影のウィンドウは、何故か微笑んで見えた。


 剣を抜く!

 心臓が早鐘のように!

 だが怖くはない!

 俺は正しい道を走っている!

 ファムも一緒だ!

 待ってろみんな、今行くぞっ‼

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