さようなら、アベさん。
いつものそっけない階段。
歩幅に合わない。
登る足取りが、重い。
疲れもある。
一生分の冒険を今日一日でしたようなもんだからな。
けど一番の原因は、仲間たちとの……アベさんとの、一段登る毎に近づく、別れだ。
段を登る度、この世界に来てからの、様々な場面の記憶がフラッシュバックする。
俺に襲いかかる目玉ヘドロを棘棒で一撃するアベさん。
ジャーキーくれるアベさん。
高熱にうなされるアベさんにおろおろする俺。
街での買い出し。酒場でのご飯。
本物の武器屋でこの鎧と、剣を買って貰った。
この世界の成り立ちを教えてくれた。
剣の朝練。
対クマゴリ戦。
「ゆらぁ〜」の練習を笑われたりしたな。
騎士たちとの野営
異世界の歌が聴きたいなんて無茶振りの人に乗っかって。いい歌だと褒めてもらった。
塔にもし、生贄が必要でも、誰も死なせたくないと言う俺に同意してくれた。
……で、お前も命を大事にしろ、って。王の間での激烈なバトル。
アベさん、無事でよかった。絵の秘密に、気付けて良かった。
光の間。あの肩ぽんってのはやっぱ「ここまで良く頑張ったな」だったんだろうな。
自分が塩になろって時まで、俺に気持ちを向けてくれてた。
さっきの騎士叙勲式。
真剣な顔だったのは儀式だから?
俺との別れを寂しがってくれてるから?
……くそ、扉になんかつかなけりゃ。
俺の想いとは裏腹に、着いた。当たり前だけど。
いつもの広間……だけど二面の壁に扉が一つずつ。
左の扉には長い文章が書いてある金属のプレート。
右の扉にはなんか四文字書いてある小さなプレートが。
──こっちは「出口」とかか。
「……うん。一階へ、て書いたる。こっちは……『扉』……えーと、試練を乗り越えし者。自らにウェルトゥに触れる資格ありと信じる者。命を賭けるに値する願いを持つ者。扉をくぐれ。但し一度くぐらば戻るべからず。その時はなんぴとも、その資格を失う。永遠に……やて」
うーん……やっぱ入ったら死ぬかもなのか? あれ……?
って言うかここがウェルトゥだろ?
『ウェルトゥに触れる資格ありと……』ってどゆこと?
触りまくってるばかりかウンコまでなすりつけちゃったが。てか『扉』ってこの扉のこと?
異世界への……俺たちの世界への扉は?
俺たちそれに用があるんだけど。
異世界への扉の名前が、ウェルトゥ……だったのか?
とにかく。
──ここから先は、俺とファムナだけで、かな。入った途端全くの異世界に飛ばされる可能性もあるし。な……ファムナ。
「そやな。ようやく巫女の出番。この扉の先を確かめて、扉を閉じるのがうちの仕事や。 」
──うん。俺も一緒に……帰れるのかな。元の、俺の世界へ。
まあ帰れなかったとしても……別の世界に飛ばされたとしても、ファムナと一緒ならいいか。好きな人と両想いになるってのは、それだけで世界を丸々一個、手に入れたようなもんだし。
「なに? ニヤニヤして……なんかエッチなこと考えてるやろ?」
……当らずとも遠からず。
──ファムナ、訳してくれ。
皆さん、多分、ここでお別れです。ここまで来れたのは本当に、皆さんのお陰です。
誰一人欠けてても……ここまで来れなかった。なんて言っていいか……ありがとう以外の言葉が……出てきません。ありがとう、本当に……ありがとうございましたっ!
仲間たち一人一人と握手する。
ン・ヴァルキュリアス。
も少し仕事に真剣になれば帯のレギュラーどころか冠番組も夢じゃない。頑張れ。
団長さん。
最後まで名前知らないままでしたけど、ここで蒸し返すのはやめときます。ヅラon塩からの復活。お見事でした。元気で。
ン・ポ。
異世界版アンパンマンにあなたの魂を見ました。俺の歌、作ってもいいけど誇張はほどほどにして下さい。あと仕事中は仕事しないといずれクビになると思います。泣かないで。
アベさん。
ン・アベェンスグストゥス。
──ファムナ、訳してくれ。
アベさん。俺の師匠にして命の恩人。ウェルトゥの騎士である俺の君主。生涯の友人。アベさんがいなければ、俺、とっくに死んでました。アベさんがいなければ俺、ここまで来られませんでした。アベさんがいなければ俺……俺……
だめだ、泣けてきて言葉に……なら……
ううっ……離ればなれとか、やだよぅ……アベさぁん!
人目もはばからずアベさんに抱きつく。
アベさんは、心地よい力加減で俺を抱きとめると、しばらくそのまま、俺の嗚咽が落ち着くのを待った。後ろでファムナがなんか貰い泣きしてる。
うわ〜ん! オロロォーン!
…………。
ぐすん。えぐっ。えぐっ。
でも……帰らなきゃ。
父ちゃん、母ちゃんの為にも。
兄弟たちの為にも。
ファムナを独りでは遣れないし。
ひっく。ひっく。
「ヒロ。ティクニグ・ウェルトゥ」
アベさんは俺の肩を持つと、優しく引き離しながら俺の目を見据えた。
そのアベさんの目も、涙ぐんでいた。
アベさんが語る言葉。ファムナが訳す。
「うちは陛下のお申し出を辞退しようと思う。今更騎士に戻っても勝手の違いに恥をかくだけや。魔の森に生き、魔の森に死す。ヒロにも解るやろ? この森の暮らしも慣れれば悪くない。時にお前のような……珍しい客も訪れるしな」
アベさんは控え目に微笑んだ。
「そんな時、森にも誰かおらんとな。今回の事が終わっても、またいつ何時、ウェルトゥへの道案内が必要になるか分からん。配下の一人もいはしないが、魔の森の主は……この先もずっと魔の森の主や」
はい。それが……アベさんらしいと思います。
「だからな、ヒロ」
はい。
「またこの世界を訪れることがあれば、魔の森のうちの家に寄りや。うちはずっとそこにおる」
はい。
「ウェルトゥってのは色んな意味があってな。本によっては『聞き届けるもの』と訳したものもある。もしお前が必要になった時、急に呼ぶかも知れん。……その時は、聞き届けてや」
はい! 約束します!
ウェルトゥの騎士、シミズ・ヒロトの名に賭けて!
「短い間やったが楽しかった。ヒロのお陰でうちは失くしてたもの、取り戻したわ。礼を言うのはこっちや。……おおきに」
いや、そんな……俺なんて何も。
「元気で、な」
アベさんも……本当に色々、有難うございました! いく久しくお健やかにっ!
──それじゃ……里心が付くと旅立てなくなるし。みんなありがとう! さようなら! 元気で! ファムナ、行くぞっ。
「うん!」
二人で扉を開く。
石造りの薄暗いトンネル。
先の方に明かりが見える。
怖くはない。
何が待っていようと。
先行きの明かりを目指して歩を進める俺たちの後ろで、音を立てて扉が閉じた。
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