ティクニグ・ウェルトゥ

 空に遠雷のような音が響く。


 空は一瞬暗くなり、直後ひときわ眩しく輝やいて白く光る全体が粉々に砕けた。砕けたあとは普通の青空だった。

 砕けた光の破片は、風のない朝、静かに降る粉雪のように舞い降りる。一面に。


 ……綺麗だな。

 左の掌で光の粒を受けてみる。粒は手に触れると、弾けて消えた。


 太陽モドキの涙みたいだ。殺っといてなんだけど。

 あ、なんかまた涙ぐんでる俺。最近涙腺緩い?


 左手を差し出したまま、空を見上げる。

 落ちるな涙。勝ったんだ、俺たち。…帰ろう、みんなのところへ。降りしきる輝く雪の中、滑空気味に。滑るように。

 なんか疲れた。

 翼はいつの間にか鳥の翼バージョンへ。

 地面が近づくと、自動でばさばさっとエアブレーキっぽく羽ばたく。餌に集まる公園のハトもやってるな、この着地直前に慌てたように羽ばたくやつ。

 着地すると翼は光り、滲んで消えた。

 名残り惜しい。

 続いて剣が、鎧が、狩人見習いver.に。

 あー……やっぱもどるのか。素晴らしく地味。

 魔法の時間は終わり灰かぶりに逆戻り、か。

 おう⁉ ずん、と身体が……おもっ!

 やっぱ重力もなんかしら調整掛かってたんだな。太陽神様も割と芸が細かい。お陰で常人の見本みたいな俺も、なんとかアウトとか失明とかせずにすんだわけか。

 ありがとうございました。太陽神エル・エソォ。


「ヒローっ!」

 息せき切って駆けてくる先頭はもちろん……また竪琴の人か。例えばシーンとしてここは女の子が走って来た方が絵になるじゃん。考えようよその辺。

 うわ! どしたんですか? 竪琴の人、顔! 目、鼻、口、穴という穴からなんらかの汁が。やばい。号泣とかいうレベルじゃない。超弩泣……とかかな。あの、だか、らゆ、する、のや、めて、くだ、さい。


 まあ無理もないか。塩になりかけてた連れが復活して光の騎士になって羽根生えて空飛んで太陽真っ二つにすりゃあ興奮もするわ。


「オロ! ロオォン! オロ! ロオォン!」

──……なんて言ってるんだ?

「いや……オロローンって泣いとるだけやね……」


 聞いたままの嗚咽そのものか。

 全米を遥かに凌ぐ泣きっぷりを見せる竪琴の人をなんとかなだめ、ようやく開放された俺。

「ヒロト」

──ファムナ。あの……ありが……とオウっ!こら、嬉し…じゃなかった、苦しい!


 この子意外に胸も力もあるな。闇の間の悪魔、忠実な再現だったのか。ん〜照れ臭い!

 が、ここは受け止めていい場面だろう。

 そっと彼女の背中に手をそえて、優しく抱きしめ返した。

 いや、慣れないと力加減の一つも分からん。ぎゅっとすべき? 腕に迷いあり。はたから見たらさぞぎこちなかったことだろう。まあいいさ。気持ちが伝われば。言葉もいるまい。

 彼女は潤んだ瞳で俺を見上げた。

「……うちのこと、好き?」

 あれ? やっぱ言葉必要? 男と女の価値観の差を感じるが。


──好きだよ。全宇宙の、誰よりも。


 女の子の価値観に合わせる懐の深さは、あってしかるべきなんだろうな、こういう時は。


「でもな、ヒロト」

──ん?

「うち巫女やさかい、結婚とかでけへんで。それでもいい?」


 えーと……この場合、いい! って言うとどうなるんだ? ってかどういう質問?


──んー、まぁ人妻だろうと巫女さんだろうと好きになるときゃ好きになるさ。結婚だって無理にしたいとも思わないし。一緒にいられればさ。俺たちお互いの立場が、ちょっとフツーじゃないからな。その辺は折り合いつけながら、俺たちなりにやってこうぜ。……それじゃだめ?


 彼女は答える代わりに、改めて俺にぎゅうっ、と抱きついた。


 その時、周囲が白く輝き始めた。


 眩し! 目を開けていられない! なに? またなんかの罠? 夢オチで現実に戻るやつ?


 恐る恐る再び目を開くと、そこに白い空も砂漠もなく、俺たちは白い大理石で造られた殺風景な広々とした部屋に居た。

 やれやれまたか。「STOP! 魔法!」みたいなポスター貼ったろか!

 部屋の中央にテーブル。テーブルの上に箱庭が。白い砂で満たされた浅い箱。砂の真ん中に二つに割れたビー玉。


 ……これ……あの太陽モドキ? この卓上枯山水みたいのがあの砂漠? あ、ここにちっちゃく「HOPE!」って書いてある。

 あーもうSTOP! 魔法!

「……ヒロ」

──あ、アベさん。なんとかなりましたよ、これもアベさんのお陰です! ってなんか怒ってます?


 えらく真剣な顔のアベさん。皆を尻目にファムナとはしゃぎ過ぎた? ……けど結局この想いが原動力で危機を脱したんだから大目に見てくれても……。


 アベさんはファムナとなんか話してる。ファムナがああなるほど、みたいなリアクション。なに? なに話してんの? 俺なんかされるの?


「シミズ・ヒロト!」

──はい!


 アベさんに初めて呼ばれるフルネーム。ファムナが続けて言う。

「左膝をついて地に跪きや」

 え? なに? 懺悔?

 アベさんが現地語で何か言う。朗々と。断罪? なんかの宣言? ファムナの通訳。

「これからうちの言葉に耳を傾け……」

 なんか仰々しいな。

「依存なき時は、言葉を繰り返すことで同意を示せ」

 ごくり。

「我が名はシミズ・ヒロト」

 ……取り敢えず依存無し。繰り返す。

──我が名は、シミズ・ヒロト。


「塔の階段に清い心を示し」

「石像に優れた知恵を示し」

「王に強さと絆を示し」


 ……よかった。褒められる系だ。怒られるのかと思った。


「闇の中に希望の光を見いだし」

「光の中でも愛を見失うことなく」

「試練を乗り越えし、塔に選ばれし者」

 ……いや、それほどでも。

「黒き瞳に優しさを湛え」

「言葉は希望と夢を語り」

「剣は護るべき者の為にのみ振るうことを誓う!」

──剣は、護るべき者の為にのみ振るうことを誓う!……ん? これって、もしかして。


 アベさんは自分の剣を抜く。

 真っ白な……岩塩から削り出したような塩の剣。その剣の先で、跪く俺の左肩、右肩に順に触れると、手にした鞘に剣を収めこう言った。

「異世界よりの旅人。太陽神エル・エソォの祝福を受けし戦士。勇気と優しさを併せ持つ、我が友。汝、シミズ・ヒロトに『ウェルトゥの騎士』の称号を与える」


 マジ? 騎士叙勲……‼︎

 最後『ティクニグ・ウェルトゥ』って聞き取れたぞ。ティクニグ・ウェルトゥ……ウェルトゥの、騎士。

 俺が? 騎士?

 ってかなにげにアベさんから「我が友」呼ばわりされたのが嬉しかったりして。


「魔の森の主、アベェンスグストゥスの名に於いて」

 ……アベさん、それ気にいってますね?

 なるほど、正式な騎士叙勲じゃないわけだ。アベさんだって今は騎士じゃないんだもんな。魔の森の中だけで通じる、架空の称号……名誉職みたいなもんか。いやそれでも十分身に余る光栄ですが。

 アベさんは鞘に収めた塩の剣を水平に持って俺に差し出す。俺は頭を垂れると両手でその剣を受け取った。

「新たな騎士の誕生に、祝福を!」

 みんなが笑顔で拍手をくれる。

 口々になんか……多分おめでとう、だな。

 エヴァTV版最終回みたい。

「おめでと! ヒロト!」

──さんきゅ。


 アベさんも微笑んで拍手してくれてる。ありがとうございます。

 称号なんて「戦場の絆」の「牙を剥く新参兵」以外初めて。

 あ、アベさん、剣、返します。

 アベさんは塩の剣を持つ俺の手を押さえると首を横に振った。

「とっとけ。実戦では使えんし、やて」


 まあそうか。風化はしてないから見た目は綺麗だけど、鋼ほどの強度はまずないもんな。立木とかでも思い切り当てたら折れるかもしれん。

 引き換えにアベさん、俺の道具ザックをザックごと引き取った。


 ……そうか。

 試練は全部クリアしたんだ。

 この先は、扉。

 みんなと……アベさんと、お別れか。

 多分、永遠に。


 アベさん……。

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