祈りは光の翼となりて

 はっ! と我に帰る。


 俺自身、両足はまだ塩だが、太ももからじわじわと塩部分は後退し、俺部分が割合を増して行く。


 ……これ今血流とか境目とかどうなってんだ?

 いや! そんな場合じゃない!

 ファムナを見れば首筋まで塩に。


──ファムナ! 聞こえるか? おい! ファムナ‼

「……ヒ……ロト」

──ああ俺だ! いいか。良く聴け。俺は……お前が好きだ! ファムナ! 俺にとってもお前は特別だ! 宇宙に一人! 好きだ! ファムナ! 愛してる‼

「……ヒロト。うち……」

──もし、お前も俺の事が好きなら、俺を見ろ! 俺の事だけ考えろ! 他はいい、俺だけを想えっ‼


 目を閉じたファムナ。

 その塩と体の境目が輝くと、境界線がじわじわ後退して行く。


 よかった……片想いじゃなくて。

 ここに来て彼女が実はイケメンのヴァルキュリアス狙いとかだったら逆にとどめ刺しちゃうとこだった。

 彼女は徐々に自分を取り戻し呼吸も穏やかになって行く。再び開かれた潤んだ彼女の瞳に、俺が写る。


──間に合ったか!

「ヒロトっ!」

──わ! こら! 嬉し……じゃなかった、苦しい! そうゆうのは後でゆっくり。みんなに伝えてくれ! 愛する人を想え、その人の名を心に叫べって!

「うん。分かった。あ……」

 ふらつく彼女を、寄り添って支える。

──大丈夫か?

「ん、平気」

──消えかけたんだ。無理もない。みんなを頼む。

「任しときっ」


 彼女が皆に向かって叫ぶ。

 間に合うか? 団長とか既に殆ど塩で、もはや塩の像に茶髪のヅラが乗ったみたいな状態だが……今の聞こえたかな?

 あ、アベさん……竪琴の人……イケメンも! 団長も! 元に戻って行く!

 良かった。聞こえたんだ。あの状態で。

 みんな、じわじわ人間部分を取り戻し少しずつ元通りに。


 さて……今度はこっちの番だ。

──ファムナ。頼みがある。

「なんでも言うて」

──俺が強くなるように祈ってくれ! 力借りれることになったから。

「力? 誰の?」

──太陽神エル・エソォ。

「えっ! なんで? 一番通じ合うのが難しい神様なんに!」

──……さあ? 共通の話題で意気投合したから?

 あの太陽モドキは魔法の仕掛けで、神様と人間を無理やりつなぐ仕組みなんだって。神様もやたらと人が自分に触れて塩になるのは不本意なんだそうだ。だから、あれを壊す間だけ、少し力を貸してくれるってさ。

「でもうち、太陽の術式も旋律も全然でけへん……」

──問題ない。その……巫女が俺を想って祈ってくれたらその祈り通りの力を……。


 そこまで言いかけた時、俺の鎧が、服が眩しいひかりを放って白く輝き始めた。

 ファムナは目を閉じ、胸の前で掌を組むと祈ってくれている。俺の為に。

 みすぼらしい革の鎧は騎士達の、いやそれよりも煌びやかな神の鎧に。

 剣を抜くと、これもまた眩しい光に包まれ、すっと長さまで伸び……キラーンッ!

 ああ、やっぱこういうヒロイックな剣!

 カッコいい!

 ……あ、この装備。鎧も剣も、あれだ。

 ファムナが落書きに描いてた、クマゴリザウルスを真っ二つにする俺のイメージイラストの……そうか。君が思い描く、これが……!


 全身を光が包みその光が収まると、輝く鎧に身を包み輝く剣を持った俺が立っている。


 パワーアップ完了! 顔が俺なのが残念!

 あれ? まだなんか…後ろから光が。ばさあっ! ってこの、背中から生える真っ白いのは!

「……翼はサービスや」

 そう言って彼女は悪戯っぽくウィンクした。


 日輪の力を借りて、サンズゴッドパワー!ホーリーアップ!

 ……って恥ずい!

 二十歳過ぎて背中に翼はやす展開になるとは。正直どういうテンションになっていいか分からん。

 結構でけえな、翼。まあ人一人飛ばそうと思ったらこれくらい必要なのかも。

 ってか自分の意志で翼を羽ばたかせる感覚が分からん。全く。

 飛べるのかな? これで。

 取り敢えずちょっと羽ばたくイメージ……よっと……おお! 20センチくらい浮いた! すげー俺! 背中の翼で飛んでるよ!

 ……これなら行ける!


──ありがとう、ファムナ。

「がんばって。うち、見てるさかい」

 に、してもファムナのイメージって。まったく、女の子は男に幻想を抱き過ぎ。

 夢見る少女の期待に答えるにゃ神様の力借りてようやくだ。


──みんなは隠れててくれ……行ってくる!

 あのポンコツ電球をぶちのめしに!


 ばさっ!

 一度思い切り羽ばたく。俺の体が弾かれたように宙に跳ぶ。白い羽毛が雪のように舞った。


 おおおおっ! 高え! 正直怖ええっ!


 あっと言う間に塩の像や仲間たちがドローンの空撮映像のように。

 足が地面に着いてないの心細え! すげえ飛行性能! この翼! 一羽ばたきでこれ?

 ってかさっきけっこうな量の羽毛抜けて降ってったみたいだけど……大丈夫? 急に落ちたりしないよね?


 初回の羽ばたきの威力が尽き、ふわっと落ちる感覚。

 うわ、ちょ、ここで、こう!

 軽く羽ばたいて高さを保つ。

 あ……多分今の俺のポーズカッコいい。一瞬エンドレスワルツのゼロカスタム登場シーンみたいになった。羽毛また舞ってるし。

 ……知らない人ゴメンね。アマプラで観て。


 飛ぶ感覚掴めてきた。よいしょっ!


 太陽モドキを目指して俺の翼が空を切り風を生む。

 太陽モドキから虹色の照準光線。僅かに翼をよじり、揚力をちょっとだけ翼から剥がす。それだけで俺の体は大きくロールダイブする。

 バンッと空気をイオン化させながら奴の光線が虚空を切り裂く。

 おお躱せた! 気持ちいい!


 照準光線→本光線が連続で来る。

 だが照準光線さえよければいい。

 残念! 丸見えなのよねっ! あらよっと!

 ちょっとの捻りや風切り羽の調節で飛行コースは大きく変わり、ロールもダイブも自由自在だ。

 あー……爽快だなぁ翼で飛ぶの。

 見た目がちょっと恥ずいけど、叶うならずっとしょっときたいよ。


 と、思ってたら、太陽モドキ本体からポポポポポーんと子機が!

 ざっと三十……いや、四十?

 あれ? ヤバイ? おおうっ!

 半分がミサイルみたいに加速して突っ込んで来る!

 半分は広く展開すると個別に中長距離の支援射撃っ⁉

 これ……っうわ!危な!翼の性能もってしても……!


 ビームと体当たり特攻を交互に躱す。


 うおっ! ちょ……! 細かく肩すくめたり足引っ込めたりしてギリギリ……! こんなんっ、長くは持たないぞ!


『護って!』

 え! 誰⁉


 その瞬間、鎧がスパッと一瞬光る。ブンと空気が振動したと思うと……俺の周囲に球形のバリアが。

 バリアは支援射撃の光線を歪めて弾く!

 すげえっ! 薄い桃色の光の壁……ファムナか。

 彼女の想いが鎧に、俺に流れ込んで来るのを感じる。

 回復魔法して貰ったときと似た感覚。

 だがもっと自然で、が湧いて来る。

 ふと名前を呼ばれた気がして、斜め下を振り返る。遥か彼方、米粒くらいの仲間たち。見えるはずないんだが……目を閉じ掌を組み必死で祈る彼女が知覚できた。

 一人じゃない!

 お前の想い受け取った!

 行くぞ翼!

 バサアッのギューン……って速いし小回り効くなこいつら! 子機ども! この……!く、当たらん! ええい! 太陽モドキの子機はバケモノかっ!


 するとまた。


『もっと速く!』


ファムナ?


 その声に応えるように翼からコンデンサのチャージ音みたいな高域ノイズ。

 翼から羽毛の文様が消える。

 枚数が四枚に。

 翼自体も、透明な結晶から打ち出したような細く薄い、鋭角の光の翼に!


 アップデート来た?

 やってみるか……飛べ!


  ふ……




 ……おウッっ!


 はや……っ。

 ここ、どこ? なんもない。飛び過ぎだ。

 戻らないと! 加減がムズい! 06Rかよ!


 見えた! 子機の群れ!

 攻撃はバリアが弾くままに、俺は雲の尾を曳いて奴らの群れに踊り込む! 今度は逆に、奴らが俺から逃げるように動く。

 遅いっ。

 俺が作った飛行機雲を追うように、雲の周囲に、ぱぱぱぱっと花火のような火球が咲いた。

 身体が軽い!

 速いだけじゃない。重力……Gにも補正がかかってるのか?

 超高速でレの字にターンしても血が偏ったりしない。

 それに対クマゴリ・ファムナ防衛戦の時みたいに、子機たちの動きが、周囲の時間が……遅い。

 精神も加速してる?

 しかも目を閉じても奴らの位置や動きが……。


 視える!


 ああ一度言ってみたかったよこういうの!

 さーて、ぶわぁっと行ってみっか!

 せーのっ……‼

 奴らの光点が散らばる白い空。翼が一度強く輝きを放つと、光点を一瞬で結ぶ稲妻がジグザグに走った。刹那遅れて光点が全て火球になって宙に四散する。

 二十二!……いや、二十三かな?

 残りが矢のように俺を追う。

 お、速いな。

 でも!


 意識を前方に集中する。

 バリアが進行方向に対し鋭く尖る紡錘状に変化する。

 もっと。

 バリアの先端に白く小さな雲の傘ができては消える。加速が鈍る。

 もっと。

 行く手を遮る空気が……硬い!

 こんな風に感じることがあるなんて!


 もっと。

『もっと』

 もっと!

『もっと!』

【もっと速く‼】


 ぱーんっ!


 真近で風船の割れる音。

 俺の周りにリング状の雲。

 発生した端から後方にすっ飛んで行く。

 加速が再び軽くなる。

 子機は全く付いてこれない。

 これ、もしかしてアレ? あの有名な音速の壁って奴?


 子機たちとの距離がぐんぐん開く。

 速度は殺さず、大きくターンする。

 曳いた雲が空に巨大なクローバーの一葉を描く。とって返した俺は更に加速を念じ、追って来る子機の集団の中央を貫いてすれ違う。

 次の瞬間、高圧で刃のように圧縮された空気の衝撃波が奴らを襲う!

 これがほんとのソニックブーム!

 残りの子機たちも、一つ残らず火球と化すと、キラキラと細かなガラスみたいな破片と黒煙を残して虚空に消えた。

 だいたい四十! 子機は片付いた!


 あとは本体、太陽モドキを残すのみ。

 一度空中で停止。彼女の方を振り向く。

 や、見えないんだけどね……。

 分かるんだ。どこにいるか。

 何を想ってるか。俺は彼女に向かってす、と剣を降ろして頷いた。


 ……ありがとう。


 祈る彼女も微笑んで頷いたのが分かった。

 きっ、と太陽モドキを睨む。

 翼が微細に、しかし高速で振動する。

 キィー……ンと高域ノイズ。

 ふわっと余剰波が波紋のように。

 若干の溜めからジャンプ。

 奴へ! 太陽モドキへ!

 ぱぱぱんっ、と出鼻から雲の傘を三つ破り、ビリビリと震える空気をバリアの外に感じながら。

 放たれた弾丸のように。

 太陽モドキは苦し紛れに光線をデタラメに乱射するが、今の俺を捉えることなどできはしない。

 追い詰められて……焦ってる?


 ‼︎


 奴が大きく見えて来た……距離が近づいて来てる! このまま……!


バチィーンッッ!


 何だっ⁉ 壁⁉

 ってえ……。

 唐突に何かに跳ね返され、落下しながら見れば、奴と俺との間に丸い光の壁……明滅する魔法陣。同心円状の文字列は、列ごとに逆方向に回転している。


 ……バリアか!

『ヒロト!』

 ……大丈夫、だからそんな顔すんな。

 今度は俺が想いの強さを見せる番だ。

 ひゅるひゅると自由落下しながら、目を閉じる。

 右手の剣に込める。俺の胸に燃える、彼女への想いを。

 剣がごうっ、と炎を吹く。がそれも一瞬。

 炎は青く変わって束なると、柔らかい白い光に。


 目を開く。


 姿勢制御再開。

 空中で一回転して踏ん張ってブレーキ。

 天に輝く太陽モドキ目指して……行くぞ!

 これで最後だっ!


 ぱーんっ!


風船の割れる音、それすらも置き去りにして。

 飛ぶ。

 一直線。

 右手の剣は柔らかい優しい光をたたえて。


 ブブブブン!


 太陽モドキと俺の間に、例の魔方陣バリアが六枚、多重に、等間隔に展開される。

 でも、なんだろ。貫けない気がしない。

 そういや竪琴の人、歌ってたっけ。

 剣に宿りし愛の輝き、光の剣に斬れぬものなど


 パリーンッ!


 あるはずなし‼


 パパパパリーンッ!


 太陽モドキ! ようやくご対面か。

 思えばお前も哀れな奴だ。こんな……何もない世界で。たった一人、果てしない時間を。

 子機だって増やしても増やしてもお前自身なんだろ? かわいそうにな。自分で塩にした物言わぬ骸と。

 終わらせてやるよ。

 俺が。

 お前のその……寂しさも!


 無茶振りの人! 竪琴の人! イケメン!団長! 力を貸してくれ!

 父ちゃん! 母ちゃん! 護ってくれ!

 アベさん! 見てて下さい!

 ファムナ! 俺と一緒に!

 みんなの想い! 俺の想い!

 この一撃に全てを賭ける!


 俺を包むバリア先端が赤熱化、いや、プラズマ化する。


 電光を撒いて!

 つ・ら・ぬ・けえっっっ‼



 ピシャ……ァァァ……ンッッ!

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