ホープって綴りHOPEだっけ?

 RPGっぽい異世界なう。


 次が最後の試練、だよな。伝承を素直に理解するなら。


 鉄の扉に手をかけたアベさんが一同を振り返ると、小さく頷いた。皆もそれぞれ小さく頷く。

 キィ、と小さくきしんで扉は開いた。

 途端に、ふわっ、と眩しい光が溢れる。

 俺は思わず目を細めたが、つぶりはしなかった。

 目は開けてたし、その場から動かなかった。

 アベさんが扉を開け、眩しっ、と思ったその瞬間。石造りの広間は消え、俺たちは全く違う場所に立っていた。

 真っ白。見渡しても。振り向いても。何が起きたか解らない。アベさんの手は扉を押した形のままパントマイマーの人みたいになってる……やれやれ、また魔法かい。

 すい、と不安げに寄り添って来るファタリ。俺は彼女に大丈夫だ、という感じで笑いかけた。こういうの俺初めてじゃないからな。現実世界から異世界に来たときよりはショック小せえ。珍しく他のメンバーより俺一人ややゆとりがある。試練の仕掛け自体も「扉」の機能に近いものになって来てるってことだろう。残念。ボーナスステージではないみたい。せめて全回復の泉とかあれよ。……に、しても白い。


 既視感あるなー、と思ったらあれだ。「精神と時の部屋」。でも足元は砂。真っ白な。空も一様に白く光ってる。作成前の3DCGの空間みたいな。 広い……てかどの方角も白い地平線だぞ? マトリックスで武器の棚が来る前状態。

 いや、一個だけ異物が。空に太陽みたいなのが光ってる。なんか白く丸く……大きくて遠いのか、小さくて近いのか……距離感と大きさが掴めん。

 相変わらず気持ち悪ぃなあ! 魔法が絡む出来事は!

 ファタリの自然現象増幅系魔法に気持ち悪さがないのは元が自然現象だからだろう。


 あまりの出来事に呆気に取られるメンバー。どうしていいか分からないという様子で身を寄せて辺りを見回してる。


 みな不安なんだろな……俺は溜息を一つつくと、わざと大き目に笑った。みんなが驚いて俺を振り向く。


──あ、すんません。びっくりするのは分かりますけどこの感じ、俺が自分の世界からこの世界に来た時と一緒です。

 俺はまだ生きてます。みんなも元気で生きてる。

 で、俺たちは何しにここに来たんでしたっけ? じっとしときますか?


 ファタリが通訳してくれる。


「……そやな。じっとしてても始まらん。移動しよ。あの太陽みたいなもんを目指そか?他に目印になるよなもんも見当たらんしな、やて」

 うん、いつものアベさんだ。

 メンバーもそれぞれ頷く。あの太陽自体が移動したりして……と、ちょっと思ったが黙っといた。

 強制ワープに驚いて、ひとしきりうろたえて、あの太陽を目指す判断をするってのはこのステージをデザインした奴の意図通りな気はする……通常のゲームならシナリオが進行する訳だから「ははぁん♪ ルートみっけ」て感覚なんだが、この場合行った先が「死の罠」って可能性もあるからな……手放しでは喜べない。

 でもまぁ、ここまでさんざっぱら手の込んだ試し方しといて、最後に槍だらけの落とし穴に落とすようなマネはしないだろう。だったら入ってすぐ落とし穴でいいし。ただなぁ……例の『試練を越えし者の魂を捧げよ』みたいな展開はあり得る。だったらムカつく。扉壊して引き返そう。

 と、まあ先行きに不安要素は爆盛りだが、例によって選択肢はない。じっとしてても食料と水がなくなったらどっちみち終わりだしね。

 ここまでは……バッドエンドのフラグは踏んでない気はするんだが……シュールな製作者のシナリオだと何をどう踏んでもシュールに終わるからなぁ。結局、製作者次第、か……。


 移動行程、基本は森と同じ。

 アベさんの号令で一時間程度歩いて十分程度休む。三回目の休憩は大休憩で一時間程度休んでメシ。足元砂だし、そんなもんだろうな。案外普通に長く歩かされるだけで、出口の扉が見えて来るかも知れないし。取り敢えずゴールに地味に近づいているぞという良いイメージを抱いて歩こ。



 二回目の休憩。

 景色変わらない。みんななんも言わない。んー……こういうシーンとした「間」って冗談言ったりして埋めたくなるが、空気はやめろと言ってるな。ふとファタリと眼が合う。うちは大丈夫やで、って感じで微笑まれたから反射的に微笑み返したが……恋人同士みたいだと意識して照れた。



 三回目の休憩。

 景色その他に変化なし。硬いジャーキーを革袋の水で流し込む。……疲れてるからかな。いつもよりしょっぱく感じる。旨くはない。そういやこの世界に来て初めて食べたものがこのカッタいジャーキーだったっけな。目玉ヘドロから助けられた後、アベさんと。

 砂地の長距離行はふくらはぎと足首にクル。関節周りがしっとり熱いっていうか重いっていうか。

 比較的軽装の俺でもそうなんだから騎士ズはしんどいだろうな。だから装備は作戦によって吟味すべき……あ、でも吟味してあれなのか。実際ボス戦とかもあったから妥当じゃないとも言い切れないしね……。


 ファタリの巫女姿。やっぱこの子はこのカッコのが似合うっていうか、こなれてて収まりがいいなぁ。

──疲れたか? ファタリ。

「んーん。平気や。……にしてもまた行けども行けどもやなぁ。階段ん時みたいに堂々巡り、じゃないよな?」

──……ありうるな。何か目印つけとくか、一応。


 俺は黙って立ち上がると剣を抜いた。みながサッと緊張する。

──あ、ごめ、大丈夫っす。階段の時の事もあるんで、念のため地面に目印を。


 皆の輪から少し離れ、白い砂にでっかく書いた。

「HOPE!」

 ……トランクスの真似。欧米か! ってツッコミを最後に聞いたのいつだっけ?


「なんて書いたん?」

──……希望、って。

「ヒロ、その言葉、好きやなぁ」

──好きとかじゃない。

 多分、必要なんだ。のっぴきならないレベルで。

 花に水が必要なように。体に食べ物が必要なように。今の俺たちの心には、希望が。

 って……ちょっとキザすぎる?

「そんなことあれへんよ。うちたちには希望が必要。そうやな。ほんまにそや」




 五回目の休憩。

 何キロくらい歩いたかな。

 人間の大人の歩行速度がだいたい時速四キロだったよな。足場が砂なのと疲れ具合をさっぴいて、時速三キロ換算で……十五キロか。

 くっそ造った奴! せめて『海老名SAまで2km』とか『ここまでをセーブしますか?』とかなんかないのか?




 六回目の休憩。

 これで手持ちの食料も尽きる。元々、ベースキャンプと行ったり来たりしながら繰り返しアタックする予定だったから、大して持ってきてなかったんだよね。

 食料は尽きたが、ここに来てようやく景色に変化が。

 遠くにぽつぽつ白い岩みたいなものが見え始める。

 ……堂々巡りではなかったか。みな疲れの色が濃い。当然か。不死王キムタクと死闘を演じたアベさんとか、よく文句も言わずに歩いてるよ。俺がアベさんだったら「すまん、ヒロ。おんぶしてくれへんか、やて」とかなってもおかしくない。



 一面白い平原にぽこぽこと白い岩。

 近づいて見ると表面微妙にキラキラしてるな。雲母? 大きいものだと一抱えの……大っきめのスイカくらい。小さいのは拳大。形も様々。微妙に長い奴もある。一様に角は無く、粉っぽい。

 ってこれ、岩と言うより、白い砂の塊みたいな……剣の腹でえい、と叩くと塊自体がぐずっ、と崩れる。やっぱり。

 砂岩……にしても脆いな。

 それにこの砂、触るとなんかベタつきが。このザラザラ感、覚えがある。・…まさか、これ……ぺろ。

 しょっぱっ!

 これ塩だ!

 間違いない。

 ってことは……この砂漠自体、全部塩⁉

 何千億トンあんだよ⁉

 ………この世界の魔法使い? の考えることは解らん。数値入力の時に寝ぼけてテンキーのゼロ、押しっぱなにでもしたのか?



 塩の塊が点在する塩の平原。沈黙の行進が続く。


 あー……空気重い。

 俺、観てなくてもテレビつけっぱなにする派だから長い沈黙自体ニガテ。

 歌でも歌うか、一発ギャグでも言いたいが、ここでも言葉の壁が。ファタリとしりとりでもすっか? それも……なあ。


──リンゴ

「ゴナ・ラブロ」

──ろうそく

「クゥディッス」

──スイカ

「カンゲ・ワーチ」


 ……とかなりそうで、しりとりやったぞ感は恐らく皆無。まあ沈黙さえ埋まればいいっちゃいいんだが。

 ……あ、あの塩の柱、ぼんやり人間みたいなシルエットだな。いつまで続くんだ、この行進。かれこれ20キロは歩いてるぞ?


 あ、あの塩の塊なんか、四つんばいになった人間みたい。


 ……こっちは……何かから逃げてる人間みたい。


 あれは……いや、ちょっと待て。

 ……進むに連れて……手足、頭がはっきり。

 これ! 人間の形!

 ……っていうより、まさか。

 いや、でも!

 塩にされた……もとは生きた人間ってことか? これ全部⁉︎


 他のメンバーもその異様さに気付いたようだ。初めは輪郭のぼんやりした人型だった塩の柱は、進むに連れてディテールのハッキリしたリアルな人間の彫像に。

 うわ……これなんか、なんか叫んでる口の中の歯やベロまで……怖っ!

 この人達に何が起きたんだ?

 何かに、襲われた? ……胸騒ぎがする。


 例えば、何かに襲われてこうなったなら……その『何か』は今から俺たちに襲いかかってくるってことじゃないか?

 動悸が早まる。

 息苦しい。

 何が来るんだ?

 どこから?

 いつ?


「ヒロ」

──わぁっ! びっくりしたぁ!

 あ、ごめんなさい。なんでもないです。

 ……おどかすなファタリ。どうした?


「この石像みたいなんってやっぱり……」

──……多分な。

 元は生きた人間だったんだろうな。もんすごい手の込んだ、激烈タチの悪いイタズラって可能性もゼロではないが。

 ……人間を塩にする怪物の伝説とかないのか? この世界に。

「ん……怪物じゃないけど」

──ないけど?

「……古い神話の天罰で」

──ああ、そういうのなら俺の世界にもあったな。罰当たりな犯罪都市みたいのが焼き払われて、その様子は見るな、って禁を破った人間が塩になるって……確かそんな。

「こっちの神話も似たよなもんや。太陽神エル・エソォに背いた国の民が、罰の光に打たれ、塩になる、ゆう……」


 離れた場所の神話が似るやつか。なんだっけ……原型説?


──ん? 神様、なんの神様だっつった?

「太陽の神や。太陽神エル・エソォ」


 …………


 いや……まさかな。

 幾ら光の間だからって。

 空のあれも太陽に似てるけどこの棟の施工当時では一般的な魔法照明に違いない。第一俺たち、なんも罰当たりなこととか……。


 その時。騎士団長が悲鳴を上げた。

 えっ、何⁉


 見ると騎士団長の足にキラキラ虹色に光る……五百円玉くらいの大きさの「光」が。

その光は強烈なスポットライトのようにあの空の太陽モドキから一直線に伸びている。

 隊長は後ずさるが、光はそれを追う。足から腰、腹……胸、とゆるゆる登って行く。


 ……これ、何かの「照準」?


 パニクった団長が回りに助けを求めるが、みんな距離を置いて後ずさる。

 ……悪いけど俺も、ファタリをかばいながら団長とは距離を取った。すまん団長……どうしようも……いや! 待て! 塩の柱には影があるぞ。

──ファタリ、訳してくれ! 団長、塩の柱の影に


 ……とまで言った瞬間。

 バンッと強烈なフラッシュが目を焼いた。咄嗟に目を閉じ、手で顔をかばう。

 うわっ目の前、焼きつきで一面緑色。目をしばたたかせ、やっと回復した視界が捉えたのは足元から「塩」になってゆく団長だった。こっちを見て、はあはあ荒い息をつく。信じられない、といった顔で。


──みんな隠れろ! 塩の柱の影だ‼

 ファタリが俺の叫びに重ねて叫ぶ。


 ばっ、イケメン! 団長はもう無理だ、早く隠れ……。

 団長の様子に驚愕したまま立ち尽くすイケメンの背中に、あの虹色キラキラが光るのを俺は見た。


 バンッ!


──ヴァルキュリアスッ!


 塩の大地に、イケメンが倒れた。

 ファタリをかばいつつ大きめの塩の像の影に隠れる。

 ダメだ二人は入れん!

 人型って遮蔽面積せめえ!


──ファタリ! ここにいろ!

「ヒロッ! 行かんといて!」


 叫ぶファタリを尻目にダッシュしてジャンプ。転がってデブの大男の塩の像の後ろへ身を隠す。

 ……ふう。これで一旦は。みんなは⁉︎


 虹色キラキラは獲物を探るように地面や塩の像の上をゆっくり移動してる。

 アベさん、ファタリ、竪琴の人、俺はそれぞれ別の塩の像の影に身を隠し、息を殺す。

 団長の悲鳴が響き渡る。

 見ると太ももまで塩に……思ったより塩と化す速度はじわじわと遅いようだが、それって逆に残酷だ。

 倒れたイケメンは動かない。何かぶつぶつ言ってるのは……祈り、だろうか。奴も足首まではもう塩だ。

 アベさん、剣を抜いてチラチラ太陽モドキの様子を伺ってるが手が出せ……出せるわけあるかぁっ! なんだこのステージッ‼ クリアできない設定としか思えんっ! ふざけんな!


 何が試練だ! 嘘っぱちだ! 結局手間暇かけて、冒険者を塩にして殺す為の塔なんだ!ここは!


 扉も! ゲームバランスも! ……希望も! ない! ここには! 何も!


 くそう……なにが「試すつもりなのは間違いない」だ。なにが「異世界の勇者」だ。なにが「笑顔の魔法」だ……!


 くそう! くそうっ!


 まんまと一杯くわされたんだ、俺たち!

 相手が太陽の神? 光線に当たれば死確定? 逃げ場も出口も攻略アイテムもない?


 100%バッドエンドじゃん!

 悔しい……今までの苦労はなんだったんだ? 何を間違えた? 来るべきじゃなかった? 悔しい……無力だ。俺。何も……もう何も…!

 ファタリを見ると、塩の像の影で小さく縮こまって震えている。

 ……すまん! ファタリ!

 最後まで護り切ってやれず。こんなことに……。

 俺の脳裏に塩になるファタリのイメージが浮かんで消える。涙が溢れた。とめどなく。無力な俺が悔しく、ファタリの死が……受け入れられず。


 その時、太陽モドキに変化が。

 太陽モドキ本体から小さな光の玉が生まれ、それが太陽モドキの周囲を漂う。

 あれは……子機?

 ヤバイ!

 子機はスーッと音もなく俺たちの目の高さまで降りてくると、ふわふわ周囲を巡回し始めた。

 ちいいぃっ!

 どうあっても俺たちを塩にする気か⁉ あ? 子機! 竪琴の人の方へ! 逃げろ! ン・ポ!


 子機から身を隠すように塩の像を回り込む竪琴の人。


 いかん! 後ろ! 本体の照準光線が……!


 バンッ!


──ポォッ‼


 叫んだ拍子に、つい隠れてる塩の像に手を付く。そしたら、俺の隠れ家の塩の像が、ぐらぁって……えっ! ウソウソ! そんなに力込めてねえぞ! やめろ! 倒れないでくれっ! ああっ! だめぇーーっっ!


 ドスン、バカァッ!


 願いも虚しく像は倒れ、粉々に砕けた。


 アベさん、ファタリが驚いた顔で俺を見る。

 はは、やっちった……。

 逃げる! 他の影へ! 子機、こっち来る!

 ああ……次の影、遠い!

 あれ、左手なんかあったかいぞ?

 わ! これ! くそ! 虹色キラキラ!

 ロックオンされた⁉︎

 やだよう! くう! あ、あ、腕を登って……影まで……とても……間に合わない!


 さよならみんな……今までありがとう。

 ここまでか……!

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