リアルモンハンは死と同義。
ふてくされるファタリの手を握り、たいまつを手にそろりそろりと闇の部屋を進む。
本当に暗い。
現世ではまず体験しない本当の「闇」。
松明があるからまだ前のイケメンの背中が見えてるが、これが消えたら伸ばした手の先も見えないんじゃなかろうか?
とりあえず部屋を横切った向こう側の壁を目指して進んでるんだが、思ったより長いな……暗いからそう感じるのか? と思った瞬間、ごうぅっ! と強烈な突風が吹いた。松明が消え、俺は突き飛ばされたように床に転がる。
いけね! ファタリの手放した! 松明も落とした! どこだ⁉
彼女の名前を叫ぼうと息を吸い込んだその時、ひた、と血の気の引いた冷たい手が俺の手を掴む。そしてそのままがばっと抱きしめられた!
「……ヒロっ!」
──ファタリ! 無事か、良かった!
「怖かった……」
──大丈夫。一緒にいるよ。だから、その、えーとっ、そんなにぎゅうっとしなくても……(してもいいけど)
この時、俺の感覚は研ぎ澄まされ「この子意外に胸あるな」というただ一つの思いが全身を稲妻のように駆け巡った!
いい! 非難するならしてくれ! いやらしいことを考えようとしたわけじゃない! 全自動なんだ! 男子のみんなは解ってくれるよね……⁉︎
真っ暗闇で好みの女の子に抱きつかれたとこを想像してくれ! 魂のフルオートを誰が止められる⁉︎
いや、青少年の懊悩に身を任せてる場合じゃねえ。前を歩いてたヴァルキュリアスどこ行った? みんなは? はぐれた?
おーい! みんなー! と叫ぼうとした時、ファタリが俺の手を引いた。
──どした?
「ヒロ……あそこ!」
──え? なんかいる?
闇の中に目を凝らす。言われてみれば……なんか影みたいなもの?
「動いた!……ほらまた!」
──ほんとだ!
闇よりなお黒い塊みたいなもの……!
反射的に剣の
人間じゃない。
──下がれファタリ、俺の後ろに!
「……大きい!」
確かに……ってかこの部屋、どんな広さだ⁉︎
塔の闇の中、巨大な黒い影……まさか。
俺の脳裏に最悪のモンスターの名前が浮かぶ。赤い目が二つ闇の中に輝く。もたげた首は、工事現場のクレーン位か? 鍾乳石のような牙が並んだ口は、喉の炎で内側からめらめらと照らされる!
ド、ラ、ゴ、ンっ⁉
ぎゃおぉぉぉぉぉっ‼
奴が天に向かって吠えた。
ちょ! 待て! いないハズだろっ⁉ ドラゴン! 倒せるわけ……!
奴の目がこっちを向く。
やべえっ、ブレスが来る!
ごおおおっ!
──危ねえファタリ!
「きゃあっ!」
ファタリを引き倒し二人で暗闇を転がって炎を躱す。一応剣抜く……が、無理だろこれ⁉︎
言ったじゃん俺! 「生身の人間はドラゴンと戦うべきじゃないと心から思う派」だって! 来る! もう一度! ファイヤブレス!
──ファタリ! こっちだ!
「きゃ……ん!」
ごうううっ!
あっつっ! 今の近かった!
着てる物からアイロンの匂いが、髪の毛からドライヤーの匂いがする。こんなんどーすんだ! 走って……逃げられるか?
──ファタリ、走るぞ! 逃げるんだ!
「逃げるってどこへ⁉」
──いいから早く!
闇の中ファタリの手を引き、奴から遠ざかるように走る。
「ヒロ……!」
──黙って走れ! って危ない!
俺はファタリを押し倒して一緒に倒れる。頭上を炎の柱が通過する。
う熱っ! くそ! どうしようも!
ファタリを助け起こし、再び走り出そうと手を引くが、彼女は走ろうとしない。
──どうした? どっかやられたか?
「もう無理……あたしたち死ぬんだわ! せめて最後は一緒にいさせて! ヒロ!」
抱きついてくるファタリ。
──バカ言うな! 俺もお前も死んでたまるか! 必ず生きて…………あれ?
「塔の試練を乗り越えようなんて無理だったのよ!」
──……待て。
「あたしたちは死んで、仲間も全滅するんだわ!」
──待て! ファタリ!
「何もかも、もうお終いよ!」
──待てっつってんだろ!
涙目の彼女が俺を見上げる。
──ファタリお前、言葉……どうした? 関西弁じゃなかったぞ、今。それに、やけにネガティブなことばかり言うな、お前。
「何を言ってるの? ヒロ。」
──……そういや最初にあそこ! とか大きい! とか言い出して何かいると気付いたのはお前だった。何かいるような……いや。『何かいる』って俺に思わせたかったのか。
手にしたって、部屋入るまではあんなに温かかったのに。……冷たすぎる。氷みたいだ。
俺はファタリの手をほどき、後ずさるようにして距離を置く。
──お前……誰だ?
目の前のファタリが亀裂のような笑みを浮かべ、老人のような声で言う。
「もう遅い」
踏み込みながら剣を横薙ぎに!
奴はカエルのように背後にジャンプし闇に溶けた。ケケケッと甲高い笑い声を残して。
……ノセられた!
あいつの言うまま闇に悪いイメージを膨らませて……多分あれは……俺が生んだドラゴンだ!
──ファタリーッ!
「ヒロ! どこや! 返事してやーっ!」
無事か! 良かった!
そう遠くはない。が、いつの間にかみんなバラバラに離れ離れにされていたようでそれなりに距離があるような声だ。そして暗くて見えない。
──みんなに伝えろーっ! こっちには来るなーっ! でかい敵がいてやばいっ!
さあ、どうする俺。
あれが俺のイメージが生んだ怪物なら……俺になら消せるはず。
うーんっ、消えろ!
どぎゃぁぁぁすっっ!!!
あれ? 消えないな? わっ! ブレス来たぁっ!
「きゃあっ!」
ファタリの声……近づいてる?
──ファタリ!くんなっつったろが!
「だってヒロが!」
「ヒロ!」
──アベさんまで! 来ちゃダメです!
まずい! 早くあいつなんとかしないと!
でも……目の前で火ぃ吹いてるドラゴンを頭から消すとか……無理っ!
消えろ〜っ消えろ〜っ!
ダメだ! 意識すればする程、あいつハッキリして来てる!
…そうだ!
追加であいつを倒す武器かなんか出せば!
なに出す? 戦車? 戦闘機? 戦艦?
ダメだぁっ! 微妙にハッキリイメージできん! イメージできたとして怪獣に勝てるイメージも湧かん!
「ヒロ!どこ!」
仲間達の足音が聞こえる! 時間がない! 俺のせいで……みんなが! くそーっ!
俺は叫んで天を仰いだ。
すると真っ暗な闇に、白い点が見えた。
……なんだ? アレ。
小さな輝きはゆっくりと降りて来る。
世界が静寂に包まれる。
時間が……止まった?
いや、光はゆっくり降りて来ている。
近くで見るとそれは青い光の輪。
更に近づくと、その光の輪に花弁のような台座と手で持つためのハンドルに似た部分が見えた。
……知ってるぞ。
俺はあの道具を知っている。
確かに見覚えがある。
昔……まだ、世界が未知と冒険に満ちていた……少年の日。俺は、これを手に走り回って……。
ついにそれは、淡く輝きながら目の高さまで降りて来た。
間違いない。タイガリング! 懐かしいっ!
っつっても知らない人もいるか。
ウルティマンタイガ劇中の変身アイテム!
俺タイガ大好きだったんだ。
タイガリング、クリスマスにもらえた時は狂喜乱舞したもんだ。電池ブタに白ペンで名前書いて、どこにでも持ってったっけ……。
俺の目の前でゆっくり回るタイガリング。
目の前で見ると……俺のか、これ。
名前書いてある。マジックで。「ヒロト」って。
これで何回しただろう、変身ごっこ。
何枚描いたろう、ウルティマンタイガの絵。
なんだ、最初から知ってたよ俺。
怪獣を倒すのが誰か。
何をここに呼ぶべきか!
意を決してタイガリングをこの手に掴む!
一層明るい光が周囲を照らした!
ぐるる……と竜が目を細めてたじろぐ。
リングが放つ光に照らされ、仲間たちの姿が見えた。意外に近い所まで来てたんだ。ファタリ、アベさん。
「ヒロ、それ……」
──来るなっつったろが。俺は大丈夫。頼む。離れてくれ。踏んじゃうかもだから。
「……えっ?」
──タイガァァッッ!!!
カシャッと開く花弁の台座。
辺り一面に閃光が溢れ、全てを白に塗りつぶす。
俺が腰に手をやると、そこには当たり前のようにフュージョンカードホルダーが現れる。
─ウルティマンさん!
『ヘアッ!』
──オーグさん!
『デュアッ!』
──光の力……お借りします‼︎
『フュージョンアップ! ウルティマンタイガ・ストロンチウム・ターディオン』
リングから溢れる光の粒子が俺を包み、光に溶けた俺は見る間に身長50メートルの光の巨人に!
『ゼアッ!』
足元に驚くファタリ達が見えた。危ないぞ。離れてろ。
あ、だめだ脳裏に勝手にV8の歌うウルティマンタイガのオープニングテーマが……! 不謹慎だと分かってるが止められん! だって当時は毎日のように歌ってたんだもん! 実は今もプレイリストに入ってるんだよね。
う! 竜が炎吐く態勢に! あの角度だとファタリ達が危ない!
『スペリオルシールド!』
俺はパントマイマーのように空中に壁を描く! すると描いたままの光の障壁が出現する! 障壁は炎をことごとく跳ね返す!
ああ、タイガだ、俺。
まさかこの歳でウルティマンタイガになる夢がかなうとは……!
『ヘァッ!』
俺は竜に駆け寄る!
大きさは奈良で見た鹿くらいの感じ。
これならっ!
渾身のチョップ!
炎を躱して顔にキック!
『ジャッ!』
奴の口から炎弾連射!
連続バク転で躱す俺!
大ジャンプで一気に間合いを詰め!
行けっ流星キック!
くぎゃぁぁぁっ!
『ヘェアッ!』
角を折られた奴はふらふらだ。
トドメだ!
『スペリオル光線ッ!!!』
大爆発!
俺は光線の構えを解く。
スパークタイマーが点滅を始めた。
短いな3分。ま、こんなもんか。
……ありがとうウルティマン。ウルティマンオーグ。そして……ウルティマンタイガ。
こんな……根性なしのモヤシっ子に力貸してくれて。闇の中、子供の俺が笑ってVサインした気がした。
俺を再び光の粒子が包む。光に溶ける。
元の大きさ……俺に戻る俺。
光の残滓がまだ俺の周りを漂う。
手にしたタイガリングは光を失い、石になっていた。少し力を込めるとそれは、くずっと砂になって、さらさらと指の間からこぼれた。
「ヒロー!」
ファタリ達が駆け寄って来る。
みんな無事みたいだ。
俺はぽろっとこぼれた涙を袖で拭った。
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