すれ違う思い

 RPGっぽい異世界なう。


 壁から剣を抜き、そのまま壁にもたれかかってへたりこむ。

 隣に心配そうな様子のファタリが来る。


──違うファタリ、先にイケメ……ン・ヴァルキュリアスを看てやってくれ!

 その次は団長さんだ。俺は……大丈夫。


 笑おうとしたがひきつってたかも。ファタリはうなずくと走って行った。


 に、してもなんて名前だ。ヴァルキュリアス? 名前も見た目も主人公っぽさ満点。可変戦闘機かよ。

 んあーっ……疲れた。

 あれ?

 部屋の様子……壁の色が変わってく?

 いや、違う!

 調度品も壁紙も見る見る古びて行く……!

 ボロボロの、ぐずぐずに!

 燭台の火も消え、豪華な謁見の間だった部屋は、あっと言う間に薄暗い寒々しい廃墟に。

 ……何もかも魔法か。くそったれ。


 ガタン、と朽ちた玉座が倒れるとその向こう側に扉が見えた。

 次の階か……まあもうちょっと休んでもいいでしょ。ふとポさん……は、やっぱ呼びにくい。竪琴さんに目をやると例の革の手帳に一心に書いている。歌のネタ帳か。この騎士団、人選に著しい誤りがあるんじゃなかろうか。どいつもこいつも。

 そんなに一杯は動いてないと思うんだが、体が鉛のように重い。魔法弾喰らって転がった時か何度かすっ飛ばされた時か、身体中のあちこちが痛い。まあクマゴリと一騎打ちした時より軽傷かな。今回はディフェンスでサポートだったからな。アベさん大丈夫かな? 様子見に行こ。

 ああ、疲れてるなアベさん。

 片膝ついた状態で休んでる。あの相手にあんだけ動けばそりゃあ……。

 アベさんが近づく俺に気づき笑いかける。俺も辛うじて笑い返す。アベさん首動かして「あれ、見ろ」みたいな。

 何です? 壁? あ! 王の肖像画、王冠被った骨に!


 ……死霊の王、か。


 部屋の角では上半身裸のイケメンがスースー寝息を立てている。

「間に合ったわ。よかったぁ」


 そうか、ヴァルキュリアス助かったか。

 騎士団長の治療も既に終わっていて、自分で鎧を着直してる所。いいな、回復魔法。でも、これで打ち止めか……。


「目覚めるまでも少しかかりそうや。深手やったさかい」

──そか。アベさんに、とりあえずここ出ましょう。ン・ヴァルキュリアス運んで。どっか休めるとこさがして、彼が目覚めるまで休憩にしましょ。って伝えて。


 団長と竪琴さんがイケメンを運ぶ。

 奥の扉から出るとちょっとした広間。その先に階段。俺たちはそこで暫く休むことにした。

 革袋の水筒から水を飲む。

 木でできた吸い口が微妙に大きく、本体も水が減るごとにダルンダルンになるので飲みにくい。ま、吸い口が小さいと水入れる時不便なんだが。ちょっと頭からかけ、手拭いで顔拭った。だから嫌だっつったじゃん。バトル。臆病者と言うなら言え。こんな状況に急に放り込まれて、得体の知れない能力持った強力な敵と、負けたら仲間がみんな死ぬような戦いするんだぜ? 怖いし嫌に決まってる。

 でね、実際やって判った。個人差無視してあえて言うが、俺たち現代日本人は命のやりとりの戦いに向いてない。根本的に。相手を殺すってこと自体にまず強い抵抗がある。傷つけるだけでも悪いことと感じる。流血をいとう気持ちが子供の時から叩き込まれてる。それがいいことなのか悪いことなのか俺には分からない。殺して平気、よりはまともと思うが緊急時には不利に働くな。民族的優しさが。一長一短、か。


「疲れてんなぁ……ヒロ。平気?」

──そこそこ平気。ファタリは? 魔法使って眠いんじゃないか?

「まだ平気や。空があればカミナリも行けるで」

──頼もしい。塔の中なのが残念だ。

 な、魔法って他に何ができるんだ?

 俺素人だから変な質問かもだけど火とか水とかも……操れたりすんの?

「うちは無理。うちが約束してるのは月の神様と木の神様なんよ」

──木? 雷じゃなくて?

「なんでか知らん、雷は木の神様の担当なんよね」

──木に落ちる……呼び寄せるってことかな。へえ。じゃあ木を操って敵を攻撃させたり?

「無理無理。神話やおとぎ話じゃないんやで」

──可能不可能のラインが分からん。雷は落とせるのに? 死ぬような傷、治せるのに?

「それは自然の中で普通にあることやろ? うちは自然の出来事の担当の神様にお願いして、タイミングや場所をずらしてもらったり、スピードを早めてもらったりするだけや。木に敵を襲わせるって……ふふ」

──RPGっぽいゲームや映画じゃ、ちょくちょく見るシーンなんだがこの世界にはこの世界のことわりがある、ってことか。

「うちにできるのは落雷と癒しだけ。これでも優等生なんやで? この若さで二つ魔法が使えるなんて滅多におらんし」

──十分だ。あの歌みたいなのは?


 ファタリの顔が少し真剣になる。

「信者以外には秘密なんやけど……」

 声を潜める。

「内緒やで、ひとにいいなや」

──解った。約束する。

「あれが神様と対話する響き、やねん」

──響き?

「この世界は水も木も草も、全てのものが神様の目から見ると響き……音とか歌みたいなものなんやて。もちろん神様自身もな。正確に神様の御名を唱え、力を借りたいものの名前を唱える。それができたら、魔法は使えたも同然や」

──踊ったりは?

「場所の目印と、解りづらいやろけどあの動きも響き、やねん。まともに言葉だけでも唱えられるけど、メッチャ長いで」

──世界は響き、魔法はそれをなぞる儀式、か。へえ。姉さん達は? 大体ファタリって何人姉妹? それぞれ得意魔法が?

「四人姉妹やで。一番上の姉ちゃんは月と太陽と火、二番目の姉ちゃんは火と鉄と木。三番目の姉ちゃんは月と土。うちが四番目。」──月の神様、人気だな。

「眠りと癒しの神様やさかい。お願いする機会が多いねん。月が満ちて行く時期の方が効きがいいねんな。逆に新月の日は使えない。だから新月を待って出発してんけど。初日、新月でなければ、シマンティにやられた騎士も治せたかもしれんのに……」

──……俺が見る限り、一人は即死っぽかったよ。魔法があったとしても助けるのは無理だった。もう一人は生きてたんだ。ファタリのせいじゃないさ……気に病むな。


 なんかイメージ違うな、俺が思ってた魔法と。

 魔法には魔法の枠組み……と、いうか規則があるって感じ? 不便さが生々しい。ゲームはゲーム……ってことか。映画のハリー・ポッターとか、結構短い呪文でボン! って出してた気がするが、原作読んだら魔法の力の背景とか触れてる箇所があんのかな。


──試練ってこれで終わりだっけ?あとは扉?

「……闇と光を抜けしものの手のみが、扉に届く、やけど。どんなんやろな?」

──ナゾナゾ系の試練かな?


 携帯見るとまだ昼の三時過ぎ。塔に入ってまだ10時間くらいしかたってないのか。もう足掛け五日くらい居る気がするよ。はあ。


 階段の試練は目前の出来事を正しく捉える折れない心、石像の試練は最低限勉強しててそれを応用できるかの知恵、王の試練は戦いの強さとチームワークが試されたのか。絵の謎も戦い担当とサポート担当がいなきゃまず気付かない……気付いても分業できないもんな。あの鎧相手じゃ。

 ってか、塔が求める人材ってどんな奴なんだよ?

 心がまっすぐで賢くて強くてチームワークのいい冒険者のパーティー?

『選りすぐった冒険者の命と魂がこのウェルトゥの動力源なのだ……』とか言い出すなよ? 誰が言うのかはわかんないけどさ。ここまで来たら皆で生きてさ。それぞれの……結末を。


「ヒロ」

──ん?

「うち着替えたいねん。付き合ってくれる?」

──いいけど王の間で?

「うん。もう巫女の装束になっとこかな、とおもて」

──ああ、いいけど。

 ファタリさ、いつも無防備なタイミングで俺を見張りに指名するが、俺がなんかするかも、とは思わないのか?


 ファタリは、はた! と立ち止まり、くる! と俺を振り返ると、じ! と俺の眼を見た。


「ヒロ、うちになんかすんの?」

──いや、取り急ぎ今どうこうは……しないけども。彼女は溜息を一つつく。

「なら、別にええやん」

──ええで、別に。アベさん、ちょい離れます。すぐ戻るんで。


 ファタリは王の間の奥で着替え始めた。

 例の文机にもたれかかってそれが終わるのを待つ。


──なあ、ファタリ。

「なん?」

──俺が住んでた向こうの世界……カオルの世界なんだけどさ。

「うん」

──ファタリの思ってるような感じじゃないかもよ。

「どういう意味?」

──気を悪くせずに聞いて欲しい……。

 吉本とかUSJとかカオルさんの言うとおり楽しいこともあるんだけどさ。

「うん」

──それと同じくらい向こうにしかない嫌なこととか面倒なこととか、悲しいこととかあるんだよ。

「……」

──病気や死、嘘や裏切り、戦争や飢え……。

「……うん」

──俺こっち来てアベさんと暮らしてさ。正直この世界悪くない、ここで一生を終えてもいいかも、って思ったりしたんだよね。

「うん」

──一度向こうの世界に行けたとして、そう簡単には戻って来れないんだろ。やめろとは言わないが……よく考えとかないと、ショック受けるかも。

「なんで、そんな話するん……?」

──なんでって……。

「ヒロがそばにいてくれるんやろ? 向こうに行ったらそのままさいなら、なん?」

──扉ってそういうもんなのか? 二人で…同じ場所にちゃんと行けるの?

「それは……」

──例え一緒に行けたとしても、ファタリはきっと俺にもがっかりする。向こうの世界での俺に。

「そんな……!」

──前にも一度言ったけど向こうじゃ俺、ほんとどこにでもいる『その他大勢』なんだ。ここじゃたまたま運が良かったり助けてくれる人がいたりして、勇者みたいになってっけど。偉い人に頭下げて、あくせく働いてちょっとの給料を稼ぐような立場なんだよ。

「でも……うちは!」


 着替えを終えたファタリが、ばっ、とやって来て文机にもたれる俺の前で仁王立ちに。俺を睨む眼は涙でいっぱいだった。でも、言っておかないと。


──俺は勇者でも英雄でもない。今の話聞いて迷うようなら、ファタリはこの世界にいたほうがいい。


 ぱんっ!


 ビンタの音が響いた。

 この世界に来て色々と強力な攻撃を受けて来たが、それらと比べても……痛いビンタだ。

 部屋から駆け出した彼女を見送って一人溜息をつく。間違ってない。二つの世界を知る者、彼女を大事に思う者として、的確なアドバイスのはずだ。俺の我儘で彼女の一生を悲劇にするわけにはいかない。

 部屋を出るが……俺が何かしたみたいじゃないか? まあしたけど……やらしいことではないし。叩かれたの俺だが、なんか白い目で見られるのも俺か。ファタリに目をやると壁際で体育座りでうつむいてる。

 これでいいんだ。

 都合悪いことをなんとなく誤魔化したままにして扉に着いちゃうのは……避けたい。


 イケメン騎士は目を覚まし、皆に頭を下げると身支度を整え始めた。

 出発か。アベさんに呼ばれる。なんか言われてるが……。

──ファタリ、通訳してくれよ。

「……」

──ファタリ!

「どう思う? 夜まで待って月の出を……魔法の使えるようになるのを待つ手もあるが、やて」

 あからさまに憮然とした物言い。まだ怒ってる?

 そうか、次の月が出ればもう二回ベホマが使える。今、四時前……二時間くらい待てば。

──うーん。先に進んでいいんじゃないでしょうか? 日が暮れると塔の中も真っ暗になります。松明たいまつも食料もあるけど限られてるし、真っ暗なこの塔の中で立ち往生は避けたいですね。


 うん。そのはずだ。


──これは全くの勘、ですけど残りの闇と光も、激しい戦闘主体の試練とかじゃない気がします。強さの試練はもう終わってるので。僕らを単に殺そう、ってつもりはなさそうですし。

「……と、言うと?」

──単に殺すつもりなら残虐な罠をもっとわんさとしかけるでしょう?

 あの『王』みたいのをもう二、三人足すだけでもいい。この塔自体が試しだってのは信じていいと思います。で、強さの試練は終わってるから……。

「なるほどな、長居は無用やな。外の二人の事もある。うまくすれば日没までに扉に着くかもしれん。今はうちらの勢いもいい。進もか、上へ」


 ファタリは俺と顔を合わせようとしない。解ってくれとは言わない。俺なりに君を想ってのこと。それで嫌われちゃうなら、仕方ない。お互い立場がちょっと……複雑だからな。

 階段を登るとまた広間と扉。扉のプレート。

「闇、やで」

 話しかける前に彼女が言う。うーん……。


 騎士達は松明たいまつの準備。俺も一本渡される。ま、闇だがら部屋は暗いんだろうな。アベさんが扉を開ける。やっぱり。部屋真っ暗。イケメンが火打石で点火してくれた。おお。松明たいまつ。顔近づけると熱い。当たり前か。ファタリに手を差し出すが、その手を取ろうとしない。


──あーもう! 嫌かもしれないが我慢しろ。お前が俺を嫌いでも、俺はお前を護りたい!


 俺はファタリの手をむんずと掴むと半ば強引に引っ張って闇の部屋の中に連れて入った。

 初めてまともに握った彼女のてのひらは柔らかく、そして温かかった。

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