不死の王、致死の剣

 柔らかい膝の、流れるような足首の動き……完璧な予備運動。

 次の瞬間、軸足の膝の保持力が唐突にゼロになり急反転したアベさんの全身が奴の死角に滑り込む。弾かれたようにアベさんが飛び出す。刹那タイミングずらして俺も飛び出す!クリーンヒット!

 ……したのは俺の一撃だけ⁉

 アベさんの一撃を奴は見惚れるような円撃で弾いた。

 馬鹿なっ! 達人であればあるほど目で追ってしまうのが柳葉の動き! それを躱すって信じられん!

 だが、さしもの奴もアベさんに集中し過ぎたか、俺の一撃はスコーンッと見事に奴のかかとを弾き、奴はもんどり打って倒れた。

 必殺の一撃を躱されても立ち尽くすアベさんではなかった。身を翻したアベさんの左手にはいつの間にかアベさん愛用のハンティングナイフが。倒れたキムタクの喉元、僅かな鎧と兜の隙間にナイフをねじ込む。ナイフの柄を剣の柄で一撃して打ち込む。さらにナイフの柄を足場に全体重を掛けてえぐるように跳躍。

 ……エグい! 絶対殺すという強固な意志! アベさんが味方で本っ当よかった!

 ナイフは柄まで奴の首に埋まってる。

 鎖帷子も完全に貫いてる。

「かいしんのいちげき!」ってこういうのをいうんだろな。

 アベさんは奴に向き直り構えを解かない。少し肩で息をしてる。そらしんどいわな。

 通常ならどう考えても即死ダメージのハズだが………場所が場所、相手が相手だ。終わったって感覚がない。


 ……やっぱり!

 ゆっくり起き上がるキムタク。

 アベさんが溜息をつく。

 なんなんだコイツ! 攻略アイテム取り逃して登って来ちゃった?


 その時、背後から誰かに小さな声で名前呼ばれた。

 文机の影からファタリが手招きしてる。

──ファタリ、どした?

「ン・ポがこれをン・アベェにって」

 ……重っ! でけえ斧っ! 誰からだって? 竪琴の人がちらっと顔出して首を掻っ切るジェスチャー……竪琴さんって斧使いだったの⁉︎ ってか名前……「ポ」⁉ ……まあ今そんな場合じゃないか。

 これ重っ……片手じゃツライ。ドラクエで言う鉄の斧……バトルアックスって奴か。棘棒を置き、斧を持ち直す。あ、騎士団長、キムタクの後ろから行った! が、後ろ蹴りで蹴倒された。あの人、いいとこないな……けど今だ! アベさん! 三歩勢いつけて斧をアベさんに! ……よかった。届いた。所でイケメンは?

 って気がそれた瞬間、でかいバットで打たれたような衝撃。

 魔法か! 我ながら事故シミュレーションのダミー人形のようにがくんがくんなりながらすっ飛んで床を転がる。

 ぐふおっ、いでえ……あ、棘棒……拾っとかなきゃ。

 アベさんは……受け取った斧をくるくるっと手元で回した。そのまま斧を腕の周り、体の周りと回し、最後は自らもぐるっと一回転して、改めて斧を構える。斧の重さや振り具合をひと通り確かめたんだろう。間合いと手数ではキムタクの剣が有利だが、一撃の破壊力は圧倒的に戦斧が上。

 まともに当たれば鎧を抜いて……アベさんの技量なら!

 キムタクの剣撃の速さと重さ。対するアベさん、常にクロソイド曲線で斧を回転させ斧を止めない。

 上手い! 直線の動きだとモーション中もその後も隙ができるが……重い武器ってああ使うのか。だが武器が変わっても二人の実力は拮抗。このままじゃまたアベさんが不利に……!

 またも一進一退の激烈な攻防に。

 くそ! ちょっとでも奴に隙があれば! あ! 危ない! 

 キムタクが強烈な一撃のモーションに入った刹那、奴の動きが一瞬だけ止まった。何かに引っかかった……いや!

 イケメンが奴のマントを剣で床に打ち付けてる! 奴のモーションが中断する!


 奴が動きを止めたのは時間にすれば本当に「一瞬」だった。だがアベさんにはその「一瞬」で十分だった。

 くるると体ごと回転すると体重と遠心力を乗せた戦斧が横薙ぎに唸る。斧の血溝と装飾がピウッとひばりの声のような音を立てた。

 斧の刃が奴の襟飾りを砕き、そのままポーン! と奴の首が宙に舞う。血が吹き出したりはしない。奴はがくん、とその場に膝を折りガシャンと音を立てて倒れた。

 アベさんも斧を杖に片膝をつく。はあはあと肩で息をしてる。こんなアベさん初めて見る……。ギリギリだったんだな、アベさんも。

 いや、これは倒したでしょ⁉

 ……強かったなぁ。キムタク。

 もしアベさんが負けてたら残りのメンバーじゃなす術なく全滅だったよ。イケメンのドヤ顔がうざいが……まあお前もよくやった。なんだかんだで決定打のチャンス作ったのお前だもんな。思うさま出世してくれ、業界の風雲児として。本当に……みんな無事でなにより。


 その時!


 ……ガシャ。


 ……嘘だろ? 気のせい……。


 ガシャシャ!

 空気が変わる。

 床に打ち付けられたままのイケメンの剣でマントを引き裂きながら奴が起き上がる。当然、首がない状態で。

 そんな……あれで倒せないなら何したら倒せるんだよっ! アベさんももうヘトヘトなんだぞ!


 キムタクは普通に歩いてイケメンに近づく。何してんだイケメン。ボーッとしてねえで逃げろっ! と叫ぶ間も無くキムタクは……奴は手にした剣でイケメンの腹を無造作に刺した。

「は……」

 一つ息を吐き倒れるイケメン。

「ヴァルキュリアスッ!」

 騎士団長が叫ぶ。

 無理だ! よせ団長!

 団長の斬り込みをやすやすと躱し、キムタクは剣の柄で団長の顔を一撃、倒れた団長の右腕を思い切り踏み付けた。

 ゴキィッ!

 団長の絶叫が響く。

 くそっ……このままじゃ!

 アベさんと目が合う。互いにうなずく。二人で同時に床を蹴ると、真逆の二方向から踊りかかる。

 勝負ッ!


 ギャギャシャンッ!


 ぐえっ!

 今なにされた⁉

 ギラッと奴の剣が閃いたと思ったら床に倒されてる。棘棒がない! どこ⁉︎

 奴は俺に向き直ると剣を掲げて……来る! 背中で床をこするように這いずって後ずさる俺。文机に阻まれもう下がれない。文机を背に奴の剣を見上げる。

 ここまでか……こいつの次の一撃が、俺の最期の時か……!


 絶体絶命、と思ったその時、奴がふ、と動きを止めた。

 まるで俺を見失ったかのように。

「ヒロ!」

 アベさんが奴の背後から斧で一撃!

 だが奴はまた剣を背中に回し斧を弾く。


 ……なんであれが見えて俺が見えないんだ?

 いや第一、首ないんだぞ?

 そういや首ある時からそうだ。

 最初からキムタク、背後からの攻撃もことごとく躱してた。

 アベさんの柳葉にもかからなかった。

 決まったのは……かかとへの棘棒のみ。

 あの時も俺、ここからだったな。

 この文机の前が……死角?

 アベさんはまだ奴と戦ってる。

 俺は文机からそっと後ろの壁を覗いた。


 ……そこには!

 『キムタク』のタイトルプレートの付いた肖像画。トランプのキングを劇画にしたような。

 その眼が! 動いてる!

 アベさんとキムタク……いや、首なし鎧の動きを追って!


 本体が別にあるパターンッッ!!!


 くそ! 無限回廊以上に使い古された手! 俺がもっと早く気づいてればイケメンは……!


 腰の剣を抜く。

 一つ大きく息を吐く。

 文机から飛び出し、文机自体を踏み台に。

「ヒロ!」

 ファタリの声。隠れてる二人を飛び越えて跳躍。

 壁の絵の王と眼が合う。その眼が、驚いたように見開かれたのを俺は見た。

 喰らえキムタク! 団長とイケメンの分だぁぁぁっ!

 絵の王の首に力一杯剣を突き立てる。


「ぎぃやぁぁぁぁっ……!!!」


 部屋に響き渡る断末魔の悲鳴。

 俺は刺さった剣の柄を持ってグリッとえぐる。

 取っとけキムタク!

 珍しい見世物の代金だ!

 釣りはいらねえぜ!


 ガシャァンッ!


 見ると背後では、鎧がバラバラになって床に散らかる。斧を構えたまま、驚いた顔のアベさん。


 倒した……終わったぞ……今度こそ。

 …………ふう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る