王の歓待

 RPGっぽい異世界なう。


 休憩終わり。

 次の試練は戦闘だろうというのはやはり全員共通の見解。アタッカーがアベさん、騎士団長、イケメン。俺と竪琴さんがディフェンダーでファタリの護衛……行けたらアタッカー組のサポート。ファタリが無事なら誰か死にかけても二回は復活できるしね。

 思えば俺、エンカウント以外の戦闘初めてか? 今まで経験した戦闘らしい戦闘といえば……クマゴリ、カマキリ、クマゴリ……三回しかなくて内二回がクマゴリラか。あ、アベさんに落ちてきた目玉ヘドロやっつけたことがあったっけ? うーん……俺高く見積もってもレベル3とかじゃね? 行ける?


 革手袋どうしよっかな。防御力でいうと勿論あった方が安心なんだが、武器の扱いは無い方がタイトに扱えるんだよな……。

 一旦脱ぐか。森の中でもないし、棘やささくれを貰うようなこともあるまい。

 棘棒も出しとこ。ボウガンは弦引いた状態で右手に。棘棒左手に。刃の通りそうな相手ならどっちも投げて剣にシフト、かな。矢、載っけてるだけだら水平保たないとなんだが、片手だと結構キツイ。プルプルしてくる。一発撃ったら一旦捨てよ。再装填の暇は無かろう。


 王の間の前で待機。また鉄扉の上にプレートが……あれ?


──ファタリ、あれ『王』って書いてあるのか?

「そやな。そう書いたるなぁ」


 ……カタカナとして読める字づらだな。左右からギュッて詰めた「キムタク」。勿論細部は違うが、一旦キムタクと読めてしまうともうキムタク。


 あ! キムタクに気、取られてる間に突入開始⁉ いけね、心の準備が……ええいなるようになれ!

 えいやっと入った部屋の中。

 薄暗いが……壁に作り付けの燭台が並んでて部屋を照らしてる。

 燭台の火の管理どうしてるんだろ。照明魔法かな。

 おお、豪華な……謁見の間かな?

 フカフカの絨毯。優美な装飾の家具。高い天井に宗教画。

 壁には狩りの獲物と思われる剥製の首。

 こいつが王様かな? 肖像画。

 小高い丘の城が描かれた風景画。

 紋章の入った盾とクロスした二本の剣。

 あ、肖像画、王様で間違いないや。タイトルプレートに「キムタク」って書いてある。劇画にしたトランプのキングみたい。キムタク王。


 誰もいないな……部屋の奥に視線を移すと、一段高くなった一角が。その一角だけ緋色の布に金糸で豪奢な刺繍が施されたカーテンで囲われている。

 ……怖っ! 絶対なんかいる! もう撃っていい? あのカーテン!

 と、思った瞬間、するするとひとりでにカーテンが左右に開いた……もう嫌っ!


 うわ……玉座になんか座ってるーっ!

 禍々しい鎧を着た大男……だよなフルフェイスで顔は分からないが。あの鎧、多分「まじんのよろい」とかだな。

 撃っていい? 撃っていいですか? 取り敢えず! 『まあ座れ……シナモンティーはお嫌いかな?』とか絶対言わないタイプ!


 ……ガシャ。

 動いたーっ! 立ち上がったーっ! 無理無理っ! マジ怖え!

 ……シュラン。

 剣抜いたーっ! 敵対行動確認! 撃ちます!

 ……かんっ。

 鎧で弾かれたーっ!

 ま…予想はしてたさ。ボウガンを捨て、ファタリを背後に庇いながらジリジリ壁際に下がる。……よかった。俺、ディフェンスで。


 アタッカーの三人が間合いを測りながら鎧のキムタクを囲む。

 俺と竪琴さんはその様子を伺いながらそっと左手の壁沿いへ。肖像画の前の文机の後ろにファタリを隠れさせる。ここに居て。竪琴さんも、と目で合図。棘棒装備で待機。身が安全な攻撃チャンスがあれば……行く!


 なんか……まじまじ見ちゃうなぁ。

 これが生のダンジョンのボス敵かぁ……。

 いやゲームじゃそれこそ何十体と倒して来たが、実際のボスキャラと生身で対峙する日がこようとは……普通思わんよな。

 闇そのものから打ち出したような漆黒の鎧は、全身を隙間無く覆う板金の鎧。僅かな隙間からも密に編まれた鎖帷子が覗いている。鎧全体に棘やら角やら。所々に金の縁取りとか、十円玉に描かれた葉っぱの列みたいな……なんか格調高そうな彫刻。見れば見るほど「まじんのよろい」。テラテラの黒いビロードのマントを引きずって。

 ……ガシャ……ガシャ。

 正直動きはのろい。

 死人か? 死者の王が鎧を着てるのか?

 ま……冷静に考えたらまずこの世のものではないよな。人間だとしたら仕事何時入りだよ? 七時入りで十一時上がりだとしても、夜十一時から翌朝七時までボス不在じゃん。夜間シフトの奴と交代すんのか?

 ……死人か魔法だな、やっぱ。くそ! 魔法うぜえっ。なんでもありじゃんか。


 キムタクが部屋の中央で立ち止まる。

 アタッカー三人が互いに眼で合図。

 始まる……!

「オグッ!」

 アベさんの合図で三人同時三方向から斬りかかる。

 キムタク速い! その左手から陽炎の球みたいのが飛び出し団長をすっ飛ばす。 イケメンの剣を躱し。 アベさんの剣を剣で受け止めた。

  ってか速く動けるのか! しかも魔法まで!

 まともに喰った団長、本棚に激突してうめく。イケメンが何か叫んで再度斬りかかる。

 や、お前まともに行き過ぎじゃ? フェイントとか入れろよ! 

 上段、右袈裟、左袈裟、ツバぜり合い……キムタクの蹴りがガラ空きのイケメンの腹に!

 どぼおっ、と鈍い音がしてイケメンがすっ飛ばされる。キムタク、若手イケメンを完全にあしらってる。

『芸能界を甘く見るな……如何にイケメンでも、みてくれでだけで売れるのは最初の二年のみ……!』とでも言い出しそうな風格。

 床を転がったイケメン、咳込んで悔しげにキムタクを見上げる。アベさん隙を突こうと身構えるが次の瞬間キムタクがまたアベさんに向け魔法を放つ。奴の左手が無造作にアベさんに向く。ぼっ、と独特の発動音。

 ってかキムタク、アベさんの方全く見てなかったぞ!

 アベさん小さく前転して魔弾を躱す。身を低くくしたままの足払いを、キムタクは軽いジャンプで躱した。天から地へ、キムタクの雷のような剣の一撃。アベさん!


 ギャリィンッ!


 アベさんは奴の撃剣のベクトルを自分の剣で支えてそらし、奴の剣が床を激しく叩く。防御を終えたアベさんの剣が、そのまま逆袈裟に奴の左脇腹を狙う。奴の左手の手甲がアベさんの剣の横つらを叩く。剣それる。あーっ、アクション認識能力が追いつかん!

 ってかこんなバトルに混ざれるか!

 俺、本職は学生だぞ! あの二人みたいに職業RPGキャラじゃねえもん!

 ……まあ本人たちも職業RPGキャラのつもりはないだろうが。

 けど……アベさん一人じゃ……キムタクにはスタミナの概念とかなさそうだが、アベさんは生身の人間だからな。

 今、俺にできること……。

 そうっと真後ろからなら。

 今のとこ戦力外として見られてるのか、全力で「絶」使ってるつもりが功を奏しているのか、奴から俺は完全に無視されてる。

 気配消したまま後ろから行けば、クリティカルしないまでもアベさんの攻撃チャンスの糸口ぐらいには……!

 俺の今の装備……ナイキの靴と革の鎧は忍ぶ動きを妨げない。

 元々狩りで獲物に気づかれないためだが、余分なパーツやかち合う金属部分は無く、体にフィットする造りでガチャガチャ鳴らない。

 ……景色の一部に。動きは緩慢に。背景に溶け込め。

 多くの獲物はまず「音」に反応する。その次が「動き」だ。


 アベさん……やっぱすげえな。

 キムタクと全くの互角。弾ける剣撃の火花。響く金属音のコンツェルト。

 なんかこの期に及んでなんだけど、こうして見てると映画のクライマックスを抜き出した動画みたいだ。まだそんな事言ってんの? って怒られそうだが、こんなのに完全に現実感持てってのが無理。


 カマキリの時のストップ&ゴー、走法・達磨転が静と動の使い分けだとするなら、これは完全に静の接近法。名付けて歩法・蝸牛行かぎゅうこう

 ゆっくり……ゆっくり……ある程度近づいたら完全停止。逆に獲物の動くのを待ち、いい距離、いい角度になるのを待つ。あれだけの激戦。隙は必ずある!

 棘棒がいつもより重く感じる。

 ツバ一つ……飲めるな。

 手は汗ばんでるが、なに、ちょうど良い滑り留めだ。今回みたいなフルアーマーな奴には、剣よりむしろ棘棒の方が有効なハズ。一撃与えてすぐ逃げる。それでいい。あくまでアベさんのサポートに徹せよ俺。いのちをだいじに。

 棘棒を手に彫刻のように静止し、ほんの一瞬のチャンスを待つ。

 すげえな……あの二人の戦い。

 繰り返し練習して磨き上げられた演舞みたいだ。

 あっ! アベさんが少し撃ち負けて態勢を崩す。完全に背後を俺に向けたキムタクが高々と剣を振り上げる。

 来た! チャンス! 千載一遇! 不意討ち御免!


 質量武器の棘棒、勢いに乗ればちょっとやそっとの防御なら防御ごとぶっ叩ける!

 ちぇすとーっ!

 ガキィンッ!

 ってなんで完全防御⁉

 奴は振り向きもせずに剣だけを背中に回し、棘棒の柄に剣をぶつけて……うわ持ってかれる⁉︎ ギリで落とさなかったが俺の姿勢がぐらっとつんのめる。奴はそのままぐるっと剣を回して……狙いは俺っ⁉ 死ぬっ! くぉっ! 肩と肘はずれそうになりながら棘棒を自分の前に引き戻す。

 ギィンッ!

 目の前で火花。すっ飛ばされて文机に激突。

 げほうっ!

「ヒロ! だいじょぶ?」

 机の向こうからファタリの声。

──あぁ、なんとか……!

 見ると棘棒の鉄の柄が半分ほどえぐれて削れてる。

 あっぶねえっ……なんて奴!


 アベさんは一瞬俺が生きてるのを確認するとまた奴に斬りかかる。

 騎士団長、イケメンも既に立ち上がって剣を構えてはいるが手を出しあぐねてる。

 くそ! こいつ心眼全開じゃねーかっ! 強すぎる! バランス悪っ! どこの洋ゲーだよ! 次のアップデートでバランス調整かイージーモード追加必須だろこれ! ……次があればだけど!


 アベさんと奴の一進一退の攻防が続く。だが、徐々にアベさんが防御の割合が増える。


 ガキィンッ!


 一段と強く剣を弾くと、アベさん飛びのいて間合い取る。雰囲気が変わる。なんかする気だ。

 あの構え……マジかアベさん!

 ここで瞬剣・迅雷⁉ (ってクマゴリを一撃で倒した捨て身タックル突きのことね)


 今度こそ無茶だ! 正面から過ぎる! それなら頑張れば俺でも躱せます! ヤケにならないでアベさ……いや! 違う! あの足の運び……「ゆらぁ……」って。

 元祖! 歩法・柳葉!

 そか、歩法・柳葉からの瞬剣・迅雷のコンボ! これは最強! 死中に活! 勝機あり! 俺も手伝います! 屈んだまま棘棒、準備良し!


 俺から見ると左にキムタク、右にアベさん。アベさんの超必殺発動直後に奴の右かかとに一発見舞ってやる! 奴の剣は一本。俺とアベさんの高さも方向もジャンルも違う攻撃を同時には防げまい。奴にできなくて俺たちにできること……それは「分業」だ!

 アベさんと俺の師弟の絆! 見せてやる!

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