ウェルトゥが思ったよりショボい。

 RPGっぽい異世界なう。


***


 これまでのあらすじ

 いつもの帰宅電車から降りるとそこは中世封建社会っぽい異世界の森。奇怪な生物に襲われた俺は鎧姿の中年男性、アベェ──アベさんに助けられる。文化系100%インドア派大学生の異世界サバイバル生活が始まった。

 狩人暮らしをするアベさんとの共同生活で数多の困難を乗り越えながら、この世界に適応して行く俺。この非常識な状況を現実として対処はしつつ、自分の妄想ではないかという懐疑も拭えずにいた。そんな折、現れた騎士団と巫女。俺は巫女の容姿と言葉に衝撃を受ける。彼女は俺の初恋の先輩にそっくりだったのだ。おまけに別の異世界迷子だった大阪人から習ったという関西弁を操る始末。あまりのありえなさに俺は、彼女に複雑な感情を抱く。

 俺の世界への帰還の望みを託し「異世界の扉を閉じる」という巫女と騎士団の任務に同行する事になった俺とアベさん。明かされるアベさんの過去、騎士たちとの交流、森の魔獣との死闘、巫女ファタリと二人きりの夜……。ファタリへのわだかまりを払拭し、心の距離を近づけた俺は、ついに扉の地「ウェルトゥ」へと辿り着いたのだった。


***


 塔!

 ウェルトゥって塔なんだ。


 勝手に地下迷宮かと思ってた。

 ってか地味でしょぼいな。

 高さもこっから見る限りじゃ七、八階建てのマンションくらいじゃね?

 伝承で「天を突くような」とかでもまあこんなもんだよな。この世界の建築技術にしてはすごいんだろうが。

 ……よかった。あのサイズなら中にドラゴンクラスの生き物は入れないや。居てもヴェロキラプトルクラス。ならまだ戦える。ちょっと心配してたんだよね。ドラゴンと生身の人間は戦うべきでないって心から思う派だからな、俺。2m級クマゴリがギリ。いやそうだろ普通。どう考えても。


 問題は、扉の仕組みや閉め方だな。

 例えば「巫女の命」とか「全員の命」とかが鍵とかだったらどうしよ。反対して意見通るだろうか? 夕べ以来、俺の巫女さんへのわだかまりも解けて、正直彼女には死んで欲しくない。騎士を敵に回して逃げる! くらいの覚悟はしておくか……一応。

 もしそうなったらアベさんどう動くだろう? 味方してくれるだろうか? 騎士に戻れるんだよな、この任務遂行できたら。アベさんが敵………考えたくないし、かなう気がしない……。でも、もしそうなっても、俺は巫女さんを生かす方向で動こう。対クマゴリ戦の崖で一度は死んだ身だ。

 困るのは巫女さん本人が進んで生け贄になりたがるような場合だな……。昨日話した感じじゃそんな子とも思えないが、例えば彼女がそんな悲壮な決意をしてしまうような状況になった場合、説得できるかな、俺に。

 宗教系の仕事の人って、宗教上の任務で死ぬのを美化してるイメージがあるんだが、俺の偏見であることを祈ろう。本人と一度話しとくか?


「ヒロ、どしたん? 怖い顔して」

 我に返ると巫女さんに顔を覗き込まれてた。

──いや、ちょっと考え事。あ、ウェルトゥって中どうなってんだ? 最上階が扉? 登るだけ?

「扉は一番上みたい。途中は詳しくは書かれてないねん。幾つか階があって『試される』って」

──試される?


 出たよ。試練系? 各階ボス的な? ジャンプ漫画かって。最後は第三形態まで変身する魔王がいて「よくここまで来られたな、褒めてやろう!」とか言うのか?

 ……気ぃ重いな。試練の内容、早押しクイズとかならいいのに。バトルは嫌だ。痛いもん。ファタリが使うような魔法で攻撃されたら「かわのよろい」で防げるかな?

 でも塔自体があれだからな。

 試練だかボスだかもしょぼい可能性もある。つるつるの坂をダッシュで登るとか、各階に色違いのクマゴリが一匹ずついるとか。


──ファタリ。

「なん?」

──扉を動かすのに巫女の命がいる、とかだったらどうする?

「……うん」

──俺は君に……死んで欲しくない。

「……うん」

──例え人々の為でも、この世界の為でも、ファタリには……生きていて欲しい。

「……うん」

──ファタリが生け贄とかにされそうなら、俺、邪魔するから。絶対邪魔するから。一緒に、逃げよう。どこか遠くへ。そのつもりでいてくれ。

「……うん。わかった」


 うん。これでいい、はずだ。

 この子が死んで、俺が俺の世界に帰るなんて絶対ゴメンだからな。


「ヒロ」

──ん?

「……おおきに」

──ああ。


 おおきに、か。……方言も、味があっていいな。

 ってか、どんななんだろ? ウェルトゥの中。もう誰か死ぬとかほんっと嫌だ。ハッピーエンドがいい! 俺にどれだけの事ができるか分からんが、今のこの仲間たち全員に責任があるつもりでやれるだけのことはしよう!




 ウェルトゥ──塔の麓で野営中。

 夕方四時前に塔には着いて、ベースキャンプの準備。

 麓に設けた拠点から繰り返し攻略チャレンジし、少しずつ登るらしい。

 一回でガッて登り切ろうとするわけじゃないのな。ま、塔自体多く見積もっても十階あるかないかだろうから慎重過ぎる気もするが、中がどうなってるか判らないから安全確実を重視したプランニングなんだろう。

 に、しても地味な塔。

 形状は背の高いコップを逆さにした感じ。色は渋茶の焼き物……備前焼とかっぽいな。所々丸い窓らしき穴。壁面を触るとやっぱり焼き物っぽい。……あれ? この壁、どうやって造ったんだ? 壁一面滑らかに繋がってて……継ぎ目がない。マンションサイズの石から削り出した? 巨大な焼き物? ……気持ち悪っ! どっちにしてもあり得なくね?

 ……あ、でもまあこの世界には魔法があるからな。俺が知らないだけここらの土建屋にとっては一般的な建築魔法なのかも。今一般的でなくても昔はできたとか。


 ベースキャンプ近くに川が流れており、暗くなる前に交代で水浴びへ。巫女さんの番の時は本人の希望で俺が近くにいたが、誓って覗いてないから。「ええで」って言われるまで必要以上にじっとしてたから。

 最後は俺の番。冷たい水に腰まで浸かってじゃばじゃば体を洗い、手拭いで拭く。気持ちいいが、最終的に元々着てた服をも一度着るんだよな。


 早めに晩餐の準備。

 騎士たちの大荷物、ほぼ食料なんだな。明日一日で塔攻略して帰りにもう三日……多すぎる量でもないのか。

 帰り道には俺、いないかも?

 上手くいけばこの世界ともあと一日とかでお別れか。そうなると、アベさんたちとも、もう二度と会えないんだなぁ……。


 巫女さん……ファタリはどうなるだろ?


 南越谷に来るのか?

 大阪に行っちゃうのか?

 いきなり大阪に一人で飛ぶのは……変な事しないから一度ナンコシにおいで。その後の事はゆっくり考えたらいい。

 ってか選べるのか? 行き先。それ以前にほんとに別の世界への扉があるのかな? ここに。大体俺、来る時こんな塔全く経由してない。アベ邸近くの森に唐突に出たぞ? 王都に出た怪物とやらも王宮の近くにいきなり出たわけだろ? 異世界ワープのスイッチがあるだけで、どこでもドアみたいなものがないなら、結局帰れないってことも……。あり得るなぁ……むしろリアル。

 とかなんとか言っても今はどうしようもない。他に手がかりもないし。


 晩餐後、塔攻略の作戦ミーティング。

 以下、騎士隊長とアベさんの話を巫女さんが訳してくれた内容のまとめ。

 明日、夜明け前に塔に入る。キャンプに騎士二名を残し、騎士三人と俺、アベさん、巫女さんで。

 伝承によるとこうだ。


 塔自体がそれを登るものを試す。

 階段が心を試す。

 石像が知恵を試す。

 王が強さと絆を試す。

 闇と光を抜けし者の手のみが、扉に届く。


 ありがちだな〜。

 気になるのは「王がナンチャラ」の下り。強烈なボス戦の予感……気乗りしねえことこの上ねえ。やだなぁ……。


 巫女さんの回復魔法は月の女神の力から来るもので、一つの月から一日に一度助力を請える。この世界の月は二つあるから、つまり一日二度、ベホマが使えると。

 雷の魔法は空の下でしか使えないので、塔の中では無理だそうだ。最後に扉を閉じるのにどれ程精神力が要るか不明なのでなるべく魔法は温存する方向で。

 怪我人が出たらベースキャンプに引き返して回復魔法で治療、体制立て直して再チャレンジ。で、到達階を上に伸ばして行く、と。なるほど。ここでもヒット&アウェイの原則は生きてるのね。南越谷に帰れないまでも、とりあえず………なんか死なずに済みそうな気がしてきたぞ。


「何か質問ある?」


──はい! 扉を閉じるのに誰かの命が要る、ってなった時どうするのか?


 静まり返る一同。


──俺はこの中の誰も生け贄なんかにしたくない。そうしたい人がいたら、悪いけど戦ってでも止める。何を言われてもこの意見だけは変わらない。……みんなで生きて帰ろう。


 シーン……。


 気まずい沈黙を破ったのはアベさんだった。


「うちも同じ気持ちや。特に騎士はすぐ『命に替えても』なんて言う。自分らの命も王のもの、国のもの、民のものやと心得や。この隊からは人死には許さん。魔の森のあるじアベェンスグストゥスの名に於いて」


 ……有難う! アベさん!

 アベさんが味方してくれた事にじ〜んと感動してたら

「ヒロ!」

──はいっ!

「お前もや! 人に生きて帰ろ言うといて、ィアゴの時みたいな無茶すんなよ! 無茶して死ぬような真似したらうちが殺したる! やて」

──アベさん……了解っす!


 みんなが笑う。俺も。久しぶりに。心から。


 ここで一曲歌でも奏でましょう……ってなノリで竪琴の人登場。待ってました。異世界版アンパンマン! あ、動画動画。

 ……ん? 前奏が前と違うような……巫女さんが歌詞を訳し始める。


「あいつは、遠い世界からやって来た。英雄アンパンマンの血を受け継いで。あいつの名はヒロ。黒い瞳の戦士」


 ……ってか俺の歌⁉

 ちょっと待て! 俺アンパンマンと血縁はないぞ?


「走ればグドォのように。跳べばティレイビッのように。戦えばン・オゥダィのように」


 ……んー。それぞれの固有名詞がなんなのか……褒められてはいるんだろうが。これ程リアクションに困る状況も珍しい。


「使命もつ巫女をさらいしィアゴ・ライレーブ。山を砕き、谷をまたぐ。胸に炎、足にイカズチを宿らせたヒロが追う」


 山砕いてねえし谷で足止めだったし! どんだけでけえんだよクマゴリ! 完全に怪獣じゃねえか! あ〜あ、竪琴掻き鳴らして……完全に自分の世界に入っちゃってるよこの人。


「ィアゴの拳が大地を割る。ヒロはその腕を駆け登る。剣に宿りし愛の輝き。光の剣に斬れぬものなどあるはずなし。ィアゴの血が海になり、ムクロは二つの島になった」


 ……逆にすげえよ、竪琴の人。俺、甘かった。歌にしていいって言った時点で俺の負けだったよ。とほほ……。


「かくて巫女は救われ戦士ヒロは去って行った」


 去って行くのかよ! あ、アベさん必死に笑い堪えてる! 騎士たちも拍手してんじゃねえ。んなわけねえだろって誰か突っ込めよ!

 こうやって伝説は捏造されて行くんだな……。アーサー王とかも実際は平凡な中年だったりして……。

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