力くれる担当の人ー! 今ください!
くっそ、クマゴリはええっ!
森を走るには要領がある。
足元は落ち葉や苔の生えた倒木とか濡れた岩で、ずるずる滑る。少し速度は落ちるが、腰を落として気持ち歩幅を狭く小走りに走ると、一歩滑っても次の一歩でリカバーして走り続けられる。一度転んだら見失う。そうなるともう追い付けん……呼吸を保て!
クマゴリは巫女さん抱えたまま転がる岩のように駆けてゆく。じりじり距離が開く。
……ダメか? 異世界の勇者なんて言われてイイ気になっても、女の子一人護れないのか? 気道が痛い。心臓が音ゲーのプロが本気出した連打みたいだ。ももが、膝が、ふくらはぎが、軋んで悲鳴を上げる。頑張れ!足!
クマゴリ! 停まった!
二呼吸ほど遅れて追いつく。
クマゴリの向こう、森が無い。
崖……いや、幅のある谷だ。遠景との落差から察するにかなりの高さの。ここから深さは見えないが、クマゴリでも飛び降りられない深さなら落ちたら死ぬ級なのは間違いない。
「ぐろるる……」
歯を剥いて威嚇してくるクマゴリ。巫女さんを地面に投げた。倒れた巫女さんが、う、とうめく。
気を失ってるようだが生きてる!
さあ、ここからだ。
倒せるか? 俺に。
息を整えながら鞘のストラップを外し、剣を抜く。
きゅ、と爪先をねじって足場の確認。
基本戦法は変わらない。ヒット&アウェイ。俺の敗北は、俺と彼女の死だ。心臓、落ち着け。
……改めて見るとでけえなぁコン畜生!
うおおおおっ! ほんとは泣きたいぜっ!
ワンステップ、フェイントを入れ奴の腕を狙う。
「ぎゃうっ!」
一つ!
左に谷。正面に奴。巫女さんは更にその奥。
谷、深え……。間髪入れずもう一撃!
ダッシュして上段に振りかぶりクマゴリと交差!
クマゴリが上段想定で身構えた所を、外して前転、すれ違いざまに足を狙う。二つ!
「ぎぎゃっ!」
くそ! 浅い!
位置は変わって右に谷、背後に巫女さん。
剣を片手持ちにし、汗で湿ったマントを脱ぎ左手に持つ。マントを体の前に剣は斜め後ろに……
怒りに任せてクマゴリが突っ込んで来る!
あれ? 何……?
なんかクマゴリの動きがスローに見える。
俺、死ぬのかな?
ええいままよっ!!!
クマゴリの鼻先にマントを投げ付け、脇の下の動脈狙い! 三つ! 入った! やた!
と、思った瞬間強烈な衝撃が背中に。
ゲオぅっ!
そのまま壁に叩きつけられた。
あれ? なんでこんなとこに土の壁が?
……痛え。
あ、壁じゃねえ、地面だ、これ。
上下左右の感覚が……脳しんとうか? 気絶しなくてよかった。
さあ立て! 俺! 振り向いて剣構えろ!
うわ……世界が……回る? ぐわんぐわんだ。ぽたたっと何かが地面に。頭のどっか切ったな、血だ。不思議と痛くない。血が左目に入るのが邪魔。
なんとか立ち上がり、奴を睨む。
奴は顔に被さるマントを忌々しげに谷に捨て、空に向かって吠えた。
ざまみろクマ公。へへ。
あ、膝、かくんって……しっかりしろ! も少しだ!
けど意識が…途切れる……くう! 一撃でこれか……もっかい喰ったら終わりだな。
集中! 倒す! 絶対!
奴の脇の下からは血が脈打って流れ続ける。致命傷……のはずだが奴も必死なんだろう。後から考えたら妙な話だが、その時、ふ、と笑えた。
なんか似てるな、今の俺とお前……だけど!
両手で剣を正眼に。肩幅に開いた足、膝は柔らかく後足を猫足に。
呼吸、できてる! 眼は広く観る! 足、堪えろ! アベさん、俺に力を!
クマゴリも怒りを全身にみなぎらせながら突進して来る。これまで一度も上手く行かなかったが、これしかない!
歩法! 柳葉! あ、くそ! 膝が! またかくんって……あれ?
またクマゴリがスローに。
その視線は完全に俺から外れ、何も無い虚空を凝視する。
これか? この膝遣いなのか?
奴もスローだが俺もスローだ。剣を腰だめに。身を低くして奴の腕をかいくぐり、筋肉の薄い下腹に突き立てる。
うおりゃ〜あ〜あ〜、さ〜さ〜れ〜っ! う〜っ! お〜そ〜い〜っ!
さく、と刺さった俺の剣の切っ先は全力で押し込んでるにも関わらず、カナブンが歩くような速度でズブズブと奴の腹にめり込んでゆく。その刃が、ようやく
「しぎゃああああっ!」
奴の悲鳴が耳を打った。
時間の流れが戻る。
ゴン! と右耳が鳴る。
あ、クマゴリの手が右側頭部に当たってる。またスローだ。吹っ飛ばされてるな、俺。不思議だ。シュールな映画のスローモーションのワンシーンをみてるみたいな感覚。
クマゴリが倒れ痙攣する。
よし、倒した。……巫女さんは護れた。
意識はあるが体動かない。
空中をすっ飛ばされるまま。
俺は一度地面でバウンドすると、あっさり崖っぷちの境界を越え虚空に投げ出された。
あ、ダメだこりゃ。
YOU ARE DEAD……か。
不思議と気持ちは安らかで満足。
巫女さん助けられたしな。
インドア果汁100%の文化系オブザ文化系のオタク男子としては良くやったほうだよ。
ね、アベさん、俺……頑張りましたよね……。
その時、誰かが俺の手を掴んだ。
奈落に吸い込まれる直前、すんでの所で引き止められた俺の体が、崖の岩肌にぶつかる。
誰?
途切れかけの意識の中、なんとか顔を上げると、巫女さんが涙でくちゃくちゃになりながら必死で俺を支えてる。
「ヒロ……!」
……あぁ、元気そうだ。
よかっ……
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