アクティブタイムバトル過ぎる。

 夢を見た。


 どこだか分からない暗い部屋。

 ピッ、ピッ、ピッ、と一定のリズムで鳴る何かの機械。

 女の子の泣き声……。


 でもどこだ? 無機質な、ベッドだけの部屋。誰か寝てる。それ以外には誰もいないが、ベッドの人物はピクリとも動かず、この人が泣いてるわけではないらしい。布団を頭まで被ったその人物。生きているのか。死んでいるのか。


 一歩踏み出して、そのベッドに近寄ろうとした途端、


「だめ」


 すぐ耳元で誰かがそう言って、うわっ、と驚いた弾みで目が覚めた。


 なんだ、今の夢。心臓バクバク。

 なんか似たような夢、前にも見たような……。



 RPGっぽい異世界なう。

 探索行二日目。


 ここまではほぼ予定どおり。

 ウェルトゥの活性化、実はかなり昔に一度同じようなことがあり、「扉」を閉じる為の特別部隊が派遣されたそうだ。俺たちはその時の地図と記録を元に「ウェルトゥ」を目指してるわけ。心配なのは、騎士の人達のバテ具合……。ウェルトゥで扉を閉じるのがどれくらい体力使うのか知らないが、少なくとも帰りも三日歩くんだぞ?


 隊列は、アベさん先頭で騎士たちが続き俺が殿しんがりで進んで行くんだが、なんか、今日は騎士の人達がちょくちょく話しかけてくる。……アンパンマンのマーチ効果?

 あれかな、野蛮人と思われてたけど詩歌の嗜みある文化人と認められたのか?

 あと巫女さんが近い。騎士と通訳して貰えるから助かるし、護衛する上でも前より後ろの方が護りやすくはあるんだけど。


 だけど前述の通り複雑。

 初恋の女の子に瓜二つの別の子って……。

 もう正直に言おう!

 気持ちは動く!

 が、それって見てくれだけで恋愛感情が起きそうになってるってことで。先輩の替わりとして見てる事にならないか? 更に今回は異世界の巫女さんが千葉の高校のOGに激似で、偶然にしては……っていう。

 初日からこの世界、この体験が俺の脳とか何かの心理ストレスの病理に起因する妄想や夢の類じゃないか、と疑い続けているんだが。この子を見るとその疑念が強烈に想起される。

 この世界どうせ夢だろ? って気持ちは、目の前の事態に対処する必死さに緩くブレーキかけるのよ。で、なんとも言えないモヤァっとした想いが胸にわだかまるんだが……それらについて巫女さんには全く責任ないのよ。この子はなんも悪くない。異世界からの迷子に免疫があってか物珍しさからか、屈託なく話しかけてくれるが、その度にわだかまり態度が及び腰になるのが申し訳なくら結果更にモヤっとするという……。

 仕事に集中しよう。

 ウェルトゥまで無事たどり着いて南越谷に帰る。それまでは純粋に護衛の一人として礼を欠かないよう接しよう。


「ン・ヒロ」

 あ、竪琴の人。

「今夜の晩飯の後、あの歌みんなに聴いてもらうわ、やて」

──おお、楽しみにしてます。


 異世界版アンパンマンのマーチの動画撮れるな。あの長〜い前奏あっての異世界版アンパンマン。南越谷に帰れたらyoutubeにUPしよ。


 あれ? あの木、なんか擦った跡があるぞ。剥がれた木の皮、削ったような三条の溝。あれは……。

 隊列はずれて確認。やはり。鼻を近づけると……う! ケモノ臭いっ! これは、マーキングだ。間違いない。アベさん!

 俺は最後尾。強く口笛吹いて、隊の先頭を行くアベさんを呼ぶ。

 アベさんにマーキングの木を示すと、アベさんも自分でそれを確認し、

「よく気づいたな、多分ィアゴ・ライレーブやな、やて」

 すんませんアベさん、名前聞いても生き物の感じが浮かびません。

 アベさんは騎士隊長と相談、隊を集めて注意を与える。

「うちら危ない奴の縄張りに入ったようやわ。ィアゴ・ライレーブは凶暴で力も強く素早い。けど頭はそこまでようない。いつも通りの実力だせれば必ず倒せる。もし出会ったらとにかく落ち着いて対処しよな。……やて。」

 完璧だな巫女さんの関西弁。抑揚やイントネーションまで。

 騎士達が緊張するのを感じる。

 一回しか行ったことないけど城下町とか平和そうだった。対カマキリ戦とか呑気な竪琴の人とか見てて思うんだが、練度は高くてもこの騎士達、実戦経験ってほぼないんじゃないだろうか?

 に、してもさっきの獣臭さどっかで嗅いだことあるような……えーと……あ、思い出した。クマゴリラだ。


 全員無言の行軍が続く。

 クマゴリは確かに強敵だが、アベさんもいるし。この人数なら不意を突かれさえしなければまあなんとかなるだろう。

 不安なのか巫女さんが一層近い。

 気持ちは分かるが俺より騎士さん達のが確実に強いと思います。ぶっちゃけ俺、巫女さん護りながら戦う自信ない。振った剣、巫女さんに当たったりしたらシャレになんないし。

 すぐ前を見ると、歩いているのはよく話しかけて来る無茶振りの人。

 そうだ、巫女さんのこと、この人に頼も。あ、でも頼む内容通訳して貰わなきゃだな。巫女さん本人に。それは言い出しづれぇ。「うち、邪魔?」とか言われたら切ない。ってかクマゴリの名前。ブランド名かって。素敵な時間を貴女に。ィアゴ・ライレーブ。


 とかなんとか考えながら歩いていたら無茶振りの人が話しかけて来た。


「どうしたン・ヒロ、難しい顔……」


 巫女さんがそこまで通訳した時、ざうっ! と音が。黒い影が横切る。笑顔で話していた無茶振りの人がなぎ払らわれたように消えた。えっ‼ 見回すと……出た! クマゴリラ!

 クマゴリは右手で無茶振りの人の顔面を鷲掴みにし力任せに地面に押し付けこっちを威嚇する。もがく無茶振りの人。咄嗟に握り拳大の石拾って投げつける。クマゴリは無茶振りの人を放して飛び退いた。

 むせ返って這いずるように逃げて来る無茶振りの人を巫女さんが助け起こす。

 異常に気付いた騎士たちが一斉に剣を抜く。

「ぐるるる……」

 って後ろ⁉ いや、そこかしこからいななきや唸り声が……まさか!

 ガサガサと幾つもの茂みが揺れる。

 クマゴリの群!

 しかもすっかり囲まれてる!

 パーティーはジリジリと下がりながら、丸い輪に。中央に巫女さんと侍女さんを囲んで。何匹いるんだ? これはピンチ!


 アベさんが声低く指示を。

「二人一組で一匹に当たれ、護り七、攻め三の気構えで無理はするなって」

 巫女さんの声も震える。

 俺は無茶振りの人と視線を交わし、身を寄せる。クマゴリは全部で……六匹、戦闘班は全部で五組。一匹余るぞ……と思った矢先、アベさんが動いた。

 まさに電光石火!

 一瞬でクマゴリの懐に飛び込む。無茶だよ! と思ってよく見れば、既に腰だめに構えた剣が深々とクマゴリAの下腹に。ツバを持ってグリッとよじる。クマゴリAを蹴倒して剣抜く。クマゴリはゴボッと血を吹いて倒れる。クリティカル。アベさんはその場から飛び退いて、あっと言う間に元のポジションに。おお、仕事はええっ。

 リスク覚悟でクマゴリの数減らしか。これで残りは二対一に持込める!

 仲間がやられたのを見てクマゴリB〜Fが吠える。ドラミングしてる奴もいる。

 来る!

 俺とアベさんが同時に腹から雄叫びを上げる。野生動物相手に気圧されたら負ける。

──うおわあぁぁっ!!!

 あー……こんな時だけど師弟だな、アベさんと俺。剣持つ手が汗ばむ。く、滑るなグリップ!

 戦闘開始!

 クマゴリの武器はリーチの長い剛腕。

 間合いの取り方がキモ。

 でも逆に腕にさえ気を付ければ。

 クマゴリのパンチをかわし、すれ違いざまに浅く斬って間合い取る。無茶振りの人もそれに習う。そうそう。焦らず、相手の手傷を増やして。キャッチアンドリリース……じゃなくて、なんだっけほら。


 その時ふっと周りが暗くなった。

 何かが日を遮ったのだ。


 上⁉ やべっ! 新たに七匹目!

 クマゴリGは木の枝から身を踊らせるとパーティーの輪の真ん中に。

 響く巫女さんの悲鳴!


──ファタリッ!


 あ、つい呼び捨てした……なんて場合じゃない! 

 クマゴリGは巫女さんを乱暴に抱えると侍女をなぎ倒して走り去る! いかん!

 咄嗟に追いかけ……いや、俺が行くと無茶振りの人が……!


 振り向くと無茶振りの人は腰の脇差しみたいな剣を追加で抜いて二刀を構え、クマゴリFに一人で対峙する。


「オッグ!」

 行け……ってことか。すまん無茶振りの人!


 ……待ってろ巫女さん!

 走れ俺の足! 風のように!

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