歌え! 異郷の空の下

 RPGっぽい異世界なう。

 ウェルトゥ探索の旅一日目。

 聞き損ねたけどウェルトゥってなんだろ? ダンジョン? ほんとにRPGっぽくなってきたな……ドラゴンとかいないよな? ウェルトゥに。いや無理だぜ? マジ無理。普通に無理。


 出発前に騎士団から俺とアベさんに剣と鎧の贈り物。けど俺もアベさんも辞退した。

 俺は単に長い剣に慣れてないし、森歩きには今の短い剣の方が向いてると思う。逆に騎士さん達は鉄板鎧に鎖カタビラまで着込んで片道三日あの森を往く気? 大丈夫か? 剣も長いのがカッコイイけど、お勧めしないがなぁ。

 アベさんが辞退したのは実用重視なだけでなく、やはり王立騎士団の鎧は着れないというケジメだろうな。巫女さんに聞いたんだが、この任を無事果たせばアベさんは罰を許され、騎士団に戻ってよい、と王様は言ってるらしい。アベさんは答えを保留したらしいが……うーん。

 朝一驚いたのは巫女さんと侍女さんの服装。

 二人とも髪を結い上げ俺が着てるよな鎧下の木綿服の上下にマント、ブーツに手袋。森歩きを分かってる。裾の長いローブなんか着てったらビリビリになるもんな。巫女さんと目が合う。

「……変やない?」

──いえ、新鮮……じゃねぇや、お似合いです。


 夜明け直前に出発し、約一時間毎に小休止、三時間毎に大休止と食事。

 アベさんが号令するのだが、測ったように時間正確。感覚で測ってんのかな。太陽の位置か? 俺はスマホあるから時間判るけど。

 予想通り騎士の人達はかなりバテバテ。だから言ったじゃん。普段馬モドキにばっかり乗ってるからだよ。槍とかいらなくね?


「ン・ヒロ」


 小休止中、車座で休んでいると若い騎士の人が話かけてきた。ン・ヒロ?

「……あんま疲れてへんな、何か歩き方にコツでもあるんか? やて」

 巫女さんが通訳。そういや巫女さんもン・ファタリって呼ばれてたな。ンって「さん」とか「殿」とかの敬称かな。

 森で疲れないコツ……「荷物を軽くする事です。」とは流石に言えない。んー……。


──足場を良く見て、なるべく固い地面や安定した岩を選んで踏む事。同時に少し遠くの先行きにも注意して予めどう歩こうかイメージしながら歩く事。それと小休止を馬鹿にしないで全力で休む事……かな?


 巫女さん通訳中。


「……全力で休むってどないするんか?って」

 俺は無言でアベさん見てみ、と首の動きで合図する。アベさんはブーツの紐をほどき装備帯もザックも全て体から外し、鎧の金具も外して体が一度完全に「緩む」状態を作ってる。普段の狩りの時もそう。休む時は手間暇掛かっても全力で休む。始めは俺も脱いだり付けたりが面倒なんじゃ? と思ってたが要所要所で「緩む」タイミングを作る作らないでは翌日、翌々日の疲れの溜まり方が全然違う。俺も今同じように全てを外し緩めて休憩中。騎士達は感心したように鼻を鳴らした。

 でも、だらしなく見えるから格式を重んじる騎士さんたちには真似しづらいよね。


「流石はン・ヒロ。ン・アベェが異世界の勇者とたたえるのも無理あれへんな、やて」


 ……ごめん、も一回言って? 何? ジョブチェンジイベント発生?

 学生→要救助者→居候→狩人見習い……と来ていきなり勇者⁉︎ アベさん……持ち上げ過ぎっす。自分、どこにでもいるライトなオタクのヘタレっすよ。


 夜も更け、少し開けた場所に焚き火を炊いて野営中。

 俺とアベさんは交代で寝る、騎士達も順繰りに常時一人が起きてる感じで、アベさんか俺、プラス騎士一人が起きてる感じにするそうだ。

 夕食は、騎士団の持ってきた食料の世話に。肉と芋に似た根菜を煮て食べる。今日も飯が旨い。狩りをせずに飯にありつけるって楽だな……。

 夕飯後の焚火まったり中、騎士の中の一人の若い長髪が竪琴のショボい版みたいな楽器だして来てポロンポロン弾語り始めた。おお……雰囲気あるなぁ。辺りがファンタジーRPGのパッケージかコンセプトアートみたいな絵面に。


「この世界の成り立ちの神話を歌った歌やで」

 いつの間にか隣に座ってた巫女さんがささやく。ふわっ、と甘い香りが鼻腔をくすぐる。

 ……近いっす。けど今更、離れる動きするのも感じ悪いよな。こういうの慣れてないって、いざこういう時にこうなるよな。……何が言いたいんだ俺は。


 歌が終わり、皆が拍手する。こっちの世界でも拍手は称賛の合図なのね。文化も収斂進化するのか……と、妙に納得。まあ人体の構造が同じなら、第三者への何かのアピールの仕方も自然に似るか。

 前回の休憩中に話しかけて来た若い騎士がまた話しかけて来る。


──えーと、何?

「ン・ヒロの世界の歌を聞かせてんか? やて」


 ちょっ…おまっ! 何言って……!

 アベさんも珍しく混ざってくる。

「そりゃええ、是非うちも聞きたいわ、やて」

 アベさんまさかの無茶振り派?

 車座に座る一同みんなの期待の目。

 逃げ場はない。マジか? 歌? 異世界の、巫女と騎士団の前で?


 こうなりゃヤケだっっ!

 歌うからには全力で行く!

 咳払いを一つ。


──訳して貰ってイイですか?

 これから歌うのは……俺の世界で有名な英雄の歌です。彼はいつも自分の身を犠牲にして人を助けます。命の恩人にして、尊敬する僕の先生、ン・アベェの為に歌います。聴いて下さい……「アンパンマンのマーチ」。


 えっなんでアんパンマン? もっといい歌あんじゃん、みたいな意見。分かる。分かるけど、一度アンパンマンのマーチの歌詞、歌詞検索して一度読み直してみてほしい。

 TVのOPで流れてるのは実は二番なんだ。一番とか超メッセージソング。努力が報われない時、人生の方向性に迷う時、生きる意味を見失った時、ふと聴くとなんか刺さるんだよ! 分かる人いる? いるよね?


 行きます!


──そうだ、嬉しいんだ生きる喜び

 例え、胸のキズが痛んでも


 アベさんの過去の哀しい出来事を想い、これまでのアベさんと俺との暮らしを想い、いずれ訪れる別れを想い、心を込めて本気で、丁寧に歌う。


──何の為に生まれて、何をして生きるのか


 隣でボソボソと巫女さんが同時通訳。ショボい竪琴の人、リアルタイムで伴奏を合わせてくれてる。が、諸般の事情により歌詞はこれ以上書けません……。


 ぜぇ、ぜぇ、ぜぇっ……。


 歌い切ったぞ。

 決して上手くはないと思うが、魂は込め切った感覚あり。どうだ。これで文句はあるまい。


 あれ……?

 何? 静まり返って……?

 なんかやらかした? その気ないけどコミュニティのタブー犯した系?


「ええ歌やね……」

 ぐすん、と鼻を鳴らす巫女さん。

 いや大袈裟なw。

 巫女さんの拍手に続いて、ぱらぱらと拍手は増え、それは最後は全員の大きな拍手となった。


 ほっ。良かった。なんとか乗り切ったか。


 ショボい竪琴の人、立ち上がって近づいて来て早口でなんかまくし立てる。何? なんか怒ってる?

──え、あの、スンマセン。

「ちゃうよ、素晴らしい歌だって。後でちゃんと教えて欲しいって。こっちの言葉にして歌として広めたいんやて。うちもすっごくええ歌やと思う。こっちの言葉にするの手ぇ貸すわ」


 はあ。なんか大事おおごとになって来たな。


 と、いう訳で初回の焚火番は、俺とショボい竪琴の人と巫女さんに。


 アベさん、寝床に向かう前に俺んとこ来てボソッと一言。


「今まで聴いたどの歌よりも、ええ歌やった。ありがとう。やて」


 分を越えた賛辞です。大したことじゃないけど感謝の気持ちが伝わったならヨカッタ。


 その後! 竪琴の人のしつこさ……!


 三時間みっちり繰りっ返し繰りっ返し「アンパンマンのマーチ」を……!


 なんか革表紙のでけえ手帳みたいのにインク壺と羽根ペン出して来て、歌わせちゃ琴を弾き、訳させちゃメモり。

「今んとこ、も一回」

 とか、同じとこで二十回位言われるワケよ。そりゃ後半、咳き込みっ放しにもなる。


 そうこうして苦行のような三時間が終わり、一通り編曲と歌詞翻訳が終わり、一度通して竪琴の人が歌う。


 ……前奏ながっ。ま、雰囲気あるけど。オペラとかのOPみたい。

 だが歌は流石に上手い! しまった! 動画撮れば良かった! 暗いけど少なくとも音声は入るじゃん! 異世界版アンパンマンのマーチなんて音源、二度と入手できねえよ。

 声もいいしビブラートはんぱねえ。声量も十分で聴き応えバッチリ。外国語だとほんとアニソンと思えない……と聴き惚れてたら「ア〜アァ♬ アンパンマァン……」の部分はそのままで、おいっ!ってなる。

 多分この人の中でアンパンマンは鎧姿の凛々しい壮年の戦士なんだろな。

 これまた長く切なげなエピローグが終わり、巫女さんと二人で拍手。竪琴の人も満足げ。

 これでこの世界にもアンパンマン英雄譚が拡がっていくのか。やなせたかし先生もまさかRPGっぽい異世界に自分の歌が歌い継がれて行ってるとは夢にも思うまい。


 ……なんかすみません。

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