アベさん〜エピソード・ゼロ〜

「隣、座ってええ?」



 うおうっ! 誰⁉︎

 あ……巫女さん、えーと……


 ……ファタリさん⁉︎⁉︎⁉︎

 そりゃそうだ。この世界で日本語を操るのは、俺の他には彼女しかいない。


──どーぞ。


 俺はそう促して、少しだけ右に寄るように座り直した。巫女さんが優雅な仕草でローブの裾を畳み込むようにしながら座る。ふわ、と甘い匂いが香った。

 

 流れで「どーぞ」とは言ったものの、正直、俺この娘ニガテだ。


 この子見てるとプラスとマイナスの感情がこう……ぎゅんぎゅん渦巻いて叫びたくなる。

 見た目は可愛い……俺の好きだった思い出の先輩。それは単純に嬉しい。別の大学に進んだけれど、卒業時点で背の高い裕福な彼氏さんがいた。今も幸せに暮らしてる筈だ。


 けど、違う人だ。

 先輩は黒髪だったし、瞳の色は濃い茶色だ。巫女さんの髪は明るい茶色だし、瞳は南の海を写したように蒼い。そもそも先輩は関西弁ではなかった。

 初恋の先輩に似た、けれど先輩ではない魔法少女の登場。

 こんな都合のいい展開、誰かの意図を疑わずにいられない。


 つまり、俺の。


 それはつまり、電車を降りてこの森に立った時に始まったこの一連の奇妙な体験が、俺の持つ記憶や、無意識や、願望に影響を受けるもの……つまり、夢や妄想のたぐいであることの証拠だ。

 最後の合理的な記憶が電車だったことを考えれば、俺は電車の事故か、急な病気で……。今は武器や鎧なんて装備して見習い狩人やってっけど、現実世界の俺の寿命が尽きたら、急にこの世界はスイッチが切れて暗転して終わるかもしれない。


 彼女は……巫女さんはその非情な未来を、生きた象徴として俺に示し続けてる。


 で、態度が硬くなるのよ? 分かる? この感じ。


「昼間はおおきに。すごかったなぁ自分。シマンティの腹ん下潜り込んでやぁあ」


──いえ、それ程でも。


「うちの魔法、祈りに時間かかるやん? 自分がシマンティの気ぃそらしとってくれんかったら、あのまま全滅やったわ」


 ……。うーん、この子自体は気さくないい子なんだよな……。


「……言葉.解りづらい?」


──いやそうじゃなく。


「自分も大阪から来てんやろ? 驚いたやろな、大阪弁しゃべる女がおって」


 人の出身地を関西に決めつけて巫女さんは自分の事を語り始めた。


 総括するとこうだ。


 彼女は、王都神聖庁の司祭の末娘で、今回の任の巫女に志願した。


──流暢な大阪弁は? 魔法?


「ちゃうちゃう、魔法って意外に不便やねん。そんな色々思う通りいかへん」


 彼女が言うには彼女の世話係の一人が異世界からの来訪者の、大阪から来た女性だったそうだ。


──え! その人は今⁉︎


「少し前に死なしたわ。大分ばあちゃんやったさかい」


 死んだ? 年老いて? 帰れなかったのか?

 しかも神聖庁とかってこの世界の宗教の偉い人の総本山だろ? そんなとこに関わった人でさえ帰れなくて……年老いて、死んだ?

 目の前が暗くなる。帰還フラグがマッハで飛び去って行くイメージ。


「ちょ、大丈夫?」


──どうでしょう?


 話題変えよ。


──あの……アベェさんなんですが、どういった方なんでしょうか? とてもただの狩人とは。


「あぁ、ン・アベェンスグストゥスのこと?」


 ……誰? …アベさんのフルネーム?

 アベさんそんな名前だったのか。俺ニックネームを更に略してたよ。


 彼女の話をまとめると。アベさんは下級貴族の次男坊で騎士だった。

 ………やはり。


 若き日のアベさんは文武に優れ仲間からの信頼厚く、王から直接言葉を貰う程だった。出自こそ低い身分だが、それを補うに充分な実力で将来を期待されながら騎士としての実績を重ねていた。

 だがそんな時、事件は起きた。辺境の砦で警護の任に当たっていたアベさんの十人隊。深夜近くの村から危急を知らせる村人が。山賊が村を襲っているらしい。隊長は留守。任務は砦の警護。隊長代行はアベさん。

 マニュアルでは、直近の憲兵隊の詰所に使者を出し、警護隊は砦を離れてはいけないことになっていた。だがそれでは遅いのは明白。アベさんは決断する。砦に二名を残し、一名は憲兵隊の詰所へ、残り七名でもって即座に村の救援に向かった!

 いいぞ! それでこそアベさん! かっけー!

 馬に鞭して駆け付ければ、村は三十人からの山賊に襲われている。アベさんは三人一組の二班で戦うよう指示、自分は単独で山賊の中を戦いながら縦横に駆け抜け、敵の混乱を誘う。

 彼我の戦力比は四倍以上……しかしアベさん達は必死に戦った。一人でも多くの民間人の命を救う為に。それこそ命を賭けて。

 夜が明け空が白み始める頃、ようやく遅すぎる憲兵隊が到着。山賊の姿はない。疲れ果て傷付いたアベさん達が立ち尽くすのみ。アベさんの仲間は、一人が腕を失い、一人は戦闘の傷が元で翌日亡くなった。亡くなったのは王位継承権を持つ高位の貴族の子息だった。

 アベさんは誰に言われるでもなく全ての責は自分にあるとし職を辞した上、自らへの罰として残る一生を魔の森の住人としてひっそり暮らす事を誓った。

 騎士にとって任務は絶対。だが民を護る仁の心も不可欠。誰もアベさんを非難も称賛もできず、処遇に異も唱えなかった。


 今でも若い騎士への教練の課程でアベさんの逸話は必ず語られるらしい。正解はない。だが、いざその立場なら決断しなければならない。アベさんのように。


 ……だからアベさん騎士と絡む度に複雑な顔してたのか。

 いかん、俺、泣いてる。女の子の前で。でも……。

 うぅ……涙が止まらん。いや俺でもそうしてたよアベさん! 俺がその死んだ騎士だとしても悔いなしだよ! 少なくとも正しい事に命賭けたと思えるよ! 絶対そうだよぉ………。ってかさあ! 誰かアベさんを庇おうって奴はいなかったのか? こんな寂しい場所に追いやって……可哀想過ぎる。


 アベさんの不遇を想い、ぐすぐす鼻をすすっていると巫女さん、俺を気遣ってか、現実世界の歌を歌い始めた。


「踊り疲れた……ディスコの……♬」


 えーと確か「大阪で生まれた」女? 何故?

 あ、そか。異世界から来た侍女のおばちゃんから教わったのか。関西人だったんだ。


「大阪で……生まれた……女や……さかい♬」


 くそう、なんか分からんが泣けるぞ。

 俺は泣いた。この世界に来て初めて、思い切り泣いた。


 焚火の中の薪が、ぱちっと音を立て弾けた。

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