掃除人と存在理由

1.

『掃除人狩りが多発している』


 主は冷たい土の下にMassa's in de Cold Cold Groun


 そのタイトルの割に明るい曲調の着信音に叩き起こされ、しぶしぶ電話に出れば第一声がこれだ。不機嫌になるな、という方が無理ではないだろうか。


『お前は狩られる性質たちではないと思うが、一応気を付けろ』

「……言いたいことはストレートに言え」


 龍樹たつきはいつものように屋上に陣取って、束の間のまどろみに身を任せていた。それを聞きたくもない着信音に叩き起こされ、聞きたくもない声をほぼ無理矢理聞かされている。そんな龍樹の声には、愛想などという文字は欠片もない。常に愛想などない龍樹だが、今は殺気までもが見え隠れしている。


『原因を見つけたら即排除しろ』


 相手はそれに気付いているのかいないのか、相変わらず感情の見えない淡々とした声音で命じた。


『世に不利益な存在を排除するのが掃除人の役目。決して排除されるために存在しているわけではない』

「片付ける側も片付けられる側も、そう大差ないだろうにな」


 龍樹はその声に負けず劣らず感情のない声音を返した。その皮肉に電話の向こう側にいた人間がわずかに反応したことは、雰囲気で分かった。


 掃除人。


 彼らの責務は、世に不要とされた人間を、国家の名の下に片付けること。その行為は、殺人以外の何物でもない。世間の標準で考えれば、片付けられる殺人鬼よりも、片付ける掃除人の方が重度の殺人鬼だとも言える。


 その行為に掃除人達が後ろ指を指されないのは、ひとえに彼らが『掃除人』という肩書きを持っているからにすぎない。


 この世界で生きていくためには理由がいる。


 先の少子高齢化社会の時代に取られた政策の反動で、爆発的に人口が増えたこの国は、今や養いきれる以上の国民を抱えている。


 その中で国が秘密裏に取った方針は、『優良な人間を選択して残し、不良な人間を意図的に抹殺する』という、実にシンプルものだった。


 犯罪者、末期の病人、その他世間に不必要とされたモノ。それらを片付けるのが国家人口管理局『リコリス』直属掃除人の仕事。


 国の名を背負う、殺人鬼だ。


『敵に同情する余地はない。遠宮龍樹。お前は自分の仕事に徹しろ』


 龍樹の皮肉をどう受け取ったのか、電話の向こう側の人間はそう冷たく切り捨てた。龍樹の方も同情なんていう優しい感情は持ち合わせていないから、その言葉にあえて反論はしない。


『観察を怠るな。いざという時、。以上だ』


 そして電話は一方的に切られた。しばらく電話口で響く無機質な音を聞くともなく聞いていた龍樹は、微かに聞こえてきた音にそそくさと端末を仕舞いこむ。


「た~っちゃんっ!!」


 それとほぼ同時で、自分の足元から明るい声が響いた。


「やっぱりここにいたんだ。探したんだよ」


 その声の主はすぐに龍樹の視界の中に姿を現す。


 ピョコンと揺れる栗色のツインテール。メープルシロップ色の瞳は、感情を素直に映してコロコロと表情を変える。今は龍樹を見つけた安堵が半分、放課後なんだから迎えに来てくれたっていいじゃんという批難が半分。そんなところだろうか。


「たっちゃんって、学校に何しに来てるの? 寝るだけなら家でもできるじゃん」


 相方であり幼馴染であるあやの登場に、龍樹は小さく溜め息をついた。いつでも騒々しい綾に合わせていると、龍樹は時々どうしようもない頭痛に襲われる。……まあそれは気のせいで、実際は頭が痛いような気がする、という程度のもので、要するに綾の騒々しさについていけないと言うことなのだが。


「本庁から電話があった」


 もしくは、そんな綾を無邪気な女子高生のままでいさせてやれない自分に、嫌気がさすから頭が痛むのか。


「え…っ、本庁から?」


 龍樹への不満を並べ立てていた綾は凍り付いたように動きを止めた。『本庁からの電話』という言葉で、綾は自分達の直属上司のことを思ったのだろう。


 そんな綾を安心させるように龍樹は言葉を続ける。


「仕事の指令じゃない」


 事実、龍樹の端末にわざわざ一報を入れてきた相手は綾と龍樹の直属上司ではない。『赤椿あかつばき』に司令を投げることができる、リコリス最上層幹部の一人だ。


 だがそのことを綾に一々伝える必要はない。だから龍樹は簡単に要点だけを口にした。


「ただ、警告された」

「……警告?」

「掃除人狩りが流行っているそうだ」


 あまり深刻に聞こえないように、軽い口調で声に出したつもりだった。だが綾はその言葉が持つ不穏な響きを察して、再び体を凍りつかせる。


「……あっは、何それ? 命知らずな流行だね~、逆に狩られかねないのにさぁ」


 だが返ってきた言葉には、女子高生特有の笑みと明るさが散りばめられている。それが無理矢理取り繕ったものだと分かっていても、龍樹はひとまずその明るさにほっと息をついた。


「狩ることはあっても狩られるな、という話だった。……まぁ、普段高校生の格好してる俺達が狙われる確率は、まだ低いだろうがな」


 掃除人の多くは、掃除人になることでしか己の存在理由を示せなかった人間達だ。年も若く、まだまだ未来があって夢と活気に満ちあふれており、家族に囲まれて無邪気に笑っていられる場面が多い分、年若い人間が掃除人であるケースは稀とも言える。掃除人狩りを誰がやっているのかは分からないが、稀な存在であれば狙われる確率はその分低いはずだ。


「とっとと本庁の誰かが狩り返せばいい。……本庁には『赤』の人間だけじゃなくて『黒』のやつらもいるんだ。あいつらお得意の分析で相手の身元が割れるのも時間の問題だろ」


 一連の思考をそう締めくくった龍樹は、校舎の屋上へ飛び降りた。給水塔の屋上に取り残された綾は、急いで龍樹の後を追いながら口を開く。


「待ってよ、たっちゃん! もう帰るの? 寄り道してかない?」

「はぁ? どこにだよ」

「駅前にね、美味しいアイスクリーム屋さんができたんだって! 友達から聞いてさ、行ってみたくて」

「……その友達とやらと行けばいだろ」

「何よ~! たっちゃん、アイスクリーム好きじゃん!! だからわざわざ誘ってあげたのにさぁ~」

「誘ってくれと頼んだ覚えはない」


 口ではつれないことを言いつつも、龍樹は隣に並んだ綾を振り払おうとはしない。何だかんだ言いながらも、綾が一度言いだしたら止まらないことを龍樹は十分承知している。綾を振り払えない時点で……振り払おうとしなかった時点で、アイスクリーム屋に連行されるのは火を見るよりも明らかだ。綾も綾で、龍樹が本気で拒絶しない時は何だかんだ言えば丸め込めると分かっているから、どれだけつれなくあしらわれても龍樹の傍を離れようとはしない。


 結果、二人は連れだって学校の敷地から自宅への帰路についた。綾の言う駅前は、そんな二人の通学路のすぐ傍にある。


「でね、そのお店、レモンシャーベットが売りなんだって。でもイチゴは外せないでしょー? ダブルで食べたらお腹壊すかな~?」


 綾は校門を出てからもずっとアイスクリーム屋の話を続けている。適当に相槌を打つ龍樹はよくもまぁネタが尽きないものだなと、呆れを通り越して感心するばかりだ。


「たっちゃんってさ、案外甘ったるい物でも大丈夫だったよね? たっちゃんがイチゴ頼んで、私がレモンシャーベットにするとかどうかな? そうすれば両方食べれるし!」

「……結局お前が二つとも食べるって話じゃねぇのか?」

「味見させてって言ってんの! 食べきるとは言ってないじゃないっ!!」


 むーっ、と頬を膨らませた綾が、駅前の通りに出た瞬間にパッと顔を輝かせる。どうやら目当ての店を見つけたらしい。


 龍樹は綾の視線の先を辿ってくだんの店を探す。


「……!?」


 だが龍樹の目は女子高生を虜にするアイスクリーム屋を見つけるよりも早く、周囲の異変を感じ取った。


「っ、綾……!!」

「遠宮龍樹と鈴見綾だな?」


 綾の手を取った龍樹はそのまま雑踏に滑り込もうと身を翻す。


 だが四方を黒い壁に囲まれる方がわずかに早かった。


「え……っ?」


 状況についていけない綾は唐突に立ちはだかった人の壁に目をパチクリさせている。そんな綾を庇うように立ち位置を変えた龍樹はざっと周囲に視線を走らせた。


 人数は五人。その全員が思い思いの黒衣に身を包んでいる。全員型は違うが、その豪奢でありながら重苦しい漆黒の礼服は、どこからどう見ても掃除人の仕事服だ。五人全員が一発で銃刀法違反に引っかかりそうな得物ばかりを携えている所から考えても、彼らは掃除人以外の何者でもないだろう。


「……何の真似だ」


 龍樹は押し殺した声で目の前の男に問いを投げた。駅前通りに突然現れた黒服集団に周囲が好奇の視線を投げているのが分かる。ここで下手な騒ぎは起こしたくない。


「国家人口管理局『リコリス』直属掃除人、遠宮龍樹、並びに鈴見綾だな?」


 相手もその視線くらい感じているだろうに、再度誰何すいかする声には強い意志を感じた。その異様な姿に龍樹は思わず舌打ちする。


 掃除人は国家の闇を背負う者。つまり、公に出てきてはならない存在だ。こんな真っ昼間に仕事服を纏ってのこのここんな人の多い所に出てくることからして言語道断だが、軽々しくこちらの身分を暴き立てることにも不快感を隠しきれない。万が一これを学校の知り合いにでも目撃され、今の問答を耳にされてしまっていたら、今後の学校生活に影響が出てくるではないか。


「何の真似だ」


 龍樹は先程と同じ言葉を返すことで男の問いに同意を示した。


 そんな龍樹を見据える男がスッと瞳をすがめる。その瞳の中に強い殺意を見た龍樹は無意識の内に体を半身に捌いて戦う構えを取る。


「消えてもらう」


 だがそんな言葉を向けられるとは、さすがに龍樹も予想していなかった。


「っ!?」


 その言葉と殺気に反応した綾が、龍樹に庇われる位置から共闘ができる場所へ立ち位置を変える。五人が同時に己の獲物を構えたのはその一瞬後だった。その光景を見たギャラリーが次々と悲鳴をあげて逃げ惑う。


「……っ!!」


 混乱していくギャラリーを苦々しい表情で眺めながら、龍樹は背後に立つ綾の気配を探る。綾は存外落ち着いているようだった。多少混乱はしているが、相手の隙を探っているのが分かる。


「……たっちゃん」


 そんな龍樹に気付いた綾がそっと視線だけで何事かを訴えてくる。綾の方へさらに体を寄せれば、ゴリッと背中に鉄の塊が当たるのが分かった。綾が仕事用に使っている拳銃だ。気軽に持ち歩けない日本刀と違い、綾の使う拳銃は軽量化された小型の物だ。学校用の荷物にでも忍ばせて持ち歩いていたのだろう。


 龍樹はその感触を確かめながら周囲に視線を走らせた。


「……それはお前に託す。使う先は、あいつだ」


 綾にしか届かない囁き声と視線で標的を示せば、綾がコクリと浅く顎を引く。周囲には唾を呑み込んだようにしか見えなかっただろうが、龍樹と綾の間でならばそんなわずかな合図で十分だ。


 龍樹は五人の内ナイフを構える掃除人を視界の端に収めると、自然に垂らした指の先で綾の足をつついた。トトトッとリズミカルに叩けば、綾がまた了承の意を伝えてくる。


「……消えてもらうってのは、また物騒だな。せめて理由を説明しろよ」


 ――学校関係者がいないことだけは切に願いてぇな


 そんなことを思いながら、龍樹はトンッと指先を綾の足に落とす。


「こういう時、悪役はベラベラと能書き垂れんのがセオリーってもんじゃねぇのか?」


 龍樹の言葉に五人の注意が龍樹へ向く。だが語る言葉は持たないのか、一行が口を開く気配はなかった。掃除人の中でも中々に腕が立つ人間達なのではないだろうかとアタリを付けた龍樹は、またトンッと綾へ合図を送る。


「丸腰の若者を大人数で囲んで、問いにも答えないなんてあんまりなんじゃねぇのか?」


 龍樹の言葉に答えることなく、正面に相対した男が武器に殺意を込める。それに呼応するかのように他の四人が己の得物を構え直した。


 それよりも一瞬早く、龍樹は綾に最後の合図を送る。


「付きあってらんねぇわ」


 龍樹の言葉は綾のクイックドローによって吐き出された銃声にかき消された。完全に綾から意識を逸らしていたナイフ遣いが後ろへ吹き飛ばされ、五人が展開する陣に穴が開く。


 綾と龍樹は躊躇うことなくその穴へ向かって突っ込んだ。銃声に一瞬気圧された掃除人達が我に返った時には、囲み込んでいた二人はすでに脱兎の勢いで逃げ出している。


「追え」


 その光景に龍樹と相対していた男が静かに命を発した。三人に減った仲間達は無言のまま二人の追跡を始める。


「……遠宮龍樹。やはり一筋縄ではいかないか。


 呟いた男は遠巻きにしている野次馬の視線を気にすることなく、優美な挙措で構えていた刀を鞘に納める。再び視線を送った先には、二人の後を追った掃除人達の姿さえなかった。


「我らの役目は、どんな手段を使ってもいいから遠宮龍樹を殺すこと。……そうでしたよね、宗主様」


 呟いた男は、先程の挙措と同じく優美な足取りで歩き出す。


「革命のために、犠牲はつきもの。……我らをこの血濡れたくびきから解き放つため、死んでもらうぞ。遠宮龍樹」





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