3.


 遅い。


 男はイライラとデスクを叩いていた。


「一体何をしている……っ!!」


 それは鈴見綾抹殺を命じた部下に対しての言葉であり、遠宮龍樹抹殺を命じた部下に対しての言葉であり、隣室に資料を取りに行かせた部下に対しての言葉であった。


 リコリス実働部隊の位官を表す漢字は、上から順番に赤、紅、緋、朱と変化していく。リコリス本庁に一室を構える男は、その中でも『緋』の血濡れ名と、端役とはいえ複数の血濡れ名持ちの人間を私設の部下として使える立場にあった。


 傍から見れば、『緋』の血濡れ名も相当高位の位官だ。だがこのままで終われるほど、男の野心は小さくなかった。もっと上に、実質組織を仕切る権限を持つ『紅』の血濡れ名が欲しいと、男は虎視眈々と機会を狙っていた。


 そんな時に、ある噂を耳にした。どのタイミングで小耳に挟んだのかは忘れてしまった。もしかしたら、上官のやりとりを通りがかりに盗み聞きしてしまった時かもしれない。


 ――当代『赤』の三番席に座しているのは、遠宮龍樹であるらしい、と。


 男は思わず耳を疑った。遠宮龍樹といえば、男の部下の、さらに部下が直属を務める平の掃除人であったはず。確かに歳に反して掃除人としてのキャリアは長く、腕が立つことも知られているが、あんな小童が実働部隊最高峰である『赤』の名を持っているはずなどない。


 男は部下を使って遠宮龍樹の身辺を洗った。だが洗っても洗っても遠宮龍樹が『赤』を持っているという話を裏付ける証拠は何も出てこなかった。やはりただの噂話かと、己の行動を嘲笑った時もあった。


 そんな時に、メールが届いたのだ。自分のオフィスのパソコンに。


 差出人は、男の上官のさらに上に当たる人物の名前になっていた。メール本文には遠宮龍樹が『赤』三番席・赤椿であることがはっきりと書かれ、遠宮龍樹が『赤』三番席として動いた報告書が添付の資料としてつけられていた。


『遠宮龍樹を処分することに成功した暁には、後釜に君を推挙してもいい』


 メール文は、その言葉を以って締められていた。


茜音あかねも、丹汪におうも、他のやつらも、一体どこで油を売ってるんだ……っ!!」


 欲していた『紅』の血濡れ名を超す『赤』の血濡れ名。『紅』までは組織の中での出世で手に入れることができるが、『赤』はそれを超越した純粋な力だけで得られる称号。決して届かないと思っていたモノが、今手の届く場所まで降りてきている。


 男は一二もなく、その話に喰いついた。メールから電話、直接対面へと回を重ね、相手が提示した条件を本気で遵守する構えがあることも分かっている。この話は決して罠ではない。遠宮龍樹を殺すことさえできれば、『赤』の血濡れ名が自分のモノになる。


 元々、話を小耳に挟んだ瞬間から気に喰わなかったのだ。下っ端として現場に派遣されていても誰にも不思議がられない小童ごときが、自分よりはるかに年下のガキが、よりにもよってリコリス最高峰の肩書きを持っているなどとは。


「……っ、クソが……っ!!」


 遠宮龍樹が『赤』三番席だということさえ確定すれば、弱みを探すことなど簡単だった。鈴見綾だ。遠宮龍樹の隣に常にいる少女。『赤』の名を持つ人間がわざわざ一番下っ端がこなす現場に出てくるのは、鈴見綾に執着しているからに他ならない。そう確信して調べを進めさせれば、鈴見綾が遠宮龍樹の幼馴染であり、元家族であることが分かった。遠宮龍樹の弱みはここだと確信した。


 だから自分に依頼をかけてきた上官に打診して鈴見綾の処分予告を出させた。遠宮龍樹を痛めつけることが、依頼主の望みでもあった。


 鈴見綾をいたぶって殺し、鈴見綾の死によってスキを見せる遠宮龍樹も殺す。


 その計画を練った男は必要な場所に部下を配し、この場所で事の成果の報告を待っている。


 だが夜の帳が下りる時刻になっても、報告は一件も上がってきていなかった。

鈴見綾抹殺に向かわせた部下も、遠宮龍樹暗殺に向かわせた部下も、出立してから一切音信がない。こちらから下手に連絡を取れば隠密行動をしている部下の気を散らしかねない。だから男は辛抱強く待っているというのに、いたずらに時間だけが過ぎていく。


「……っ!!」


 今回の計画は奇襲に等しい。男は遠宮龍樹と接点は何一つないし、遠宮龍樹を取り巻く派閥争いにも関与していない。男が首謀者だと割り出せたとしても、相当以上の時間がかかるはずだ。おまけに遠宮龍樹は今、鈴見綾の元に届けられた白彼岸のことで少なからず動揺している。平静な状態でいられない所を数で叩けば、いかに相手が『赤』といえども勝機は十分にあるはずだ。少なくとも、遠宮龍樹は殺せなくても、鈴見綾は簡単に殺せる。鈴見綾が死んでしまえば、遠宮龍樹もじきに折れる。一陣の奇襲が失敗しても、鈴見綾の死を受けて再度遠宮龍樹を叩けるように部下の配置はなされている。


 間違いなど、あるはずがない。


「……っ忌々しいっ!!」


 だというのに、なぜだろう。付き纏うような寒気を拭い去ることができない。


 空気に耐えかねた男は席を蹴って立つと荒々しくドアを開いて廊下へ出た。そのまま足音も高らかに廊下を進んでいく。


「まったく……っ!! 私の部下達は何で揃いも揃ってこんな使えないやつらばかりなんだ……っ!!」


『赤』の血濡れ名を得た暁には、部下の顔揃えを一新しよう。最高峰である『赤』の名を以ってすれば『紅』の人間を部下に使うこともできる。今よりよっぽど優秀な人材を取り込めるはずだ。


 そんなことを思いながら、資料室のドアに手をかける。そもそも隣室なのだから直通のドアを造りつけておけばいいものを、と怒りをさらに募らせながら、男は勢いよくドアを開いた。


「おい茜音っ!! 聞こえているのかっ!! 茜音っ!!」


 荒々しく開かれたドアの悲鳴は、光一つない闇の中へ吸い込まれた。男はその闇の中へ躊躇いなく足を踏み入れる。


「資料一つ探すのに一体どれだけかかっているんだっ!? だからお前は使えないと言うんだっ!!」


 人の気配は何一つない。部屋を間違えて別の場所を探し続けているのだろうか。本当に使えない。使えないからこそ現場に出さずに残しておいたのだが、資料探し一つできないとは呆れたものだ。


 男は部屋の奥まで踏み込み、そこでぐるりと部屋の中を見回した。大きく窓がとられているが今日はあいにくの曇り空で月の光は一切入ってこない。


 資料室として使われている割には豪奢で広い部屋だった。部屋の四隅は凝り固まった闇の中に沈み込んでいて見透かすことはできないが、部屋の中にあるのは壁にそって置かれた書棚と、奥の窓を背にするように配置されたデスクだけだ。部屋の中が暗かろうとも、ここに人がいないことは気配で分かる。


 男は視線を元に戻すと低く舌打ちした。


「チッ、どいつもこいつも、本当に使えん」

「そう言ってやるなよ」


 だがその誰もいないはずである部屋の中から、男の言葉に答える声が上がった。


「お前の部下なんだろ?」


 月にかかっていた雲がゆるゆると、まるで貴婦人が優雅にドレスの裾を引き連れていくかのように払われていく。


「わざわざこんな暗い中、資料を探しに来てくれた部下を『使えないヤツ』扱いするなんて、随分ヒドイ話じゃねぇか」


 思わず足を引く。その踵に何か固いモノが当たった。


 見たくない。心はそう叫ぶのに体は反射的に視線を下げる。


「ひっ……!!」


 そこにいたのは間違いなく、この部屋へ行かせた部下だった。恐怖に見開かれたまま動かない瞳に生気はない。死んでいることは明らかだった。


 勝手に喉が声を漏らす。叫び声を上げたいのか上げたくないのか自分でも分からない。


「ほいほい旨い話に釣られたあんたの方が、よっぽど使えない人間なのにな」


 隠されていた月影が、音もなく部屋の中へ注ぎ込まれていく。


 その光の中に、死神の秀麗な顔が露わになった。


「な……なぜお前が………っ!!」


 ガクガク膝が震えている。だが腕は叩き込まれた動きを忠実に再現した。上着の中に滑り込んだ指先がホルスターに吊った拳銃を取り出して構える。だがその筒先は細かく震えていてろくに照準が合わない。


「殺しに行かせたはずなのに……っ!!」


 その叫びに、龍樹は冷たく笑った。


「あんなやつらで俺を殺せると思ったのか?」


 心底他人を馬鹿にした微笑みがここまで様になる男はいないだろう。その身に纏った漆黒とあいまって、彼の姿はまさに麗しい死神そのものだった。


「緋姫にとっては、いい食事だったみたいだがな」

「あけ……ひ、め………」


 男は凍りついた視線を無理矢理龍樹の腰元へ落とした。デスクに腰かけ高く足を組む死神のその傍らには、リコリスの歴史と共に何千何万ともつかない血を吸ってきた死色の姫君が端座している。


 組織の中でコソコソと野心を育ててきた男は知っている。


 リコリス創建とともに伝わる、血濡れの宝刀、緋姫。


 無機物でありながら『緋』の血濡れ名を冠し、彼女という二人称で呼ばれる宝刀は、人の血と生気を喰らって生きる妖刀であるとも噂されている。リコリス創建当初、とある上層幹部の掃除人が個人的に所有していたとされるその宝刀は、片付け者を掃除し続ける間に血を吸い過ぎて、一個人が所有するには凶暴すぎる代物となってしまったという。そのため緋姫はリコリスに収蔵されることになり、以降適任と判断された掃除人に一案件ごとに貸し出され、その都度返却されるという使われ方をされてきた。緋姫の毒気に当てられ、掃除人が血に酔った殺人鬼に変貌することを防ぐための処置だった。


「ど、どうして緋姫が……。緋姫が貸し出されるような案件なんて、このタイミングであるはずが……」


 そこまで呟いて、男はある可能性に思い至った。そんな男の反応に気付いたのか、龍樹はスッと笑みの種類を変える。


「ま、まさか……っ!!」


 緋姫は案件の内容とそこに派遣される掃除人、その両方をかんがみて『緋姫を使用するのが妥当』と判断された時のみリコリスより使用許可が下りる。指令が非常に高難易度かつ、掃除人が相応以上に日本刀を扱う技量があると認められる時のみ、厳重に保管された倉庫の中から持ち出されるのだ。


 だが時折、その緋姫をリコリスより長期間下賜され、個人所有に近い形で振るう掃除人が現れる。


「当代白華……っ!?」


 対内部異端分子処分官『白華』。


 リコリスに不要となった掃除人、もしくはリコリスにとって脅威となる掃除人を片付ける、掃除人殺しの掃除人。隠密行動を旨とする掃除人の中でも、内部に粛清の刃を向ける存在であるためかその存在は一切謎に包まれており、組織内の情報に明るい男であっても『白華』の話は噂程度の物しかつかめていない。白い彼岸花を届ける彼らは『赤』の血濡れ名を持つ人間から選ばれるとか、リコリストップからの発令を以って対象の掃除人を粛正するとか、その程度の話だ。


 その白華に選ばれた人間は、特殊な片付け者を確実に仕留めるため、得物として緋姫を常時携帯することを許されるというのも、そんな噂話の一つだった。極秘の任がいつ発令されるとも分からないから、個人所有に近い形での所有になるということらしい。


 以前、その白華の任を帯びていたのは『赤』二番席の鈴見文也だと噂されていた。今でこそリコリスを裏切ったことにより『赤』二番席を剥奪された文也だが、技量で彼を上回る掃除人はそうそういない。彼が掃除人殺しの掃除人と噂されるのも無理からぬことだった。それを裏付けるかのように、リコリスから離反する以前の文也は、一時期得物として緋姫を使用していたとされている。


 緋姫の毒気さえをも喰い殺す掃除人。そんな一人であった鈴見文也の後任を誰が継いだのか、思えば風の噂でさえ聞いたことはなかった。


 もしもそれが、この青年の完璧な仕事ぶりからもたらされた結果なのであれば。


「うっ…ああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああっ!!」


 男は後先考えずにトリガーにかけた指を引いた。狂ったように引き絞られるトリガーによって耳をつんざく銃声が幾重にも響き渡る。残弾を吐き出した拳銃がガチッ、ガチッ、と鈍い音を立てるようになるまでに数秒もかからなかった。部屋中の空気を震わせた騒音が、余韻を残して闇の中に溶けていく。


「……気は、済んだか?」


 その静寂の中に、冷めた声が落とされた。チャリン、と微かな金属音を纏う龍樹は、銃弾の嵐を浴びたというのに実に涼しい顔で体勢を変えることなくデスクの上に座り続けている。その周囲には細かく切断された銃弾のなれの果てが転がっていた。


「やっぱり、あんたの方が使えねぇよ。あんたの部下達の方が、よっぽどまともな攻撃をしてきた」


 言い捨てた龍樹は、足を解くとスルリと音もなく床へ降り立った。銃弾の嵐を払うために一度抜かれたはずである緋姫が、そんな龍樹の動きに追従するかのように微かに音を立てる。


「こんな上司の元に付かなければ、命を縮めることもなかっただろうに」


 龍樹が腰を上げたデスクの上には、白い花束が残されていた。それが部下の人数に二を足した数分の白彼岸であることに気付いた男は、恐怖に凍り付いた瞳で龍樹を見つめる。


「知ってるか? 白彼岸はな、予告のためにバラ撒くもんじゃねぇんだよ。掃除人が片付け者の傍らに捧げる彼岸花と同じように、死体の傍らに添えるのが正しい使い方だ。……ま、あんたが使ってた部下は、そこに転がってるヤツ以外全員緋姫が喰い散らかしちまって何も残らなかったからな。置いてはこれなかったが」


 視線に気付いた龍樹は、横目で白彼岸の花束を眺めてから呟く。その口ぶりからようやく、男は目の前の死神が当代『白華』で間違いないという確信を得た。


「ど、どうして……っ!? 何で……っ!? あの方は、そんなことは言っていなかったっ!! 教えてくれなかったっ!! 知っていたら私だって……っ!!」

「この話には乗らなかった……てか?」


 気だるそうな口ぶりで言葉を紡ぎながら、龍樹は実に無造作に緋姫を抜いた。氷のように澄んだ刃を眼前で構えた死神は、表情にも声と同じような気だるさを漂わせながらも、心底冷たい瞳で男を見据えている。眼前にある刃よりも、この部屋を満たす闇よりも冷えた瞳をした龍樹は、表情を排した声音で淡々と男の言葉に答えた。


「向こうはあえて言わなかったんだろうよ。位官に釣られてほいほい寄ってきた捨て駒も、さすがに『白華』の名を前にすりゃあ怖気つくと分かってたんだろうさ。……まぁ、恨み事は、幕が下りてから舞台裏で存分に言いあってくれよ」


 表情にも、声にも、纏う雰囲気にも、感情と呼べるものは一切ない。


 だというのに、なぜだろう。さらされる空気の中には、かつて感じたことがないほどの殺意が充満していて、男の体を内側から凍りつけていく。


「どうせすぐ、『あの方』とやらもお前の元に送られることになるんだから」

「な……っ!?」


 自分に事を依頼してきた人物にすでにアタリが付いているのか、という疑問の声は、音にはならなかった。


 ダスッ、と体に走る衝撃。貫かれた瞬間の光景は己の目には映らない。驚きとともに吸い込まれた息は、物理的な衝撃を前に凍り付く。


 軽い瞬きが終わった瞬間、自分の胸から刀の柄が生えていた。刃先が長々と自分の体を貫通していることや、刃が肺や心臓といった重要器官の間をすり抜けて貫き通されたことを冷静に分析できる自分が、何だか滑稽で仕方がなかった。


「今までリコリスへの働き、大義だったな」


 その次に襲いかかってきたのは、猛烈な恐怖。


「せめて苦しみ抜いて、逝け」


 胸から生えた柄の先を握った秀麗な死神が、全てを凍りつかせる瞳と声を以って終わりを告げる。


「食事だ、緋姫」


 その声に、緋色の殺戮姫が嬉しそうに目覚めの咆哮を上げたのが分かった。


 ドクンッと、心臓以外の何かが脈動する。恐怖にショートした思考回路が今更狂ったように警鐘を鳴らすが、もはや全てが遅い。


 全身を巡る血の流れが強制的に変えられる。吸われていく。胸に生えた刃が、吸い上げた精気と血の色を映して緋色に染まっていく。全身の血を無駄なく吸い上げるために、外傷による無駄な流血を防ぐために重要臓器を避けて刃は通されたのかと、最後まで残った理性が分析している。本能が叫ぶ恐怖と無意味に冷静な理性がグチャグチャになって、もはや自分がどうなっているのかも分からない。


「あ、あ…、あああああああぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああっ!!」


 このままじゃ、何も残されない。


 本能と理性がグチャグチャに折り重なった中で男は最後の抵抗を試みる。

だがただの人間が緋姫に……歴代リコリス有力者に使われ続けた緋色の死神に敵うはずがない。


「……白華ってのはな、こうやって使うんだよ。分かったか、ド三流のクズが」


 目の前で時を早送りにしていくかのようにミイラと化していく男を、龍樹はただ冷めた瞳で見据えていた。龍樹にとっては見慣れた緋姫の食事風景だ。心は何も感じない。


 いや、何も感じないと言うのには、今回に限ってだけ、語弊があった。


「……俺は、俺の唯一を傷付ける存在モノを許さない」


 干からびた男は、そのまま端から砂粒と化し、やがてその粒さえも空気に溶けて消えていった。血も生気も存在さえも吸い取られた男が消えたのを確かめてから、龍樹は緋姫に血振りを加えて鞘に納める。


「災厄の原因ホシを潰すためなら、『赤』だって、『白華』だって、利用する」


 チン、という静かな音とともに緋姫は納まり、緋姫からふるい落とされた砂粒は霞がたなびくように空気の中に溶けていく。


 その景色を見ることもなく、龍樹はデスクに近付くと花束の中から白彼岸を一本抜き出した。それをジャケットのボタンホールに差し込み、振り返ることなく資料室を後にする。


「国家人口管理局『リコリス』対内部異端分子処分官『白華』内一人、赤椿」


 久し振りに口に出す正式な肩書きは、以前と変わらず重く、苦く。


 その重さに乗せて感情を沈め、苦さに彼女の涙を思う。


「……さて、仕上げだ」


 瞳を閉じてひとつ呼吸をする。時間にしてドアを開いてから閉めるまでのほんの数秒。その間に胸の内で波打つ色の入り乱れた感情を完璧に抑え込んだ龍樹は、存在自体が刃である己を自覚しながら廊下の床を蹴りつける。


「ゴミは、最後のひとつまで綺麗に片付けなくては」


 次に開かれた龍樹の瞳には、純粋な殺意だけが湛えられていた。





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