3.
「ねぇ、たっちゃん」
葬儀会場を後にした綾は前を歩く龍樹に向かって声をかけた。相方にして幼馴染である龍樹は綾の声に振り返ることさえしない。そんなある意味いつも通りの龍樹に構わず、綾は続く問いを投げた。
「片付け者の最期の言葉を伝えるのって、別に職務規定でも何でもないよね?」
漆黒の仕事服を纏っていても、高校の制服に身を包んでいても、龍樹が纏う雰囲気はいつも変わらない。他人を拒絶するような冷たさと気だるさを漂わせながら進む龍樹にめげずに綾は疑問を投げ続けた。
「ねぇ、どうして? 素敵なことだとは思うし、私は賛成だけどさ。面倒臭がりのたっちゃんがどうしてわざわざこんな手間をかけるのかなって」
その言葉に龍樹は足を止めた。木々の葉を通して柔らかくなった日差しがそんな龍樹の横顔を照らす。墓地へと繋がる小道の先には見頃を迎えた彼岸花が咲き誇り、さらにその先には死者達が永遠の眠りにつく安住の場所がある。
「……自分が片付けた命には、確かにその命の主が紡いだ物語があった。……それを再認識するための行為の一つだ」
龍樹が答えてくれたことに綾は静かに目を見開く。問いを投げてはいたものの、龍樹は答えてくれないのではないかと勝手に思っていたから。
「自分の行為を悔いることができないならば、せめてそれくらいはすべきだろ」
龍樹のその言葉に綾は静かな笑みを以って答えた。
そんな綾をチラリと横目で眺めた龍樹はおもむろにボタンホールに通した彼岸花を引き抜く。龍樹の意図を察した綾は同じように髪に活けた彼岸花を引き抜いた。
「……出棺の時間だな」
木陰の中に立ちながら、二人は葬儀会場を振り返る。サァッと風が吹き抜け、綾の髪とスカートの裾がフワリと秋空の下にそよいだ。その景色の向こうを、棺を乗せた車が静かに滑り出ていく。
「明らかに片付けられたと分かる死体を、身内が引き取るのは稀なことらしい」
「うん、知ってる」
「それだけあの親子には、深い情があったんだな」
彼岸花を胸の高さに掲げ、二人は遠ざかっていく車に静かに視線を注ぐ。
黙祷を捧げるのに、瞼は閉じない。己が片付けた命の末路を、その脳裏に焼き付けるために。
「全然、『不要なモノ』じゃ、なかったのにな」
掲げた彼岸花の花先を一度向こうに向かって倒し、そのまま軸を相手に差し出すように水平に回す。玉串を奉げる所作に似た手つきで彼岸花を奉げ持った二人は、そのままそっと手を離すと彼岸花を宙へ解放した。
「せめて幕を閉じた後には、安らかなる眠りがありますように」
世間のしがらみから解放されたかのように束の間宙を舞った花は、微かに光を纏いながらフワリと地面に落ちていく。
そんな光景を晴れ渡った秋空と二人の掃除人だけが見つめていた。
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