第455話 末姫さまの思い出語り・最後の思い出
「ところでお母様、この前はお聞きできなかったのですが」
ずっと聞きたかったことがある。
多分これが最後だから全て聞いておこう。
「絵物語や瓦版を禁書庫に仕舞ったのは、やはりベナンダンティと神との関係を隠したかったからですか ? 」
「ええ、まあそれもあるのだけれど・・・」
恥ずかしかったから。
母が少しだけ頬を赤らめて言った。
可愛い。
「瓦版もそうだけれど、なんて言うか美辞麗句と絶賛とヨイショ、捏造と記者の夢物語の嵐でしょう ? あれが本当の私達だと思われたら、もう、顔を出して歩けないって言うか、わかるでしょう ? 」
確かにあの独特の文体はとても恥ずかしい。
自分も書かれた覚えがあるからわかる。
あれ、顔をベールで隠していたのは、不老を隠すためだったはず。
まあ、それは置いておいて。
「ベナンダンティは魂だけの存在で、こちらでの身体は仮初のものだとおっしゃいましたよね。だから死んだら身体は残らないって」
「ええ、そのとおりよ。ベナンダンティではないアンシアちゃんは普通に遺体は荼毘に付されるわ」
「だったら・・・」
私達はどうして生まれてきたのだろうか。
「私たちはちゃんと子供どころか孫もいます。これはどういうことでしょぅ」
「えっと・・・それは・・・」
「無から有は生まれない。お母様たちが魂だけの存在なら、私達もまた肉体を持たないはず。まさかと思いますが、子供は
神様組の顔がぴくついている。
目があちこち向いてる。
あー、これはアタリだ。
平気で魂を捕まえられるんだもの。
土人形に魂を入れて人間にするくらい簡単だろう。
「その、企業秘密でお願いします・・・」
「・・・口外はいたしません」
そろそろ納棺師が来る。
その前に少しだけお話をした。
スケルシュのおじ様ご夫婦は今は『左近の将』と『橘の君』、エリアデルのご夫婦は『右近の将』と『桜の君』と名乗っているそうだ。
さすがに本名は身内だけらしい。
そして国外追放になった移民の人たちは立派に暮らしていて、神殿ではあの出家した男爵令嬢が神官長として人々を教え導いているとのこと。
「ではそろそろ私達は行くわね」
母たちの姿が徐々に薄れていく。
「元気でね、
「皆様もお元気で。お仕事、頑張って下さいね」
また会いましょう。
きっと会える。
だって両親はこの世界の神だもの。
私の時が終わる時、必ず会いに来てくれるはず。
その時なにを言おう。
両親を驚かせるような何かを、この先の短い人生で出来るだろうか。
扉が叩かれ納棺師と孫夫婦が入ってくる。
さあ、弔いの支度を始めよう。
◎
一連の葬儀が終わり一息ついた頃、私はダルヴィマール屋敷に来ていた。
マールを見送るためだ。
十四の年から侯爵家に仕えてくれていたマールだが、冒険者パーティの最後の一人が亡くなったのでついに執事の職を辞すことに決めた。
本当なら
何だかんだ言って、マールは義母に寄り添い続けていた。
侯爵家一同と使用人たちが集まる。
平民の家なら二軒は入るだろう玄関ホールは見送る人々で一杯だ。
入りきれない者たちは外でマールの出立を待っている。
「あなたはあの隠れ里の人たちについて知っているのね ? 」
「ええ、もう一つの秘密も。けれどそちらについては孫の代には伝えません。それを知るのは息子が最後になるでしょう」
先祖にアレがいるなんて、知っていて良いことなどありませんからね。
ダルヴィマール家当主である甥はそう言って小さな孫娘を抱き上げる。
姉のひ孫、私から見て
「この子も将来ベールを着けて暮らすようになるのかしら」
「・・・かもしれませんな。母も最期まで三十代の若さを保っておりましたから」
「マール様がいらした ! 」
騒めきに奥を見ると人垣が左右な分かれ、奥から長身のマールが現れた。
いつもの執事服ではなく冒険者装束をまとっている。
上から下まで全て白。
髪も白いので『白のマール』と呼ばれていたと聞く。
「お館様、奥方様、長らくお世話になりました。本日をもってお傍を離れることをお許しください」
「マール、いつでも帰ってきて良いのだぞ ? ここはもうお前の家なのだから」
きっちりと後ろに撫でつけられていた髪は、サイドでねじって組紐で軽くハーフアップにしている。
そんな姿はいくつか若返って見える。
「マーじぃ、だっこ」
甥の手の中から幼女がせがむ。
私も幼い頃マールに抱っこされるのが好きだった。
背の高いマールに抱かれると、世界がとても広く見えた。
「マール、もじゃ」
そうそう、そうやってもじゃもじゃのマールの眉や髭を引っ張って両親に叱られたものだ。
と、その時ベリっという音がした。
何の音かと周りを見回すと、再びベリっと音がする。
「マール、眉がない・・・」
「やれやれ、ちぃ姫様にはマールの変装がバレてしまいましたな」
幼い手が容赦なくマールの髭を引っ張る。
現れたのは二十代中頃の美青年だった。
「マールの、隠し子 ? 」
「
私には妻も子供もおりませんとマールは笑う。
その笑顔のまぶしさに、侍女たちは顔を真っ赤にして黄色い悲鳴をあげる。
「まさか、マールも長命族の子孫なの ? 」
「はい。本来でしたら年がバレる前に遠い土地へ移動するのですが、私は侯爵家を離れがたくて年寄りの姿に偽造しておりました」
十四のマールは少女のように可愛かった。
成長した姿は凛々しくて若々しい。
「なんてもったいない・・・。ずっとその姿でいたらよかったのに」
「そういう訳にもまいりませんよ。そして
「曽祖・・・ギルおじ様 ? 」
「私は彼のひ孫です」
ちょっと待って。
ギルおじ様は物心ついた頃からいらして、いつも変わらない笑顔で・・・。
「おじ様、一体お幾つなの ? 」
「さようでございますね。『大崩壊』の時にすでに九十を超えておりましたから、そろそろ二百の大台に乗っているかと」
「こらこら、勝手に人の年を盛るんじゃない」
玄関から入ってきたのは噂のギルおじ様だ。
「まだもう数十年あるよ。まったくマールは私を年寄りにしたがって困る」
「四捨五入したら十分二百才じゃないか」
抱いていた幼女を甥に返し、マールは服を整える。
「これからどうするの ? どこか行く当てはあるの ? 」
「ヒルデブランドで友人に会って、その後長命族の故郷を目指そうかと」
そして時間の許す限り世界中を回るのだと言う。
「元気でね、マール。今まで本当にありがとう」
「
名残は尽きない。
けれど、しっかりと送り出さなければ。
それが『ルチア姫の娘』の役目だ。
フェンリルのシロがキュウキュウと鳴きながらマールに別れを告げる。
「それでは皆様、おさらばでございます」
「マール様、どうぞお元気で ! 」
「ご指導ありがとうございました ! 」
『ダルヴィマールの悪夢』が去っていく。
たくさんの思い出と優しさをもらった。
私はそれを決して忘れないだろう。
そして私もまた新しい道を見つけた。
マール、いつかそれをあなたが知ることがあるだろうか。
その時にもう私はいないと思うけれど。
大好きなマール。
あなたが思う以上に、私はあなたを大切に思っていた。
さようなら、そしてありがとう。
あなたの行くところに、いつも優しい風が吹きますように。
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