第453話 末姫さまの思い出語り・その57

「お姉様、バルドリック様って、旦那様がどうかされましたか」


 皆がひとしきり笑った後、義母が母に尋ねた。


「亡くなったのは大分前ですから、もう生まれ変わって今はいい年になってるんじゃないかと思うんですが」

「ああ、本当ならそうだったんだけど。バルドリック様、お待ちかねのアンシアちゃんですよ。さあ、どうぞ」


 母が握っていた手を開くと、白い光の球がフワッと現れて義母の周りを漂い始めた。


「バルドリック様ったら、アンシアちゃんが来るまで輪廻の輪には入らないって我儘言っててね。何度も説得したんだけれど、どうしても言うこと聞いてくれなくて」


 亡くなったら普通は自動的に輪廻の輪に入るんだけど、義父はそこを踏ん張って義母の寿命が尽きるのを待っていたそうだ。


「今度は同じ年齢で出会うんだって、気持ちはわかるからお目こぼししておいたの。でも後から来たご子息は父と一緒に母を待ちますなんて言うから、彼は問答無用で輪に叩き込んだわ」

「まあ、息子までご迷惑をかけて」

「あれが妻を待ちますだったら考えてあげてもよかったんだけど」


 ・・・夫は私より義母を選んだのか。

 今日は義母を迎えに行こうと誘ったのに、義父は夫のように輪廻の輪に放り込まれるんじゃないかと、母がどんなに説明しても逃げ回っていたそうだ。

 愛妻家なのは覚えているけれど、そこまでするとは。


「バカじゃないですか、バルドリック様 ! 生まれ変わったからって一緒になれるかどうかわからないのに ! そもそも人間に生まれ変われるかどうかも怪しいのに ! 」

「そうねえ、私も百舌もずの卵に生まれたことがあるらしいし。でも、大丈夫 ! 今回は神様権限でちゃんと人間に生まれ変わらせてあげるから ! 」


 さすがにまた結ばれるかどうかまでは責任持てない。

 母はそう言うけれど、きっと大好きな義母の為に精一杯の手助けをするのだろう。


「さて、そろそろ見送りに相応しい姿になろうか」


 ギルおじ様がいつもの落ち着いた声で母たちを促す。

 そう言えばギルおじ様はいつもの冒険者装束ではなく、きっちりとした服装をしている。

 義母を送り出す為に整えてきたのだろう。

 まずマールが侍従姿になった。

 十四のままなのでとてもかわいい。

 次におじ様と父の衣装が変わる。


「ダルヴィマールの三貴人・・・」


 私の宝物。

 あの細密画ミニアチュールそのままの姿。

 母に仕えていた侍従時代の服装だ。

 そう言えば義母も母の専属侍女だったと聞いている。

 同僚だった頃の思い出の服なのだろう。

 そしてつづいて母がドレス姿になった。


「・・・ルチア姫 ? 」


 侯爵家親子が顔を見合わせている。

 そう言えばあの絵と同じ物が領館の禁書庫に隠してあると言っていたか。

 彼らはきっとそれを見たことがあるのだ。


「アンシアちゃん。私達の出会い、みんなで振り返りましょう」


 母がそう言うと、義母の前に大きな黒板のようなものが現れた。


「ほら、初めてヒルデブランドの冒険者ギルドに現れた時」


 気の強そうな冒険者装束の少女が現れる。

 そして領都の街中をあっちへこっちへと走り回る。

 それをやはり若い母が追いかける。


「アンシアちゃん、いつの間にか迷子にならなくなったわね」

「今は馬車もありますし、誰かが必ずついて来てくれますもの。二つ名は返上しましたよ、お姉様」


 それはどうかなとおじ様たちが笑う。

 画面は母と義母が正座で叱責されている姿に変わる。

 取り囲むおじ様たちの顔が怖い。

 

「衛兵隊の寮の罰則部屋、まだあるのよね。今では隊内公募で数年ごとに模様替えしてるんですって。なぜか成績優秀者が入ることになっているけれど」


 殿方の部屋とは思えない可愛らしく飾られた部屋が映る。

 はぎれ細工パッチワークの部屋は暖かな色合いだ。

 場面は次々と変わる。

 今では着る者も少なくなった見習いメイドの制服に、ダルヴィマール親子が「復活させようか」と呟いているのが聞こえて思わずクスッと笑ってしまう。


 母の『成人の儀』と『主従の絆』。

 義父との出会い。

 初めて開催された『ダルヴィマール候杯・剣術武道會』。

 義母の十一人抜きは大袈裟に言い伝えられたのではなかった。

 そして『大崩壊』に向かう日々。

 官民一体となった戦い。

 復興への道。

 マールとの出会い。


「楽しかった・・・」

「ええ、楽しかったわね、アンシアちゃん」


 西の大陸への旅と義母の結婚式。

 両親の結婚式で画面は消えた。


「アンシア・シルヴァン。生まれ育った場所で差別され、不遇の学生時代を味わいました。けれどその苦しみ悲しみにも負けず、いつも前を向いて人生に立ち向かってきたその心根の美しさ。どうぞ次の世でも素晴らしい日々を過ごせますように」


 おじ様たちが義母の手を取り別れを告げる。


「今度会うことがあったら、また蹴られてあげますよ」

「・・・その言葉、忘れるんじゃないわよ」

「姉さんこそ、覚えていて下さいよ」


 マールが義母の手を自分の額に当てる。

 彼にとっては導いてくれる対番で、研鑽しあった好敵手だった。


「それでは、輪廻の輪に向かいましょう」


 部屋の天井が空のように変わる。

 その向こうに渦巻のようなものが見える。

 幾つもの光が輝きながら飲み込まれていく。


「お姉様、今までありがとうございました。あたし、お姉様と出会えてよかった」

「私もアンシアちゃんと過ごせて幸せだったわ。ありがとう。末姫すえひめちゃんを守ってくれて」


 義母が大きく息をする。

 額から光球が生まれる。

 それまで義母の周りを漂っていた光の球がそれに寄り添う。


「さようなら。いつかまた、必ず会いましょう」


 二つの光はゆっくりと大きな渦へと向かって行った。

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