第452話 末姫さまの思い出語り・その56

 私の記憶の中の父はきっちりと髪を上げていたが、目の前の若い冒険者は薔薇色の髪を軽くハーフアップにしている。

 

「アンシア、またアルに我儘言って困らせているのか ? 」

「そうなんですよ、兄さん。せっかく久しぶりで十六に戻ってみたのに」

「たかだか二年、目をつぶれないのか、アンシア」

「エイ兄さんもディー兄さんも、アルの二年は変わり過ぎなんですもん ! 」


 暗闇から黒髪と暁色の髪の冒険者が現れる。

 こちらも知っている姿よりずっと若々しいが、あの禁書庫で見つけた物語の絵にそっくりだ。


「あら、一年二年の差って大事よ、エイヴァン」

「そうね、ナラ。お肌の質が全然違うもの」


 侍女と仕事人の服装をした妙齢の女性が後ろから顔を出す。

 どちらも物語の『もぶ』とかいう登場人物だったが、あのお二人はスケルシュとエリアデルのおば様だ。

 どちらもお若い。

 そして綺麗だ。


「ナラ姐さん、お久しぶりです」

「また会えて嬉しいわ、アンシア」

「本当。私ってば一番最初に死んじゃったから、忘れられたかと思ったわよ」

「忘れるわけないじゃないですか、フロラシーさん」


 私はさりげなくベッドから離れ、ダルヴィマールのご当主の横に立つ。

 再会の喜びを微笑ましく見ていると、新しい訪問者が現れる。

 こちらはちゃんと扉から入ってきた。


「やあ、みんな早いね。私たちが最後かな」


 優しい笑顔と穏やかな声。

 ギルおじ様がマールと一緒にやってきた。


「しばらく北の大陸にいてね。ずっと気になっていたあの海辺の城を、ついに元の場所の近くに戻してきた」

「あー、あの。文句を言われませんでした ? 」

「うん、言われる前に撤収して来たよ」


 母が亡くなった時に義母から思い出話として聞いた話。

 ギルおじ様は若い頃北の王国から山のように財宝をもらって、城を元あった場所から海辺へ放り出した。

 以来百年以上、北の王国の王城の正門は海の中にあり、有名な観光名所になっている。

 どこのおとぎ話かと思っていたが、実際にあったことだったのか。

 そう言えばギルおじ様は『長命族』の血筋だと言うことになっていると言っていた。


「元々の場所にはすでに街が出来ていてね。仕方がないからルーに手伝ってもらって少し離れた場所にしたよ。広い道も作ってもらったから、特に問題なく機能するはずだ」

「目玉の観光地がなくなって恨まれるんじゃありませんか」

「そう思って門だけは置いてきたよ、アンシア」


 海にポツンと残る大門。

 それはそれで観光名所になるし、新しい伝説が作られるかもしれない。


「おや、ルーはまだかね ? 」


 しばらくおしゃべりをしていて、ギルおじ様が誰か足らないと言い出した。


「いよいよアンシアの門出だし、ルーのことだから一番最初に駆け付けると思ったんだがね」

「ああ、ルーならリックの奴を迎えに行ってますよ」


 スケルシュのおじ様が義母の枕を少し高くして掛布団を整えながら言った。


「なんだか逃げ回って捕まらないと言っていましたよ。今日は何としても連れて来ると意気込んでいました」

「遅くなりましたっ ! 」


 私の後ろの壁から、誰かが部屋へ走り込んで来た。


「遅いぞ、ルー」

「ごめんなさい、エイヴァン兄様。バルドリック様の逃げ足が速くって」


 肩で息をする冒険者装束の少女。

 銀色の髪が腰まで伸びている。

 顔は見えないけれど、多分間違いない。

 物語に出て来る服装と同じ。


「お母様・・・」


 隣のダルヴィマール親子は驚いて私を見ている。

 そうだろう。

 ルチア姫と言えば彼らにとって素顔を見たことのない祖母、曾祖母だ。

 目の前の少女ではない。


「まあ、アンシアちゃん。久しぶり。元気だった ? 」

「元気な訳ないじゃないですか、お姉様。あたし、もうすぐ死ぬんですよ ? 」

「それもそうだ ! 」


 おじ様たちがワッと笑う。

 私もついつい一緒に笑いかけて扇子で口を隠して誤魔化す。


「あら、アルったら。今日は十六才の予定じゃなかったの ? 」

「そうなんだけど。聞いてよ、ルー。アンシアったら若い時の僕じゃ嫌だって文句を言うんだよ」

「まあ、私は初めてあった頃のアルに会えると思っていたのに」


 残念そうに口を尖らせた母は、少し離れたところに立つマールを見てニッコリと笑った。


「ねえ、アル。あそこに裏切者がいるわよ」

「え。あ、本当だ。一人だけずるいな」


 みんなの視線を集めたマールは、何故自分が見られているかわからないと言う顔をしたが、すぐに何かを悟ったのか慌てて母に止めて欲しいと言う。


「だめよ。今日はアンシアちゃんの旅立ちの日なんですもの。さあ、マール君。十四才に戻りましょう」


 母の手がひらりと舞うと、モジャモジャ眉のマールが消えて少女、いや少女のように可愛らしい冒険者が現れた。


「姫、あんまりです・・・」

「ウフフ、懐かしいわ。ね、アンシアちゃん」

 

 義母はムッとした表情で涙目のマール少年を見る。


「あー、腹立つ。体が動けば蹴り倒したい」

「本当にアンシアちゃんはマール君と仲良しさんね」


 父やおじ様たち軽く吹き出し、母がコロコロと笑う。

 私の隣からは「マール、かわいい」というダルヴィマール親子の呟きが聞こえてきた。

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