第451話 末姫さまの思い出語り・その55
母の葬儀は父と同様に身内だけで行われた。
だが遺骨が領都ヒルデブランドに送られる時は、貴族街や城下町には人が溢れ、全ての騎士団が王都の外まで見送りに出た。
義母は領都まで着いて行くと主張したが、さすがに他家の者は遠慮すべきだと夫に止められた。
涙ながらに見送る義母に、付き添いでヒルデブランドに行くマールが小さな声で「羨ましいか」と囁いたのが聞こえた。
当然だが義母はマールに飛びかかろうとした。
が、夫が取り押さえて床に伏せさせたので、傍目には
翌日の瓦版には偽姉妹の絆とお涙頂戴の記事が並んだ。
義母はかなり落ち込んで部屋に籠もるようになった。
私は仕事後や休日に義母の部屋へ行き、母からもらった
かなり荒唐無稽な事を聞いたような気がするが、面白いので聞き書きとして残しておく。
母が異界からの旅人で、死した後は神になる。
そして死者のはずの母と話した身としては、ありそうにない義母の話もあながち記憶違いではないのだろうと思う。
要するに両親もおじ様たちも、みんな『普通』ではなかった。
それだけの話だ。
母は義母に寄り添ってくれと言った。
まさかあんな荒れ方をするとは思わなかったが、それも含めての母と義母との絆なのだろう。
義母は少しずつ元気を取り戻していったが、それは私との会話ではなく、時折訪ねて来るマールのおかげだ。
マールは私達三人だけになるとあの冒険者の言葉で義母を煽る。
それに言い返しているうちに、義母は元の貴族婦人に戻っていった。
外では貴婦人の鏡として、屋敷内では・・・訓練場でマールと戦っている。
屋敷の護衛をしてくれる近衛の騎士たちは見学したがっているが、冒険者と騎士では戦い方が違うからと覗き見すらさせてもらえない。
変な癖がついてはいけないからだそうだ。
いまのところ時間切れで勝敗はついていない。
が、マールのほうに軍配を挙げたいと思うのは身内贔屓だろうか。
マールはマールのやり方で義母を励ましていた。
それからしばらくして長男が結婚し、我が家に可愛いお嫁さんが来た。
後の三人も嫁入りしたり爵位を譲られて独立したり。
緩やかに時が過ぎて、私は孫たちの成人前に宰相職を辞任した。
その後はピアノのサロンコンサートを開いたり、エリアデルのおじ様から教わった刺繍の展覧会を開いたりと悠々自適の老後を過ごした。
そして夫も息子も亡くなり、御三家の当主も孫世代へと代わった頃、義母との別れがやって来た。
◎
義母は数週間前から寝込むようになり、もう起きているのか眠っているのかわからない状態だった。
そんな義母の枕元に集まったのはダルヴィマール侯爵家のご当主と跡取りだ。
ヒルデブランド郊外にある『ダルヴィマールの隠れ里』からの指示だと言う。
グレイス家からは私だけ。
呼吸が荒く苦し気な義母の額の汗を拭っていると、部屋の隅がぼおっと明るくなった。
「やあ、アンシア。久しぶりだね」
そこには十五六ほどの小柄な冒険者装束の少年が立っていた。
真っ赤な短めの髪に穏やかな表情はどこかで見たような顔立ちだ。
「ちょっとだけ待って」
彼が手をかざすと義母の呼吸が整い、苦し気な表情が和らいだ。
「どう ? 少しは楽になったかな ? 」
「ええ、おかげ様でって、ちょっと ! 何でそんな若い顔してるのよ ! 」
「え ? いや、今日はみんなアンシアと初めて会った時の年齢でって決めていて」
「老いさらばえたあたしへの嫌味 ?! せめてあと二歳くらい年とりなさいよ ! 」
突然元気になった義母に怒鳴られて、少年はしかたないなあとスッと手を上げる。
すると服は同じだけれど長身の青年が現れた。
「これで満足 ? 」
「ええ、我慢してあげる」
ああ、あれは、間違いない。
あの笑顔。
穏やかな声。
記憶よりもずっと若いけれど、忘れもしない。
大好きな父がそこにいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます