第450話 末姫さまの思い出語り・その54
私たちはたくさんおしゃべりした。
好きなお菓子や子育てのグチ。
ドレスや音楽の流行り。
今思えばもっと実のある話をすればよかったのだろうが、本当に下らないことばかり。
それでも失った二十年近くを埋めるには必要な会話だったのだろう。
「
両親は世間で言われている幼馴染ではなく、ベナンダンティになって初めて出会ったこと。
あちらの世界でも結婚していて私には兄と姉がいること。
両親たちのあちらでの姿も見せてもらった。
全員が黒髪と黒い瞳と言う東の色だった。
おじ様たちはあちらでも素敵だった。
母は年よりもずっと若く見えて可愛らしくて、父の穏やかな表情は同じだ。
「こちらでの姿はあくまで魂に因るものだから、年の取り方とか人それぞれなの。私は十六からほとんど変わらなくて。きっと人間的に成長出来なかったからね」
また寿命についても個人で違うと言う。
「私達は神様にならないといけなかったから、普通の人並みなの。でも中にはお弟子さんが育っていないとか、もっと研鑽したいとかの理由で長生きを望む人がいるわ。そういう人たちは『長命族』の血筋だと言って誤魔化しているわね」
でもあまり長生き過ぎると不自然だから、ヒルデブランドの近くに隠れ里があって、長く生きたい人たちはほとぼりが冷めるまでそこで暮らしているそうだ。
母は魔法についても教えてくれた。
生活魔法以外はきちんと詠唱しなければ発動しないのだけれど、ベナンダンティと言う異世界からの旅人は無詠唱だ。
逆にどう頑張って詠唱しても生活魔法すら発動しないと言う。
スケルシュのおじ様はせっかく王立魔法学院に入学したのに、授業初日に無詠唱で魔法を発動してその場で退学処分になったらしい。
収めた入学金と授業料その他は即金で返却されたそうだけど。
そして詠唱しか使えない私達とは違い、母たちの魔法は自由自在、好きなように発動する。
「土魔法で崖を作ったり道普請したり出来るのはそのおかげね。でも別に私は土魔法が得意ってわけじゃないのよ。ただ一番被害が少ないって言うだけ」
魔法を使い始めた最初の頃は、森を燃やしたり洪水を起こしかけたりしたから。
いや、それは笑って話すことではないと思う。
母は遠くの物を見ることが出来る魔法も使えて、私や子供たちのこともこっそり見ていたそうだ。
「覗き見するのは良くないことだとは思うけど、何かあったらすぐ手助けができるかなって。それにやっぱり心配で」
西の大陸で妊娠した時もやはりこっそり見ていて、理由は告げずに帰国する時に迎えに行ってもらうよう義母に頼んでいたと言う。
「それとあなたが淑女の嗜みの楽器演奏が出来ないって言う噂。あれ、私のせいだわ」
押しかけ女房した後で実家から届けられた荷物の中に、愛用のピアノがあった。
私は朝起きると必ず一時間ほどピアノの練習をする。
だがなぜか使用人たちの間では私はピアノが弾けないという認識になっている。
弾くふりだけしている変な若奥様だと。
『芸披露の場』でピアノを弾いて『ティアラの乙女』に選ばれたことはすっかり忘れられていたらしい。
「お父様の演奏会がとても評判が良かったでしょう ? 亡くなった後も問い合わせが多くてね。あなたが同じように弾けるってわかったら、色々と無理難題を押し付けられると思って、あのピアノに魔法をかけたのよ。あなたが弾くときだけ他の人には音が聞こえないように」
道理で早朝に練習しても苦情が出なかったわけだ。
他のピアノだったら問題はないから、暇が出来たらお父様譲りの腕を聞かせてあげて。
忙しくてそんな暇はないのだけれど、宰相を引退したら父のように演奏会を開いても良いかもしれない。
それまでは腕が衰えないよう日々の練習を欠かさないようにしなければ。
なんだ、私はずっと母に見守られていたんだ。
会わずにいた時間を埋めるように、私たちはたくさんお話をした。
『エイゾー魔法』とかで『大崩壊』の様子を見せてもらった。
記録では伝わらないその大災害は、確かに語り継がなければならない歴史だ。
そして毎年行われる『領都対抗芸能合戦』。
ダルヴィマール領は殿堂入りしているので今は参加することはない。
だが見せられたその栄光の演技は、他の追随を許さないものだった。
「以前は会場でこれを流したりしていたのだけれど、もう伝説で終わらせてもいいかしらと思うの」
この世界ならではの文化が花開くためには、異世界の技術や知識は少しづつ減らしていった方がいいのだと母は言う。
「それでもここは女神が作った世界だから、今以上の発展はしないの。お父様も言ってたでしょう ? ピアノの個人的技術はこれ以上の飛躍は望めないって」
全てが決まり切って停滞する世界。
その中で生きていく私達。
「私達が神として成長して力をつければ、少しはこの世界を変えられるかもしれない。だから、頑張ってくるわね」
遠くから鳥の声が聞こえてくる。
窓の外が少しずつ明るくなっていく。
「そろそろ行かなくちゃ」
母は立ち上がると私に小さな包みを渡してくれた。
開いてみると手のひらの大きさの板が入っていた。
「私たちの思い出に受け取って。もっと大きいものが御所と領館の禁書庫に隠してあるわ。信頼できる人だけが見られるよう魔法をかけてあるの」
それは若い頃の両親とおじ様方の
執事服姿のおじ様も素敵。
あら、ギルおじ様もいるわ。
マールはいないわね。
「大切にします。誰にも見せないで一人で楽しみます」
「アンシアちゃんには見せても大丈夫よ。じゃあ、今度こそ行くわね。皆が待っているの」
母の姿が少しずつ薄れていく。
新しい道を行く母。
笑顔で見送らなくてはと思うけれど、涙を止めることができない。
「お母様、今まで守って下さってありがとうございました。どうぞお元気で」
「あなたもね。また会いましょう」
大神殿の朝の鐘が鳴る。
それが六つ鳴り終わると、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます