第448話 末姫さまの思い出語り・その52
大好きだったオイナリサン。
最後に食べたのは『女学院事件』の夏休み。
あれから色々あって、私は領都に帰れないままだ。
「王都になんて、戻らなければよかった」
「・・・」
「あのまま領都にいたら、ずっと幸せでいられたのに。怖いこともなくて、辛いこともなくて、美味しいものを食べて、楽しく暮らせていたのに」
最後に泣いたのはいつだろう。
泣けなくなってからずいぶんと経つのに、私はまだ泣き方を忘れていない。
「お母様やお父様と一緒に遠くの街に行ったり、ピアノを弾いたりしたかった」
「
「丞相なんて呼ばれたくなかった ! 」
あの時、出仕は嫌だと子供らしく泣いて喚けばよかった。
絶対に行かないと部屋に閉じこもればよかった。
「知らないうちに決められた道だけど、選んだのは私、回れ右しなかったのは私だもの。でも、私が娘としたみたいに『成人の儀』まで仕事なんてしないで、お母様とお父様と過ごしたかった。一緒にドレスを選びたかった ! 」
「ごめん、ごめんなさい、
「悪いのは勝手に決めたおじ様たちなの ! だからお母様が私の代わりに怒っておいて ! 」
泣きながらオイナリサンを頬張る私の皿に、母はチャキンやアツヤキタマゴを乗せてくれる。
どれもヒルデブランドの郷土料理で、王都で食べられるのはダルヴィマール邸だけだ。
もし誰かが今の私達を見たら、中年の女を年若い令嬢が慰めるという変な絵面に呆れることだろう。
「死んだはずの私と話しているのに不思議に思わない。そんな
食べながら聞いてね、と母はゆっくり話し始めた。
「こことは違う世界があるのはギルマスから聞いているわね ? 」
ここは女神が物語をお芝居のように見たくて作った世界。
その物語の主人公二人を演じさせるために、女神は別の世界から適当に死んだ人の魂を攫ってきてここに生まれ変わらせた。
ところがいつまでたっても世界は動き出さない。
作っただけで満足した女神が放置したためだ。
「このままでは世界は消えてしまう。そして攫われた魂も。そこでその世界の神様、
母は『世界5分前仮説』と言うものについて説明する。
「世界は実は五分前に始まっていて、それ以前の記憶や歴史は刷り込まれたもので事実ではない。この世界を作った女神もそんな感じで物語の始まる少し前に世界が動き出すようにしていたみたいなの」
しかし
歴史を『生命の雫』から始めようとしたのだ。
が、作られた歴史はせいぜい数千年ほどしか用意されていない。
そしてどこまで遡っても進化のしの字も現れない。
「女神は本当に物語だけを楽しみたかったのね。それ以前の人の営みや文明の発展や種族の進化には興味がなかったみたい」
しかも人々は黙々と生きているだけで、喜怒哀楽も希望も目標もない。
決められた通りに生きて死ぬだけ。
それで本当に物語が始まるのだろうか。
そこで
「魂、ですか」
「そう、魂。体はあちらに置いたまま、魂だけをこちらに寄越したの」
成熟した世界から来た人々がこちらで共に暮らすうちに、この世界の住人も少しずつ人間らしさを身に付けて行った。
時間をかけて円熟した世界。
満を持して物語が始まった。
「私たちはベナンダンティと名乗っているわ。もちろん知っている人は限られている。昔は情報共有している人たちも多くいたのだけれどね」
母が若い頃はヒルデブランドの代官、常駐騎士団長、警備隊長、市警長がその存在を知っていた。
当時の皇帝ご夫妻も。
今はダルヴィマール侯爵とヒルデブランドの冒険者ギルドのギルドマスターの二人だけだと言う。
「ただし婿殿はご存じないわよ。あの方はダルヴィマールの血筋ではありませんからね」
当主だからと言って全員に教えるわけではないらしい。
あくまでも秘密を守ることが出来て、ベナンダンティと言う存在に寄り添ってくれる人でないと駄目だそうだ。
領民と領土を愛する人でなければこの秘密を明かすことはできない。
今その役目は下姉が担っている。
「『大崩壊』で文官の代わりを務めたのも、『女学院事件』で戸籍情報を精査したのもその人たちですか」
「ええ、あちらでは全員高等教育を受けていますからね。普段は目立たないよう暮らしているけれど、いざとなるとこうやって力を貸してくれるの」
こちらもあちらも私たちの大切な故郷だからと母は言う。
そして亡くなった後ご遺体が消えてしまうのは、こちらには魂だけが来ているから。
あちらではもう亡くなっているから、魂の時が終われば身体は維持できない。
「人は死ぬと神の
夜はまだまだ明けない。
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