第446話 末姫さまの思い出語り・その50

「とっとと帰れっ、バカ女っ ! 」


 突然ダルヴィマール侯爵家には不似合いな怒声が響いた。


「誰がバカ女ですって ?! 」

「お前だ,お前 ! 弔問に来ると先触れはあったが、まさか襲撃目的だとは思わなかったぞ ! 」


 小さい頃連れて行ってもらった王都の冒険者グランド・ギルドには、こんな感じで話す冒険者がけっこういたと思う。

 でもそれ以来こんな砕け過ぎた口調の人に会ったことがない。

 誰っ ?! この人、誰っ ?!


「久しぶりに末姫すえひめ様がお帰りになられると、姫もさぞやお喜びだろうと、屋敷中が静かに弔いの支度をしているというのに、なにしやがるんだ、この大バカ女がっ ! 」

「だからっ ! あんたを蹴りに来たって言ってるでしょうっ ! 」


 さっきまで濡れタオルで頭を冷やしていたマール。

 義母の前に仁王立ちして怒鳴りつけている。

 あ、マールの瞳って青だったんだ。

 きれいだなあ。   


「弔問を理由にしてカチコミかける奴がいるかっ ! そんな常識と非常識の区別もつかなくなるとは、年取り過ぎてボケやがったかっ、くそババァッ ! 」

「だあれがババァですって ! 」

「平均寿命とっくに過ぎてるババァをババァと言って何が悪い ! おい、塩、いや、聖水撒いとけ ! 」

「はあぁっ ?! なに人を悪霊扱いしてんのよっ ! 」


 ・・・。

 見たことのないマールと見たことのない義母がいる。

 騒ぎを聞きつけた使用人たちが玄関ホールに集まっている。

 二階に鈴なりになった侍女たちも、口を開けて二人の罵りあいを見ている。

 マールは感情を荒立てることはなく、いつも穏やかで若い使用人からも慕われていた。

 義母は淑女の鏡と言われて、今でも若い令嬢のお手本と言われている。

 その姿がガラガラと崩れていくようだ。


「あの時ヒルデブランドの雪に埋もれさせておくべきだったわ」

「ああ、そろそろ下剋上の頃合いだと思っていた」


 義母がどこからか剣を取り出して構える。

 マールもいつの間にか両手剣を握っている。

 そしてキンっという音がして二人の剣が交わる。


「マールのくせに生意気よっ ! 」

「たかだか恒河沙こうがしゃ止まりが偉そうに ! 」


 一合、二合。

 先ほどは逃げ回っていたマールだが、今度は攻めにかかっている。


「母上・・・これほど強かったとは ! 」


 夫が呆然として呟いた。

 剣は素人の私だが、毎年開催される『ダルヴィマール候杯・剣術武闘會』を見ているので、二人がどれほどの腕かはわかる。 


「ダルヴィマール候杯十一人抜きを舐めんじゃないわよ ! 」

「過去の栄光にすがるしかないとは、かわいそうだなあ。そっちこそ現役の数字持ち舐めてんじゃねーぞっ ! 」


 素早いなどと言う言葉では表現できない速さ。

 時々その姿を見失う。

 ああ、『普通』じゃないのは母だけじゃなかったんだ。


「今日こそ引導を渡してやるぜ、『迷子のアンシア』 ! 」

「そっちこそ、自慢の髪を真っ赤に染めてやるわ、『白のマール』 ! 」


 止めないと。

 でも、どうやって ?

 二人の間に入る隙はない。

 攻防戦が続く。

 

「止めなさい ! 何をしているのだね、君たちは ! 」


 どこからか物言いがついた時、二人はピタリと動きを止めた。

 玄関ホールに安堵のため息が流れた。



「まったく、君たち二人は今日が何の日かわかっているのかい」


 マールと義母が正座をして頭を垂れている。


「まさかこの年になって弟子を正座させることになるとはね。弔いの家でなにをしているのかね」

「だって、マールが ! 」

「アンシア姉さんが勝手に暴れ出したんです。俺は関係ありません」


 二人は顔を見合わせてフンっとそっぽを向く。

 暴れまわっていたマールと義母を止めたのはギルおじ様だった。


「おじ様、義母がマールのお姉様って・・・」

「ああ、本当の姉弟ではないよ。冒険者の対番制度でね。偽兄弟というか、個別指導する先輩を兄、姉と呼ぶんだ。アンシアはマールの対番なんだよ」


 ルーやアルもエイヴァンたちを兄と呼んでいたろう ?

 ギルおじ様は対番の絆はとても強いものだと教えてくれた。

 それは血のつながりよりも濃いのだと。

 母は義母の対番で、だから義母はお姉さまと慕っていたのか。

 マールは・・・違ったみたいだけど。


「マール、アンシアの挑発に一々乗るんじゃない。アンシアもマールに八つ当たりするのはやめなさい」

「だって、だって ! 」


 義母は突然ハラハラと涙を零した。


「お姉さまがいない。お姉さまがいないんです。もう『大崩壊』の仲間はあたしだけになってしまった ! 」


 確かに母や義母と同年代の人たちも、今は少なくなっている。

 六十を超えて生きる人はほとんどいない。

 

「兄さんたちも逝ってしまって、あたし一人生き残って、これからどう生きていけばいいんですか ! 」

「アンシア、だからと言って暴れていい理由にはならないよ。マールも真剣に相手をするんじゃない。ここにルーがいたら、争う君たちを見て一体なんと言うだろうね」


 ルー、お母様。

 母ならなんと言うだろう。

 止めるだろうか。

 窘めるだろうか。

 いや、多分・・・。


「お母様ならきっと、二人は仲良しさんねって言うと思いますよ」


 それを聞いて義母は「お姉さま ! 」と泣き崩れた。

 

                   

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