第445話 末姫さまの思い出語り・その49

『その1』よ、物語は戻って来た。


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 母が亡くなったその日、私たちはダルヴィマール邸に弔問にやってきた。

 の、はずなのだが、一体何を見せられているのだろうか。


「マールっ、そこに直れっ ! 」


 大きな声に目の前のマールの姿が一瞬にして消える。

 そして階段の途中には義母であるアンシア夫人が立っていた。

 前公爵夫人ということで、控えめに私たち家族の一番後ろにいたはずなのに。


「チッ、避けるんじゃないわよっ ! 」

「何するんですか、いきなり ! 」


 マールはと言うと、義母と入れ替わるように私たちの後ろに立っていた。

 と、義母は階段を蹴って飛び込んでくる。

 咄嗟にしゃがみこんだ私達を飛び越え、クルっと宙返りするとそのままマールに蹴りを入れた。

 彼はそれを素早く避ける。


「動くなっ、マール ! 」

「動くなと言われたら動きますよっ、姉さんっ ! 」


 え ? 

 姉さん ?

 夫が子供たちと私を玄関ホールの隅に誘導する。

 集まっていた使用人たちも巻き込まれないよう壁際に避難する。

 逃げようとする者がいないのは、さすが優秀と言われるダルヴィマール家に使える者たちだ。


「ちょっと、黙って蹴られなさいよっ ! 」

「嫌ですよ ! 姉さんの蹴りは容赦ないんですからっ ! 」


 義母がマールに横蹴りを入れる。

 上段、中段、下段と繰り出されるそれを、マールはバックステップで軽やかに避ける。

 距離を詰めて回し蹴り。

 三段蹴りに踵落とし。


「は、母上 ! なにをしているんですかっ ! 」

「おばあ様、落ち着いてください ! 」


 ナイマン蹴り、三日月蹴り、真空飛び膝蹴り。

 全て今では幻と言われる『ヒルデブランド体術』の技だ。

 幼い頃におじ様方に見せていただいたことがある。


末姫すえひめは受け身だけ覚えればいい」


 転んだ時に怪我をしなくなるからな。

 そう言ってポンポンと頭を叩いてくれた大きな手を思い出す。

 そう言えば私も子供たちが小さいうちに教え込んだなあ。


「チョコマカと動くな ! 往生際が悪い ! 大人しく蹴られなさい ! 」

「謹んでお断りします ! 」


 私が漫然まんぜんと思い出に浸っている間も二人の戦いは続いていたらしい。

 母と同い年の義母の動きはとても老婆とは思えない。

 マールもまたその素早い蹴りを難なく避ける。


「アンシア夫人、なんて動きだ ! 」

「『ダルヴィマールの悪夢』に一歩も引けを取っていない ! 」


 護衛についてきた近衛騎士たちとダルヴィマール家の騎士たちが、あんぐり口を開けている。

 もう一度言おう。

 私たちは何を見せられているのだろう。


「危ないっ ! 」


 義母の動線の先には、見習いメイドの少女がいた。

 一度は逃げたマールがその少女を抱え込む。

 と、義母の『らいだあきっく』がマールの左側頭部に綺麗に決まった。



「まったく、何を考えているんですか」


 マールは濡れタオルで頭を冷やしている。

 石頭なのだろうか。

 たん瘤にはなっていないようだ。


「ふん、あれを避けきれないなんて耄碌もうろくしたわね、マール」

「無関係の一般市民を巻き込むような無様な真似は、以前のアンシア姉さんならしませんでしたよ」


 ついに老眼が進みましたか、とマールは侍女にタオルを返す。


「それで、何しに来たんです ? 当家は今、上を下への大騒ぎなんですがね」

「そんなの、あんたに怒りの蹴りを入れるために決まってるじゃない」

「はあ ? 」


 マールの優しい声が半オクターブ低くなったような気がする。


「なんで私が姉さんの怒りを買わなくてはいけないのです」

「・・・知らせなかったからよ」

「知らせなかったって、何をです」

「お姉さまが亡くなるってことよ ! なぜ私が知らなかったのよ ! 知っていたら会いに来たのに ! 」


 いや、母は私や義母に会いたくて成人貴族参加義務のある『仕舞いの夜会』に出かけた。

 行き違いになって会えなかったけれど、私はすぐに連絡を入れたし、ダルヴィマール家からも使いが来ていた。

 受け取れなかったのは義母がすでに休んでいたからだ。


「無茶を言わないで下さい、姉さん。当家の使いは大至急でと言ったのに、もう休んでいるからと朝まで伝えなかったのはグレイス家の召使いじゃありませんか。文句ならそっちにつけてくださいよ」


 それは現公爵夫人の私の責任だと思ったけれど、どうもそれも違うらしい。


「あいつはあたしが嫁入りしてからずっと態度が悪かったのよ ! 何かというと嫌がらせをしやがって ! お姉さまのこともわざと知らせなかったに決まってるわ ! 」


 依子男爵の五男のくせして偉そうに !

 あー、あの使用人は貴族主義というか権威主義というか血統主義が凝り固まってるとこがある。

 私が転がり込んだ時にも多少そういう態度を見せていたけれど、義母が絶対に私達家族に近寄らせなかったので被害はなかった。

 仕事は出来たけど夫が爵位を継いでからは一線から外していたし、そろそろ『定年退職』してもらおうと思っていたところだ。

 もしかして義母への逆恨みで知らせなかった可能性もある。

 うん、解雇しよう。


「で、それと当家の玄関先で騒ぎを起こすのとは無関係でしょう」

「あるわよ ! お姉さまに会えなかったのはマールのせいよ ! マールが全部わるい ! もう二三蹴りしないと気が済まない ! 」


 いや、マールは関係ないって、それこそ逆恨みではないだろうか。

 すると室内の温度が数度下がったような気がした。

 子供たちもブルっと体を震わせた。


「・・・えれ」

「は ? 」

「とっとと帰れっ、バカ女っ ! 」


 えっと、今の声は ?

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